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ミーナ1 エピローグ [ミーナ1]

終章 旅立ち

 憎き男の死霊を倒し、エルスロッドは卒倒しているナムの所に近寄った。
「起きろ、ナム」
 エルスロッドはナムに何度もそう声をかけたが、ナムは意識を戻す気配がなかった。もしや死んだのではと思い、エルスロッドは、即座にナムの胸に耳を当ててみた。幸いなことに、ナムの心臓は規則正しく鼓動していた。エルスロッドは、ほっと安堵の息を漏らし、魔術士のミーナのほうに視線を向けた。
「ミーナ、ナムを何とかしてくれ」
 しかし、エルスロッドのこの言葉がミーナの耳に届くことはなかった。と言うのは、ミーナが、一生遊び暮らせるほどの価値を有する霊晶石を失った衝撃に打ちのめされているからである。単なる剣士に過ぎないエルスロッドには、その魔法のアイテムがどれほどの価値を有しているのかがわからなかった。それゆえに、ミーナが何ゆえに放心しているのか、その理由が理解できなかったが、もう一度大きな声でミーナに呼びかけた。
「おい、ミーナ。ナムを何とかしろ」
 エルスロッドのその言葉でようやく我を取り戻したミーナは、魂が抜け出したような様子で、彼にこう聞き返した。
「いま、何か言った、エルスロッドさん」
「ナムが怪我しているんだ。お前なら、手当できるだろう」
 魔術士の彼女は医学や生理学についての知識があった。ところどころ怪我はしているものの、一つ一つの怪我の程度は見た目ほど深刻なものでなかった。このため、駆け出しの魔術士のミーナであっても、ナムの傷の手当ぐらいは造作もないことであった。しかし、ナムのせいで彼女の全財産ともいううべき霊晶石を失ったばかりであった。このため、ナムが自分たちの仲間という気持ちはあったけれど、進んで傷の手当をする気にはなれなかった。どうしたものかと、ミーナが悩んでいると、エルスロッドが「早くしろ。ナムが死んでしまうだろう」と怒鳴りつけてきた。ミーナは仕方なくナムの傷の手当をすることにした。
 エルスロッドは、ミーナが怪我の手当を終えると、彼の体を軽々と担ぎ上げ、そのまま宿屋へと向かった。
 翌朝、ナムが目を覚ますと、エルスロッドが安心した様子で「ナム、大丈夫か」と声をかけてきた。ナムは、主の彼に心配をかけたことを申し訳なく思い、「心配をかけて、済みません」と答えた。その言葉を聞き、ミーナが痛烈な言葉を投げかけた。
「みんな、あんたが悪いのよ。霊晶石を返してよ。じゃなければ、今すぐここで弁償して」
 ナムは「えっ」と小さな声を上げた。弁償してと言われても、ない袖は振れない。いつしか身も心もエルスロッドの従者になっていたけれども、ナムはこれま一度もエルスロッドから給金をもらったことがなかった。しかも、いま自分が持ち合わせているお金で霊晶石が弁償できるはずがなかった。ナムは、困り切った顔をして、助けを求めるべく、主であるエルスロッドの顔を見た。
 エルスロッドは、「仕方ないな」と言って、ミーナにその金額を尋ねた。
「ミーナ、幾らだ」
 価格を聞かれても、霊晶石は非常に貴重な魔法のアイテムで、そもそも、値段をつけられる物ではなかった。まして、彼女の師匠である大魔術師レグナーの口利きで、破格の安値で購入したミーナはこの返答に窮してしまった。しかし、彼女は魔術士であった。その色を微塵も見せることなく、法外な値段を吹っかけた。
「千ゲルダ」
 ミーナのその金額を耳に、エルスロッドとナムの顔色が一瞬のうちに失せてしまった。ミーナは、吹っかけすぎたと一瞬反省したが、冷静に考えてみれば、これでも安すぎるくらいであった。霊晶石は、世の中にそうそうあるものでなく、宝石など足下にも及ばない程貴重な魔法のアイテムなのだから。彼女が訂正しようとしたとき、
「嘘言え。そんなに高いはずがあるか。俺の年収の十年分だぞ。何で、そんな大金をお前が持っていたんだ」
と、エルスロッドが反論してきた。
 霊晶石の価値はともかくとして、エルスロッドの反論には筋が通っていた。駆け出しの魔術士のミーナに、これでも貴族の端くれであるエルスロッドの年収の十年分もの蓄財があるはずがなかった。追いつめられたミーナであったが、即座にこう反論した。
「エルスロッドさん、霊晶石というのは、とっても貴重な魔法のアイテムなのよ。そこいらに落ちている石ころや安物の宝石と一緒にしない頂戴。特別な水晶に、魔術師が精魂を込めて魔力を封印したものなのよ、あれ。私の話が嘘だと思うなら、誰か他の魔術師に聞いてみてよ。そうすれば、私が言った金額が破格の安値であることがすぐに分かるわ。エルスロッドさんだから、大まけしたというのに、何よ、その言い草は」
 その後、妥協という言葉を知らない、エルスロッドとミーナの二人は、激しく言葉を戦わせた。そして、この時は、珍しく、ミーナがエルスロッドに歩み寄った。
「分かったわ、エルスロッドさん、それじゃあ、こうしましょう。エルスロッドさんが私に霊晶石を返してくれるまで、私はエルスロッドさんに付き纏うから」
 霊晶石の真の価値を知らないエルスロッドは、ミーナのこの提案を即座に受け入れた。この国に残る霊晶石は僅かに四個で、幾らお金を積んでも、購入するできるものではなかったのに。また、霊晶石を作ることが可能な魔術師は多くなく、その作成には膨大な時間と金銭が必要であった。結果、エルスロッドは半永久的にミーナに付き纏われることになった。かくして、三人の新たな旅が始まった。



