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セイラ2 6章の終わり [セイラ2]


 控え室には、数人の神官がいた。その神官達は、セイラが部屋に入ると、一斉に立ち上がり、彼女に挨拶した。彼女もその挨拶に応えた。彼女は椅子に座ることを勧められ、その勧めに従い椅子に腰を下ろした。神官達は、珍しい神官の参拝に関心を示したらしく、彼女にその目的を失礼にならないように婉曲的に尋ねてきた。


 宰相からの極秘任務であり、本来ならそれを口にする訳にはいかないが、今回の任務は調査であり、必ずしも秘匿性は高くなかった。また、口外することを禁止されている訳でもなかった。セイラは、この神殿から何か情報を得ることが出来るかも知れないと思い、ゾンビの調査に来たことを素直に話した。


 ゾンビの出現により、この街は多大な経済的な損失を被っていた。それ故に、神官達は彼らが知り得る情報を包み隠すことなく彼女に話し出した。


「そうですか、それは大変有り難いことです。街の住民も大変迷惑していますから。あなたもご存じのことと思いますが、ゾンビは古代遺跡からやってくるのです。その目的は分かりませんが、地下宮殿と何やら関係があるようですね。地下宮殿には、かつての魔法王国の秘宝が数多く眠っています。おそらく誰かが地下宮殿に忍び込み、その秘宝を掘り起こし、ゾンビの怒りをかったのでしょう。全く、迷惑な話です。そうそう、」


 年長の神官はそこまで言うと、立ち上がり部屋を去っていった。しばらくして帰ってきたときには、手に古い地図を持っていた。その地図を彼女に手渡すと、


「これは地下宮殿の地図です。どうぞ、お持ちになって下さい。きっと役に立つ事でしょう。」


と言った。


 予想外の収穫であった。セイラは、内心ほくそ笑んだが、一つの疑問が浮かんできた。どうして、火の神殿に地下宮殿の地図が残っているのであろうか。彼女はその疑問を年長の神官にぶつけてみた。


「口外しないと約束して頂けますか。」


 その年長はそう言って彼女にこれから話すことを口外しないことを要請した。何やら、この神殿に関係する秘密なのだろう。セイラはそう思って口外しないことを神の名にかけて誓った。その神官はセイラの確約を得てから、少しばつの悪い笑みを浮かべながらセイラにその秘密の打ち明けた。


「実はこの街の住民の大部分は魔法王国の末裔なのです。この神殿は、本来神とは無関係な施設で、古の秘宝を伝承する施設だったのです。長い年月の間にその大部分は失われてしまいましたが、魔法の伝承の地だったんです。狂信者の迫害を逃れるために、神の社に偽装したわけなのです。あなたも感じられたことでしょうが、何処かこの神殿に異端的なものを感じられたことでしょう。それはこうした訳があったからです。とは言え、今では立派な信仰の場所となっていますが。ただ、私たちが信仰しているのは、あなた達の神とは違い、生命を育む自然そのものであり、この宇宙です。素朴な自然崇拝と思って頂いて結構です。私たちの祖先は、神に見捨てられ、神の使徒と称する狂信者に長い年月迫害を受け、根絶の危機を迎えました。それ故に、私たちの祖先は、あなた方の神を信仰する気にはなれなかったのでしょう。悲しい歴史ですね。まあ、今はその反動と言うわけでしょうか、神と言う名の付くものは、どんな神でも拝んでいるようですね。皮肉なものだと思われませんか。」


 神殿の起源に関する秘話を聞き、セイラはどのような反応を示して良いものか迷った。正当的な神学に反する教義ゆえに、憤慨することも可能である。しかし、その神官は素朴な自然崇拝と言ったが、それだけではなく、かなり高度な信仰形態、教義を有していることが、その神官の物腰の柔らかさから理解できた。また、人に迷惑をかけない以上、他人の信仰を他者が非難する権利はない。信仰が尊いのは、信仰そのものが尊いと言うよりは、その信仰が現実世界に実践と言う形で反映されるからである。如何に教義が優れていようが、独善的で、民衆への還元がなければそれは宗教と言うことは出来ない。その事は、神官であるセイラの信念であった。限りなく異端に近い宗教であったが、セイラは尊重しようと思った。


 そうした彼女の葛藤に気づいたのであろう、その神官が柔和な笑みを浮かべて「少しここでお待ちになって下さい」と言って、再び立ち上がった。そして、火の点いたランプを持って帰ってきた。そのランプを彼女の前に差し出すと、怪訝な表情を浮かべるセイラにその神官は語りかけた。


「これは、この神殿の御神体の永遠の火です。この火には不浄な存在を焼き払う力があります。地下宮殿の探索に役立つことでしょう。」


 何故、これほど厚意に知れくれるのか疑問であったが、セイラは、何度も丁重にお礼の言葉を言ってから、その部屋を立ち去ろうとした。彼女が部屋から出ようとしたとき、その神官がセイラの右肩に止まっているホトトギスを見咎めた。


「これは珍しい。ホトトギスですか。でも本物の鳥ではありませんね。魔族の気配がしますから。」


 その指摘に、セイラはたじろいだ。ここは曲がりなりにも神聖な神殿であり、魔族のような不浄な存在を伴ってきて良いところではない。その行為は、この神殿を冒涜することになる。彼女はどう言い訳をしようかと狼狽した。


