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セイラ1 終章 [セイラ1]

終章 夜鳴き


 吸血鬼をいとも簡単に退治しセイラは、久しぶりに眠りを楽しんだ。これまでの心労も手伝い、セイラが目を覚ましたのは、昼近くになってのことであったそして、彼女をこの眠りから覚ました外の騒ぎを不審に思い、彼女よりも早く目を覚ましていたホトトギスにその理由を尋ねた。ホトトギスは、外の喧噪に興味なさそうに、ごく簡単に説明した。


「女どもがカイを引っ張り出したんだ」


 ぬいぐるみのようにかわいいカイを、年頃の女性たちが放っておくはずがなかった。セイラが眠っているうちに、彼女らがカイを連れ出していったのである


 カイを見ず知らずの女達に簒奪される形になってしまったセイラは、ホトトギスを鋭い目付きで睨み付け、『なぜカイを女達の手に委ねたのか』とその眼光だけで問いかけた。ホトトギスは、セイラの言いがかりに憤慨した。
「カイが鼻の下を伸ばして、勝手について行ったんだ。僕は何度もカイを制止したんだ。『セイラが悲しむから、そんなことはしてはいけない』と何度も言ったんだ。そしたら、カイの奴が何と言ったと思う。『姉ちゃんにこのことを一口でも言ってみろ、焼き鳥にして食ってしまうからな。命が惜しかったら、分かっているな』と言って、部屋を出て行くときに、僕を睨むんだよ。カイのことを見損なったよ、僕。」


 しかし、事実これと違っていた。セイラが眠ってい間に、ホトトギスが彼女たちの部屋すべてを訪れ、カイの獅子奮迅の戦いぶりを盛んに喧伝し、そうなるように仕向けたのであった。そして、ホトトギスは、その事には一切触れず、捏造した話をセイラにした。


 セイラは、枕元にいるホトトギスを鷲づかみにし自分の右肩の上に乗せると、カイの監禁場所へと案内させた。そして、カイの顔を口紅で真っ赤に染まっているのを見て、激昂した。


「カイ君、その顔は何


 カイを取り囲んでいる女達は、セイラのこの発言を耳にすると一斉に、「嫌ねえ、保護者面しちゃってさぁ。あれは、きっと焼き餅」等々、めいめいが勝手なことを言って、セイラを手荒く歓迎した。


 セイラは、命の恩人に対するこの無礼な発言に激怒しながら、口紅で真っ赤に染まっているカイの顔を見た。


 しかし、そうした饗宴も長くは続かなかった。セイラは、女達をかき分け、カイを彼女から奪い取り、自分たちの部屋へと連れ帰った。


 山城は再び静寂に包まれた。セイラはその静寂の中でカイをじっと睨み付けた。顔に幾筋もの青筋を立てながら、口紅で真っ赤に染まったカイの顔を丁寧に布で拭ったそして、顔を綺麗にしたところで、カイへの説教を始めた。


 誰が何と言おうがぬいぐるみのように可愛いカイは自分だけの占有物であるべきであり、たとえわずかな時間であったとしても、このカイを誰にも貸し与えるつもりなど、セイラにはなかった。それだけに、彼女の説教はいつになく激しいものになってしまった。また、ここぞとばかり、ホトトギスまでセイラに加勢し、カイを苛み続けた。言葉だけではなく、セイラの目を盗んでは、嘴の一撃を何度も見舞いつつ、カイを嬲り続けた。こうしたセイラ達のカイに対する説教は、日暮れまで続いた。


 夕方になり、さすがにカイの様子を見かねたクロウリーが「カイ君も、反省しているようですし、このあたりで良いのではないですか」と助け船を出した。カイも、また、神妙な面持ちをして「ごめんなさい」と謝った。無尽蔵の体力を誇るセイラであったが、さすがに疲労の色は隠せず「いい、今度から、あんなみっともないことをしたら駄目だからね」と、最後に、カイに念押し、延々五時間にも及んだ説教を終えた。


 セイラの長い説教から解放されカイは夕食の支度を取りかかった。カイは、女性達から手厚いもてなしを受けていたが、カイ以外の二人と一羽は、朝から食事らしいものを何も口にしていなかった。そこで、彼らの胃袋を満たすために、自慢の腕前を振るった。一時間ほどで一行の夕食を作り上げると、その料理を一行に振る舞った。


 セイラは、空腹を癒すために、カイの料理を口にした。カイの料理の腕前は、旅を始めて以来、飛躍的に向上していた。セイラは、満足げに「カイ君は、料理が本当に上手いわね」とカイの料理の腕前を絶賛した。


 ホトトギスは、セイラのこの言葉を苦々しい思いで聞いた。ホトトギス『セイラの為に料理を作りたい』と切に願っているのだが、ホトトギスの体では料理を作ることはどうしても出来ないのだ。包丁は両方の翼を上手く使えば持てないことはないのだけれど、包丁を両方の翼で持ったままでは、ジャガイモの皮ひとつ剥くことさえ出来なかった。ホトトギスは、自分の不自由な体を嘆きつつ、嘴で料理を啄んだ。肉の塊をカイの頭だと思って、『この野郎、この野郎』と憎悪の念を込め何度も突いた。そして、瞬く間に自分の料理を平らげると、突然、「あれは何だろう?」と大きな声を上げて、右の翼で窓を指し示した。そして、一行の注意が窓のほうに向くと、その間隙をぬい、カイの皿から肉を奪い取ろうとした。お目当ての肉までの距離が3cmに迫ったとき、ホトトギスの嘴は、カイのフォークによって弾かれてしまった。嘴とフォークのぶつかり合う金属的な響きが広い室内に響き渡り、やがて、静寂の中に消えていった。


「お前は、同じ手が何度も通じると思うっているのか」


嘴に黄色いガキが利いたような口をきくんじゃねぇよ。そんなことより、お前の塩辛い料理のせいで、オレは喉が渇いた。早く、オレ様にお茶を入れやがれ


 カイの皿から肉を奪い取れなかったホトトギスは、腹いせとばかりに、カイにお茶の催促を始めた。しかし、自分が夕食中であることを理由に、ホトトギスのこの要求軽く聞き流されてしまった。ホトトギスは、カイに底知れない怒りを感じつつ、自分の専用カップを両方の翼で器用にはさみ、よたよたとよろめきながらティーポットの所まで歩みよった。そして、自分の体の数倍以上の質量を有するティーポットを重たそうに持ち上げそのカップにお茶を注注ぎ終えると、さきほど以上に覚束ない足取りでティーカップを抱え持って再び歩き始めた。大きなカップを持っているために、足もとはまったく見えなかった。このため、ホトトギスはつまずいてしまった。そして、不幸にも、ホトトギスの頭がすっぽりと、カップの中の熱いお茶の中に入ってしまった。ホトトギスは、「あちちち」と悲鳴を上げながら、顔をお茶から慌てて取り出した。しかし、人間とは違い、ホトトギスはは、羽と羽毛で覆われていた。その羽と羽毛が大量のお茶を含んでおり、ホトトギスは、苦悶に満ちた表情で、救いを求めるべくセイラの顔を見た。


「ホトトギス、早くコップの中に顔を入れなさい」


 セイラが水の入ったコップを差し出しながら、ホトトギスにそう言った。ホトトギスは、セイラの勧めのままに、大急ぎで、そのコップの中に頭を突っ込んだそして、顔を水に浸けて、ほっと安堵した。その後、何度も、息が続く限り水に顔を漬け、息継ぎのために水から顔を上げるということを顔から痛みがなくなるまで繰り返した。


 セイラは、食事を中座して、ホトトギスの様子を眺め、時に「大丈夫」と優しい言葉をホトトギスにかけた。ホトトギスが落ち着くと、甲斐甲斐しくホトトギスの火傷の手当を始めた。瓢箪から駒であった、セイラの献身的な介護を受けることになり、ホトトギスは幸せであった。ホトトギスは、セイラに甘えながら彼女の手当を受けた。その手当が妥当であったどうかは別にして、セイラは、軟膏を塗り、ホトトギスの顔に包帯をして治療を終えた。


 ホトトギスは感動に満ちた声で「セイラ、ありがとう」とお礼を言った。しかし、顔全体を包帯で巻かれ、視界をすっかり奪われたホトトギスは、カイの方向に深々と頭を下げてしまった。その瞬間、三人が一斉に笑い声を上げた。ホトトギスは、その笑いの原因がわからず、しばらく包帯の中で珍妙な表情をしていたが、セイラが「そっち、カイ君の方向よ」と教えてくれた。


 ホトトギスは、セイラのその声を頼り、歩き出した。しかし、上手く彼女の方向に歩くことが出来なかった。それを見かねて、セイラが彼の体を優しく掴み上げて彼女の右肩に置いてくれた。視覚を完全に失っていただけに、彼女の肌の匂いが、髪の匂いが、いつになく艶かしく感じられた。包帯で視界を奪われることによって、ホトトギスはセイラの存在をより身近に感じられ、幸福であった。暫く彼女の右肩に止まりその幸福に陶酔していたが、蝙と親交を結ぶことによって新たに身に着けた自分の能力を思い出した。ホトトギスは、嘴をすぼめ、その間隙空気を流すことにより超音波を発信し、反射波から周囲の状況を探り始めた。カイとの距離と方向を正確に計り、嘴の一撃を放つタイミングを窺った。そして、セイラの視線が自分から離れると、死ねとばかりに嘴による容赦のない攻撃を放った。


「何するんだ、馬鹿鳥。」


 カイは額を抑えながらそう罵った。しかし、ホトトギスは何食わない表情でカイの顔を見た。包帯を顔中に巻かれ、視覚を完全に失っている自分がカイに悪戯をしたなどと、一体、誰が思うであろうか。ホトトギスは、そう考えて、さらに、カイの額に嘴の一撃を見舞おうとした。


「あんた、カイ君に何て事するのよ」


 セイラのその声と同時に、ホトトギスの体はセイラの左手にギュッと力強く握り締められた。そして、夜のしじまに、ホトトギスの時ならぬ鳴き声が物悲しく響き渡った。ホトトギスの親友になった蝙だけが、夜の闇の中を飛び回り、彼に励ましの超音波を発し続けた。


セイラ1 五章の終わり [セイラ1]

 セイラは、このチャンスを見逃さなかった。右肩に止まるホトトギスに向かって、こう叫んだ。


「今よ、ホトトギス」


 ホトトギスは嘴から唾を放った。ホトトギスの口から発せられた唾は、様々な色の光を周囲に放ちながら猛烈な速度で直進し、吸血鬼の心臓を捉えた。何が自分の体に起きたか理解できないままに、吸血鬼は茫然とホトトギスの顔を見た。そして、ホトトギスに様々な呪詛を吐きながら、その姿を消滅させた。


