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ホトトギスと一角大雪兎 [セイラ外伝]

ホトトギスと一角大雪兎

 食料調達のために、ホトトギスが出かける所は一つしかなかった。勝手知ったる人の家。難なくホトトギスは彼の不倶戴天の仇にして宿命のライバルであるカイの寝室に忍び込んだ。そして、テーブルの上に所狭しと並べられている果物やお菓子の山を眺め、ホトトギスは嘴を大きく開き驚きと喜びを同時に表現した。
「多くの民衆がお腹を空かせて苦しんでいるというのに、ある所にはあるものだ」
 眠っているカイを起こさないようにホトトギスは小さな声でそう独り言を言った。彼が声を潜めたのは、育ち盛りのカイのことを気遣ったからではなく、カイが目を覚ましたら面倒だからである。他の人間に対してはいざ知らず、カイに対してそのような殊勝な気持ちをホトトギスが持ち合わせている筈がなかったのだから。
 そのことを裏付けるように、テーブルの上に置かれているお菓子や果物の山から目を放すことはなく、ホトトギスは
「若い内の苦労は買ってでもしろ、と昔から言うではないか。何一つ不自由のない、恵まれ過ぎた環境というのは、青少年の健全育成を考える場合、考えものだな。乏しい食糧を分け合い、苦しみと喜びを分かち合う必要があるのではなろうか。そうでないと、カイが苦労を知らずの、物を知らない嫌な大人に成長するおそれがあるから。また、溢れ返るほどの物は人間の創造性を損なう危険性がある。少々不自由な方が創造力を刺激され、偉大な発明を生み出す発想力の源になるものだ。目に入れても痛くない、実の弟のように思っているカイのために、ここは一つ心を鬼にしてこれらを没収する必要があるのではなかろうか」
と尤もらしいことを呟いた後、果物籠に盛り付けられた林檎を一つ引き寄せると、嘴を大きく開きそれにガブリと食らいついた。
 幾ら物音に敏感な人間であっても、熟睡中に林檎を齧る音で目を覚ます者はまずいない。ホトトギスがそう考えたように、カイもすやすやと静かな寝息を立てたままであった。しかし、カイの寝台には一角大雪兎が一緒に眠っていた。その物音を聞きつけ、一角大雪兎が目を覚ました。寝惚け眼を擦りながら目を覚ました一角大雪兎は、物音のした方に目を向けた。嘴を大きく開き、美味しそうに林檎を齧っているホトトギスの姿を目にし、唖然とした。それと同時に「何をしているのだ、この泥棒」と罵声を浴びせ掛けようとした。
 一角大雪兎ひとりならば、恐るるに足らない。しかし、これに宿命のライバルであるカイが加わるとなると話は別である。最悪の事態に至らないように、ホトトギスは素早い身のこなしで一角大雪兎の背後を取ると、その背後から右の翼で一角大雪兎の口を塞いだ。
「子供は寝て育つのだよ。分かっているか、眠っている間に成長するんだ。育ち盛りのカイを夜中に起こすとは、何を考えているのだ。これだから、兎はお馬鹿だ、と言われるのだ」
 育ち盛りの子供は寝る毎に体が大きくなる。子供は寝て育つと言うのは、そのことを的確に表現した言葉であろう。また、同じ年頃の少年に比べてカイの体が若干小さいのも事実であった。口には出さないものの、このことを心配していた一角大雪兎は、耳元に囁きかけるホトトギスのその言葉を耳にし、喉の奥まで出てきたホトトギスに対する罵倒の言葉を飲み込んだ。前肢と言うか手と言うと、右の手で彼の口を塞いでいるホトトギスの右の翼を取り除くと、彼は後ろを振り返り物凄い形相をしてホトトギスの顔を睨みつけた。
 死ねとばかりに睨み付けてくる、ただでも目付きの悪い一角大雪兎の視線に臆することなく、「分かれば良い、分かれば」と小さな声で語りかけた後、ホトトギスは左の翼に持っていた林檎をガブリと齧った。そして、一角大雪兎を引き連れるかのように、カイの休む寝台から飛び降り、テーブルへ向かい静に歩いて行った。
 林檎を食べ終えると、ホトトギスはテーブルの上のビスケットを摘まみ、それをポリポリと食べ始めた。ビスケットは、製法の上でも見た目の上、さらに素材の点でもクッキーと良く似ている。しかし、この両者には決定的な差があった。その差とは、飲み物がなくてもクッキーは美味しく頂けるが、ビスケットは飲み物がないと喉に詰まって量を頂くことができない。人間とは口の構造が違うけれど、ホトトギスも同様なことを考えた。そこで、ホトトギスは、「何をしに遣って来たのだ。早く帰れ」と言わんばかりに椅子に座ってこちらを睨みつけている一角大雪兎に視線の先を転じ、厚かましい要求を彼に突き付けた。
「たとえ招かれざる客であっても、客が来たらお茶の一つも出すのが礼儀と言うものであろう。仲良く社会生活を送る上で最低限のルールと言うものだな。そうした最低限のルールを知らないから、三歩歩くと憶えたことを忘れると言われる鶏と兎はどっちがお馬鹿かと言われるのだ。お馬鹿の代表とされる鶏よりお前の方が悧巧だと言うのならば、その証拠を見せてもらおうではないか。さっさとお茶を出しやがれ、この大耳野郎」
 ホトトギスの魂胆などとうに見透かしていた。自身の頭脳に絶対的な自信を有している一角大雪兎は、それがどうした、と言わんばかりの、ホトトギスを侮蔑する余裕に満ちた表情を見せた。それから、おもむろに口を開いた。
「俺を挑発し、お茶を出させようと魂胆だろうが、そんな子供騙しが俺に通用するものか。お茶をどうしても飲みたいのなら、自分で入れたら良いだろう。それが嫌なら、土下座をして『お茶を入れて下さい』と頼んだらどうだ」
 ムジナよりは些か知能が高いようだ、と感心しつつも、ホトトギスは目にも留まらぬ敏捷な動きを見せ、すやすやと寝息を立てているカイの頭の上に静かに舞い降りた。そして、青白い月の光の下、鋭い嘴の先をきらめかせた。
「お茶を入れないと、お前の大切なカイの額(ひたい)がどうなるか保証できないぞ。さあ、お茶を入れてもらおうではないか」
「人質を取るとは、何と見下げ果てた根性だ。恥を知れ、恥を」
 その理由は違ったが、すやすやと眠っているカイを起こさないように、ホトトギスと一角大雪兎の遣り取りは、人間の耳では聞き取ることの出来ない二万ヘルツを越える高周波で行われていた。にもかかわらず、カイが寝苦しそうに寝返りを一つ打った。カイのこの突然の寝返りで体勢を崩し危うくベッドの上に落ちそうになったものの、運動神経に勝るホトトギスは即座に態勢を直し、涼しげな表情を浮かべるやいなや、さらに侮蔑の言葉を投げつけ、一角大雪兎の悔しそうな顔を見た。
「飼っている犬や猫の前で、妙齢の女性が着替えをしたり、スッポンポンでいても、恥を感じることはないだろう。このことから容易に推測できるように、恥という感情は、その行動を見ている相手が自分と同等以上であるときに発生する感情なのだ。このことを裏付けるように、王侯貴族などの身分の高い人間は、口にするのも憚るような恥ずかしいことを召し使いの前でしても、何ら恥に思わないだろう。それと同じように、どうして俺様が四つ足の兎ごときに恥を憶える必要があるのだ。チャンチャラおかしくて、臍で茶が沸かせるぜ。百億万歩譲って、お前が俺様と同レベルであっととしても、俺様がセイラ以外の人間に恥を憶えたりするものか。むしろ、お前のその言葉は俺様への褒め言葉に聞こえるぜ」
と、鼻で笑い飛ばした後、
「さっさとお茶を入れやがれ。でないと、カイの額の安全は保障できないからな」
と、再度、お茶の催促を行った。
 このままホトトギスの要求を無視し続けると、冷たい月の光を受けて輝いている鋭く硬い嘴で今にもカイの額を突つきそうな勢いであった。大好きなカイの額を人質にとられている以上、万事休すであった。一角大雪兎は厚かましいホトトギスの要求を聞き入れるしかなかった。一角大雪兎は、無念さから唇をギュッと噛み締めた。そして、暖炉にかかっている薬缶を手に取ると、覚束ない足取りでテーブルに戻り、ホトトギスのためにお茶を入れた。
 湯気を盛大に立てているお茶を満足そうに一口飲んだ後、ホトトギスは猛烈な勢いでビスケットを齧り始めた。瞬く間にそれを平らげると、ようやく一心地ついたらしく、今度はゆっくりとお茶を味わい始めた。
「これは最高級の呼び声の高いグヮマ茶ではないか。芳醇な香とこの上品な甘さが何とも言えない。どうして兎であるお前がこんないいお茶を持っているのだ」と驚いてみせた後、「さては、何処からか盗み出したのであろう。お上にも情けはある。素直に罪を認め、グヮマ茶を俺様に献上すれば、お前の罪は問わないことにしてやろう」と訳の分からないことまで口にしだした。
 吝嗇で有名なホトトギスに劣らず、一角大雪兎もまた倹約家であった。そんな彼の唯一の道楽がグヮマ茶を味わうことであった。この秘蔵のグヮマ茶を出してやったと言うのに、ホトトギスの勝手に言い種を耳にして、彼の怒りは頂点に達した。
「他人の占有物や所有物でさえ、自分の物と思い込むお前とは違うわい。勝手なことをほざきやがると、こうしてやる」と叫ぶや否や、恐るべき力を秘めた銀狐に対抗するために新たに開発した超高密度レーザー銃をホトトギスの嘴に向けた。
「察するに、前回と同じような重粒子線を発射する銃だな。そんななまくらが俺様の嘴に通用する物か。試しに撃ってみやがれ、角無し兎」
 兎の角、すなわち「兎角」は有り得ない物である。現在生え変わりの時期でなかった上に、せっかく生えかかってきた角を自ら開発した重粒子線発射銃で失っていたけれど、一角大雪兎という名が示すように、一角大雪兎の頭には本来大きな一本角があった。目付きの悪さと額の上に生えている一本角が彼のトレードマークであり、そのことに誇りを持っていた。その自慢の角がなくなっていることを彼は気に病んでいた。それだけに、ホトトギスの発した「角無し兎」という罵りの言葉は、彼の逆鱗に触れた。いつも冷静沈着な一角大雪兎であったが、発砲の前には必ず警告を発するにもかかわらず、この時は問答無用とばかりにその引き金を引いた。
 しかし、これと言った目に見える変化はなかった。いつもの虚仮脅しかと判断したホトトギスは、カンラカンラと高笑いを始めようとした。しかし、超高密度のエネルギーを有するレーザービームの直撃を受けたのである。この世界で最も硬いとされるホトトギスの嘴とて無傷である筈がなかった。その直撃を受けたホトトギスの嘴は、その半ばほどで瞬間蒸発し、消滅していた。そのため、一角大雪兎に浴びせる心算であった蔑みの言葉は、音声になることはなかった。ただスースーと失われた嘴から息が通り抜けるだけであった。
 鳥にとって、嘴は単なる嘴ではない。人間に喩えてみるならば、嘴は単に口に相当するのではなく、人間の手の役目を兼ね備えている。餌を食べるだけではなく、嘴で大切な羽根の繕いをしたり、道具を作ったりもする。さらに、種類によっては、嘴同士を打ち鳴らし、夫婦の愛情を確認したり、恋人同士の絆を強めたりもするし、また、嘴そのものがメスの気を惹くセックスアピールの武器になることさえある。その意味において、嘴は、時に、翼以上に大切な器官なのである。それが半ばほどからなくなったのである。ホトトギスは僅かに残った嘴を大きく開き衝撃を表現した。それから滂沱(ぼうだ)の涙を流し始めた。
 「角無し兎」と罵られた、その怒りに任せて、生活をするに大切なホトトギスの嘴を打ち抜いてしまった。ホトトギスが大粒の涙をはらはらと落とすのを目にし、少し遣り過ぎたかと、一角大雪兎は反省をした。生え変わりの時期とは言え、自慢の角を失っている自分の姿と嘴を失い悲嘆に暮れているホトトギスの姿が重なって見えたためである。
「大切な嘴をふっ飛ばしておいてこんなことを口にするのは心苦しいけれど、大丈夫か、お前」
 ホトトギスのことを心配し、そう尋ねた瞬間である。目の覚めるような素早く見事な動きで一角大雪兎に駆け寄ると、彼の額に蹴りを入れた。そして、椅子ごと後ろに倒れ、床に後頭部を強か打ち据えた一角大雪兎の上に飛び移った。
 驚いたことに、半ばまで吹き飛ばされた筈のホトトギスの嘴が元のままの状態であった。一角大雪兎は信じられない光景を目にし、何度も目を瞬かせた。
「何で、なくなった嘴が元に戻っているんだ。非常識にも程があるじゃないか」
「非常識だと。この俺様に常識が通用すると思っているのか、お前は。だから、お前は駄目なんだよ」
 一角大雪兎の文句を小気味良さそうに聞き流し、そう言い返した後、
「俺様の嘴は、この世で最も硬くて頑丈なのだ。お前のなまくら銃で打たれたくらいでどうなる物でもない。身をもって俺様の嘴の威力を味わうのだな、兎野郎」
と言って、嘴で一角大雪兎の額を思い切り突ついた。
 一角大雪兎は額を襲う激痛で気を失った。ホトトギスは、派手に盛り上がった兎の瘤(こぶ)を満足げに眺めながら、「角無し兎、改め、一瘤兎(ひとこぶうさぎ)だな、これは」と嘯いた。それからテーブルの上に置かれている食糧を全てポシェットに仕舞い込むと、ホトトギスは夜の闇にその姿を隠した。