 しかし、彼女の心配はこの神殿では無用であった。この神殿は、かつての魔法王国の末裔の神殿であり、彼らにとり魔族は真っ当な神よりも遙かに親しみの持てる存在であったのだから。


 その神官は、狼狽の色を露にするセイラに更に柔和な笑みを浮かべて、その事情を話し、彼女を安心させた。そして、最後に彼女にこう言った。


「あなたの神とは違い、私どもの神は何の御利益もありませんが、お参りなさると良いでしょう。何しろ、私たちの神は火山ですから。ああそうそう、見事ゾンビを追い払うことが出来たら、この神殿が大々的にあなたに協力いたしましたことをお忘れになられないように。特に、宰相には宜しくお伝え下さい。」


 セイラは、この神殿の宣伝をするように、約束させられてしまった。ここまで大々的に協力されたら、それも止もう得ないことであった。何しろ、神殿の運営には莫大な金銭が必要である。この神殿は、この街の住民と観光客の浄財によって運営されており、しかも、ゾンビの出現によって、湯治客は激減し、街は当然のこと、この神殿も多大な経済的な損失を被っていた。言葉は悪いが、国から金を巻き上げようと考えるのも無理のない話であった。更に、御利益のある神様と言うことになれば、参拝者も増え、浄財もより多く集まり、そして、この温泉街も自然と潤ってくる。かなり打算的な話であったが、地域密着型の神殿なればこその話であった。


 セイラは、部屋を出てから、改めてこの成金的な神殿の装飾を見た。そして、ホトトギスに呟くように言った。


「世の中、色々な宗教があるのね。宗教さえ、商売になっちゃうのね。」


 ホトトギスはセイラに頷いた後、彼女の右肩から舞い上がり、今度は大きなルビーを銜えて戻ってきた。セイラが「戻してきなさい」と命じても、ホトトギスは返そうとはしなかった。彼女が奪おうとすると、ホトトギスはそれを呑み込んでしまった。セイラは信じ難い思いで彼を見詰めていたが、ホトトギスは何ら悪びれるところのなく


「ただで、人にものを頼むなんて事が許されて良いと思う。これは報酬だよ、セイラ。それに、この神殿を見てご覧。一杯宝石があるじゃない。こんな小さな石ころの一つや二つ、この神殿にとっては何て事ないよ。気にすることないよ」


と抗弁し、返す気配を微塵も見せなかった。


 確かに、この神殿にとり、ルビーの一つや二つは何ほどのことはないだろうが、それをこの神殿に寄進した者の心中を考えると、そうも言っていられない。セイラはホトトギスに何度も返すように強い口調で言ったが、ホトトギスは頑として彼女の要求を聞き入れようとはしなかったが、「セイラがそんなに言うのなら」と言うと、おしりを二度三度かわいらしく振り始めた。その行為が何を意味するのか、セイラはすぐにに理解した。そして、ホトトギスを大きな声で制した。


「こんな所で糞をする奴があるか。」


 その声と同時に、神殿の回廊にいた参拝客の視線が一斉にセイラに向けられた。非難がましいその視線を受け、セイラは赤面し恐縮してしまった。セイラはホトトギスの説得を一時的に断念せざるを得なかった。彼女は逃げ出すようにこの神殿を後にした。


 この神殿は帰り道にあり、その時に返却しよう。何れホトトギスがそのルビーを吐き出すであろうから、その際に、事情を説明し、返却をすれば良い。


 彼女は自らにそう言い聞かせた。 



第13回 正則な複素関数の性質 [ネコ騙し数学]

第13回 正則な複素関数の性質

前回紹介したコーシー・リーマンの関係を使って正則な関数の性質を幾つか調べてみることにしますにゃ。
コーシー・リーマンの関係とは

  

偏微分の記号を書くのが面倒なので、

  

と略記することにするにゃ。

例1 f(z)が領域Dで正則で、次の条件のいずれかを満たせば、f(z)Dで定数である。
 (1)f'(z)=0 (2)Re(f(z))=定数 (3)|f(z)=定数

【証明】
(1)f(z)=定数なので、f(z)=cとおくと

  

となる。


また、

  

となるので、

  

となり、uとvは定数となる。
よって、f(z)は定数。

(2)Re(z)=u=定数だから、

  

また、コーシー・リーマンの関係
  

より

  
となり、uとvは定数。

よって、f(z)は定数である。


(3)

  

となる。
x、yで偏微分すると、

  

で、コーシー・リーマンの関係を使うと

  

となるにゃ。

で、

  

となる。

それで、

  

で、uとvは定数となり、f(z)は定数。
また、

  

となり、(2)よりf(z)は定数となる。
いずれの場合もf(z)は定数である。


ちなみに、(1)のf'(z)=0というのは、領域Dに含まれる全てのzについてf'(z)=0のことなので注意して欲しいケロ。


たとえば、

  

となるにゃ。

ということで、特定の点でf'(z)=0だからと言って、f(z)=定数となるわけじゃないにゃ。この点は注意して欲しいにゃ。


例2 正則な関数

  

uとvが連続な2次の偏導関数を持つとき、次の関係式が成り立つ。

  

【解】

コーシー・リーマンの関係より

  

2次の偏導関数が連続なので

  

となり、

  
となる。

また、

  
となり、

  



例2から、正則な関数ならば、uとvはラプラス方程式

  

を満たすことがわかるんだにゃ。そして、ラプラス方程式を満たす関数を調和関数と呼んだりするケロ。


タグ:複素解析

セイラ2 6章の続き3 [セイラ2]