 その時、カイは、麗しい女性の群れに取り囲まれ、途方に暮れながらその最後の瞬間を迎えようとしていた。しかし、吸血鬼が消滅した瞬間、カイを包囲していた女性達が一斉に崩れるようにその場に倒れこんだ。カイは何が起きたか理解できず、しばらく、その場に立ちつくしていたが、彼もとに駆け寄りながら「カイ君、大丈夫」と上げたセイラの声で、我を取り戻し、視線をセイラの方に向けた。


 セイラは、床に転がっている女性達を見て、吸血鬼を倒したのに、なぜかの徐々らが吸血鬼の呪縛から解放されていないのか、疑問に思った。そこで、どうしてですか」とクロウリーに尋ねた。


 クロウリーは暫く考えてから「吸血鬼に血を吸われ続けて貧血になっているのでしょう」と尤もらしい返答をした。


 吸血鬼を倒した者は、この国に誰一人としていないのだ。全てが初めての事態であった。そして、何を言っても推測の域を出ることはなかった。であったが、セイラは、貧血という言葉を聞き、いかにも女性には有り得そうなことだと思い、右肩に止まるホトトギスに「ねぇ、どうにかならない」と尋ねてみた


 ホトトギスは、暫く考えるふりをした後、セイラに頭を突き出し、「撫で撫で」する要求をした。


 セイラに頭を撫でられると、ホトトギスはうっとりとした表情を浮かべ、セイラの愛撫を堪能した。そして、これで満足でしょうと言いたそうな「さっさとやれ」というセイラの言葉を耳にすると、ホトトギスは床に倒れている乙女たちにウィンクした。その行為が具体的に何を意味するのか知るはホトトギス以外ないのだが、ホトトギスが瞬きした瞬間、床で気絶している女たちの首に付いていた吸血鬼の牙の痕が塞がり、そして、その乙女達は一斉に目を覚ました。


 彼女達は、我が身に何が起きたのか理解出来ない様子で、互いの顔を暫く見つめあっていた。しかし、その中の一人が代表してセイラに何が起きたのか尋ねた。


 吸血鬼に襲われ、捕われの身になっていた事を話しても良かったけれども、彼女達の将来のことを考えると、真実を伝えることが必ずしも良いことであるわけではないように思われた。嘘も方便であ。セイラは、真実を伝える代わりに、「あなた達は、盗賊団に攫われたのです。不思議な薬で、今まで眠らされていたのです。でも、安心して下さい。盗賊団は、私たちが退治しましたから」と答えた。


 吸血鬼に捕われた女達は、セイラのその話を信じられない思いで聞いていたが、セイラの話が終わると、一行に何度も助けてもらったお礼を丁重に述べた。そして、体を休めるために、その広間を後にし、彼女たちの部屋に戻っていった。

 


 セイラは、部屋に戻ると、救出作戦が成功したことを書にしたため、ホトトギスに手渡した。だが、ホトトギスは、彼女の意図が呑み込めず怪訝そうな顔をしてセイラに、こう尋ねた。


「セイラ、何、この手紙」


 ホトトギスは、そこまで言って、一つの可能性に気がついた。ホトトギスは顔をうっすらと赤く染めて「これは、ひょっとして、僕への恋文」と尋ねた。


 セイラは、軽い目眩を感じながら、「何馬鹿なことを言っているのよ。そんなことよりも、これを早く神殿に届けて頂戴」と怒鳴りつけた。


 ホトトギスは、大いに落胆し、わざとらしく大きく溜め息を吐いてみせた。ホトトギスのこの人間臭い仕草を目にしたセイラがホトトギス鉄拳制裁しようとすると、ホトトギスは、空に舞い上がり、「それじゃ、セイラ、手紙を届けてくるね」という言葉を残し、夜の闇の中に姿を消していった。


 セイラは、ホトトギスの姿が見えなくなるまで、彼を見送っていたが、彼の姿が見えなくなると、視線を室内に戻した。ホトトギスから解放されたのは、久しぶりのことであった。セイラは、ホトトギスから解放された自由を満喫しようと、ソファーベットに移動しようとした。その時のことである、「セイラ、何しているの」と言うホトトギスの声がした。セイラは、予期せぬ声に驚き、「えっ」と小さな声を上げた。そして、ホトトギスのほうに向き直り、「あんた、こんな所で何、油を売ってんのよ。早く手紙を届けてきなさい」と叱責した。


「手紙は、もう届けてきたよ。早かったでしょう」


 早すぎる。幾らなんでも早すぎる。自分に纒わり付いているこのホトトギス、並のホトトギスでない事を考慮に入れても早すぎた。このため、セイラは、ホトトギスの発言を信じることが出来ず、彼女が手紙をくくり付けたホトトギスの足を見た。そこに手紙がないことに驚き、セイラはホトトギスをこう尋ねた


「あんた、手紙どうしたのよ。まさか、捨てたんじゃないでしょうね」


 予期していた質問とは言え、セイラの心ないこの言葉にホトトギスは憤慨した。しかも、この欝憤を晴らすカイがこの部屋にいなかった。ホトトギスは、仕方なく、彼女に背を向けた。


「これ返書だよ」


 ホトトギスは、そう言って、背中に背負っている手紙をセイラに見せた。セイラは、見覚えのある知恵の神の紋章を見て、ホトトギスの話が本当であることを知った。それでも、信じられない思いで、セイラはホトトギスに質問した。


「あんた、一体、どういう手品を使ったの」


 あまりのセイラの発言に、ホトトギスは、文字通りその小さな胸を痛めた。そして、わざとらしく、自分の胸を右の翼で抑えて、自分が痛く傷ついたことを彼女に示した。セイラは、それを見て自分がホトトギスの心情を害したことを知り、ホトトギスに陳謝し、お詫びの代わりに、彼の喉のあたりを何度か撫でてやった。ホトトギスは、それに満足して、彼女に話しかけた。


「僕は、なんて幸せなんだろう。そうだ、今日は夜を徹して愛を語り合おう」


セイラ1 五章の続き6 [セイラ1]

 決闘


 セイラ達は、男の案内を受け、大広間に入った、広間の奥の、周囲より一段高くなっている場所にある玉座と形容すべき椅子に、貴族然とした男がひとり悠然と座っていた。セイラは、その姿を見て、その男がこの事件の首謀者であり、そして、吸血鬼であることを理解した。セイラは、剣の柄に手をかけながら、玉座に座しているこの男に近付いて行った。


 玉座に座る男が、セイラの無礼な行動を見て、「これは、また、礼儀を知らぬお嬢さんだ」と嘯いた。
 伝説が真実であるならば、吸血鬼の体にはいかなる金属製の武器も通用しない。そうした根拠のない俗信に自ら酔いしれ、自らをあたかも真の不死者であるであるかのように錯誤している吸血鬼に、セイラは底知れない怒りを覚えた。


 一方、ホトトギスは、吸血鬼に関心を示すことなく、自らの羽根の繕いに余念がなかった。冥界からの使者とされるホトトギスにとり、生と死の間に徘徊する吸血鬼など、お馴染みの存在であり、取るに足らない存在であった。このため、ホトトギスは、吸血鬼に注意を払うことなく、セイラの目を楽しませるためだけに、毛繕いに精を出し続けた。そして、この毛繕いが終了したとき、偶然にも、憎みても余りある、不倶戴天の敵というべきカイと目が遭い、ホトトギスは、口を大きく開き、目の前の吸血鬼以上にカイに敵意を露にし、カイへの威嚇を始めた。ホトトギスにとって、真の敵は、死に損ないの吸血鬼ではなく、ぬいぐるみのようにかわいいカイの方であったのである


 吸血鬼の実力を端から侮っているセイラは、吸血鬼の玉座に近寄ると、魔術師のクロウリーの再三にわたる警告を無視し、彼が攫ってきた町の乙女たちの解放を声高に要求した。


 だが、吸血鬼は、玉座に座ったまま、この不遜な小娘を余裕に満ちた表情で見つめ「私は誰も束縛はしていない。ここに残っているのは、彼女らの意志である」と宣言した。そして、セイラから視線を離して、吸血鬼の側に侍る、美しく着飾った女達を見た。


 吸血鬼のこの発言を信じないセイラは、吸血鬼を陶然と見つめる乙女達に「さあ、早く私の所に」と呼びかけた。しかし、彼女達は誰一人として吸血鬼から離れようとはしなかった。セイラは、この事を訝りつつ、もう一度、自分の所に来るように大きな声で呼びかけた。


 吸血鬼が、セイラの呼びかけを高らかに笑い飛ばし、威厳に満ちた声で、こう宣言した。

「私は誰も束縛していない。私のもとにいるのは、彼女らの自由意志なのだ」

 セイラは、吸血鬼を、そして、彼の周りを取り巻いている乙女達を、信じられない思いで見つめた。それでも、何度も彼女らに自分の所に来るように叫び続けた。しかし、誰一人来る者がないことを知ると、「どうして」と小さな声で呟いた。


「生き血を吸われた時点で彼女達は吸血鬼の眷属で、彼女達の心身は吸血鬼の支配下にあるのです。ですから、あなたのいかなる呼びかけにも、彼女達は答えません。彼女達を救う方法は、吸血鬼を倒す以外ありません」


 セイラは、クロウリーの話を聞き、事の真相を知った。彼女は、この忌まわしい吸血鬼に、こう怒鳴りつけた。


「何が彼女達の自由意志よ。あんたが怪しい力で操っているだけじゃない」


 セイラはそう言うと同時に吸血鬼に向かって剣を構えた。


 セイラがいきなり吸血鬼に喧嘩を売るような真似をし、そのきっかけを作った自分の発言を、クロウリーは深く後悔した。しかし、事ここ至れば、戦うしかなかった。効果のほどは不明であったけれど、この日のために対吸血鬼戦用に用意してきた魔法の品々を先手必勝とばかりに吸血鬼に投げつけ投げつけられた様々な魔法の品々が、互いに干渉しながら、吸血鬼に殺到した。そして、吸血鬼の体を巨大な光が包み囲んだ。


 セイラは花火のような光景をじっと見つめた。クロウリーの魔法が吸血鬼を始末してくれればそれでよし、吸血鬼が絶命していなければ、剣で戦うまでである。剣とは違い、呪文の詠唱を要する魔法は、続けて攻撃することができない。そして、威力の大きい魔法ほど、呪文の詠唱には長い時間を要する。クロウリーにその時間を与えるために、彼の身を守るための盾となるべく、剣で戦うしかなかった。セイラは、その鋭い剣の切っ先を吸血鬼に向けたまま、光球の消滅するときを待った。


 このまばゆい光球が消滅した時、吸血鬼の無傷な姿が現れた。そんな魔法は通用しないという顔をして、吸血鬼が三人を見つめていた。セイラは、吸血鬼のその姿を見るのと同時に、吸血鬼の首を狙い、剣を横薙ぎにした。セイラの剣は狙いを過たず吸血鬼の首筋を襲った。そして、吸血鬼の首と衝突した。だが、金属的な鋭い音を立てて、鋼鉄製のセイラの剣が跳ね返されてしまった。セイラは、手に激しい痺れを感じながら、信じられない思い吸血鬼を見た。