ミーナ1 最終章の終わり [ミーナ1]

 決着


 幸い、エルスロッドの傷は、見た目の盛大さほどにひどいものではなかった。エルスロッドは、ナムの手当を受けながら、語勢を緩めることなくミーナを罵倒し続けていた。一方、ミーナはというと、表面的には彼の説教を神妙に聞いている振りを見せていたが、彼の説教が終わると、血に染まったエルスロッドの姿を見て、こう言った。


「やっぱり、男はこうじゃなくてはね。血に染まったエルスロッドさん、なかなか素敵よ。特に血に濡れた、金色の髪がとってもセクシー」


 常軌を逸したミーナの趣味に驚き、エルスロッドは彼女の正気を一瞬、疑った。彼女と共に旅をしている間に、魔術士の好みとうもの少し理解できたつもりでいたが、しかし、それでも、これはエルスロッドの理解の域を遙かに超えていた。


「お前、悪趣味だな」


 エルスロッドが呆れ顔で発したこの言葉が、ミーナの琴線に触れた。ミーナは、再び袋を漁りはじめると、何かを捜し出しめた。そして、それを見つけだすと、「はい」と言って、自身の審美眼の確かさを証明するために、鏡を彼の前に差し出した。


 エルスロッドは、魔力で発光する珍しい鏡の中を覗き込んだ。そして、その鏡に写し出された自分の姿見て、「なるほど、なるほど。一理あるな」と納得した。


 ミーナの言うように、そこには、頽廃的で不健康な美があった。ギリシャ彫刻的な塑像を、血という極めて肉感的な絵の具で現代美術風に彩色したような、そうした美しさが鏡の中にあった。魔術の光という自然光とは全く異なった幻想的な光に照らし出され、耽美的な美しさをさらに一層色濃く表現していた。そうう美しさがあった。健康的とは対極にある、甘い腐臭を漂わす不健康な美しさがあった。その姿を見て、エルスロッド自身も『俺も、なかなか捨てたもんじゃないな』と思った