 火の神殿


 この温泉街には、火の神様を奉った神殿があった。火山を御神体とする、多分に異端的色彩の強い宗教であった。温泉街の住民にとり、具体的な繋がりのない神様よりは、直接彼らに富をもたらす火山の方が親しみ易い存在であり、また、神の怒りにも似た噴火をする火山に対する畏敬の念、恐れが火山を直接神とする信仰を生んだのであった。セイラにとっては、多分に邪教に近い信仰であったが、信仰は信仰であり、神官の彼女は最大限にその信仰を尊重する義務があった。


 翌朝、セイラは早速その神殿にお参りに出かけた。もちろん、彼女に絶えずつきまとうホトトギスも一緒であった。今はゾンビの難のために参拝する者は激減していたが、大いに賑わっている温泉街の神殿である、御神体である火山から恩恵を受けている街の住民の多大の信仰を集め、多くの寄進を受けており、火の神の神殿の豪華さは、王都の神官であるセイラを瞠目するに十分であった。中でも彼女のど肝を抜いたのは、神殿とは思えないほどの絢爛豪華さであった。金や宝石を、訳もなく、ふんだんに使用し、神殿の壁を、柱を飾り立てていた。その絢爛豪華さは、彼女の目には悪趣味としか映らなかったが、それは、紛うことなく、この街の住民の信仰、尊崇の証であった。セイラは、目も眩むような、黄金色に輝く神殿の回廊を歩きながら、礼拝堂へと向かった。


 さしものホトトギスもこの光景には度肝を抜かれたらしく、しばらく、悪趣味としか言えない、きらびやかなこの光景を瞬きするのも忘れて眺めていた。やがて我を取り戻すと、感心した様子で彼女に話しかけた。


「ねえ、セイラ。ここにある金と宝石は、一体、幾ら位の価値があるのかな。」


 余りに現実的、即物的な質問であった。ホトトギスの疑問は当然のことであったが、信仰を金銭の価値に換算するようなことが出来るはずがなかった。この神殿を装飾している金銀財宝は、その金銭的な価値よりも、信仰の問題であった。だから、セイラはホトトギスの質問に答えようともしなかった。


 ホトトギスは、虫をされた腹いせに、また、彼女の関心を自分に向けるために、それならばと、彼女の右肩から飛び上がり、柱を飾っていたとりわけ大粒のダイアモンドを嘴で抜き取って、彼女の元に戻ってきた。それから、彼女にそれを差し出して、彼女に話しかけた。


「セイラ、これは僕からのプレゼントだよ。」


 罰当たりもいいところである。他人に見つかったなら、如何なる言い訳も通用しない。セイラ怒りで顔を紅潮させてホトトギスを怒鳴りつけた。


「あんた、一体何を考えているのよ。早く元に戻してらっしゃい。」


 やっとセイラに口を利いて貰えたのだ。ホトトギスは、更に彼女の気を引くために、「えっ」と抗議の声を上げた。


「何をやっているのよ。早く戻しなさい。」


 ホトトギスは仕方なくそれを元に戻してきた。彼女の肩に止まると、彼女に囁いた。


「さすがのダイアモンドもセイラの前では霞んで見えるね。やっぱり、セイラが一番綺麗だ。」


 月並みの表現である。何処でその様な台詞を憶えたのか、ホトトギスは歯の浮くようなお世辞をセイラに言った。セイラはその様子を呆れ顔で見つめた後、思いっきりホトトギスの頭を叩いた。ホトトギスは、翼で頭を抑え、目に大粒な涙を浮かべ、恨めしそうに彼女の顔を見上げた。セイラは、わざとらしいホトトギスの仕種にうんざりとして、彼から視線を逸らした。そして、再び礼拝堂を目指して歩き出した。


 礼拝堂の中心には、巨大な炎が周囲を赤く染めながら、燃え盛っていた。多くの信者がその炎を取り囲むようにして、その炎に敬虔な祈りを捧げていた。その事より、この炎を御神体として、人々が崇めていることが察せられた。もちろん、炎を直接信仰の対象としているわけでなく、神の象徴として、炎を信仰しているわけである。それはセイラが女神像を女神の象徴として崇めているのと同様であった。信仰の象徴的な対象が炎であるか神像であるかの差でしかない。ある意味に於て、こちらのほうが高度な信仰と言えないこともなかった。頭の上ではそう理解できるのだが、いざ拝むとなると、何処か奇異に感じられた。そうではあったが、セイラも人々と同じようにその炎に手を合わせて祈り始めた。


 ホトトギスは、セイラのその姿を見詰めていたが、彼もセイラの真似をして拝み始めた。


 鳥が拝むという珍しい光景を目にし、この神殿に仕える神官が彼女の側に寄ってきた。仕える神こそ違うが、セイラも神官である。その事を彼女の服装から見取り、その神官が恭しく尋ねてきた。


「失礼ですが、その鳥は如何なる鳥なのでしょう。このあたりでは見ることの出来ない鳥のようですが。」


 セイラは、祈りに熱中する余り、神官の接近にも、ホトトギスが悪戯心を出し鳥の真似を止めていることにも気づかずにいた。突然かけられたその言葉に驚き、慌てた様子で神官の方を振り向いた。