 吸血鬼は、余裕綽々の表情でセイラを見つめた。


「愚かな、私の体に剣が通用すると思っているのか」


 吸血鬼は、そう言うと、真紅の瞳でセイラを見た。たったそれだけで、セイラの体が後方に吹き飛ばされた。


 幸い、ホトトギスの張っていた結界のお陰で、セイラは何の外傷も負うことはなかったけれど、結界を激しく襲って衝撃でセイラの体は宙に巻き上げられ、彼女は床に体をしたたか打ち付ける結果になった。予期せぬこの一撃のために、セイラは受け身を取ることが出来ず、床との衝突の際に、げふっと肺に溜まった空気を一気に吐き出した。
 セイラの右肩に掴まっていたが、何の被害を受けることもなかったホトトギスは、心配そうにセイラの顔を見て、「セイラ、大丈夫」と声をかけた。セイラが辛そうに体を起こしながら、それでも気丈に頷き返すのを見て、ホトトギスは安堵の色を顔に浮かべた。そして、鬼のような形相をして吸血鬼を睨みつけた。


「この野郎、オレのセイラに何てひどいことをするんだ。手前、ただで済むと思うな」


 ホトトギスは、吸血鬼にそう啖呵を切るのと同時に、吸血鬼の心臓に狙いをつけ、必殺の唾の一撃を放とうとした。


 その時である、セイラは、ホトトギスのこの物騒な気配を感じ、「駄目」と大きな声を上げ、必殺の唾の一撃を阻止した。ホトトギスの唾は、威力が余りにも大きすぎ、吸血鬼のみならず、吸血鬼を取り巻く女性達をも巻き込む可能性があったのだ。それほど、ホトトギスの唾による一撃は危険だった。しかも今は、ホトトギスは、怒りで我を忘れており、唾の災禍は、セイラにも想像がつかなかった。ホトトギスによって張られた結界で守られている自分以外の存在が、この城ごと消滅する可能性さえあるように、彼女には思えた。


 ホトトギスは、セイラの制止の声を聞き、唾による必殺の一撃中止した。セイラは、それを見て、ホトトギスに「良い子だね」と言いながら、剣を杖代わりにして体を起こし、再び剣を構えた。


 一方、カイは吸血鬼の配下のモンスターと剣を合わせていた。蝙蝠の形をした物、狼の形をした物、その他諸々のモンスターと戦い、不思議な力を帯びた剣で、一人、また一人と切り捨てていった。ここ数日のモンスターとの戦いで、カイはモンスターの戦闘パターンを理解しており、まったく危なげなくモンスターを一体ずつ確実に屠っていった。そして、瞬く間にモンスターの群れを全滅させて、親玉である吸血鬼に迫ろうとしていた。


 吸血鬼は、カイの剣の技量とその剣にただならぬものを感じ、彼を取り巻いていた麗しい姿の女性達をカイに差し向けた。


 カイはその女性の群れを見て動揺した。今までの見目麗しくないモンスターと違い、肌も露な乙女達を傷つける訳にはいかなかった。カイは、戦闘を放棄し、彼を捕らえようとする乙女の群れから逃げ始めた。しかし、多勢に無勢であった。カイは美しい女性の群れに大広間の一角で追い詰められ、人生最大の危機を迎えた。


セイラ1 五章の続き5 [セイラ1]

 山城潜入

 

 日の高いうちに、セイラたち一行は吸血鬼の本拠地である山城に到着した。あたかも一行の到着を予期していたかのように、橋が下りていており、セイラたちが城の中に入るように誘っていだ。一行は、しばらく、身を隠している繁みの中から城の中の様子を窺いながら、小さな声で相談を始めた。


「敵は明らかに私たちの到着を予想しているようですが、どうしますか」


 クロウリーのこの不安を、ホトトギスが鼻で笑い飛ばした。


「そんな事は、見ればすぐに分かるだろうが。さあ、行くぞ」


「何あんたが偉そうに仕切っているのよ。どうして、私たちが、あんたの指示に従わなければならないの」


 一行のリーダーであるセイラは、このホトトギスの指導者然とした態度が気に入らなかった。このため、ホトトギスの発言の当否は関係なしに、如何にも不愉快そうに、セイラはそう言った。しかし、ホトトギスが「ごめんなさい」と謝ると、セイラは、幾分、機嫌を直したようで、「虎穴に入らずんば虎児を得ず、と言うわ。さあ、日の高いうちに入っちゃいましょう」と言った。


 相手は吸血鬼昼間は活動が出来ない。太陽が西の空に沈む前に、セイラとしては、吸血鬼の退治を完了するつもりでいた。それゆえに、繁みの中に身を隠すことは時間の浪費であり、一刻も早く城内に入り吸血鬼の息の根を止めてしまいたかった。


 セイラの発言は一応理屈が通っていた。敵が待ちかまえていようといまいとにかかわらず、一行は城の中に潜入しなければならなかった。また、確証はないが、吸血鬼は夜の魔物で、昼間は活動しないことになっていた。太陽が高いうちならば、吸血鬼と戦闘することなく、吸血鬼を退治できる可能性もあった。クロウリーもセイラの意見に賛成し、敵城に入っていった。


 知恵の神の神殿で得た情報によれば、この山城はたいぶ前に放棄されたと言うことであったが、城の中に入ってみると、内部は整然としており、今も人が住んでいるように感じられた。このため、セイラは、不意の敵襲に備え、あたりを警戒しながら石畳の上を注意深く歩いた。こつこつと言う靴音が、静寂に包まれている回廊に響き渡った。


 それまで、彼女右肩の上に止まり、大人しくしていたホトトギスが、「セイラ、そんなに心配しなくてもいいよ。この屋敷には、人は一人しかいないんだから」と語りかけてきた。


 妙に自信満々なホトトギスの物の言いぶりに少し反感を憶えるつつ、セイラはホトトギスのこの発言を不審に思った。この城の手の行き届いた様子からして、人がこの城内にいる可能性は極めて高い。この屋敷の広さを考えれば、一人の人間がこれを管理出来るとは思えなかった。また、どうして一人とホトトギスが断定できるのかも不思議であった。人がいるならば、複数であるはずであり、また、人の生き血を啜るという習性を有する吸血鬼であり人が一人もいなくても不思議ではなかった。それなのに、なぜ、一人なのか、セイラには理解できなかった。


「あんた、何でそんなことが分かるのよ」


 セイラは、ホトトギスにそう尋ねたのだが、ホトトギスが返答する前にクロウリーが答えた。


「吸血鬼には、傴僂男の召使がいる事になっているんです。これは、古くからのお約束で、芝居にも物の本にもその様に書いてあります」


 クロウリーのこの発言は、現実を無理やり自分の知識に適合させようとする発言のように思われたが、魔術やモンスターに長けた魔術師のクロウリーの言であり、「そう言うものかしら、セイラは納得した。しかし、彼女の右肩に止まっているホトトギスクロウリーの根拠のない発言を即座に否定した。


「そんな事は、人間が勝手に考え出したものだろう。どうして、傴僂男が吸血鬼の召使にならなきゃならないんだ」


 ホトトギスは、そう言ってから、クロウリーを如何にも胡散臭そうに一瞥し「お前、その様子だと、吸血鬼が陽光に弱いとか、木の杭で心臓を打ち抜かれると死んでしまうとか、そんな与太話を信じているみたいだな」と言った。「えっ、違うんですか」と、クロウリーが情けない声を上げると、ホトトギスは魔術師のクロウリーの吸血鬼に対する認識の低さに唖然とし、如何にも小馬鹿にしたような声で「お前は、それでも魔術師なのか」と言った。


 魔術師といえども、実際吸血鬼に相対することはない。書物で吸血鬼に関する記述、多分に迷妄に満ちたものであり、俗信と何等変わらないものであることを、クロウリーも知っていたが、如何せん、これ以外に情報がなかったのである。これは魔術師・クロウリーの責任と言うよりは、吸血鬼という存在がそれだけ珍しいものであり、それ故に、その生態、習性などが知られていない事に因っていた。結局、クロウリーの吸血鬼に関する知識は、一般人のそれとと何ら変わることがなかった。しかし、クロウリーは臆面もなく「私は魔術師ですそれに、何か、私の吸血鬼に関する知識に過ちがありますか」とホトトギスに尋ねた。


 ホトトギスは、知識のある馬鹿が一番始末に困るのだ、と思いつつこの愚かな魔術師の誤解を解こうとした。


「全く、魔術師と言うからもう少し使い物になるかと思ったんだが、これじゃ、お馬鹿なカイと全然変わらないじゃないか。仕方ない、俺が吸血鬼について少し講義してやろう。蝙蝠やモグラは夜に活動するけど、蝙蝠やモグラは太陽光線を浴びると死んでしまうのか」


 ホトトギスは言いたい放題であったが、クロウリーはホトトギスの質問に「いいえ」と答えた。ホトトギスは、クロウリーのその答を待ってから、「何で、吸血鬼が心臓に木の杭を打たれると死んでしまうんだ」と尋ねた。


 物の本にそう書いてあったからだ、と答えようと思ったが、それではいかにも芸がなさ過ぎると思い、クロウリーは、自分の学識をひけらかすことにした


「吸血鬼は地の属性の化物です。それ故に、地のエネルギー、力を吸収する木から作られる杭で、その力、生命力を吸い取ることが出来るのです」


 実に明快な返答であった。一応の説得力はもっていた。


 人間は、四大元素、即ち地水火風を物質の基本元素と考え、四大元素の和合でこの世の物質は構成されていると考えている。これは、シンプルで、実に魅力的な考え方であった。しかも、人間は、愚かにも、吸血鬼を死者の延長戦上で考えてさえいた。また、人間は土から創造された物であり、だから死した後に土に帰るものと考えられと素朴に信じられており、吸血鬼が地の属性に有することを誰一人として疑わなかった。だから、大地のエネルギを吸収する木が、地の属性である吸血鬼の力、命を吸い取ると言うことも、いかにも有り得そうな話であった。


 しかし、過ちは過ちである。誤った情報を幾ら集めても、真実にはならない。例えて言えば、象の鼻は短い、象の体は小さい、などの誤った情報を幾ら集積しても、象を知ったことにはならない。むしろ、そうした知識は、さらに、大きな誤解を生むことになる。”知は力なり”という諺があるが、”知が力”になり得るのは、その知識が正しいときであり、誤ったときの話ではないのだ。中途半端な知識やあやふやな知識は、正しい判断を下す際の障害になることはあっても、プラスに作用することはないし、知らないほうが良い結果を招く事もあるくらいだ。