ムジナ・別れし母の面影 [セイラ外伝]

別れし母の面影

 行き交う人々の群れをムジナは窓縁からぼんやりと眺めていた。そんな彼女の目をとりわけ惹いたのは、小さな子供の手を引いている母親の姿であった。その姿を見詰めながら、
私の母ちゃんはどうしているのだろうか
と考えた。そして、物覚えが付かないうちに逸(はぐ)れてしまった自分の母ムジナの顔を思い出そうとした。しかし、それは全くの徒労であった。何とか思い出そうと記憶を紐解こうとしても、思い出されるのは、以前知り合った母親狐の顔ばかりであった。
 狐がムジナである自分の母親である筈がない。そんなことは、改めて誰から指摘されるまでもなく、ムジナは良く知っていた。けれども、もし自分に唯一母親と呼ぶ事のできる存在がいるとしたら、実の子供のように優しく接してくれたあの母親狐しかいない、と考えた。だが、それで彼女の思いが満たされる事はなかった。心の中に大きく開いた空虚感をいただいたまま、人の行き来がよく観察できるその窓辺からムジナは去って行った。
 哺乳類において、父親の役割、存在はそれほど大きなものではない。猫科に代表されるように、父親が一切子育てに参加しない事はそれほど珍しい事例ではなく、むしろ哺乳類においてはそれが当り前の事である。人間のように、子供が成人するまで、あるいは成人してもなお父親が子育てに積極的に参加する方が少数派に属する。だが、ムジナは父親が子育てに参加する、その少数派に属していた。このムジナがホトトギスのことを父親として当り前のように受け入れていることには、こうした背景があった。
 それはさて置き、このムジナは父親であるホトトギスに何の不満も感じていなかった。時に一つの食べ物をめぐりホトトギスと仁義亡き抗争を繰り広げる事があったけれど、ホトトギスは彼女に成長に必要な食糧と知識、知恵を与え、彼女を大切に育てていた。それだけではなく、南国育ち故に寒さに弱い彼女のために寒さを凌ぐ服を買い与えてくれたり、贅沢品であるミルクココアを飲ませてくれたりさえしていた。真実、彼女はそんな父親であるホトトギスの事を誇らしく思っていた。だが、女性へと一歩一歩成長している彼女にとって、母親は不可欠な存在であった。特にホトトギスに対する不満があるわけではないけれど、彼女が漠然とした不満感を心の中に覚えるのは当然の事であった。
 だが、その空虚感を満たしてくれる存在がなかったので、ムジナはホトトギスの所に向かった。ホトトギスの姿を目にすると、彼女はホトトギスに駆け寄り、思い切ってこう尋ねてみた。
「父ちゃん、私の母ちゃんはどんな女だったの」
 どのような経緯がそれまでにあったのか、それは知らない。母ムジナからひとり逸れ、見る影もなく痩せ衰えていたこのムジナがホトトギスの姿を目にし、「ひょっとしたらご飯をくれるのでは」という虫の好い考えから接近したのが、ムジナとホトトギスの出会いであった。その後、奇妙な縁があり、今は親子になっているけれど、ホトトギスとムジナは血の繋がりなどなかった。彼女にそう質問されても、ホトトギスには、彼女の産みの母親であるムジナがどのようなムジナであったかなど知る由がなかった。「さあな」とお茶を濁すか、「知らない」と正直に答える方が良かったのかもしれないけれど、自尊心が羽毛を着て歩いている程の、、自尊心の塊であるホトトギスが自分の無知を認めるような真似をする筈がなかった。また、ホトトギスはムジナがどのような答えを要求しているのか良く知っていた。それ故に、ホトトギスは彼女の欲するような答えを与える事にした。
「父ちゃんがホトトギスに生まれ変わる前にお前の母ちゃんと知り合い、結婚したんだ。だが、運の悪い事に、父ちゃんはお前が生まれる前にオコジョに襲われ非業の死を遂げたのだ。父ちゃんの大親友で、お前が薬を届けてくれたあの蝙蝠の話だと、何でもそのオコジョは鷹に育てられたオコジョだという。父ちゃんが何故オコジョ嫌いなのか、これで分かっただろう。ところで、お前の母ちゃんがどんなムジナだったかという話だが、お前に良く似た美人のムジナだったぞ。母親の事が恋しくなったら、自分の顔を鏡で見るといいんじゃないか。そこに映っている姿がお前の母ちゃんの姿なののだから」
 鷹に育てられたオコジョというのは、ムジナの恋人であった。どういう理由があってかは分からないが、彼女の父親であるホトトギスがそのオコジョの事を嫌っていたのは事実である。ことある毎に、「あのオコジョはとんでもない女好きだ。世間知らずのお嬢さん育ちをしているお前は騙されているだけだ。悪いことは言わないから、あんなオコジョの事はすぐに忘れてしまえ」とか、「あのオコジョは見た目は確かにかっこいいが、生活力がない。結婚するとお前がひもじい思いをするのは目に見えている。そんな甲斐性無しのオコジョとかわいい一人娘のお前を結婚させられる筈がないだろう」と、結婚を前提にした二人の真剣な交際に強く反対していた。そのホトトギスがこの時とばかりに父親殺しの濡れ衣をそのオコジョに着せるのは当然のことであった。
「どうして、そこにオコジョが出てくるのよ。絶対に変よ」と強く抗議した後、ムジナは「第一、それでは年が合わないじゃない」と反論した。
「何を言っている。父ちゃんの話に矛盾はない」と前置きした後、ホトトギスはあたかも過去を回想するかのように一旦目を閉じた。再び目を見開くと、彼はこう返答した。
「あの好色オコジョはお前より少し年上であろう。一人娘のお前のために美味しいご飯を与えなければと、父ちゃんが餌捜しをしていると、あのオコジョが物陰から突然襲いかかってきたのだ。不意討ちを受けたとしても、オコジョ一匹なら、物の数ではないけれど、卑怯な事に二羽の鷹まで父ちゃんへの攻撃に参加したのだ。それで、父ちゃんは非業の死を遂げることになった。だが、死ぬ間際までお前の事を片時として忘れる事はなかったよ。その時の思いが強かったためなのであろう、転生してもな、おお前の事をよく覚えていたのだ。普通、生まれ変わる際に過去の記憶は全てなくなる、と言われているにもかかわらずだ。ホトトギスに生まれ変わってもなお、目に入れても痛くないほどお前の事を可愛がっているのを見れば、父ちゃんの話が真実である事が理解できるであろう」
 生まれ変わり、輪廻転生を信じる思想は、それほど珍しいものではない。とある伝説によると、人間は生まれ変わる際に猛烈な喉の渇きを覚え、忘却の泉の水を飲み、前世の記憶を完全に失うとの事である。ホトトギスの主張はこうした伝説を踏まえてのものであった。また、一人娘をこの世に残すと言うこの世に対する強い未練が残り、たまたまムジナに出会った時にそれが想起された、と主張したかったのであった。
 ホトトギスの指摘する通り、オコジョは彼女より二月ほど早くこの世に姿を生を受けていた。そのため、オコジョが育ての親である二羽の鷹と共同戦線を張り、まだその当時ムジナであったホトトギスに襲い掛かって屠る事は十分に考えられた。しかし、それは時間的な矛盾を解いただけであり、地理的な矛盾を依然として孕んでいた。何故ならば、オコジョの住んでいる森林地帯から、ムジナの生まれ故郷である「ホトトギス島」までは距離にして優に二千キロ以上あり、しかもこの間は海で隔てられているのだから。どのように考えても、南海の孤島である「ホトトギス島」にオコジョがやって来てムジナの殺害を行ったとは考える事はできなかった。
 ムジナは間髪を置く事なく、この矛盾点をついた。
「お前はまだ小さな子供だから知らなくても無理はないが、ラッコは鼬(いたち)の仲間であり、オコジョの仲間だ。川獺(かわうそ)もまた鼬の仲間である。このことからも推測をされるように、鼬は泳ぎが非常に上手い。時に川に飛び込み魚を追い掛け回し、捕まえる事もあるくらいだからな。そんな鼬の仲間であるオコジョが海を泳いで渡ったとしても何の不思議もあるまい。むしろ渡らないと考える方がどうかしている。それに加え、あの好色オコジョの親は鷹だ。子供であるオコジョを足の爪でしっかりと捕まえ、縄張りを広げるために、ホトトギス島まで遠征しても何の不思議もあるまい。父ちゃんの話に嘘偽りはない」
ときっぱりと断言した。
 小さい頃からホトトギスの薫陶を得て、ムジナは並みのタヌキよりは数段賢かった。しかし、本格的にホトトギスと議論をするには知識と経験が欠如していた。自分に勝ち目がない事を悟ると、早々にその議論を取りやめて、ムジナはホトトギスの顔を正視して「私は母ちゃんにそっくりなの」と確認した。
 嘘も方便である。嘘も使いようによっては、様々な利益を齎(もたら)す。また、たとえ真っ赤な嘘であったとしても、嘴からそれが発せられた瞬間、それを真実であると思い込む事のできるホトトギスは、何ら悪びれる事もなくコクリと頷き返した。そして、「お前は父ちゃんの死に別れた妻に生き写しだ」と確証までした。
 そうなんだ、私は母ちゃんにそっくりなんだ。
 そう思うと、それまでふさぎ込んでいた彼女の心が少し晴れた。幾分機嫌の良くなった彼女は、思い付くままに母親の事を尋ねる事にした。
「それで父ちゃん。父ちゃんは母ちゃんとどのように出会ったのよ。どれくらいの恋愛期間があって、結婚したのよ。それに、母ちゃんへのプロポーズの言葉は何だったのよ。」
 矢継ぎ早に質問を浴びせ掛けるムジナの母親など見たことがない。質問されても、返答する答えなど端から存在しなかった。また、その質問に一々丁寧に答えるのも億劫に感じられた。ムジナの満足する答えを与えても、すぐに新たな疑問が生じ、質問を浴びせ掛けるからであった。そこでホトトギスは、
「昔の話だ。細かいことを一々覚えていない。それに、お前が生まれてから間もなく、お前の母ちゃんも悪辣なあのオコジョの手にかかり殺されたのだ。根掘り葉掘り聞いても無駄なことだ。それに、セイラはお前の母ちゃんの生まれ変わりだ。セイラのことを母親だと思い、甘えたら良い」
と訳の分からないことを口走った。
 物事を少し論理的に考えることができたら、ホトトギスの返答の矛盾に即座に気付いたであろう。彼女の母親であるムジナが彼女が生まれてから死んだのであり、その生まれ変わりであるセイラは彼女より年下と言うことになるのだから。ムジナが幾らお馬鹿であったとしても、そのおかしさにすぐ気付く筈であったが、母親を追い求めている彼女はこの不自然さを見逃した。
「セイラお姉ちゃんは本当に私の母ちゃんなの、父ちゃん」
「父ちゃんとセイラの仲睦まじい姿を目にし、お前は何も感じなかったのか。ひょっとしたら、この綺麗な女の人が私の母ちゃんなのかもしれないと、一度でも思ったことがなかったのか」
 質問をした彼女が反対にホトトギスからそう質問されてしまった。彼女は暫時沈思黙考した後、おもむろに口を開いた。
「父ちゃんはいつもセイラお姉ちゃんに打(ぶ)たれているじゃない。セイラお姉ちゃんに『ホトトギス、何をしたのよ』と叱られ、顔と言わず頭と言わず所構わず強か打たれているだけじゃない。父ちゃんはお姉ちゃんのことを大好きなのは理解できるけれど、お姉ちゃんは父ちゃんのことをただ嫌っているだけじゃないの。そんな二人の遣り取りを目にして、お姉ちゃんが私の母ちゃんだったなんて思う筈がないでしょう。そうでしょう、父ちゃん」
 「これだから子供は困るのだ」と溜め息交じりに呟いた後、ホトトギスはいつになく表情をきりっと引き締めて
「人間の世界では、喧嘩するほど仲が良い、という古くからの諺があるのだ。本当に仲が良いから、自分の思うところ、感じるところを相手に口にすることができる。そのために、仲の良い二人の間には絶えず些細な口喧嘩が絶えないのだ。決して父ちゃんとセイラが仲が悪くていつも喧嘩をしている訳ではない。仲が良すぎて、喧嘩をし過ぎているだけだ。そのところを誤解してもらっては困る」
 ホトトギスのその答えを耳にし、ムジナには新たな疑問が生まれた。そこで彼女はその疑問はそのままホトトギスにぶつけることにした。
「じゃあ、父ちゃんとカイは本当は仲が良いのね。だって、顔を合わせれば、父ちゃんは何時もカイに喧嘩を仕掛けるものね。」
 ホトトギスとカイは宿命のライバルであり、不倶戴天の仲であった。自分とカイの二人が血で血を洗うような激しい抗争を繰り返すのを間近で見ながら、どうしてそう思うのだ、と呆れながら、ホトトギスは勿体をつけゴホンと咳払いを一つした。
「父ちゃんとカイは単に仲が悪いだけだ。あいつと同じ空気を吸うのかと思うだけで、父ちゃんは激しい怒りに取り憑かれてしまう。だから、『死ね、小僧』と叫び、あいつのオデコに向かい嘴から突進して行くのだ。だから、誤解をしてもらっては困る。大体、どうして父ちゃんがあんな女誑(おんなたら)しで性格が破綻しているあんな子供と仲が良い筈があろうか」
と言った後、
「少し冷静になって考えてみれば、それがおかしいことくらい即座に分かるのではないか」
と付け加えた。
「カイはとっても性格が良いわ。『お腹が空いているんじゃないか』と言って、私にお八つを一杯くれるのよ。父ちゃんだって、カイからお菓子を一杯貰っているじゃない。なのに、どうして、そんなにカイのことを嫌うの」