「この鳥はホトトギスと言いまして、鸚鵡の親戚なんです。人の言葉を真似ることも出来るんです。」


 セイラは苦し紛れの言い訳をした。この国にいない鳥だから通用する言い訳であるが、神官の彼女の言葉によもや嘘はないだろうと、その神官はあっさりと彼女の言葉を信じてしまった。信仰する神こそ違うが、大概の神殿では互いの神と教えを尊重し合い、敬っている。そう言うわけで、彼女と知り合ったのも神のご意志であろうと、その神官は彼女を神殿の奥まった所にある神官の控え室へと案内した。


第12回 コーシー・リーマンの関係式 [ネコ騙し数学]

第12回 コーシー・リーマンの関係式

複素関数w=f(z)の微分可能性、正則性を判定する便利な(?)定理を紹介しますにゃ。

定理

f(z)が領域Dで定義された関数であるとき、

  
とおく。

f(z)が領域Dにおいて正則であるための必要十分な条件は、uとvがDにおいて全微分可能で、

  
が成り立つことである。

証明は、結構、大変だにゃ。

【必要性】
f(z)
は正則(微分可能)なので、

  

が存在する。

で、Δz=Δx+iΔyとすると、

  

となるにゃ。

こういう言い方はちょっとインチキなんだけれどΔy=0とすると

上の式は

  

となる。

同様に、Δx=0とすると、

  

となる。

このことから、

  


【十分性】

uvの偏導関数が連続、つまり、全微分可能であるとすると

  
となる。

で、コーシー・リーマンの関係式を使うと

  

故に、

  

だから、微分可能。

―――十分性の証明は高木貞治の『解析概論』からパクったにゃ。真面目にやろうとすると、式が長くなって大変なんだケロ―――

欲しいのは、コーシー・リーマンの関係式だにゃ。
そして、

  

という結果だにゃ。

前回、は微分可能じゃないというのをやったにゃ。このとき、u=xv=−yとなるので、

  

となって、コーシー・リーマンの関係式を満たさない。



では、問題を一つ。

問題1 z=0で微分可能だが、正則でないことを示せ。


【解】

  

よって、

  

となる。
よって、uとvの偏導関数は連続なので全微分可能であり、また(x,y)=(0,0)において

  

となるので、(0,0)で微分可能。
しかし、z=0以外では微分可能でないから、正則でない。

問題2 次の関数の微分可能性を論じるケロ。 

  

【解】

これが微分可能で正則であることは前回やっているんだけれど、コーシー・リーマンの関係を使って証明してみるにゃ。

  

となるにゃ。

だから、

  

になる。
そして、これらの偏導関数は連続なので、uとvは全微分可能。

また、

  

となって、コーシー・リーマンの関係を満たすにゃ。

よって、定義域の全点で微分可能であり、正則である。

ちなみに、この微分は

  siki-12-1.png

となり、

  eq-11-2.png

という微分公式にn=2としたものと一致している。


タグ:複素解析

ちょっと偏微分の復習 [ネコ騙し数学]

ネコ騙し数学 ちょっと偏微分の復習

複素関数の微分で、2変数関数の偏微分が再登場するのですけれども、偏微分の定義と計算をよもや忘れていませんよね。

偏微分(偏導関数)の定義は、以下のとおり。


たとえば、


という2変数関数があるとすると、


となる。

また、
siki.png

となる。

定義から計算するとこうなるのだけれど、
x
fを偏微分するときは、yを定数と考えて、xの1変数の微分のように計算すればいいし、

yでfを偏微分するときは、xを定数と考えて、yの1変数の微分のように計算すればいい。

つまり、


となる。


じゃぁ、


はどうなるか。

いちいち、

と書くのは面倒なので、


と略して書くことにすにゃ。


xで偏微分するときはyは定数と考えて良いので、


だにゃ。

だから、


同様にyで偏微分するときは、xを定数と考えて、あとはyの普通の微分のように考えて計算すればいいので、


となるにゃ。

いちいち、∂―――「らうんどでぃー」とか「でる」と読む―――を付けて書くのは面倒なので、簡略化して


と添字を付けてあらわすこともある。


なのですが、ちょっと注意が必要。
2階の偏微分


と添字の順番が逆転する。この点は注意して欲しいにゃ。

でも、「ネコ騙し数学」で扱う関数は、基本的に、何度でも偏微分できて、偏微分した関数が連続な関数で、


が成立するので、それほど気にする必要はないと言えばない。

ですが、この点はすこし注意して欲しいにゃ。


さらに、


と書くにゃ。


複素関数の微分のところで、偏微分が出てくるので、復習をかねて紹介しました。


セイラ2 6章の続き2 [セイラ2]

 宴

 ホトトギスは、牛の尻尾と暫く遊んでいたが、やがてそれにも飽きて「ありがとうよ」と言って、馬小屋から出ていった。セイラとカイの眠る客室に戻ると、セイラの寝台に潜り込み、彼もまた眠り始めた。そして、日が沈む前に目を覚ますと、セイラに何度も優しい声をかけて、彼女を起こした。


 目を覚ましたセイラは、気怠そうに体を起こし、目を擦りながらホトトギスの姿を見た。彼に「ありがとう」と声をかけてから、カイを起こすために寝台から出た。


「カイ君、もう夕方よ。目を覚まして。」


 ホトトギスの猛攻に曝され気を失っていたカイがその言葉で目を覚ました。セイラはホトトギスの爪の痕が痛々しく残るカイの額を優しく触ってから心配げに彼に尋ねた。


「カイ君、大丈夫。」


 額には未だ激痛が残っていたが、女性に弱いところを見せるわけにはいかなかった。カイの男としての沽券に関わる問題であった。カイはセイラに頷いて、大丈夫であることを知らせた。セイラはそれを見て安心した表情を浮かべた。そして、彼を夕食に誘った。