 ホトトギスは人間の知識のいい加減さに呆れ果て大きく嘆息した。そして、口を大きく開けたまま、クロウリーにこう言った。


「お前、そんないい加減な知識で、吸血鬼と喧嘩しようというのか。開いた口が塞がらないよ」


 セイラは、ホトトギスの驚異の発声法に驚きつつ、吸血鬼の退治法をホトトギスに尋ねた。ホトトギスは、何も答えずに、「僕に任せておいて」とだけ言い、具体的吸血鬼の退治法については何も教えようとはしなかった。このことに痺れを切らしたセイラがさらにその事を尋ねようとした時、ホトトギスが突然「誰か来るぞ」という声を上げ、一行に警戒を呼びかけた。ホトトギスのその声を聞くと、セイラ達一行は敵の襲撃に備えて、身構えた。ホトトギスが警告したように、足音が次第次第に近付いてきた。セイラ達の顔に緊張が走った。ホトトギスは、セイラの右肩の上に止まった状態で、自分の羽根を嘴で丁寧に繕いながら、「警戒は要らないよただの人間だから」と暢気な声で言った。


 セイラは、ホトトギスの暢気な声を耳にし、どうして、大切なことを後になってから言うのだろう、と強く憤った。セイラは、ホトトギスを横目で睨みながら、「あんたは、いつももいつもも、どうしてそうなのよ。大切なことを、どうして、後で知らせるのよ」と怒鳴りつけた。


 クロウリーは、自分たちがいるのは紛れもなく敵地であり、たとえ、近付いてくるものが人間だとしても、それが自分たちの敵である可能性が高いということを思い至らないセイラの非常識な大声に唖然とし、遅いとは思いつつも、「セイラさん、ここは敵地なんです。静かにしてください」と注意した。


 しかし、クロウリーの危惧は全くの杞憂であった。セイラ達に気づいた人影は、彼女らの存在を認めると、恭しく挨拶をし「ご主人様が、皆様をお待ちしております」と言って、一行を案内しようとした。


 セイラは、これが吸血鬼の罠である可能性に気づき、カイに小声で相談を持ちかけた。


「カイ君、これは敵の罠じゃないかしら。どうしたら良いと思う」


「悩んでも仕方ないんじゃない。罠だとしても、ここはあの人に従うべきだと思うな」


 セイラは、カイの発言をもっともだと思い、案内役の男に従うことにした。、「案内、宜しくお願いします」と言って、その男の後に従った。そして、一行は大きな部屋に案内され、セイラ達はその部屋に入った。その瞬間、部屋の扉が大きな音を立てて閉まった。セイラは、「罠だわ」と大きな声で叫ぶとの同時に、部屋の扉に駆け寄り、それを開こうとした。しかし、外から施錠されたかのように、扉は開こうともしなかった。それでも、セイラは、出口を捜すべく、急いで他の扉を調べたが、やはり他の扉も開く気配がなかった。セイラは、自分たちがこの大きな部屋に監禁されたことを知り、大きくうなだれた。


 狼狽するセイラとは異なり、カイは落ち着きを払い椅子に腰を下ろした。そして、セイラに話しかけた。


「姉ちゃん、そんなに心配することないよ。この部屋に僕達を監禁したということは、吸血鬼が僕達に面会する気があるということなんだから」


 カイは、そこまで言うと、セイラの肩に止まっているホトトギスを見て、「僕達には、ホトトギスがいるんだから、こんな扉なんか、ワケないよ」と言った。セイラは、これまでに二度、ホトトギスの嘴から発せられるの破壊力の凄まじさを目撃していた。その威力からすれば、ここにある扉など紙のようなものであり、木っ端微塵に破壊しつくせるであろうカイの言うとおり、監禁されていても、何ら問題なかったのであるその気になれば、いつでも、この部屋から脱出できるのだから。


 ホトトギスは、カイを忌ま忌ましく思い、「勝手なことを言いやがる」と呟き、顔をカイから背けた


 セイラは、カイの話を聞き、落ち着きを取り戻した。彼女の右肩に止まるホトトギスは、世界最強のホトトギスであり、頼もしい相棒であった。吸血鬼くらいに、ホトトギスが不覚を取るはずがなかった。それでも、セイラはホトトギスに「本当に大丈夫よね」と、一つ声を掛けた。そして、ホトトギスが力強く頷くのを見て安心した。


 セイラ達は、自分たちの荷物から必要なものを取り出し、お茶などを飲みながら、室内でくつろいだ日が暮れて暫くすると、部屋の扉が自然と開いた。そして、さきほどの男が恭しく挨拶をしながら入ってきた。セイラは、ゆっくりと男のほうに視線を向けた。男が「ご主人様のお待ちです」と語りかけると、一行はゆっくりと立ち上がり、そして、案内役の男の後についていった。





セイラ1 五章の続き4 [セイラ1]

 作戦会議


 蝙蝠男に圧勝した一行は、また敵が襲ってくるかもしれないと、しばらくの間、様子を見ていた。しかし、新たな敵襲がないことを知ると、一行は、また、一時間おきに歩哨を一人立てることにして、眠り始めた。幸い、その夜の敵襲はその後なく、一行は穏やかな朝を迎えた。


 夜明けと同時に、一行は、目を覚ました。そして、夜露で冷え切った体を温めるために、ともに熱いお茶を飲み始めたそのお茶を啜りながら、今後の予定について話し合った。


 一行の料理担当者であるカイは、お茶を飲み終えると、いつものように一行の朝食の準備に取り掛かったその様子を満足そうに眺めていたセイラであったが、このところの気苦労のためなのであろう、睡魔には勝てないらしく、その疲れを癒すべく朝食までの間、仮眠を取ることにした。すると、ホトトギスまでもが彼女の体に寄り添うように眠り始めた。いつもは口だけではなく嘴まで出すホトトギスの邪魔が入らず、カイの朝食の準備は、はかどりにはかどった。そして、作り始めてから三十分ほどで、一行の朝食の支度が整ってしまった。朝食の支度を全て終えたカイは、心地良さそうに眠るセイラの姿を見て、起こすべきか、このまま眠らせておくべきか、考え始めた。結局結論を得ることなく、カイは救いをクロウリーに求めた。


「クロウリーさん、どうしましょう。」


 カイから下駄を預けられた格好になったクロウリーにしても、どちらを選択したら良いのか分からなかった。起こせばホトトギスの恨みを買い、起こさなければセイラから叱責を受ける。どちらにしても、損な役回りを引き受けることになるのだ。クロウリーは、困った様子で「さあ、どうしたらいいのでしょう」と答えた。


 カイは、クロウリーから明確な答えを得られず、再び考え始めた。


 ホトトギスの彼に対する乱暴は、このところますます過激なものになっていた。些細なことでホトトギスはカイに喧嘩を売り、その鋭い嘴で、爪でカイを苛み続けていた。このため、また、敵地に近いということもあり、ホトトギスの感情を逆撫でするようなことは極力避けたかった。散々悩んだ結果、セイラとホトトギスを眠らせたままの状態で、自分とクロウリーだけで朝食を取ることにした。


 男だけの朝食で、何の色気もなかった。カイとクロウリーは、ホトトギスを刺激しないように、音を忍ばせ、最小限の会話だけを交わして、朝食を取った。


 カイとクロウリーの二人は、食後のお茶を飲みながら、セイラとホトトギスが目を覚ますのを待った。眠り始めてから二時間ほどして、セイラがようやく目を覚ました。そして、自分がすっかり寝込んでしまったことにばつの悪さを感じ、セイラは照れ臭そうな表情を浮かべカイの顔を見た。すると、カイが「おはよう」と挨拶をし、お茶を差し出してきた。その手渡されたカップを受け取るのと同時に、カイ君、おはよう」と手短に応えた。そして、小さな子供がするように、それを両手で持ちながら、飲み始めた。


 セイラとともに目を覚ましていたホトトギスは、セイラにだけお茶が出されることを不満に思い、「何で、俺にはお茶がないんだ。不公平じゃないか」と、早速、苦情を言い出した


 これまでにホトトギスに散々いじめられた来たカイは、ホトトギスが不満な声を上げると、ホトトギスの機嫌を損ねないように「ちょっと、待ってよ」と言って、急いでホトトギスの専用カップにお茶を注いだ。そして「はい」と言って、お茶を手渡した。


 ホトトギスは、それを両方の翼でお茶を受け取り、カップをゆっくりと引き寄せた。嘴で器用にお茶を飲みながら、カイに向かって、こう怒鳴りつけた。


「このうすのろ、さっさとオレ様とセイラの飯の支度をしろ。オレは腹が減って、今にも死にそうだ」


 カイは、ホトトギスの罵声に憤慨しながらも、ホトトギスに言われるまま、彼の食事の支度をした。そして、自分の前に料理が出されると、ホトトギスは、セイラの肩から飛び降り、朝食をとり始めた。


 「こんなまずいものが食えるか」、「味が濃すぎる。オレを高血圧にしたいのか」など、散々文句を付けながら、ホトトギスは、カイの手料理を全て平らげたそして皿や容器にわずかに残っている汁や油まですべて舌で綺麗に嘗めとってから、自分のカップを両方の翼で抱え、よたよたとよろめきながらティーポットの手前に寄り、クロウリーを一瞥し、カップにお茶を入れるように指図した。クロウリーがお茶を入れると、再びよろめきながら朝食を取った場所へと戻り、そこでお茶を飲み始めた


「セイラ、これからどうしよう」


 ホトトギスはお茶を飲みながらそう尋ねた。セイラもお茶を口にしながら、「どうするって、行くしかないでしょう」と即答した。


 吸血鬼の居場所は分かっている。攻撃は最大の防御の格言通り、セイラは吸血鬼を急襲するつもりであった。


 ホトトギスは、セイラのこの頼もしい言葉を耳にすると、両方の翼で抱えていたカップを地面に下ろし、「さすが、セイラ」と掛け声をかけ、翼を何度も打ち合わせた。


「それはそれとして、どうやって城の中に入るつもりですか」


 二人盛り上がるセイラとホトトギスをよそに、冷静な魔術師クロウリーがセイラにそう尋ねた。吸血鬼の本拠地はかなり前に放棄された山城であるとはいえ、城は城である容易に外から城の中に侵入出来るとは思えなかったからである。


 黙り込んでいるセイラに代わって、クロウリーのこの問いかけに答えたのはホトトギスであった。


「敵の所に行ってみなきゃ、分かるはずがないだろう。何、相手は吸血鬼だ、心配は要らない


 ホトトギスの指摘するとおり、実際に敵の本拠地を目にしないことには、作戦の立てようがなかった。


「相手は吸血鬼。オレとセイラとの愛の前では、物の数ではない」


 ホトトギスは胸を張ってそう断言した


 吸血鬼といえば、最上級のアンデットである。この難敵に対し、出たとこ勝負の、作戦とはいえない作戦でよいのであろうか。クロウリーの不安は急に募った。そして、いつも出たとこ勝負のホトトギスに質問したことを深く後悔した質問すべき相手を間違った、と思った。クロウリーが『カイ君に質問すればよかった』と、心の中で、深い溜め息を一つ吐(つ)のと同時に、セイラが「それもそうね」と言って、ホトトギスの作戦とは言えない作戦に賛成した。セイラとホトトギスのこの姿を見て、クロウリーは、こう思った。
 何だかんだ言っても、この二人は似ている。