一角大雪兎の終わり [セイラ外伝]

 強烈な嘴の一撃で一角大雪兎を一発ケーオーしたホトトギスは、彼の額にこんもりと盛り上がっている大きなタンコブの上に飛び乗り、獣のような「ウォー」という勝鬨(かちどき)を上げた後、そこで勝利の舞を行い、勝利の喜びを暫く味わった。そして、それにも飽きると、彼は視線の先を一角大雪兎の背負っているリュックサックに向けた。
 三日前の晩のことである。銀狐の情報を得るために、一角大雪兎は、ホトトギスの塒である神殿にやってきて、情報提供料として、このリュックサックの中から幾つかの食料品を差し出した。急な旅や地震や大火といった災害に備えての非常食であろうか、その大部分は、煎餅や乾パン、干し肉と言った保存食ではあったけれど。
 ホトトギスは、一角大雪兎の背中にあるリュックサックをじっと見詰めながら、何やら考え始めた。
「人の占有物を略取するのは、窃盗ではあるまいか」
 だが、ホトトギスは、小さな声でそう呟いたが、即座に自身のこの考えを否定した。
「俺様とお馬鹿な兎野郎は、つい先ほどまで交戦状態にあった。そして、俺様は、方位磁石というう大きな代価を支払いながらも、今目の前で大きなタンコブを作り眠っている兎野郎に勝利をおさめた。だとすれば、敗れた兎野郎には、この俺様に対して賠償義務が発生しているのではなかろうか。また、目を覚ましたこいつが『いや、まだ負けていない』と言うのならば、気を失っている現在も交戦状態であり、平時の法は適用されない筈である。だとすれば、戦争状態という極限状態に置かれている中で行われる、自身のの生命を繋ぐための略奪行為は、緊急避難処置として大目に見られてしかるべきなのではないだろうか」
 幸いなことに、気絶している一角大雪兎とホトトギス以外にあたりには誰もいないなかった。ホトトギスは、大きな声でそう嘯(うそぶ)くと、右の足で蹴飛ばして、一角大雪兎の体をひっくり返した。
「どれ、どれ、何が入っているのだろうか。」
 兎の持ち物であり、どうせたいした物は入っていないだろう、と高を括っていたが、リュックサックの中には、一角大雪兎の全財産が入っているがま口財布をはじめ、携帯食料、石鹸などなど、色々の物が入っていた。略奪は戦勝者の当然の権利と考えているホトトギスではあったが、さすがに現金の入っているがま口財布を奪い取ることは気が引けた。
「武士の情だ。がま口財布とその中身は大目に見てやろう。だが、二度と俺に口答えできないように教え込むために、残りの全ては全て没収だな」
 ホトトギスは、そう言うと、財布以外の役に立ちそうな全ての品々を自分のポシェットの中に移し替えた。それを終えると、彼は、油揚げの載っていた皿に向かい、正座した後、両方の翼を顔の前で合わせて、「ご馳走様でした」と大きな声で食物を得られた感謝の念を告げた後、パタパタと盛大な羽音を立てながら、闇の中に自分の姿を消していった。



一角大雪兎の続き4 [セイラ外伝]