 一行は宿屋の食堂に行き料理の注文をした。出される料理は、さすが一大保養地だけのことはあり、豪華なものであった。ホトトギスが牛の肉料理を啄みながら話を振った。


「馬の奴は肉牛だろう。いつかかみんなで焼肉パーティーをしよう。」


 ホトトギスのその提案を耳にし、普段、冷静なクロウリーの顔色が変化した。クロウリーが慌ててホトトギスに反論した。


「何を仰っているんですか。馬は我々の仲間なんですよ。食べるなんてとんでもない話です。それに良く考えて下さい。あんな痩せている牛が美味しいわけないでしょう。」


 クロウリーは牛の世話をずっとしてきた。そのために、情が何時しか移っていた。その様な彼にとり、牛は単なる家畜ではなく友達であり立派な仲間であった。食べるなど、全くの論外であった。しかし、クロウリーの懸命な反論も、ホトトギスには通用しなかった。ホトトギスは意味深な笑みを浮かべてクロウリーに話しかけた。


「牛の奴、自分で美味しいと言っていたぞ。俺が直接この耳で聞いたんだから、間違いはない。」


 ホトトギスは、彼の言う通り、牛に直接聞き、牛が美味しいことを確かめてあった。それに併せて、牛を購入した場所は、食肉にするための市場であった。値は付かなかったが、彼らが落札しなければ、間違いなく今頃は食肉になっていたはずである。今一行が口にしている牛肉になっている可能性もあったのである。その事実に気づき、三人はそれまで美味しいと舌鼓をしながら食べていた牛の肉料理に手を出さなくなった。それを見て、ホトトギスはセイラに尋ねた。


「どうしたの、セイラ。この肉、柔らかくて美味しいよ。残したらもったいないし、それに、作ってくれた人に悪いし、何より、お肉になった牛さんに申し訳がないじゃない。」


 そうした話を聞いて牛肉を食するほど、セイラの神経は太くなかった。生きる上で仕方ないことであることは頭の上では理解できるのだが、感情的には何処か決まりが悪かった。セイラは殆ど手の付いていない肉汁の滴っているステーキをホトトギスの前に出し、彼に食べるように言った。食欲魔神のホトトギスは、欣喜雀躍して喜びの感情を露にした。そして、牛の肉に食らいつき始めた。


 三人から、見事メインディッシュのステーキを巻き上げたが、ホトトギスの食欲はそれだけでは満たされることはなかった。自分の料理を食べ尽くすと、早速カイの料理を虎視眈々と窺い始めた。


 セイラは、横目でホトトギスを監視し続けていたが、彼の関心を逸らすためにワインを飲むように勧めた。セイラ手ずからのお酌である、ホトトギスに断れるはずがなかった。ホトトギスは、部屋から持ってきた自分専用のカップを両方の翼で挟むようにして持ち、嬉しそうな表情をして彼女のお酌を受けた。そして、一気にそれを飲み干した。もちろん、ホトトギスは嘴であるために、人間のように飲むことは出来ない。体の構造上、彼が幾ら努力をしようとも、それは不可能であった。しかし、ホトトギスは嘴をカップの中に浸けると、嘴をストローのように使い一気にワインを吸い上げた。そして、瞬く間にカップのワインを飲み干した。


「良い飲みっぷりね。惚れ惚れしちゃうわ。さあ、もう一杯。」


 セイラは、そう言って、ホトトギスに何度もお酒を勧めた。惚れた女のお酌である、ホトトギスは「鶯飲みだね」と言ってから、更に調子づいて酒を次から次へと飲み干していった。酒豪のホトトギスも酩酊し、上機嫌になっていった。今度は、ワインボトルを持って


「ご返杯だよ、セイラ」


と言って、彼女のワイングラスにワインを注ぎ足した。そして、彼女に飲むように迫った。


 彼にお酒を勧めたい上、セイラにはホトトギスのお酒を受ける義務があった。セイラは、仕方がなく彼のお酒を受けて、一気に杯を空にした。それを見て、ホトトギスは翼を打ち合わせて拍手するような仕種をした。そして、「言い飲みっぷりだね、さすがはセイラだ」と彼女のご機嫌を取りながら、彼女のグラスにお酒を次から次へと注ぎ足していった。


 かくして、セイラとホトトギスの再現のない乱痴気騒ぎが始まった。クロウリーとカイは呆れ顔をして二人の狂態を眺め始めた。



第11回 複素関数の微分 [ネコ騙し数学]

第11回 複素関数の微分

f(z)
は領域Dで定義された(複素)関数とする。zがD内の点aに近づくとき、
  
の値がzの近づき方に無関係に有限な値に近づくならば、この有限値をf(z)aにおける微分係数といい、f'(a)であらわす。このとき、f(z)a微分可能という。

すなわち、
  

である。

このあたりは1変数関数の微分と形式的に同じ。

そして、すぐに次の定理を提出し、証明しますにゃ。

定理
f(z)
aで微分可能ならば、f(z)aで連続である。


【証明】

  

よって、f(z)aで連続。

また、複素関数の微分可能の定義は実数の1変数関数の微分可能性の定義と形式的にまったく同じなので、

  

のとき、

  

が成立するにゃ。


(Ⅰ)と(Ⅱ)はあまりに明らかなので証明しないにゃ。
(Ⅲ)の証明は
  
となるにゃ。

(Ⅳ)は、このまま証明するのは阿呆だにゃ。

  

これと(Ⅲ)を使えば、(Ⅳ)になるにゃ。

だって、f(x)/g(x)=f(x)(1/g(x))なのだから・・・。


ここまで何か文句があるケロか?