セイラ1 五章の続き3 [セイラ1]

 ホトトギスは、幸せの絶頂にいた。しかし、その幸せは長続きしなかった。周囲の異常を察知した、ある蝙蝠が仲間に警戒の信号を発し始めたのだ。人間であるセイラには聞こえないが、ホトトギスは、蝙蝠たちが盛んに発する、この警戒信号を聞き逃さなかった。ホトトギスは俄に騒がしくなった蝙蝠の集団に目を向けてみた。嘴をすぼめ、自らも超音波を発信して蝙蝠に何が起きたのか尋ね、気のいい蝙蝠たちからもたらされた情報を頼りに、接近する敵に超音波を照射して、反射波から敵の数、距離そして大きさを探索した。その全ての分析を終えと、ホトトギスはセイラに警告した。


「セイラ、何か来るよ」


 ホトトギスは、敵の正確な情報を知っていたが、セイラには敵が来ることだけを知らせた。


 セイラはホトトギスの警告を聞きホトトギスに「カイ君を起こして」と言い、彼女自身は側に休んでいるクロウリーを起こした。ホトトギスは、これ幸いと、日頃の憎しみを込め、包帯を当てているカイのおでこを容赦なく嘴で突いた。「死ね、死にやがれ」何度も絶叫し、カイが目を覚ましてもなお、突き続けた。カイが「何するんだ、鳥野郎」と抗議すると、ホトトギスは「敵が来たんだ。さっさと、起きろ」と怒鳴りつけた。そして、そのどさくさに紛れに、ホトトギスは彼の頭の上に止まり目覚めの挨拶代りにもう一度カイの額を嘴で突いてから、セイラの肩へと飛び上がった。


 ホトトギスは、セイラの肩に止まると、敵の正体を見極めようと、漆黒の空を見上げた。


「蝙蝠男が三匹来るぞ。クロウリー、お前は来る前に魔法で一匹やっつけろ。残りは俺とセイラで一匹、後はカイだ。」


 セイラは、「何であんたが仕切るのよ」とホトトギスに抗議しながらも、蝙蝠男を迎え撃つために剣を抜き去り身構えた。ホトトギスは、セイラの肩に止まったまま、蝙蝠男を見上げた。前回のように、唾の一撃で蝙蝠男を屠ろうかと考えたが、ここはセイラの援護に徹しようと決心した。いざとなったなら、その時に助ければ良いだけの話である。ホトトギスは、いかなる魔法も弾き飛ばす結界をセイラの体の周囲に張り巡らした。そして、「セイラ、気をつけるんだよ」と忠告した。

 


 ホトトギスの早期警戒により、呪文を詠唱するに十分な時間があった。狼男の場合とは異なり、蝙蝠男に魔法が有効であることは昨夜のうちに確かめてあった。クロウリーは、威力の大きい魔法の詠唱を始めた。人間の言葉とは異なる呪文を唱え続けるながら、空中に右手の人差し指で紋様を描き、魔方陣を完成させた。そして、魔法を発動させる呪文を唱え、魔法を発動させた。灼熱の火球が魔方陣の中心部に発生すると、その熱球は先頭を行く蝙蝠男をめがけて動き出した。最初はゆっくりとした動きであったが、徐々に速度を上げて行った。そして、蝙蝠男との距離の半ばほどに達した時、凄まじい速度で蝙蝠男に直進していった。先頭の蝙蝠男は、熱球の接近に気づき回避行動を取り始めた。大きく右に旋回して、熱球を回避した。しかし、火球は、蝙蝠男の後方で向きを反転させ、後方から蝙蝠男を直撃した。その瞬間、蝙蝠男の体は、紅蓮の炎に包まれ、それから幾らもしないうちに、蝙蝠男の体は灰燼に帰した。


 それを見て、二匹の蝙蝠男は一瞬だけ動揺した様子を見せたが、蝙蝠男達は魔法を扱う男の攻撃を諦め、剣を振りかざしているカイとセイラを攻撃目標に定め、各々の攻撃目標を目指して降下していった。


 ホトトギスは、セイラの援護をするために、量と速度を微妙にコントロールして、蝙蝠男に唾を吐きかけた。そして、ホトトギスの口から吐き出された唾は猛烈な速度で蝙蝠男の翼を射貫いた。バランスを失った蝙蝠男は、そのまま地面へと墜落していった。ホトトギスは、それを見て、セイラに「今だ、セイラ。早く止めを刺しに行こう」と助言した。


 セイラは、ホトトギスの助言を煩わしく思い、「分かっているわよ」とホトトギスに怒鳴りつけた。そして、地面にのたうっている蝙蝠男をめがけて走り出した。


 前回、彼女が蝙蝠男に苦戦したのは、蝙蝠男が空を飛べんでいたからであった。翼をホトトギスに射貫かれ、蝙蝠男は空を飛ぶことが出来なかった。地面に下りてしまえば、蝙蝠男など人間の敵ではない。セイラはそう確信して、墜落した蝙蝠に走り寄った。


 蝙蝠男は、セイラの姿を認めると、両方の翼で体を起こし、口を大きく開きセイラに向けて真っ赤な炎を吐き出した。セイラは、それを見ると、視線でホトトギスに「大丈夫よね」と尋ねた。ホトトギスがコクリと頷くのを見ると、炎をめがけて突っ込んでいった。


 ホトトギス保証したように、炎はセイラの体を中心とする結界に阻まれ、半球状の結界の表面に沿って流れて行った。セイラは、そのまま蝙蝠男の側まで駆け寄り、構えた剣を振り下ろした。剣は狙いを過たず蝙蝠男の首を刎ね飛ばした。蝙蝠男はそのまま絶命した。


 ホトトギスは、セイラの雄姿を見て、両方の羽根で拍手しながら「セイラ、凄い。さすがは、僕のセイラ」と勝手なことを言て、セイラを絶賛した。


 一方、カイは、昨日の戦いで蝙蝠男に苦戦したことを反省し、対蝙蝠男用に手裏剣を用意していた。蝙蝠男が手裏剣の射程圏内に入ると、隠し持っていた手裏剣を投げつけた。完全に意表を突かれ蝙蝠男は手裏剣を回避出来ず、カイの放った手裏剣の数本が蝙蝠男の体に、そして、翼に命中した。翼を引き裂かれ蝙蝠男は地面へと真っ逆さまに落下し、そのまま落命した。


 セイラとは違い、魔法の結界を有さないカイは、用心深く蝙蝠男に近づき、そして、彼の首筋に手を当てて彼が絶命していることを確認した。


セイラ1 五章の続き2 [セイラ1]

 夜襲


 

 ホトトギスは、何度も文句を言いながら、カイの料理を口にした。彼にとって不倶戴天の仇と言えるカイが料理したものなど口にしたくもなかったが、また、自分の手料理をセイラに食べさせて上げたいと切に願っているのだが、手を持っていないホトトギスの体では、理ばかりはどうしようもなかった。ホトトギスは、己の不自由な体を嘆きつつ、カイが作った料理を食べ続けた。やけ食いとばかりにカイの料理を瞬く間に平らげると、地面からセイラの右肩へと飛び移った。そして、「早く、お茶を入れろ」とカイにお茶の催促をした。


 夕食の最中であるカイはホトトギスの厚かましい要求を聞き流した。不幸にしてじゃん拳に破れ、それ以来、一行の料理番になってしまっていたけれど、お茶を入れることまでは彼の職分ではなかった。今まで善意からみんなにお茶を入れてきただけなのだ。丁重にお願いをされるのならともかく、自分を召使か何かと勘違いし、命令口調でお茶を催促するホトトギスにお茶を入れてやる気持ちにはならなかった。また、この日、カイはホトトギスに怪我をさせられていた。このため、その思いは強くなるばかりであった。カイは、ギャーギャーとホトトギスに対して、連れなく自分で入れれば」とだけ言った。


 ホトトギスは、カイの分を弁えぬ発言に激怒し、制裁の一撃を放つタイミングを窺うために、セイラの顔を横目でチラリと見た。セイラが不測の事態に備えホトトギスをしっかりと監視していた。ホトトギスは、セイラの勘の良さに今更ながらに驚き、仕方ないと彼女の肩から舞い降りた。そして、自分のカップを両方の翼で器用に抱え、よたよたとした足取りでお湯のかかっている場所に歩いてゆき、器用に自分のお茶を入れて、再びカップを翼で挟み、さきほど以上に覚束ない足取りで歩き出した。自分の席に戻ると、「どうだ」とばかりに、カイの顔を見上げてから、嘴で熱いお茶を優雅に飲み始めた。


 クロウリーがホトトギスの見事な一連の動作に感心して「いやあ、素晴らしい。人間でも、ここまで見事には出来ません」と彼を絶賛した。


 食事を済まし、一行は休息をすることにした。敵地近くであり、全員が一斉に眠りに就くことはあまりに危険であったそこで一行は、一時間おきに歩哨役を交替することにし、セイラ達人間は眠りに就くことにした。


 歩哨役のホトトギスは、退屈を紛らわすために、夜の空を舞っている蝙蝠に話しかけた。どんな大声を出しても、人間の可聴域より遙かに高い周波数帯の超音波は聞こえない。ホトトギスは、誰に遠慮することなく、超音波を盛んに出し、蝙蝠達と交信をした。時候の挨拶をし、狩りの首尾を尋ねたりして、蝙蝠達との会話を楽しんだ。


 ここに棲んでいる蝙蝠は、人間に対する警戒心が薄いためであろうか、人里近くに住んでいる蝙蝠とは異なり、とても親切で、ホトトギスに様々な情報を教えてくれた。その中には、吸血鬼に関する情報も多数含まれていた。ホトトギスは、有益な情報を無償で与えてくれた蝙蝠達に丁重な挨拶をして、彼らへの感謝の念を心から表わした。


 蝙蝠たちとそのような情報交換をしているうちに、歩哨の一時間という時間は、あっと言う間に、過ぎ去ってしまった。ホトトギスは、今一度、超音波で、親切な蝙蝠達にお礼の言葉を告げた後、セイラを起こすために歩哨に立っていた木の枝から彼女の枕元に舞い降りて、「セイラ、時間だよ」と何度も優しく声をかけた。


 慣れない山道で疲れたのであろうか、セイラに目を覚ます気配はなかった。ホトトギスは、暫くセイラの幸せそうな寝顔を眺めていたが、『カイの横槍の入らない二人だけの時間を、このように無益に過ごして良いのだろうか』と考え直し、イラの頬を優しく嘴で何度も突いた。虫か何かと勘違いしたのであろう、セイラが、蝿でも追うかのように、ホトトギスの体を大きな彼女の手で払った。ホトトギスは、不満そうにもう一度、しかし、今度はいくぶん力を入れて彼女の額を「セイラ、起きてよ」と突き始めた。


 今度はセイラが目を覚ました。眠そうに目を擦りながら、セイラはホトトギスを寝惚け眼でじっとしばらく見詰めた。、そして、ホトトギスが自分の右肩に舞い上がるのを見てから、「あんたは寝ないの」とホトトギスに尋ねた。


 ホトトギスは即座に頷き、そして、彼女に言った。


「こんなロマンティックな夜を寝てすごすことは、出来ないね。月を愛でながら、ともに愛を語り合おう。」


「あんた、何、寝惚けたことを言っているのよ。頭でも、どっかにぶっつけた?