 超高エネルギーの重粒子線の速度は殆ど光速であった。ホトトギスの動きが幾ら俊敏であっても、その銃口から発射された重粒子線を回避することは不可能であった。重粒子線は、狙いを違うことなく、ホトトギスの頭頂部で逆立っている毛にヒットし、一瞬にしてそれを蒸発させた。
「どうせ、こんな事だろう、と思っていたが、どうやらそれは子供の玩具のようだな。それとも、弾を入れ忘れたのか、やい、角なし兎め」
 銀狐に効果がなかったので、ひょっとしたらホトトギスにも効果がないかもしれないと恐れていたが、重粒子線は彼の予想通りにホトトギスの体にも有効であることが確かめられた。そのことを確かめた一角大雪兎は、余裕に満ちた笑みを口元に微かに浮かべた。
「お前、自分の頭がどうなっているか見てみろ」
「その玩具が俺の体に効果がないから、そう言って俺を脅かそう、と考えているのだろう。誰がお前のそんな姑息な手に引っ掛かるものか」
 ホトトギスは、そう言って、彼の話に取り合おうともしなかった。しかし、一角兎の態度が妙に余裕に満ちていることに気付き、そのことを怪訝に思い、彼は油揚げの全てを一気に平らげてしまうと、右の翼で頭の毛を撫でてみた。
 ホトトギスは、鸚鵡のように長い冠毛を有しており、ことある毎にそれを逆立てて、それを誇示していた。その自慢の冠毛がなくなっていたのである。ホトトギスは、何が自分の身に起きたのか、理解できない様子で、物悲しい声で「テッペンカケタカ」と鳴き、消え去った自分の頭頂部の冠毛を悼んだ。
「次は何処が好い。いつも、大口ばかりを叩いているその嘴にしてやろうか」
 一角大雪兎は、自分の勝利を確信し、余裕に満ちた声でそう言うと、銃口を彼の嘴に向けた。
 高エネルギーの重粒子線を浴びれば、ホトトギスの饒舌な嘴も、頭の毛と同様に無事ではすまない。しかし、ホトトギスは、余裕に溢れた様子を浮かべた。
「察するに、それは高エネルギー兵器だな。高速な電子線か陽子線といった所だろう。だが、そんななまくら銃が俺様の嘴を貫けるものか。嘘だと思うのなら、打ってみやがれ」
 「後悔するなよ」ともう一度警告した後、一角大雪兎は、減らず口を叩き続けるホトトギスの嘴に重粒子線を発射した。
 重粒子線は、光速に近い速度でホトトギスの嘴に向かい直進していった。ホトトギスの嘴までおよそ三十センチほどの所で、それまで直進していた重粒子線の流れの方向が変わり、ホトトギスの嘴の形状に沿うように逸れていった。そして、逸れた重粒子線は、何事もなかったように、再び直進を始め、銃口と彼の嘴の一直線上にある屋敷の壁に直径一センチほどの穴を開けた。
「何をしたんだ、お前」
 銀狐の時と同じ状況に遭遇した一角大雪兎は、驚きのあまり、大きな声を上げた。
「お馬鹿な兎だとは思っていたが、これほどお馬鹿であったとは驚きだな」
 ホトトギスは、嘴を逸らして一頻り彼を嘲笑った。
「一体どんな魔法を使ったんだ、この鳥野郎。」
「魔法とは心外。俺は、お前の心酔している科学のごく初歩の知識を使っただけだ」
「科学だあ」
 一角大雪兎は、科学の常識に反する存在であるホトトギスの嘴から「科学」という言葉が漏れ出たことに驚き、大きな声を上げた。その彼の頭の中に一つの考えが去来した。
「お前、まさか磁力を使ったのではあるまいな」
 一角大雪兎が開発した重粒子線は、荷電粒子であった。そのため、磁場の干渉を受ける。強磁場を発生することが出来れば、その経路を思いのままに変えることが出来た。
「お前は自分の作り上げた重粒子線の威力にばかり目がいっていたようだな。だが、どのような優れたものにも欠点はあるのだ。重粒子線の場合は、磁力がまさしくそれだな。荷電粒子である以上、その重粒子線とて磁力の軛から解放されることはない。磁石があれば、重粒子線とて、簡単に曲げてしまうことが出来るのだ。どうだ、畏れ入ったか、兎野郎。」
「そんな初歩的なことは改めてお前に講義されるまでもない。お前、それで、どんな磁石を使ったんだ」
 一角大雪兎の問いかけに応じ、ホトトギスは、ポシェットの中から方位磁石を取り出し、「これだ」と言って、それを彼に指し示した。
「まさか、その方位磁石を使った、と言いたいわけじゃないんだろうな」
「お前のヘナチョコ光線など、これで十分だ」
 ホトトギスは、そう言って、自身の発言を訂正しようとしなかった。
「光速に近い速度を持っている重粒子線を、どうしてそんな磁力の弱い磁石で曲げることができるんだ。それこそ物理学の法則に反しているではないか」
「本当にこれで曲げたのだ」
 ホトトギスは、自説を一向に曲げようとはせず、なおもそう主張し続けた。「曲がる」、「曲がらない」と罵り合っても、何も生み出さない。論より証拠、そう判断し、一角大雪兎は、方位磁石を持っているホトトギスの所に近付き、「それを貸してみろ」と言って、それをひったくると、地面に置き、その方位磁石に銃口を向けた。
 ホトトギス以外の誰も持っていない方位磁石であり、それはダイアモンドにも匹敵するような宝物であった。他の人間にとってはゴミ同然の品物であったかも知れないけれど、ホトトギスにとっては、生活必需品であった。それに向かい物騒な重粒子線を発射しようと言うのである。当然のこと、ホトトギスから「何をしやがる」とクレームの声が上がった。
「お前の話が本当なら、重粒子線は方位磁石の磁力に曲げられ、無事であろう。何も問題はないだろうが」
 一角大雪兎は、そう言うや否や、問答無用とばかりに重粒子線発射装置の引き金を引いた。ごく弱い磁力しか有さない方位磁石が、殆ど光速の重粒子線を極端に曲げることなどできる筈がなかった。重粒子線の直撃を受けた方位磁石は、瞬間にして、蒸発してしまった。
「何て酷いことをするんだ、この兎野郎。」
 ホトトギスは、茫然とした様子で跡形もなく消えてしまった自分の方位磁石の置かれていた場所を見ながらそう呟いた後、彼の隣りで勝ち誇った様子をしている一角大雪兎の足を払い、その上に覆い被さった。旅行の時に自分の現在位置を正確に把握するために必要な方位磁石を一瞬にして消滅させた重粒子線発射装置を一角大雪兎の手から奪い取ると、「こんな物、こうしてやる」と言って、嘴の一突きで木っ端微塵に粉砕した。
 一角大雪兎が寝食を忘れ開発に専念した重粒子発射装置と、たまたま磁鉄鉱を発見し、このところ肩凝りに悩んでいるセイラの血行を良くするために作った磁気ネックレスのあまりの磁石で作った方位磁石の交換では十分なお釣りがあった、しかし、ホトトギスの怒りは納まらなかった。僅かに見える細い月影の微かに蒼い光で嘴の先をぴかっと光らせた後、「死ね、兎野郎」と絶叫し、ホトトギスは一角大雪兎の額に強烈な嘴の一撃を与え、失神させた。