 ミーナは、エルスロッドが自分の審美眼を認めたことに気を良くし、「でしょ、でしょ」とはしゃぎながら、彼の側に近寄った。そして、鏡に映し出された鏡の影を見て、彼女は何事かを思いついた。ミーナは、エルスロッドの顔をしばらくじっと眺めてから、頬の血を人差し指で拭いとるとそれで、エルスロッドの端正な顔に奇妙な紋様を描いた。そして、彼に笑いかけた。


「見て、見て。かわいいでしょう」


 額に悪戯書きされたエルスロッドは、「何、人の顔で遊んでいるんだ」と怒鳴って、その紋様を拭い去ろうとした。だが、その瞬間、ミーナが真剣な表情で「駄目」と、エルスロッドのその行動を制した。エルスロッドは、ミーナの真剣な様子を見て、『この紋様には何か魔術的な効果があるのかもしれない』と思い、彼女の言葉に素直に従うことにした


 三人は、更に屋敷の奥を目指し進んでいった。幸いなことに、レイスを倒してから、三人の前に何物も姿を現さなかった。そして、目的地である男の部屋の前に到着したすると、三人は、円陣を組み、互いの顔を見つめあった。


 この戦いに破れれば、そこには死が待ってい。しかし、真に恐ろしいのは死ではなく、その後に待ち受けている、永遠に安らぐことのない悪霊なり、この世を彷徨する、という彼らの運命であった。それこそが三人の呪いであり、同時に恐怖の正体であった。その呪いを解くために、三人は一致団結して協力し合うことを確認した。そして、武運拙く破れ去り、悪霊になっても、三人は永久に行動を共にしようと誓い合った。そうして、エルスロッドの「行くぞ」の掛け声と共に、三人は一斉に部屋の中に入っていった。


 例によって、三人の姿を認めると、部屋で彼らの到着を待ち受けていた、あの男が満面の笑みを浮かべて語りかけてきた。


「良くここまで辿り着けましたね。本当に、あなた方は素晴らしい。私と永遠に生きる資格が、あなた方、三人にはあります」


「俺は御免被るね。ここで、決着をつけてやる」


 エルスロッドは、そう言うと、神剣の切っ先を男に向け、剣を構えた


 その男は、エルスロッドが自分の勧めを断ったことがいかにも心外であるかのような表情を浮かべてから、今度は同業者のミーナにこう質問した。


「あなたもですか、ミーナさん。私とともに魔術を永遠に追求できるのですよ。それこそ、魔術士の願いではないのですか」


 確かに、魔術を永遠に追求できると言うのは、魅力的なことではあった。しかし、悪霊に姿を変えることは、承服はできなかった。それに、ミーナにだって、人を選ぶ権利がある。少なくとも、目の前の男と永遠に近い長い時間を共に過ごすつもりなどなかったそれゆえに、ミーナは即座に「化物になるつもりはないの」と男の誘いを拒絶した。


 男は、不遜なこの二人の態度を見て、わざとらしく肩をすくめた。そして、ナムを一瞥すると、「どうです、私を崇めるつもりになりましたか。なら、あなただけは見逃してやりましょう」とナムを愚弄した。


 この男に出会い、さらに神への信仰を強固にしたナムは、「痛ましいかな、狂酔の者。みずから酔いたるを知らざるゆえに、己が身を滅ぼす」と聖典の一説を引用し、男の尊大な態度を揶揄した。


「小賢しい事を言うものですね。では、かかってきなさい」


 男のの言葉が最終決戦の合図となった。


 エルスロッドは男に向かって突進した。それを援護するために、ミーナは全財産の入った袋を投げつけた。相容らざる魔術の、不安定で、それでもかろうじて均衡を保っていた袋が、魔法陣を中心とする男の張った結界に触れると、その袋に蓄えられていた魔力を一気に開放した。あるものは反発し、あるものは融合し、その膨大なエネルギーを一気に放出した。そして、その閃光が部屋一面を覆い尽くした。それと同時に、魔法陣に張られた結界が吹き飛び、男にその力が逆流した。男がその苦痛に耐えかね苦悶の声を上げた。いまだ止まぬまばゆい光の中で、エルスロッドは、その男の声を頼りに、切りつけた。