 ホトトギスは、セイラの風流を解さない心持ちに落胆し、空行く蝙蝠を眺めた。


『ああ、僕の心を知るのは、物言わぬ蝙蝠だけなんだな。虚しい』


 ホトトギスは、心の中でそう嘆くと、自分の心を歌に表現しようと思った。冷たい秋風を感じ、これを歌の題材にすることにした。


 あかなくに まだきに吹きし 秋風の 吹く野辺ごとに おける白露


 わけの分からないことを言うホトトギスを放って置き、セイラは焚火に木をくべた。秋深い山中であり、夜はかなり冷える。また、狼など獣から身を守るためにも、火を絶やすことは出来なかった。セイラは焚火に枯れ木を何本もくべた。火掻き棒で焚火をかき回しながら、ホトトギスに異常がなかったか尋ねた。


 ホトトギスは、人間以上に五感が発達しており、敵の感知能力が極めて高かった。その優れた五感をさらに澄まし、敵の気配を探り始めた。周囲に敵の気配はを感じることはなかったが、念のために、親交を結んだ空行く蝙蝠達に超音波を発し、敵が周囲にいるか尋ねてみた。気のいい蝙蝠たちが、敵がいないことをホトトギスに伝えてくれた。それを聞き、ホトトギスは安心したように「大丈夫、周囲に敵はいない」と彼女に告げた。


 セイラは、それを聞き「そう」と言うと、「寒かったでしょう」と労いの言葉をかけて、いつの間にに用意したお茶を彼に差し出した。


 ホトトギスは、感動した面持ちで「有難う」と言って、カップを両方の翼で挟みながらセイラからそれを受け取った。ホトトギスは、カップを受け取ると、嘴をカップの縁に当ててその温もりを楽しみながら、セイラの横顔を見た。


「セイラって、優しいんだな」


 ホトトギスは、束の間の幸せに体をうち震わせて、鳥と人という種を超えた愛情が成立することを確信した。そして、ホトトギスはお茶を飲み始めた。冷え切った体のホトトギスは、熱いお茶を、嘴を器用に使って飲む。その暖かさが五臓六腑にまで染み渡り、ホトトギスは思わず「ふっ」と息を漏らしてしまった。それを飲み終わると、セイラにもう一度丁寧に「有難う」とお礼の言葉を言って、空になったカップをセイラに手渡した。

 

 


セイラ1 五章 続き [セイラ1]

 セイラは、ホトトギスのほうを見ることなく、煩いわね、気が散るから、ちょっと静かにして」と怒鳴りつけカイの傷の手当に専念した。カイの額に包帯を巻き終えると、「どうしたの」と言って、額の傷のわけを尋ねた。カイは、セイラの質問に直接答えるかわりにセイラの右肩にホトトギスの顔を睨み付けた。それで誰が何をしたのか悟ったセイラは、彼女の右肩に止まるホトトギスを左手でむんずと捕まえた。そして、ホトトギスの顔を睨み付けながら、「あなたがやったの」と静かな口調で尋ねた。


 ホトトギスは戦慄した。ホトトギスは、顔を小さく何度も横に振り、自分でないことを訴えた。セイラが「本当にあなたじゃないの」と尋ねると、ホトトギスは何度も首を縦に振った。セイラが「それは良かったわね」と彼に微笑みかけてくると、ホトトギスは、これで、折檻を受けずに済むと思い、安堵の表情を浮かべた。しかし、彼の幸運は長く続かなかった。セイラがぎゅっと力を込めてホトトギスの体を握り締めてきたのだ。そして、「ねぇ、あなたがやったんでしょう」と微笑みかけてきた。


 いったん罪状を認めると、セイラからいかなる過酷な処罰が下されるか、想像がつかなかった。ホトトギスは、強い圧迫感を胸に憶えたが、喘ぎ声で自分カイにいかなる暴力も振るっていないことを訴え、彼女に拷問をやめるように哀願した。しかし、セイラは、さらに柔和な笑みを浮かべて、容易に口を割らないホトトギスにもう一度、こう問いかけてきた


ねぇ、あなたがやったんでしょう」


 ホトトギスは、セイラのその笑みに魂ごと吸い込まれるような錯覚を憶えた。するとどうしたことであろうか、彼の意志とは無関係に、彼の嘴が勝手に動き出そうとした。しかし、彼は強い意志の力で自身の意思に離反した嘴の動きを押さえつけた


 セイラが『これが最後よ』と言いたげな目の輝きでホトトギスを見つめて「怒らないから、正直に言いなさい」と迫ってきた。


 ホトトギスは、自分がカイにした非道を認めた瞬間、セイラが約束を反故にして断罪することを知っていた。それ故に、いかなる拷問を受けても、口を割るわけにはいかなかった。ホトトギスは、彼の体を容赦なく締めつけるセイラの掌の中で、「僕は、何もしていない。カイが転んだんだ。僕は無罪だ」と自分の無罪を訴えた。そして、、セイラの掌の中で骨の砕ける音を立てて、そのまま絶命した。


「いつまで、猿芝居を続けるつもり。あんたがこれくらいのことで死なない事は分かっているんだから、早く目を覚ましなさい」


 魔法の蘇生呪文を聞いたように、ホトトギスはセイラのその言葉を聞くとすぐに復活した。そして、再び、自分の無罪を主張し出した。


 ホトトギスは、その後も、この復活劇を何度も繰り返した。この忍耐力比べに負けたのは、人間のセイラであった。セイラが諦めたように彼を解放すると、戒めを解き放たれたホトトギスは、すぐに彼女の右肩に舞い戻り、そこで何事もなかったように毛繕いを始めた。


 ホトトギスとカイとの騒動で思わぬ道草をすることになった一行であったが、その後は順調に山城へと通じる山道を進み続けることが出来たそして、日がだいぶ西の空に傾いた頃、セイラがホトトギスに野宿に相応しい場所を探すように命じた。ここは、敵の本拠地に近くである、幾ら警戒をしても、警戒し過ぎると言うことはない。ホトトギスは、彼女の意図を察知し、野宿に最適な場所を求めるために、彼女の右肩から舞い上がった。そして、ホトトギスは、セイラとの二人だけの甘美な時間に相応しい風光明媚な場所を探し始めた。


 前回は紅葉の美しい場所であった。今日はどんな所が良いかなと考えながら、前回とは違う美しい景観が望める場所を探し続けた。冠雪を頂く山の気色が望める場所を発見すると、ホトトギスは、地面に舞い降りて、そこから山の光景を眺めた。彼はほくそ笑みながら「ここが良いな」と呟くと、この場所を知らせるために再び舞い上がった。


 ホトトギスは全速力でセイラのもとへと急いだ。セイラの姿が見えると、ホトトギスは大きな声で「セイラ、良い所があったよ」と叫んだ。そして、彼女の右肩に静かに舞い降りると、彼女の肩の上で毛繕いを入念にしながら、セイラに野宿の場所を伝えた。


 一行は、ホトトギスの指示に従い、野営地に向かい始めた。目的地の近くに達すると、今まで視界を遮ってきた林の木々が急に開け、冠雪した山の雄大な景色が飛び込んできた。一行は、その景色に圧倒され、暫しの間、言葉を発することを忘れ、その景色を眺め続けた。


 ホトトギスは、セイラがこの景色を気に入ったことを知り、嬉しそうに彼女に語りかけた。


「セイラ、綺麗でしょう」


 セイラが山の景色を眺めながら頷き返してきた。ホトトギスは、それを見ると、セイラの頬を右の翼でちょんちょんと突き、「頭を撫でて」と彼女に頭を突き出した。


 セイラは、それをうざったく思ったが、ご褒美としてホトトギスの頭をぞんざいに何度も撫でてやった。何度も何度もホトトギスの頭の毛が激しく逆立つまで撫でてやった。ホトトギスは、セイラのぞんざいな扱いに不満を抱き、「セイラ、もっと丁寧にやってよ」と彼女に抗議した。セイラは、何かと注文の多いホトトギスをうざったそうに一瞥してから、さきほどより少しだけ丁寧に撫でてやった。


 夕暮れの光が、山頂部の雪に照り返され、幻想的な光景を現出させた。絵のような美しい光景を一行は堪能していたが、セイラは一つ気がかりなことを思いつき、それをホトトギスに尋ねてみた。


「確かにここは綺麗なんだけれど、このあたりに水場はあるんでしょうね。」


 神殿で手に入れた地図には、道と大まかな地形しか記入されておらず、水場までは書き込まれていなかった。飲料水は豊富にあるが、それを料理に使用するほど多くなかった。水があるかないかで、夕食のメニューがかなり変化する。セイラの質問は、一行にとっても、食いしん坊なホトトギスにとっても切実なものであった。


 しかし、ホトトギスはそこまでは考えていなかった。彼が探し求めたのは、美しい景色が見える場所であり、水場に近い場所ではなかったのである返答に窮したホトトギスは、力のない声で、恐る恐る、近辺に水場がないことを彼女に告げた。


 ホトトギスのこの言葉を聞いた瞬間「はい、これ」と言って、セイラ空になった容器をホトトギスに差し出し、その動作で『水を汲んでくるように』彼に命じた。失態を演じたのはホトトギスであり、その責任はホトトギスが全面的に負うべきであった。ホトトギスはそれを了承すると、彼の体の数倍もある大きな容器を携え、水汲みのために舞い上がった。


「いい、水を汲んでくるまでは、絶対に帰ってきたら駄目だからね。」


 ホトトギスは、己の不運を嘆きながらセイラに「はい」と返事して、水を求めどこかへと飛んでいった。


 ホトトギスがふらふらしながら飛んでいる姿を見て、クロウリーが心配そうにセイラに語りかけた。


水をつめた容器を持って、はたして、彼は飛び上がることが出来るのでしょうか」


 そんなクロウリーの心配をよそに、セイラの目の届く範囲では、そうに容器を運んでいたホトトギスは、彼女の視界から離れると颯爽と飛び始めた。夕暮れも近いこともあり、蝙蝠が一匹彼の近くを飛んでいた。見かけは悪いが蝙蝠は知能高い。ホトトギスは、駄目で元々と思いながら、超音波を発して、その蝙蝠に水の在処を尋ねてみた。幸いなことにその蝙蝠は親切な蝙蝠であった。彼のよく使用する水場を、しかも、良質の、名水と言うべき湧き水の在処を教えてくれた。更に、その最短飛行ルートまで親切に教えてくれた。ホトトギスは、超音波で蝙蝠に丁重なお礼の言葉を述べた後、彼の狩りの成功を祈りつつ水場へと急いだ。清水の湧き出す場所に到着すると、羽根を濡らさないように注意し、滑空しながら水を汲んだ。そして、セイラの歓ぶ顔を思い描きながら、彼女の待つ場所へと急いだ。