一角大雪兎の続き3 [セイラ外伝]

 その晩も、彼は夜中に目を覚まし、油揚げ造りに勤(いそ)しみ、作り上げた油揚げを同じ場所に置いてから眠りに就いた。翌朝、そこに行ってみると、昨日の朝と同じように、油揚げだけが綺麗になくなっていた。他の生き物がそれを奪い取った可能性も未だ否定できないけれど、一角大雪兎は、銀狐に仕業に違いないとの確信を更に深め、油揚げを本当に奪ったのが銀狐であるかを確かめるために、夜から明日の朝にかけて張り込みをすることに決めた。
 豆腐と油揚げ造りも三度目である。正式な造り方なかどうかは確信を持てないが、その作り方のコツもそれなりに体得していた。明日の朝にカイに食べてもらおうと、大きな木綿豆腐も作り上げていた。そして、彼は、カイの喜ぶ顔を頭の中に描きながら、残りの豆腐を揚げ始めた。
 ひょっとしたら、これは油揚げではなく、揚げ出し豆腐なのではないか。
 彼の頭の中に何処からともなく、その考えが飛来した。彼は、その懸念を払拭出来ず、出来上がった油揚げをじっと眺め始めた。出来上がった代物は、そう考えてみると、油揚げと言うより揚げ出し豆腐のように見えてきた。
 そんな筈はない。これは油揚げに違いない。そうでなければ、伝説の銀狐が食べる筈がないのだから。
 一角大雪兎は、そう考え直すと、その油揚げを皿の上に丁寧に載せ、それを例の場所に置いた。それから、彼は、それが良く見える所に姿を隠し、銀狐の訪れるを待ち始めた。
 待ち始めてから一時間ほど時間が経過した時のことである。一陣の風のように、突然、ホトトギスがその場に姿を現わした。その姿を目にした一角大雪兎は、こいつが犯人なのか、と驚いた。しかし、ホトトギスが犯人であることを裏付ける証拠は何もなかった。いつものようにお腹を空かせたホトトギスが、何か食べ物はないかと、食べ物を物色している最中に、たまたま、この上空を通過し、油揚げの匂いに引き寄せられたかもしれないからである。ホトトギスが犯人であることを証明するためには、銀狐を誘き寄せるための油揚げを彼が横取りする現場を抑える必要があった。一角大雪兎は、固唾を飲んでその犯行の瞬間を待った。
 犯行の現場を誰にも抑えられないように、ホトトギスは、きょろきょろとあたりを見回して、周囲に誰もいないことを確認してから、奇妙な踊りを踊りながら、ゆっくりと油揚げに近付いて行った。
 何で踊る必要があるのだろう。今日に限ったことではないが、妙なことをする奴だ。
 一角大雪兎のこの疑問に答えるかのように、ホトトギスが「ご飯だ、ご飯だ。嬉しいな。ご飯だ、ご飯だ。嬉しいな」と妙な節回しに合わせて、踊り始めていたのである。
 何処かで見たことがあるな。この踊りは、奴がいつもご飯を食べる前に踊る、歓びの踊りではないか。だとすると、本当に、たまたまこの上を通りかかり、油揚げの匂いに引き付けられたのかもしれない。
 一角大雪兎がそう考えている間に、ホトトギスは、皿の上に丁寧に並べられている油揚げに辿り着き、その骨格上そのように座ることは不可能なはずなのに、正座に良く似た座り方をし、両方の翼を顔の前で合わせると、「頂きます」と言う大きな声を上げた。
 どのような理由があるにしろ、彼が油揚げを無断に食べようとしていることは確かであり、このことを非難することも可能であった。しかし、ホトトギスが何やかやと訳の分からない言い訳をし、言い逃れようとするのは明らかであり、あんな奴と不毛な議論をするだけ無駄、と考え直した。
「そうそう、これがないと」
 ホトトギスは、そう言うと、外出する時はおろか、就寝と入浴する時以外には肌身放さず身に付けているポシェットから、醤油の入った小瓶と下ろしたての生姜を取り出した。まるでここに油揚げがあることを知っているような準備の良さであった。ホトトギスは、油揚げを一枚嘴で摘み上げると、生姜醤油の中に浸した後、それを一飲みにした。
「一昨日の辛子醤油、昨日のワサビ醤油もいけるが、やっぱり、油揚げには生姜醤油だよな」
 昨日、一昨日、そして今日。銀狐を誘き寄せるために設置してあった油揚げを彼が三晩続けて盗み食いしたのは疑いようがなかった。一角大雪兎は、物陰に隠していた姿を現すと、二枚目の油揚げを摘み上げ、それを今まさに飲み込もうとしているホトトギスに体当たりを敢行しようとした。
「お前が物陰に姿を隠していることなどとっくに知っていたは、たわけ者。ホトトギス様は、いまだ兎の奇襲を受ける程、落ちぶれておらぬは」
 ホトトギスは、生姜醤油の入っている小皿を左の翼に、油揚げの乗っている皿を右の翼に持ったまま、軽やかな身のこなしで彼の突進を回避した後、「これでも食らいやがれ」と絶叫して、右の足で彼のお尻を思いっきり蹴飛ばしてやった。
 頭から地面に突っ込んだ彼の口の中に地面の砂が幾つも入ってきた。一角大雪兎は、ペッペッと口の中の砂を唾と一緒に掃き出すと、その眼光だけで呪い殺せるのではないか、と感じさせるような凄まじい視線でホトトギスを睨み付けた。
「さては、貴様、俺を最初から騙す心算だったな。銀狐が、お稲荷さんの血を引き継ぎ、油揚げが好物だ、と俺を騙し、銀狐をおびき出そうとして俺が置くであろう油揚げを最初から横取りする心算だったのであろう」
「あの性悪な銀狐が、罠だとすぐに分かるこの油揚げを食べに、のこのことここへやって来るわけがないだろうが。馬鹿か、お前」
 ホトトギスは、そう嘯くと、カンラカンラと高笑いを始めた。如何にも自分を愚弄する彼のその態度に言い知れない怒りを憶え、彼は、背負っていたリュックサックの中から重粒子光線中を取り出し、その銃口をホトトギスに向けた。
「おそらく拳銃かなんかなのだろうが、そんな玩具が俺様に通用する筈がないだろう。俺の話が嘘だと思うなら、俺様の体の何処でも好きな所を打ってみやがれ」
「今の発言、忘れるんじゃないぞ」
「鶏のように三歩歩くと物を忘れるようなお馬鹿なお前なら兎に角、俺が自分の言ったことをすぐに忘れたりするもんか。これだから、お馬鹿な兎は困るのだ」
「死んで、後悔しやがれ」
 銀狐同様に科学に反するふざけた存在であるそのホトトギスに重粒子線の効果があるかどうかは甚だ疑わしかったが、一角大雪兎は、そう絶叫するや否や、高笑いをしているために逆立っている彼の頭頂部の毛に狙いを定め、引き金を思いっきり引いた。