 それで勝負あったかのように、ミーナにもナムにも思えた。しかし、エルスロッドは「しくじったか」と悔しげに短く呟いた。それを裏づけるように、閃光が消え去った後、男は、右腕を失いながらも、これまで三人に見せなかった憎悪に満ちた顔つきで一行を睨み付けていた。男は、「おのれ」と言うと、左腕を翳し勢い良く振り下ろした。男のその仕種を見ると、以前自分を襲った衝撃に耐えるために、エルスロッドは身構えた。しかし、不思議なことに、何も起こらなかった。


 男は、「馬鹿な」という表情を浮かべ、自分の力を消し去ったものを捜し始めた。そして、少年神官が手にする石を見た。死霊召喚者の彼は、それが何であるのか、即座に理解した。


「霊晶石か」


 霊晶石。死霊召喚者の秘石である。霊的存在の力を封印する力を秘めた石であった。霊的な存在である限り、そのくびきから逃れる術はなかった。しかし、この秘石に秘められた力に匹敵するような高位の魔術師でなければ、この石を使いこなすことは出来ないものであった。まして、魔術に無縁な神官ナムには、扱い切れる代物ではなかった。


 男は、真紅の目を更に赤くして、霊晶石を凝視した。彼の予想した通り、霊晶石はその男の膨大な魔力を吸収し、そして、それに耐えかねて破裂した。その破片がナムの体を襲いかかり、純白な神官衣が鮮血に染まり始めた。ナムは、霊晶石が破裂した衝撃と、彼を襲った無数の破片で、そのままその地に卒倒した。


 それを見て、ミーナが「あっ」と小さな悲鳴を上げた。もちろん、ナムの体を心配してではない。レグナー師の口添えのお陰で破格の安価で購入できた霊晶石を心配してのことである本来の価格ならば、これ一つだけで彼女が一生遊んで暮らせるほどの高価な秘石であったのだから。それが、その能力の殆どを発揮することなく、一瞬にして灰燼に帰したのである。彼女でなくとも、声の一つや二つ上げてしまう。


 しかし、エルスロッドは、男の見せた一瞬の隙を見逃さなかった。男の死角から走り込み、男めがけて剣を一気に振り下ろした。ぶしゅっと音を立て、男の肩口から胸の辺りまで袈裟切りにした。男は、その傷口から、血ではなく、黒い障気を迸らせた。そして、エルスロッドがなおも切りかかろうとした時、男はエルスロッド体を小さくトンと押し、僅かな時間を稼いだ。その時間に、赤い目でエルスロッドを睨み付けた。視線の触れた辺りが「じゅっ」と音を立て、見る見る内に火脹れになった。その痛みを堪えつつ、エルスロッドは剣を一閃した。


 ぽんと、男の首が飛んだ。それと同時に、男の体が消滅した。


 エルスロッドは、火傷の痛みを堪えつつ、この男に止めを刺すために、男の首に近づいた。男の首は、自分が敗れることが信じられないといった様子で、エルスロッドを睨み付けながら、誰とはなしに、こう呟いた。


「なぜ、私が敗れるのだ。これほど優れているのに、なぜ私が敗れるのだ。たかが神剣、如きに、神を畏れぬ私が、なぜ。」


 エルスロッドは、ブツブツわけの分からぬことを呟く男に「俺が知るか」と言うと、その剣を振り下ろした。


ミーナ1 最終章の続き2 [ミーナ1]