それで〜、
複素関数w=f(z)が定義される領域Dの全ての点で微分可能のとき、f(z)D正則という。
このとき、領域Df(z)の導関数f'(z)、すなわち、

  

が定義できるにゃ。

導関数の記号として

  
というのも使われるにゃ。


このあたりも実数の1変数関数の微分と同じだケロ。

で、

  

が成り立つにゃ。

証明は、数学的帰納法を使って次のようにやるといいにゃ。


n=1
のとき

なので、成立。

n=kのとき成立すると仮定するにゃ。


それで、n=k+1のとき、


となるので、(1)式はn=k+1のときにも成立する。
数学的帰納法より(1)は成立する。


また、⑨を使うと、z≠0のとき、

  

だ・か・ら、
(1)は負の整数の時にも成り立つ。

つまり、
  eq-10-2.png

が一般に成り立つにゃ。


このあたりまでは実数の1変数関数とほとんど同じなのだけれど、複素関数はかなり曲者だケロ。この曲者ぶりをちょっと紹介するにゃ。

問題 次の関数は原点で微分可能か

  eq-10-3.png

【解】
例によりまして、y=mxにそって原点に近づけるさせるにゃ。

  eq-10-4.png

だから、上の式x→0とした時の値はmによって変わるにゃ。

つまり、原点で微分可能ではない。


原点だけではなく、
  eq-10-5.png
は複素平面上の全ての点で微分可能ではない。

f(z)=z=x+iyは複素平面の全点で微分可能、つまり、正則なのに、
f(z)=x−iyだと全点で微分可能でないのだから、不思議だろう。

と同時に、
このことから、複素関数の微分可能性、正則性という条件が非常に強い条件だということが分かるんじゃないだろうか。


セイラ2 6章の続き1 [セイラ2]


 昼寝


 昨夜、幽霊達と夜通しの楽しい宴会をし、一行は睡眠不足であった。そのために、夕食までの時間、寝て過ごすことにした。超生命体のホトトギスは元気一杯であっが、誰も彼の相手をしてくれないので、退屈を託ち始めた。

 ホトトギスは、暇潰しに、セイラの荷物の中から神学の本を取り出し、読書を始めた。とは言え、読んで面白い本ではなく、ホトトギスはすぐにそれにも飽きてしまった。彼は、どうしてこの退屈を紛らわそうかと考えたが、これと言って良い案も浮かばなかった。仕方ないなと溜め息を吐いて、馬という名の牛のいる馬小屋に向かっていった。


 馬は足を屈し床に横になっていたが、ホトトギスの姿を見ると体を急に起き上がらせ、警戒した様子で彼の姿を睨み付けた。ホトトギスは、牛の生意気な行動に気分を害したが、これまでの彼と牛の関係を考えれば、それも無理のないことだと思い幾分機嫌を直した。彼は、よちよちと牛の近くまで歩いて行き、それから、彼の背中に飛び乗った。牛は迷惑そうな顔をしていたが、彼がこれといった悪戯をしなかったので、やがて彼のことを気にしなくなっていった。


「おい、馬。お前は良いよな。食って寝てればいいんだもんな。何の悩みもないみたいだし、本当に羨ましいよ。」


 もちろん、人間の言葉でではない。多能なホトトギスは牛の言葉で語りかけた。牛は即座に彼に反論した。牛にだって、悩みがあることを彼に打ち明けた。


「そうか、お前も色々大変なんだな。」


 ホトトギスはそう言うと牛の体を丁寧に撫で始めた。食生活が改善されたせいであろう、牛の身が入ってきたように感じられた。ホトトギスは、彼が肉牛であったことを思い出した。最低希望価格が高過ぎるために落札する食肉業者はなかったけれど、競りに参加したホトトギスが落札しなければいずれは食肉になっていたであろう。そこで、ホトトギスは意味深な笑みを浮かべて彼に尋ねてみた。


「お前、美味しいのか。」


 牛は、命をホトトギスに助けてもらったことを感謝していた。しかし、その言葉を聞き、急に身の危険を感じ、「もう」と鳴いて彼の発言を否定した。ホトトギスは、牛の狼狽する気色を見て、それが嘘であることを看破した。


「嘘だろう。お前は美味しいに違いがない。あれだけの値段がしたんだ、絶対に美味しいはずだ。食べたりしないから、本当のことを言え。」


 牛は剣呑なホトトギスの目を見てこれ以上嘘を吐けないことを悟った。そして、不承不承ながらその事を認めた。ホトトギスは、舌舐めずりをしながら、「そうか、美味しいのか」と呟きながら、牛を見回した。その物騒な目付きを見て、牛は「もう」と鳴いて食べないでと訴えた。ホトトギスには、端からそのようなつもりはなかった。ただ牛をからかい、暇潰ししたいだけであった。


「安心しろ、今は食べたりしない。それはそうとして、おれ今暇なんだ。遊んでくれないか。」


 ホトトギスはそう言って牛と遊び始めた。


第10回 複素関数の連続 [ネコ騙し数学]