 カイが竈の火を起こしたとき、大きな水の容器が宙に浮かんでいるのが一行の目に入ってきた。セイラはそれを目にしホトトギスがようやく帰ってきたことを知った。容器が近づくに連れ、ホトトギスの小さな体も次第次第に見えるようになってきた。水の入った容器を足でしっかりと握り締め、ふらふらしながらホトトギスは近づいてきた。距離が近づくに連れ、彼の喘ぎ声まで聞こえてきた。セイラは、ホトトギスの健気な姿を見て、少しやり過ぎたかなと反省し、ホトトギスが無事に帰りつくのを待った。そして、ホトトギスが彼女のところに来た時、「頑張ったわね」と優しい労いの言葉をかけて、疲労困憊して様子のホトトギスの体をやさしく抱き寄せて、背中を一、二度優しく撫でてやった。


 ホトトギスは、恍惚とした表情をして、セイラの愛撫を堪能した。彼女の愛撫が終わると、「僕、蝙蝠さんに道を聞いて、名水を汲んできたんださあ、飲んでみて」と言って、彼女に清水を飲むことを勧めた。


 セイラは、「蝙蝠は鳴く」というホトトギスの戯言がまた始まったと思いつつも、彼の勧めに素直に従い、水を一口、口にした。美味しかった。セイラは、驚いて、カイにも飲むように勧めた。


「カイ君、この水、凄く美味しいよ。飲んでみて」


 カイがセイラの勧めに従い水を飲もうとした瞬間、ホトトギスは、その水の容器の上に鎮座して、凄い形相をしてカイを睨み付けた。


「何で、お前が飲むんだ。この水は、俺がセイラの為に、わざわざ汲んできたもんだ。お前のために汲んできたんじゃない。お前なんかに、一滴だってやるつもりはない。」


 ホトトギスは、そう言ってから、少し間をおき、さらに言葉を連ねた。


「そうだな、この水を飲みたかったら、まずは、俺様に土下座して貰おうか」


 カイ呆れ顔でホトトギスの尊大な姿を見た。そして「お前、気は確かかと尋ねようとした時、彼のその言葉より一瞬早く、セイラがホトトギスに怒鳴りつけた。


「何、馬鹿なことを言っているの。この水はあなただけの物ではなく、みんなの物でしょう。早く、そこをどきなさい」


 どうしていつもカイの味方ばかりをするのか、ホトトギスは自身の境遇を悲しんだ。そして、水の容器から離れ、セイラの右肩に乗り移った。そこで、カイが「美味しい」と言いながら水を飲むのを、不愉快な思いで見つめた。



セイラ1 五章 [セイラ1]

五章 吸血鬼


 山道

 

 ホトトギスのもたらした情報によって吸血鬼に居所が特定されたセイラたち一行は、食料の準備をし、かなり以前に放棄された山城までの地図を知恵の神の神殿から手に入れる、すぐにニーナの町を出発した。


 ホトトギスは、夜は物騒だからと、明朝に出発することを強く主張したのだが、例によって、この提案はセイラによって一蹴され、ホトトギスの不満は募るばかりであったそこで憂さ晴らしのために、カイにからみ始めた。


「お前がしっかりしていないから、セイラが昼過ぎにを出るなんて無謀なことを言ったんだ。どうして、俺とともにセイラを思いとどまらせようとしないんだセイラに何かあったら、全部、お前の責任だからな


 言いがかりも良いところであった。カイは、ホトトギスと共にセイラの決断を翻すように、言葉を尽くして説得したのだそして、セイラがの事を決断した背景には、ホトトギスに対するセイラの強い反感と苛立ちがあるのである。もし、ホトトギスが今日中に出発しようと提案していたら、セイラはホトトギスへの反感から、出発を明日にしていたに違いなかった。

「何、勝手なことを言っているんだ。お前が何にも言わなきゃ、姉ちゃんは今日出発するなんて馬鹿なことは言わなかったんだ。責められるべきは、僕ではなく、お前自身だろう。だから、鳥野郎は嫌いなんだ。でも、脳味噌なんか大してないから、仕方ないか。ひょっとして、ただでも少ないお前の脳味噌本当の味噌で出来ているんじゃないか」


 ホトトギスは、生まれてからこれまでに、かかる侮辱を受けてきたことがなかった。ホトトギスは、カイのあまりに非科学的な話に激怒し、こう反論した。


お子様が、何、生意気なことを言っているんだ。脳味噌が一杯あれば、賢いのか、おい。イルカや象の脳みそは人間より多いけれど、人間より賢いのか。やい、答えやがれ。」


 ホトトギスは、カイが彼の質問に窮しているのを満足げに見て、高らかに宣言した。


「大切なのは、脳味噌の量じゃない。それがいかに効率的に機能しているかだ」


 どうでも良いことを熱心に議論している二人のやり取りをを呆れ顔で聴いていたセイラは、、二人の喧嘩の仲裁に入るべきか否かについて考え始めた。自分が仲裁に入れば、この二人の喧嘩は一時的には終わるけれど、幾らもしない内に、ホトトギスが何か喧嘩の火種を見いだし、喧嘩を吹っかけるに違いない。二人の喧嘩が再燃する、太陽が東から昇り西に沈むと同じくらいに確実なことであった。彼女は、どうすべきか、真剣に悩んだが、いい考えが浮かばず、暫く様子を見ることに決めた。


 一方、カイが次第次第にホトトギスの鋭い舌鋒の前に追い詰められていったそして、とうとう、ホトトギスの難詰に沈黙を守ることしか出来なくなってしまった。


 弟のよう、そして、ぬいぐるみのようにかわいいカイの窮地を見て、セイラは決断を下した。セイラは、物騒な眼差しをしてホトトギスを一瞥した。
「あんた、少しは静かにしてよ。耳元でそんなにぎゃーぎゃー騒がれたら、堪らないわ」


 強い口調でホトトギスにそう注意してから、今度は打って変わって、慈母のような優しい目つきでカイを見て、優しく諭した。


「カイ君、こんな馬鹿鳥を相手にしちゃ駄目よ。それに、カイ君は、ここ数日ですっかり言葉遣いが悪くなっちゃたじゃない。注意なさい」


 ホトトギスは、セイラの二人に対する待遇の差に憤慨しつつも表面的にはセイラに頭を深々と下げて「ごめんなさい」と素直に謝った。そして、セイラが安心してカイから目を離すと、ホトトギスは言葉ではなく思念を直接カイに送り付けた。


『この野郎何で、お前は、セイラの前では良い子ぶりっこするんだ。これでも食らいやがれ


 ホトトギスは、カイの頭の中でそう絶叫すると、嘴による渾身の一撃をカイに放った。ホトトギスから強い思念を直接送りつけられ、意識が朦朧としているカイは、ホトトギスのこの攻撃を交わすことが出来なかった。そして、額を抑え、その場にうずくまってしまった。ホトトギスは、カイの額から一筋の血が流れているのを満足そうに眺めてから、大きな勝閧を上げた。


 一方、カイは、うずくまった状態で、ホトトギスの勝ち誇った視線を頭で感じ取り、怒りと屈辱から、その小さな体を大きく震わせた。そして、カイは刀の柄に手をかけた。カイの剣の腕前なら、セイラに危害を加えることなく、この不遜極まりないホトトギスを切り捨てることが出来た。また、この至近距離では、ホトトギスは飛び立つまで間のがないはずであった。カイはホトトギスを絶命させることを一瞬だけ真剣に考えた。しかし、その物騒な考えを即座に放棄し、何事もなかったように立ち上がった。そうして、カイは、セイラのもとに近寄り、ホトトギスに気づかれないように彼女の袖を引っ張った。


 セイラは、カイのそのかわいらしい仕種に満足し、「カイ君、何」と言って振り返った。そして、カイの額から一筋の血が流れているのを見て、「どうしたの」と大きな声を上げた。セイラは、「大丈夫」と心配そうに言うとカイを路傍の大きな石の上に座らせた。そして、荷物の中から綺麗な布を取り出し、額の血を丁寧に拭き取った後、彼の額の傷の手当を始めた。


 ホトトギスは、予期せぬ展開に強く動揺したカイがセイラから治療を受ける光景を羨ましそうに眺めた。その円らの瞳に幾つもの涙が浮かんできた。そして、セイラとカイの仲睦まじい様子に耐えかね、視線の先を地面に向けた。そこには幾つも大きな毬栗(いがぐり)が落ちていた。それを目にしたホトトギスは、それまで止まっていたセイラの右肩から地面に飛び移ると、落ちていた毬栗を一つ拾い上げ、それを自身の頭に突き刺した。


「セイラ、突然、栗が落ちてきて、僕も頭を怪我しちゃった。だから、僕も手当てして」


 だが、セイラは返ってきたのは、「気が散るから、静かにして」という言葉だけであった。一瞥さえしてもらえなかった。ホトトギスは頭に突き刺さっている毬栗を抜き取ると、それをクロウリーに投げつけた。


 ホトトギスのこの八つ当たり攻撃を予期していたのであろうか。ホトトギスの予想に反し、あっさりと交わされてしまった。このため、ホトトギスの苛立ちはさらに募った。


「魔術師風情が、なんで、避けるんだ」


「だって、当たると痛いじゃないですか」


セイラ1 四章の続き5 [セイラ1]

 作戦会議

 


 セイラは、昼前に空腹感をおぼえ目を覚ました。枕元で人と同じように眠っているホトトギスの姿をぼんやりと眺めてから、「起きて」と声をかけてホトトギスを起こした。ホトトギスは、羽根で目をごしごしと擦りながら、「セイラ、おはよう」と挨拶した。ホトトギスの人間臭い仕種に笑いをおぼえたが、込み上げてくるその笑いを抑えながら、セイラはホトトギスに「おはよう」と挨拶を返した。


 一方、ホトトギスは、セイラに気をつかうように「僕がカイを起こすね」と言うと、セイラのもとを離れカイの顔に静かに舞い降りた。そして、「餓鬼、起きろ」とカイに罵声を浴びると、カイの額を思いっきり嘴で突いた。


 額を襲うこの激痛で目を覚ましたカイは、ホトトギスの両足を右手でしっかりと握り締めて、「何をするんだ、この馬鹿鳥」と怒鳴りつけた。そして、ホトトギスを床めがけて投げつけた。ホトトギスは、体勢を立て直す余裕があったにもかかわらず、そのまま床に衝突した。そして、カイのホトトギスに対する非道の一部始終を目にし、セイラが「カイ君、何て酷いことをするのよ」とカイを叱りつける様子を横目に見ながらホトトギスは床の上で力なく翼をバタバタさせた。セイラは、ホトトギスを床から拾い上げると、慌てた声でホトトギスに「大丈夫」と声をかけた。