 商売


 見事な連携プレーで前哨戦に勝利し三人は意気軒昂に屋敷の中に乗り込んだ。そして、ナムの淨霊の儀式のお陰で、以前ひしひしと感じられた霊気、邪気と言うもの、すっかり影を潜ましていた。


 しかし、二度の失敗に懲りている三人は、それに気を良くすることもなく、慎重に一歩また一歩と足を進めた。先頭に肉弾戦専門のエルスロッド、その後に魔法の品と呪符を袋一杯に詰めたミーナが、最後尾にナムが互いの背後を警戒しつつ男の待つ部屋に近づいていった。


 ナムは、ミーナの背後をずっと警戒していたが、自分の背後を警戒するものがないことに思い当たり、前を向こうとした瞬間、背後から鎌を持った悪霊が猛烈な勢いで自分たちに向かって接近してくるのが目に入った。ナムは、思わず、情けない声でエルスロッドに救いを求めた。


「エルスロッドさん、助けてください


 エルスロッドは、ナムの情けない悲鳴で後ろを振り向くと、そのまま、ナムのほうに駆け出した。そんなエルスロッドと入れ代わるように、まず、ミーナが、それから少し遅れてナムがエルスロッドの進む方向とは逆方向に駆け出した。そして、エルスロッドは、二人が自分の後方にいることを確認してから、悪霊を睨み据えた。


 眼窩の窪んだ髑髏、そして黒い服を纏った姿は、いかにも悪霊然としていた。その悪霊が鎌を突然振ると、触れてもいないのに、エルスロッドの頬がぱっくりと裂けた。


「何故だ。どういうことだ」


 悪霊が鎌を一振りまた一振りとする度に、頬が、白銀の鎧が、そして、その下の衣服までも裂けていった。


 エルスロッドは、何が何だか分からなかったが、このままでは自分に勝ち目がないことを悟ると、悪霊に突進した。その瞬間、悪霊がまた鎌を振り下ろした。今度は、ざっくりと白銀の鎧と共に彼の肉まで裂けた。だが、エルスロッドは、その傷に構うことなく、手に持つ剣を一閃した。その瞬間、悪霊が忽然と姿を消した。


 手応えがなかった。彼がしくじったかと思った時、彼の前方に悪霊が再び姿を現し、また鎌を振るった。エルスロッドは、その鎌の攻撃をを交わすために、後ろの飛び退いた。しかし、今度もまた今までと何も変わることなく、触れてもいないのに、鎧を断切り、そして彼の肉が深々と切り裂かれた。


 大小様々な傷で、白銀の鎧、金色の髪まで真っ赤に染めながら、エルスロッドは、万に一つの勝機を窺い続けた。


 一騎打ちには、手出し無用という不文律がいつしか三人の中に成立していた。そこで、ミーナはこの戦いを静観することにした。漆黒の衣装に身を包む髑髏、白銀の鎧をきらめかす美形の騎士。このコントラストもさるものならば、美しい金髪と白銀の鎧を鮮血に染めるエルスロッドの姿は、一種のエロティシズムさえ喚起した。


『苦悶に歪むエルスロッドの顔もなかなか素敵よね。こんな見物は、そうそうないわよね』


 ミーナは、自らの生命の危険を忘れ、ちょっとエロティックな幻想を抱かせるこの対決を、胸を踊らせて見ていた。


 一方、ナムの方は、エルスロッドが一方的に痛めつけられる様子を心配そう見守っていた。絶体絶命の彼のために、起死回生の一撃を彼に打たすべく方策を探り始めた。『せめて相手の名前でも知っていれば、何か手立てがあるかも』と藁にも縋る思いで、観戦に熱中するミーナを見た。『聞くだけ無駄』と思ったけれど、ナムはミーナに悪霊の名前を尋ねてみた。