一角大雪兎の続き2 [セイラ外伝]


 一角大雪兎は、ホトトギスの作戦を信用していなかったが、カイが寝静まるのを待ち、油揚げを作り始めた。カイの生まれ故郷では油揚げが売られているらしいけれど、生憎なことに、この国には油揚げはおろか豆腐さえも存在しなかった。このため、お稲荷さんの使いである狐の血を引いていると言われている銀狐を誘き寄せるためには、油揚げを自作する以外なかった。
 彼は、台所に行くと、大豆を石臼で挽き始めた。それを終えると、それを茹でた。茹で上がった大豆を搾り、豆乳を作ると、昼間にカイと港に出かけた時に密かに汲み置いていた海水を苦汁(にがり)代わりに入れて、それを凝固させ、豆腐を作り終えた。
 ここまでだけでも一仕事であるが、その豆腐から油揚げを作らなければならなかった。全てが初めての経験であり、見たくれは多少悪いけれど、油揚げらしい色と形はしていた。彼は、ワサビを醤油に溶き、それで揚げ立ての油揚げを試食してみた。
 好き好きはあるであろうが、ただの油揚げである。ワサビ醤油で食べたとしても、揚げ立ての油揚げであっても、それ程、美味しいものではない。まして生まれて初めて作った豆腐と油揚げであり、決して満足の行く出来ではなかった。
 こんな物で、本当に銀狐が呼び寄せられるのであろうか。
 彼は俄かに不安になり始めた。「まあ、今日のは試作品だ。何度か作れば、その内に、それなりの油揚げを作れるだろう」と自分に言い聞かせた。だが、「ひょっとしたら、これでも銀狐をおびき出せるかもしれない」と虫の好いことを考えて、人目をはばかる銀狐が食べ易いように、それを人目のつきにくい所に置き、カイの眠っている寝台に戻った。
 一角大雪兎は決して寝起きの良い方ではなかったけれど、自分の作った油揚げの成果が気にかかり、カイより早く目を覚ますと、油揚げを設置した場所に行き、その首尾を確かめた。
 自分で食べてもそれ程美味しく感じられない、初めて作った油揚げである。その成果は殆ど期待していなかった。置いた場所にそのまま残っているものと予想していたが、驚いたことに、油揚げを載せた皿を残し、油揚げは綺麗に消え去っていた。
 銀狐が食べたのだろうか。
 都合の好い考えが一瞬彼の頭を過ぎった。今、自分が居候しているこの屋敷は野良猫や野良犬の容易に入れない貴族の屋敷であるけれど、お腹を空かせた野良猫や鼠、さらに、鳶や鴉がそれを食べたことも考えられた。そこで、彼は、油揚げを載せた皿の周囲を注意深く見回した。野良猫の足跡はおろか、鳥の爪痕もそこにはなかった。それでも一角大雪兎は、「そんなに都合良く事は進まないだろう。銀狐以外の何物かが取った可能性も否定できないのだから」と自嘲気味に自分に言い聞かせながらも、淡い期待を抱きながら、カイの寝室へと戻っていった。
 彼が部屋に戻ると、朝に弱い自分の姿が見えなくことを心配していたカイが、「こんなに朝早くに何処に行っていたの、兎君」と問いかけてきた。そして、彼が返答する前に、彼の赤く充血している目に気付き、矢継ぎ早に、そのことを指摘した。
「兎なんだから、目が赤くても不思議はないだろう」
 純白の、また、黄色一色の鸚哥、更に白い兎など、アルビノワと呼ばれる色素の欠如している動物は、血のような目の色をしている。と言うより、その色は血管の中を流れる血の色である。であったが、一角大雪兎と呼ばれる彼の体色は新雪のように純白であったけれど、目の色はごく普通のものであった。
「兎君の目は僕と同じ目の色じゃないか。冗談はそれくらいにして、どうしたの、兎君。ひょっとして、昨日も眠れなかったの」
 銀狐に一泡を吹かせるために、深夜にこっそり抜け出し、密かに油揚げを作ったためだな口にするわけには行かなかった。隠し事のある彼の歯切れはどうしても悪くならざるを得なかった。
「何でもないさ。それより、朝の運動を洒落込もうぜ」
 彼は、そう言うと、朝の剣の稽古の前に必ずするカイの準備体操の真似を始めた。



一角大雪兎の続き [セイラ外伝]