第10回 複素関数の連続

a
w=f(z)の定義域Dに属し、

が成り立つとき、f(z)aで連続という。

すなわち、

どのような正の数ε>0に対しても、正の数δ>0を適当に定めて


となるとき、f(z)aで連続という。

ちなみに、前回勉強した極限との連続の定義の違いがわかるかにゃ。


極限の定義は、極限値をlとすると


となるにゃ。
ちょっと違うにゃ。
極限では、a∈Dである必要はないけれど、連続の場合はa∈Dだからなんだにゃ。

それで、連続の定義である①式を見るとわかるけれど、これは実関数の①変数関数の連続の定義と形式的に同じなので、関数f()g(z)z=aで連続であるとき、


z=aで連続になる。


証明は、極限の証明とほとんど同じなので省略するにゃ。

それで、前回やった時と同じように複素関数f(z)=u(x,y)+iv(x,y)と実部と虚部に分けて、


とすると、



は同値になる。

抽象的な話ばかりしてもイメージがわかないと思うので、問題を。


問題1 次の関数は原点で連続か?


【解】
(1)xyが直線y=mx(mは実数の定数でx>0)にしたがって原点(0,0)に近づくとするにゃ。


このx→0の極限を求めると(求めるまでもなく)

となるにゃ。

この極限はmの値によって変わるにゃ。しかも、これは0じゃないにゃ。

よって、z=0で連続でない。


(2)は


それで、z→0とすれば、


となって連続となる。


ε-δ論法を使って証明するならば、任意のε>0に対してδ=εとすれば、


よって、z=0でこの関数は連続。


さらに、問題を。

問題2f(z)aで連続ならば、次の関数もaで連続であることを示せ。

【解】


そして、



何か、文句あるケロか?


abを複素数とすると、共役複素数には



という関係がある。
これを②で使っているにゃ。

また、③では、三角不等式の


を使っているにゃ。



それで〜、
定義域Dの全ての点でf(z)が連続であるとき、f(z)Dで連続な関数といいますにゃ。



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セイラ2 6章の始まり [セイラ2]

六章 火の神殿


 火の街


 一行は、死者の街を去ると、古代遺跡近くにある火の街と呼ばれる温泉街にやってきた。この街が火の街と呼ばれるのは、近くに活火山があるためである。そのため、周囲の到る所から温泉が湧き出し、このあたりは一大保養地帯になっていた。しかし、ゾンビが出没するようになり、この地を訪れる者がすっかり減少し、この温泉街は閑散としていた。それだけに、何処か荒涼とした観がしていた。


 セイラ達は、宿を決めるために温泉街の大通りを歩き始めていた。閑散としていたが、さすがに温泉街であり、通りには大きな宿屋が軒を並べていた。大通りを歩く温泉客の姿は少なくなっていたが、それでもかなりの人通りである。少ない客を奪い合うかのように激しい客の呼び込み合戦を繰り広げていた。何しろ馬車ではなく牛車の一行である。セイラ達はひときわ目だっていた。すぐに客引きの目に止まり、猛烈な呼び込みを受けた。人の良いセイラは、とても断り切れず、半ば強引に宿に連れ込まれてしまった。クロウリーとカイは互いの顔を暫く見合わせてから、諦めたように彼女の後を追いその宿屋に入っていった。


 強引な勧誘であったが、宿屋はかなりのものであった。広い室内と豪華な調度の数々、そして、何よりもふかふかの寝台。しかも、ゾンビの出没で客が激減していたために料金もかなり安くなっていた。文句の付け所がなかった。セイラは久しぶりの寝台に身を投げた。そして、思いっきり手足を寝台の上で伸ばした。暫く寝台の上で寛いでいたが、ここが温泉や度であり、いつでも入浴が可能であることを思い出した。村を出て以来、セイラはお風呂に入っていなかった。彼女は、同室のカイとホトトギスにお風呂を誘い、彼らと温泉へと出かけていった。


 ホトトギスは混浴場に入るものと信じて疑わなかったが、もちろん、セイラは女湯に入っていった。ホトトギスは鳥であり、彼が女湯に入っていけない理由はないのだが、ホトトギスが彼女の後を追い女湯に入って行こうとすると、セイラに叱られてしまった。ホトトギスは仕方なくタオルを肩にかけてカイより一足先に男湯に入っていった。そこには、クロウリーの姿があった。ホトトギスは、クロウリーに命じて、大きめの木桶に温泉の湯を入れさせた後に、木桶の中にお湯に入った。


 男同士の騒がしい入浴を済ませ、ホトトギスとカイは客室に戻っていた。当然と言えば当然であるが、客室にはセイラの姿がなかった。ホトトギスはそれに気づくと、不満そうな顔をして、セイラの寝台に舞い降りた。暫く寝台の上でセイラの帰りを待っていたが、彼女がなかなか帰ってこないことに焦れ始めた。その焦燥感を紛らすために、またしてもカイに絡み始めた。


 ホトトギスは、カイが濡れた髪の毛をタオルで丁寧に拭き取っているのを見てから、いきなりカイに飛びかかった。そして、カイの頭上から爪による攻撃を始めた。容赦のないホトトギスの攻撃に耐えかねてカイが彼に許しを乞い始めたが、ホトトギスにカイを許す気持ちなどなかった。誰がこの一行の中で一番強いのか、格好が良いのかを教え込むために、また、セイラの帰りが遅いことの憂さを、怒りを晴らすために、カイを苛み続けた。