 ホトトギスは、彼女の腕の中で、力弱い声で体の不調を訴えた。セイラが同情してくれることでさらに調子づき、カイの方向に首を力なく向けて「短い間だったけど、お前と知り合えて楽しかった。僕は死んでも、お前のことを忘れないよ」と語りかけた。それから、ホトトギスは、セイラの顔を見上げて「セイラ、愛しているよ。だから、僕が死んでも、僕のことを忘れないで」と言って、彼女の腕の中で息絶えた。


 ホトトギス彼女の腕の中でその短い一生を終えた。
 セイラは、このことが信じられず、どうせいつもの死に真似だろうと思いながらも、ホトトギスの胸に耳を当て、心音を確かめみた。が、そこには、セイラが予想していたホトトギスの心臓の鼓動がなかった。このことに気づいたセイラは、わずかに体温の残るホトトギスの体に何度も頬擦りし、深い悲しみのうちに「ホトトギス」と一つ絶叫した。セイラの目から溢れ出した涙がホトトギスの体に一滴また一滴と、もの言わなくなったホトトギスの体に落ちていった。すると、どうしたことであろうk、ホトトギスの体が、突然、金色(こんじき)に輝きだし、金色の光に包まれら状態で、ホトトギスの体がゆっくりと宙に浮かびあがっていった。


 感動的な場面であった。奇跡の前兆のような光景であった。ホトトギスの体が床と天井の間のほぼ中間に達した時、ホトトギスはゆっくりと目を開き、「僕の名前を読んだ、セイラ」と天使のような声でセイラに語りかけた。


 セイラは、目の前の奇跡に驚き、暫く、茫然自失の体(てい)で金色(こんじき)に輝くホトトギスの姿を眺めいた。そして、こんじき)に輝くホトトギスを鷲掴みにして、顔を俯かしたまま「全部嘘だったのね」と不穏な響きを潜ませた声で言った。ホトトギスが自分の演技力に満足した様子で「驚いたでしょう。どう、僕の演技、なかなかなものでしょう」と語りかけてきた時、「ほんと大したもんだわ」と冷ややかな声で答えるのと同時に、セイラは、彼の体を握っている右手に徐々に力を込めていった。ホトトギスは、セイラの右手が容赦なく自分の体を握り締めていることに閉口して、息も絶え絶えな声で「セイラ、苦しいよ、僕」と、しきりに自分の窮状をセイラに訴えた。


 セイラは、ホトトギスを信じ、彼にたわいもなく騙されたことが悔しかった。毎回のようににホトトギスに騙される自分の愚かさが悔しかった。その無念さをすべてホトトギスにぶつけるべく、彼女は、ホトトギスを握る右手に徐々に力を入れていったやがて、彼の体の方から、めきめきと彼の骨の砕ける音がしてきた。ホトトギスが「セイラ、許して」と哀願してきても、彼女はそれをすべて聞き流しさらに力を込めた。ホトトギスは、その後もなお、しばらく苦しそうな声を上げ続けていたが、やがて、その虫の声も消え入ってしまった。セイラは、彼女の手の中で息絶えたホトトギスを満足そうに見てから、ホトトギスの体を壁めがけて投げつけた。めきょと言う音を立てて、ホトトギスは壁に衝突し、壁に接触したまま、ホトトギスの体がズルズルとゆっくり落ちていった。
 セイラは、壁との衝突の際に壁や天井いっぱいに飛び散ったホトトギスの血を指差して、床で絶命しているホトトギスに、かな声でこう命令した。


「いつまで死に真似を続けるつもり。早く目を覚まして、あなたの血で汚れた壁を掃除したらどうなの


 セイラがそう言うと、ホトトギスはゆっくりと体を起き上がらせ、「それじゃあ、つまんない。少しは、僕の相手をしてよ」と彼女に不満を告げた。しかし鬼のような形相をしてこちらを冷ややかに見詰めているセイラの視線には逆らいがたく、「仕方がない」と呟くのと同時に、自分の血で汚れている壁を見た。現代芸術のような壁画を感心した様子で暫く眺めてから、「セイラはなかなか絵心があるよね」と言った


 消すのはもったいないなと思いながら、しかし、セイラの命令には逆らいがたく、ホトトギスは、手にした雑巾を使って、床や壁に飛び散った自身の血の掃除を始めた。猫の額ほどもない額に浮かんだ大粒の汗を左の翼で何度もぬぐいながら、その後始末に専念した。して、この作業を終えた時、それをなし終えたことの満足感から自然と彼の顔に微笑が起こった。その飛び切りの笑顔のまま、セイラの方を向くと、力強い声でこう言った。
「お腹が空いた。早く、お昼ごはんを食べに行こう」

 セイラホトトギスは、クロウリーを呼びに行かせたカイを待つことなく、共に階下の食道に下りて行いった。、彼女の右肩の上に止まっているホトトギスは、セイラにだけ聞こえる声で休むことなく盛んに彼女に語り続けた。時にセイラへの熱い思いを高らかに歌い、時に彼女の連れない心を嘆き、囀(さえず)り続けた。

 一方、セイラはというと、ホトトギスを煩わしく思いながら、適当な相槌を打ち、彼の言葉をすべて聞き流していたそして、食堂に着くと、いつのまにか彼女らの指定席になったテーブルに、静かに腰を下ろした。それを合図にメイドが彼女の下にオーダーを取りにやって来た。かれこれ半月ほどこの宿屋に滞在しており、何が美味しいのかは分かっていた。セイラはメイドから今日のメニューとお勧め料理を聞くと、すぐにオーダーした。メイドが厨房に姿を消した時、それと入れ代わるようにクロウリーが「おはようございます」と挨拶をして、カイとともに食堂に姿を現わした

 セイラは、クロウリーの屈託のない姿をぼんやりと眺めながら、この屈託の無さはどこから来るのだろう、と訝った。
 昨夜、一行は大切な証言を引き出せるであろう蝙蝠(こうもり)男を殺してしまったこの蝙蝠男がこの町を騒がせている吸血鬼であれば、これで一件落着となるのかもしれないが、狼男と同様に蝙蝠男が今回の事件の黒幕でないのであろう。彼女らは、事件の大事な手がかりをすべて失い、なんら手掛かりになるものがなかったなのに、その事を全く気にかける様子のないクロウリーという存在は、セイラにとり驚きであるとともに理解不能なものであった。彼女は、鷹揚なクロウリーに呆れながら、これから自分たちはどうすべきなのか、このことを考え始めた。

 ホトトギスは、セイラが自分を無視して物思いに耽るのを不満に思い、テーブルの上に飛び移ると、そこから、遊んでよばかりに彼女の顔を見上げた。しかし、ホトトギスのこの視線に気づくことなく、セイラは、なおも物思いに耽っていた。ホトトギスは、自分のこの熱い視線に気づかないセイラに大いに憤慨し、セイラの右肩に舞い戻ると、セイラの右側の席に腰を下ろしているカイの後頭部を右の翼で殴った。

 セイラは、カイの上げる抗議の声で我を取り戻し、カイのを見た。洗顔が不十分であったためであろうか、カイの顔には彼女が昨夜施した化粧がわずかに残っていた。セイラは、「カイ君、大人しくして」と声をかけてから、自分の膝にかけているナプキンでカイの顔に残る化粧を丁寧に吹き取ってやった。そして、再び、今後の方策について考え始めた

 カイとホトトギスは、その後も、激しく互いを罵りあった。最初のうちは、この二人の口げんかを構わないでいたけれど、今にも取っ組み合いの喧嘩になりかねない緊迫した雰囲気が周囲に漂い始めた。人類最強のカイと鳥類最強のホトトギスである。この二人が本気で取っ組み合いのけんかを始めたら、どのような修羅場がこの場にもたらされるか、セイラにも予想できなかった。そこで、二人の仲裁に入ることにしたしかし、どうしても年少の、そして、体力に劣るカイに味方するようになってしまう。ホトトギスは、不公平なセイラの態度に大きく憤り、セイラの目を盗んでは、カイへの攻撃の手を緩めることはなかった

 いつも通りの食事の光景であり、カイとホトトギスの喧嘩は、もはや儀式化していた。クロウリーは、二人と一羽の仲の良いじゃれ合いを暫く楽しんでから、表情をにわかに引き締めて「ところで、これからどうします」と話を切り出した。

 クロウリーには、彼の帰りを待つ妻と小さな愛娘が王都にいて、父親であり夫である彼の帰りを待ちわびていたセイラとカイのように、いつまでも家を空けるわけにはいかなかった。次の満月まで待つような悠長なことは出来なかった。また、待ち伏せをしていることを知られた以上、吸血鬼が一行を警戒し、このを避ける可能性もあった。そうなれば、ますます事件の解決には時間を要することになる。

 いつになくクロウリーの真摯な口調に驚き、セイラとカイの顔に緊張が走った。そして、セイラとカイは、二人同時に、その視線の先をホトトギスからクロウリーに転じた。ホトトギスがカイの見せたこの一瞬の隙を見逃すはずがなかった。「死ね」とばかりに渾身の力でカイの後頭部をまた右の翼でたたいた。カイは、一瞬、ホトトギスに「痛いだろうが」と抗議したが、すぐさま視線をクロウリーに戻した。ホトトギスは、これ幸いとばかりに、またもカイの後頭部を右の翼で殴りつけた。カイは、後頭部に激しい痛みを感じながら、クロウリーの話を聞き続けた。

 いくら話し合ったところで、新たな情報ない以上、話に進展があるはずがなかった。このため、三人の話し合いは、すぐに暗礁に乗り上げてしまった。
 「困りましたね、これから、どうしましょう」

 それまでカイへの攻撃に専念していたが、カイからの反撃がなく、これにも些か退屈していたホトトギスは、セイラのこの呟きを聞き逃さなかった。
「セイラ、何に困っているの。何でも、僕に相談してみて。僕が即座に解決して上げるから

 「蝙蝠は鳴く」などの、口から出任せを言うホトトギスの言葉など信用する気はなかったが駄目もとの思いでホトトギスにこう質問した。

「あんた、吸血鬼のこと何か知らない」

 ホトトギスは即座にセイラの悩みを解決した。吸血鬼の退治法を始め、今回の騒動の首謀者である吸血鬼の居所といった情報までセイラにもたらした。セイラは、得意満面のホトトギスの姿を信じられない思いで暫く見詰めてから、「何で、あんたは、こんな大切なことを今まで黙っていたのよ」と、大声を上げた。

「だって、セイラは、僕に一度も質問しなかったじゃない。僕がいくらセイラに吸血鬼の事を話そうとしても、セイラは耳を塞いで、全然、聞こうとしなかったじゃない」

 ホトトギスの言う通りであった。セイラは、ホトトギスが何か献策をしようとすると、「煩いわね」と言って、ホトトギスの発言の機会を潰してきた。ホトトギスが悪いのではなく、非は彼女にあっただが、自身の非を素直に認められず、セイラは小さな声でホトトギスにこう呟いた。

 

こちらが頼みもしないでも余計なことはべらべらと喋るくせに、何で大切なことは話さないの」



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