「兎君、朝だよ。目を覚まして。」
 変声期を迎えている筈なのに、依然として少女のような甲高く、澄んだ綺麗なカイのいつもの呼びかけで一角大雪兎は目を覚ました。兎の姿をしていながら、朝寝坊な一角大雪兎は、「もう朝なのか」と不機嫌そうに呟くように言いながら、眠そうに何度も目を擦りながらヨロヨロと体を起き上がらせた。それから、暫く眠そうな眼でカイの着替えをするのをぼんやりと眺めいたが、昨夜見たあまりにリアルな夢を思い出し、慌てて角に手を伸ばした。
「俺の角がない」
 自分の生え始めた角が跡形もなく消え去っていることに気付き、ウサギは、顔面を蒼白にし、そう絶叫した。
「角がないって、兎君の角は抜け落ちたんでしょう。新しい角は、まだ生えていないじゃない」
 頭の毛から角が見えるようになり、このことに気付いたカイが、「兎君、新しい角が生えてきたんだね」と語りかけてきたらば、「そうなの」と空惚け、そこにおもむろに手をやり、「本当だ、角が生えてきた」と喜んでみせるつもりでいた。そして、その喜びを大好きなカイと共有する計画であった。そのために、一角大雪兎は角が生えてきたことをカイにさえ内緒にしていたのである。そのことを知らないカイが一角大雪兎のその言葉を怪訝がるのは当然であった。
「本当なんだって。カイには内緒にしていたけれど、一月前から、新しい角が生えてきたんだ」
 一角大雪兎はなおもそう主張したが、カイは、彼が夢でも見て寝惚けているのだろうと思い、その話をしなかった。しかし、一角大雪兎が執拗にそう食い下がるので、「本当なの」と、訝しそうにウサギの頭のあたりを撫で始めた。
「何も変わった様子はないけれど」
 彼の頭を何度も撫でながら、カイがそう語りかけてきた。
「早く角が生えて欲しい、という兎君の願望が、きっと、そんな夢を見させたんじゃない」
 「そんな筈はない。本当に角が生えていたんだ」と言い返したかったが、それを裏付けるものがなかった。このため、一角大雪兎は口を噤まざるを得なかった。それでも、何か物証になるものはないかと、あたりを見回していた。そして、壁にぽっかりと開いている、約一センチほどの直径の穴を発見し、それをカイに指差した。
「あそこの壁に穴が開いているだろう。昨日の夜、忽然と姿を現した銀狐に向かい俺が打った重粒子線の開けた穴なんだ。にもかかわらず、銀狐の体は何ともなくて、そのことを不思議に思った俺が銃口を覗き込もうとした時、突然重粒子線の発射装置が暴発して、俺の角を瞬間蒸発させたんだ」
 一角大雪兎の生まれ故郷に訪れた時、カイはハイテク兵器とその信じ難い威力を何度も目の当たりにしていた。カイは、枕元に投げ出されている重粒子線の発射装置を発見すると、それを指差し、彼に尋ねた。
「兎君はあれで壁の穴を開けたというわけ?」
「そうなんだ。あれで、銀狐の体と壁を打ち抜いたんだ」
 寝惚けて打ったのだろう、と誤解されるのを覚悟の上、一角大雪兎はそう主張した。どうせ、全て夢物語なのだろう、と誤解されるだろう、と予期しながらも。しかし、カイからの返答は、彼の予想に反するものであった。「銀狐が来たんだ」と懐かしそうに小さな声で呟き、「兎君は銀狐を知らないんだよね」と言って、銀狐についての簡単な説明を始めた。
 カイがまだ小さい時のことである。その銀狐は、昨晩と同じように、突然、何処からともなくカイの前に姿を現し、暫くカイのもとで暮らしたあと、現れた時と同じように忽然と姿を消したのである。
 カイのその話を聞き、一角大雪兎は、重粒子線の発射装置が突然暴発した理由を、また、銃口から発せられた重粒子線がく生え始めた角以外は一毛も損ずることなく消し去った理由を説明できるような気がした。非科学的な話であるが、憎みても余りあるあのホトトギスと同じように、昨夜、現われた、あの銀狐が、超自然的な力を有する魔物であれば、科学に反することを引き起こすこともあるいは可能なのかもしれない。受け入れ難い話であるが、納得のいく説明を行うことが出来た。
「じゃあ、あの銀狐は、鳥野郎と同じ魔物なのか」
「詳しいことは、僕にも分からないんだ。ただ、ホトトギスの話によれば、伝説の妖孤、玉藻の前の鳩子で、お稲荷さんの使いの狐の孫、ゴン狐の幼なじみにして、「手袋を買いに」の子狐の従兄弟なんだって。いつも口から出任せばかりをいっているあいつの話だから信用は出来ないけれど、だから、とんでもなく強いんだって、あの狐は」

 親友であるカイが自分に嘘を吐くとは思えない。だが、カイの話はホトトギスからの伝聞であり、そのまま鵜呑みにするわけにはいかなかった。そこで、彼は、掌中の珠と言うべき大切な生え始めたばかりの角を消滅させた憎き銀狐の正体を確かめるために、カイが寝静まるのを待って、寝台を抜け出し、ホトトギスがいる神殿を目指した。
 すっかり夜は更けているが、王都である。昼間ほどではないが、大通りから人の姿が消えることはない。幸いこの日は月が出ていなかったけれど、兎の姿をしている自分が一人で人通りの消えることのない大通りを歩くことは、鴨が葱をしょって人に近付くのと同じく捕まえて下さいと言っているようなもので、自殺行為であった。そのため、一角大雪兎は、人通りの少ない裏通りを進まざるを得ず、遠回りすることを余儀なくされた。
 大通りに比べ人通りが少ないとは言え、裏通りにも人の姿があった。禁制品を密かに商う者、泥棒などの夜を商売の時間にする者、見るからに如何にも理由ありの風体をしている人間がおり、一角大雪兎は、暗闇に身を潜ませながら用心深く歩かざるを得なかった。彼らの姿が消えるのを待ち、一気に裏通りを駆け抜けるという事を何度か繰り返し、ようやく目的地である神殿に到着することが出来た。
 普通に歩けば十分もかからない距離であるのだが、神殿に到着したのは、出発してから優に一時間が経過していた。俺は何をやっているのか、と自嘲気味に笑いながら、一角大雪兎は、夜でも閉ざされることのない神殿の門を潜り、ホトトギスのいるセイラの部屋を目指して歩き始めた。
 一角大雪兎の足は、猫の足の造りとよく似ていて、足音を完全に消し去ることの出来る柔らかい肉球があり、また、爪を足の中に完全に引っ込めることが出来た。そのため、彼の侵入を気付く者は誰一人いなかった。よしんばこの神殿の誰かに発見されたとしても、今はその名前の由来になっている角を失っており、ペットの兎が逃げ出し、神殿に迷い込んだのだろう、と思われるのが関の山であろう。それでも見付かれば何かと面倒である。いざとなれば文字通り脱兎の勢いで逃げさることも可能であるが、それでは、ここまでやってきた苦労が水泡に帰してしまう。彼は、長い耳をピンと立て、あたりの気配を窺いながら、用心深く歩いていた。そんな彼の耳に、カツカツという爪と床の触れ合うような小さな足音が聞こえてきた。
 あのお転婆ムジナが寝付かれず、夜の散歩でもしているのか。
 一角大雪兎は、一瞬そう思ったが、その予想を覆す、聞き慣れた声の独り言が彼の耳に飛び込んできた。
「王都住民の神への信仰心が欠如しているのであろうか。最近、神殿のお供え物が質量ともに落ちてきているじゃないか。去年の今頃は、季節外れのメロンなんかも供えられていたのに、今年は南瓜や大根といった野菜ばっかり。このままでは、僕は、飢え死にしてしまうに違いない」
 大根か何かを齧るバリバリという音が、それと相前後するように聞こえてきた。ホトトギスが夜回りと称してし、毎晩、行っているつまみ食いなのであろう。一角大雪兎は、あの小さな体の何処にそれほどのご飯が入るのだ、と今更ながらに驚きつつも、ホトトギスの前に姿を現すと、背負っているリュックサックの中から幾つか食べ物を取り出し、それを床の上に並べ始めた。
 彼との因縁浅からぬ一角大雪兎のすることである。大根を抱え、それを齧って飢えを凌いでいたホトトギスは、不信感を露に一角大雪兎を睨み付けた。
「まさか、毒でも入っているのではないだろうな。俺に一矢報いたいといつも考えているお前なら、それ位のことはやりかねんからな」
「お前が腹を空かしているだろうと思って、折角、持ってきてやったのに、その言い種は何だ。嫌なら、持って帰る」
 一角大雪兎は、不機嫌そうにそう言ったものの、それをリュックサックに仕舞い込もうとはしなかった。その行動が更にホトトギスの不信感を募らせた。ホトトギスは、抱えている大根を床に丁寧に置いた後、床に並べられている食べ物の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。
「どうやら、毒は入っていないようだな。だが、その目付き以上に性格の悪いお前が、俺様に食べて下さいと、これをただで遣(よこ)すような真似はしまい。何か企みがあるにちがない」
 彼は、そう言いながら、床に並べられている食べ物を右の肩にかけているポシェットの中に一つ一つ丁寧に仕舞い込んでいった。それを完全に仕舞い込んでから、「もうこれは俺の物だ」と言って、彼に背を向け、塒(ねぐら)であるセイラの胸の間に戻って行こうとした。
「銀狐について聞きたい」
 一角大雪兎にに劣らず、銀狐から酷い目に会せられているホトトギスは、足をぴたりと止めると、不機嫌そうに「銀狐だ」と言って、後ろを振り返った。
「あの性悪女孤の何について聞きたいのだ」
「あいつが、有名な妖孤、玉藻の前の鳩子で、お稲荷さんの使いの狐の孫にして、有名なゴン狐の幼なじみ、『手袋を買いに』の子狐の従兄弟だ、と言うのは、本当の話なのか」
 ホトトギスは、有名な狐の名前を思い付くままに並べ、適当に家系図をでっち上げたに過ぎない。時によっては、鳩子が従兄弟になり、孫になったり、子供になったり、その時の気分によって変化する。彼のその話を聞いた人間は、誰も彼の話を真に受けておらず、その誤りに気付いたとしても、敢えて口にするような真似はしなかったけれど、真顔をして、そんなどうでも良いことを質問する一角大雪兎に驚いた様子で、ホトトギスは、嘴をこれ以上出来ないほど大きく開き、彼の顔を暫く見詰めた後、おもむろに「その通りだ」と頷いた。
「どうすれば、あの銀狐に会える」
 ホトトギスは、殆ど不老不死の神秘な存在であったが、そんなホトトギスですら「死ぬのではないか」と感じざるを得ないほどの酷い怪我を、銀狐に何度も負わされており、銀狐の名前を聞くことさえも疎ましいくらいであった。その銀狐に会いたい、と詰め寄る一角大雪兎の心中を量り兼ねながらも、ホトトギスが珍しアドバイスを与えた。
「お稲荷さんは、田んぼの神様なのだが、それにもかかわらず、人々はお稲荷さんに何かお願いをする時、油揚げをお供えするであろう。それから察するに、お稲荷さんの使いの狐は油揚げを好物としているに違いない。一説によると、油揚げが狐色をしているためにお稲荷さんと呼ばれるようになったと言われているけれど、それでは、何故、油揚げをお稲荷さんにお供えするのかの説明になっていない。俺が思うに、油揚げは、栄養価が高いだけではなく同時にヘルシーであるから、お稲荷さんの使いの狐の血を引く、あの見栄えを気にする銀狐が油揚げを無視できないのは明らかであろう。騙されたと思って、油揚げを人目のつかない所に置いてみろ。銀狐が姿を現すのは必定だ。俺の話を信じる信じないはお前の自由だが、他に手はないのだから、やってみる価値はあるのではないか」
 ホトトギスは、そう言い終えると、銀狐にこれ以上関わり合いになることを恐れるかのように、脱兎の勢いでその場を立ち去っていった。ホトトギスのこの助言は荒唐無稽でとても信じるに足りなかったけれど、他に手段がないので、一角大雪兎は、駄目で元々と覚悟を決めて、その作戦を実行することにした。