 入浴を済まし、セイラは客室に戻ってきたが、寝台にカイがぐったりと横たわっているのを見て、驚きの声を上げた。


「あんた、一体、カイ君に何をしたのよ。」


 カイの寝台に近寄ったセイラは、カイの顔を心配そうに覗き込んだ。彼のかわいらしい顔には、ホトトギスの爪痕が痛々しいまでにはっきりと残っていた。ホトトギスがカイを虐めたことは明らかであった。しかし、幾らその事をホトトギスに詰問しても、ホトトギスが決してその犯行を認めないことはそれと同様に明らかであり、また、突拍子もない言い訳をすることも火を見るより明らかであった。ホトトギスに何かを言うだけ無駄であった。セイラは、カイの具合を確かめてから、大きな溜め息を吐いた。そして、にこやかな笑みを浮かべて、ホトトギスに自分の側に来るように言った。


 ホトトギスは、予期せぬ彼女の行動を訝しく思ったが、すぐに嬉しそうな顔をして彼女の右肩に舞い降りた。その瞬間、セイラは彼の小さな体を左手で鷲掴みにした。カイの額に残るホトトギスの爪痕を指し示して、声を殺して尋ねた。


「この爪痕はあんたのじゃないの。」


 ホトトギスは、このことを認めた瞬間、自分にどのような仕打ちが待っているのかをよく知っていた。この凶行を決して認めたようとしなかった。ホトトギスは「僕じゃないよ」と断言した。その言葉を聞き、セイラの怒りは更にヒートアップした。彼をつかむ左手に僅かに力を込めてから、彼に尋ねた。


「これは蝙蝠の爪痕かしら。それとも、あなた以外の誰かの爪痕なのかしら。ひょっとして、鳩のかしら。」


 ホトトギスは未だ何と答えるべきか考えていなかったが、その前に彼女から具体的な名前を上げられて、返答を迫られてしまった。彼としては、蝙蝠と答えたいところであったが、冬のこの時期に蝙蝠はおらず、この返答には明らかに無理があった。鳩は以前使ったし、今回の言い訳に使うわけにはいかなかった。何にしようかと考えている間にも、セイラの左手に力が込められてきていた。ホトトギスは、苦しそうに息をしながら、必死に言い訳を考えた。そして、不自然にならない言い訳を思いついた。
 あの無気味で賢い鳥ならば、大概の事は出来る。窓を開けて部屋に侵入し、カイに悪戯した後、窓を閉めて帰って行くことも出来るかも知れない。ホトトギスはそう思い、喘ぎつつも、でっち上げた話を始めた。


「カラスが窓を開けて入ってきたんだ。室内に何か食べ物がないか、物色していたんだけど、ないと知ると態度を一変させて、腹いせに湯当たりをして休んでいたカイに八つ当たりを始めたんだ。僕はカラスにそんなことはしてはいけないと必死に言ったんだ。何度も何度も訴えたんだ。そうしたら、カラスが僕を脅したんだ。セイラも知っているでしょう。カラスは狡猾で凶暴。鷲や鷹だってカラスにやられるほど、カラスは強い。そんな烏が僕にこう言って脅かしたんだ。殺されたくなかったら、黙って見ていな。僕は仕方なくカイがやられるところを見てたんだ。カイをやっつけて機嫌が直ったんだろう、そのカラスは入ってきた窓を閉めて悠然と去っていったんだ。だから、僕の言う事を信じて、セイラ。」


 セイラはホトトギスの途方もない言い訳を耳にして、全身に激しい脱力感を憶えた。ホトトギスは、セイラの戒めが緩んだ瞬間、彼女の左手から素早く逃げ出した。そして、カラスが侵入してきたというう窓まで飛んで行き、烏の凶行の再現を始めた。


 セイラは、呆れつつもその再現の一部始終を見た後、冷たい視線でカイの寝台の得えにいるホトトギスの姿を見た。ホトトギスは、このままでは自分の悪事が全て露見すると直観し、更なる荒唐無稽な作り話を始めた。


「いやあ、僕もあんな悪賢くて乱暴なカラスを初めて見たよ。あれは、きっと悪い魔術師の使い魔だね。僕達の探索を邪魔しようと放った刺客だったんだね。今思い出しても、体の震えが止まらないよ。」


 その時は、カラスが蝙蝠に、魔術師が吸血鬼に換っていたが、以前、セイラは同じような言い訳でホトトギスに騙された経験があった。同じ嘘が二度も通用するほど、セイラはお人好しでも馬鹿でもなかった。しかし、セイラはホトトギスの話に納得した表情をして、彼に近くに来るように目で合図した。ホトトギスは、セイラが自分の話を信じてくれた勘違いし、安心し、何の警戒もすることなく、セイラの右肩に止まった。セイラはその事を確認してから、「そう、烏がやったんだ」と言った瞬間、彼の体をしっかりと左手で握り締めた。そして、ホトトギスを睨み据えて彼に怒鳴りつけた。


「こんな荒唐無稽な作り話を信じるわけがないでしょう。あんたはどうして、いつも、いつもカイ君を虐めるのよ。」


 セイラはホトトギスを退治した後、彼の体を床に投げ捨てた。ホトトギスは床の上で転がりながら上目遣いでセイラの湯上がりの姿を眺めていた。やおら体を起こして、その感想を彼女に告げた。


「セイラ、きまっているね。格好良い。色っぽい。」