セイラ・シリーズ外伝 一角大雪兎の巻 [セイラ外伝]

一角大雪兎(いっかくおおゆきうさぎ)

 兎(うさぎ)の角、兎角(とかく)は有り得ないものの引き合いに出される。だが、カイのところに住み着くようになったこのウサギの額には角が生えていた。今は数年に一度の生え変わりの時期で抜け落ちていたが、一角大雪兎の頭には角が生えていた。その角がようやく生え始めており、一角大雪兎は、むず痒さを憶えながらも満足そうに生え始めてきた角を撫でることを日課にしていた。
 その一角大雪兎がカイの蒲団に潜り込み、小さな鼾を掻き、眠っていた時のことである。突然、彼は夜中に何者かの気配を感じ目を覚ました。そして、これまで目にしたことのないような見事な銀狐がカイの枕元に立ち、カイの可愛らしい寝顔を満足そうに眺めていた。一角大雪兎は、俄かに信じられないこの光景を目にし、口をぽかんと大きく開けたまま、暫くその姿を見詰めていた。
「何なんだ、お前。何処からここに忍び込んだ」
 驚きから回復すると、カイが安らかに眠っているにもかかわらず、一角大雪兎は、思わず、この大胆不敵な銀狐に対して大声を上げてしまった。大声だけではなく、ただでもウミネコを感じさせる彼の目付きをさらに悪くして、その銀狐を睨み付けた。並みの狐であったならば、この兎のその鋭い眼光に怯んだに違いなかった。しかし、銀狐は、一角大雪兎を一顧だにすることなく、依然としてカイの寝顔を満足そうに見詰めていた。
 銀狐のその様子からカイに危害を加える心算がないことだけは確かであった。とは言え、誰にも気付かれることなく屋敷の中に忍び込み、カイの枕元に立っているのである。その銀狐がただの狐ではないことは確かであった。
 物の怪の類か。
 そう考えればすべての説明がついた。誰にもその気配を知られることなく屋敷に忍び込み、自分が大声をあげたにもかかわらず、この大声に気づかずカイは眠り続けている。そして、カイだけではなく屋敷の人間が気付かないことも説明がついた。
「お前、カイに何をした。俺のカイを元に戻し、さっさとここから立ち去れ。でないと、お前の命は保証できない。さっ、分かったら、カイを早く元に戻して、出て行ってもらおうではないか」
 一角大雪兎の物騒なその声に、それまで彼の存在を敢然と無視し続けてきた銀狐が彼に一瞥をくれた。そして、平然と「それで私をどうしようといううの」と言い放った。
 『お前如きに何が出来る』と言いたげな、その余裕に満ちた銀狐の表情が彼の勘に障った。一角大雪兎は、負けじと、銀狐を挑発するように、銀狐を小馬鹿にした様子でこう切り替えした。
「幽霊であれ、物の怪であれ、お前はいま現にここに物質として存在している。物質として存在している限り、お前はこの世界の法則から逃れられないはずだ。狐如きの貧弱なお頭(つむ)では理解不可能であろうが、物質は、エネルギーと等価な存在であり、物質ははエネルギーに変換可能なのだ。これを見よ」
 一角大雪兎は、そう叫ぶと、枕元に置いてあった彼のリュックサックの中から銃のような武器を取り出し、その銃口を銀狐に向けた。
 この武器は、彼がかつて敗れたことのある、「地上最強のホトトギス」の金看板を誇り、神官のセイラの「恋人兼婚約者」を一人自任し、セイラに付き纏って一刻も離れようとしない、しかも、彼の大好きなカイの額を鋭い嘴で突つき苛んでいる、憎みても余りある、人間の言葉を話す非常識な存在のホトトギスに一矢報いるために、彼が密かに開発していた最終兵器であった。あらゆる自然科学に精通し、兵器に詳しい彼の計算によれば、この銃口から発射される宇宙線以上の高エネルギーの重粒子線を発射でき、その重粒子線が触れた物は原子レベル、それより小さな素粒子レベルで破壊できる筈であった。幽霊のようにこの世に反する存在であっても、物質、あるいは、エネルギー体である以上、この重粒子線で破壊できる筈であった。
 彼はその銃口を銀狐に向けながら、最後通告を行った。
「お前が何であれ、この銃から発射される重粒子線を浴びれば一溜まりもあるまい。悪いことは言わない。カイを元に戻し、さっさとこの場から立ち去りやがれ」
 銀狐は、「まあ、それは大変」と、一瞬、驚いた様子を見せたが、彼に視線を向けることなく、依然としてカイの寝顔を満足そうに見詰めていた。「嘘ではない。俺は本気だ」と、一角大雪兎が言っても、彼女はそれを止めようとはしなかった。
 出来ることならば、穏便にことを済ませたかった。しかし、事ここに至れば、今更後戻りは出来なかった。一角大雪兎は、覚悟を決め、「自分の愚かさを呪いながら、この世から永遠におさらばしやがれ」と絶叫し、引き金を引いた。
 これが漫画やアニメであったなら、その銃口から色鮮やかな光線が射出されたであろうが、その銃口から発せられた重粒子線は、宇宙線がそうであるようにあまりに高エネルギー過ぎて、人間はおろかこの世に存在する生物はそれを目にすることが出来ない。したがって、見た目には何の変化も起こらなかった。だが、確かに重粒子線は銃口から射出され、銀狐の体を貫いた。その破壊力は凄まじいもので、銀狐の体を貫いた後、壁に一センチほどの穴を開け、吹き抜けにした。
 人間が神を信じるように、自然科学の申し子である一角大雪兎は自然科学を信じており、彼のライバルであり、喧嘩友達の超ハイテク算盤の協力を得て始めた完成した、対ホトトギス用の重粒子線の勝利を信じて疑わなかった。しかし、銀狐は、何もなかったかのようにその場に存在し、依然としてカイの可愛らしい寝顔を満足そうに眺めていた。彼は、その現実を信じられず、口を大きく開き、暫くその場に立ち竦んだ。それから、一分ほど経過し、我を取り戻した彼は、信じられない様子で重粒子線の発射装置の銃口を覗き込もうとした。その時のことである。彼が引き金を引いていないにもかかわらず、その銃口から重粒子線が勝手に放射され、ようやく生え始めてきた彼の角を貫き、それを瞬間蒸発させてしまった。
 角のない兎とホトトギスに揶揄され、早く生え揃わないかと、その成長を心待ちにしていた、その生え始めたばかりの角が一瞬にして消滅してしまったのである。一角大雪兎は、あまりに大きな心理的苦痛のために、そのまま気を失って、ベッドの上に倒れ込んでしまった。



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