 意外や意外、ミーナはその悪霊の名前を知っていた。ただ、試合観戦を邪魔されたミーナはいかにも不機嫌そう声で「あれは、レイスよ」とだけ答えた。

 ナムはミーナが悪霊の名前を知っていることに驚いたが、ミーナも領府で遊んでいたわけではなかった。死霊召喚の最高権威から、死霊について、死霊召喚魔術の短期講座を受けていたのだ。死霊の種類くらいならすぐに分かる上に、今では、簡単な死霊召喚さえ行なえるようになっていた。


「たびたび申しわけありませんが、ミーナさん、あのう、どうしたら、あいつに勝てますか」


 ミーナは、『煩い。今、いい所なの。邪魔しないで』とばかりに鋭い眼光でナムを一瞥すると、「簡単じゃない。消えれないようにすれば、良いのよ」と言って、袋をゴソゴソと漁り出した。そして、怪しく黒光りする石を取り出し、「はい」と言って、その石を持つ手とは反対の手をナムに差し出した。


「ミーナさん、この手は何ですか」


「馬鹿じゃないの、あんた。私は魔術士よ、ただのワケがないでしょう


 ナムは、エルスロッドが窮地だと言うのに、商売をするミーナの心情が理解できなかった。


 しかし、ミーナは、なんら悪びれるところもなく、なおも左手をひらひらさせて、代価を要求してきた。これは、ミーナが守銭奴であるからではない。言ってみれば魔術士は個人商店主で営業販売、在庫管理を全てを一人でこなさなければならないのだそして、扱う魔法の品は、貴重で高価な上に、使用回数まで限定されていた。しかも、この霊晶石を購入するためにミーナは大枚を叩いてさえいたのだ。それゆえに、使用回数に応じた代価を要求するのは当然のことであった。


 しかし、そうした魔術士の事情を知らないナムは茫然と立ちつくした。ナムがそうこうしている間に、エルスロッドの傷がまた一つ増えてしまった。ナムは、ひらひらと動くミーナの左手を見て、「分かりました。宿に帰ってから、きっと、払います」と同意した。


 現物交換が原則であるが、エルスロッドが盛大な血飛沫を上げているのを見て、さしものミーナもナムの提案に同意した。そして、彼女は、何やら怪しい呪文を唱えた後、目配せでその霊晶石が作動したことをナムに知らせた。これを受けて、ナムは「今です、エルスロッドさん」と叫んだ。


 エルスロッドは、ナムのその言葉を耳にすると、再び悪霊に向かって突進した。そして、剣を振るった。ミーナが予告した通り、今度は、レイスは姿を消すことがなかった。そして、エルスロッドの剣は狙いを過たず悪霊の首を薙ぎ払い、レイスは消滅した。


 薄氷の勝利であった。全身、己の血で真っ赤に染まったエルスロッドは、そのまま、その場に膝を着いた。そして、自分の命を商売のネタにしたミーナを、こう怒鳴りつけた。


「てめぇ~、ミーナ。一体、どういう了見しているんだ。危うく、俺が死ぬとこじゃなかったか」





ミーナ1 最終章の続き [ミーナ1]

 再々挑戦


 三人は、目を覚ますと、各自が体の不調を訴えた。男の幽霊の呪いの影響ではない。狭い寝台に三人が肌を寄せ合い無理な姿勢で眠ったのだから、当然と言えば当然であった。中でも最大の被害者は、ナムに腕枕を強要されたエルスロッドであった。


 女性としても小柄で痩せ気味のミーナとは異なり、ナムは男である。彼が同年齢の少年より小柄であることを考慮しても、どうしても体重は重くなる。その上、申しわけ程度にしか腕に頭を乗せなかったミーナとは異なり、ナムにはエルスロッドの右腕を完全に封じる目的もあり、遠慮することなく体重を彼の右腕にかけた。お陰で、エルスロッドの右腕は、軽く痺れる程度の左腕とは異なり、午前中全くの使用不能であった。


 エルスロッドは、己に降りかかった禍を大いに嘆いていたが、その張本人のナムは、久方ぶりの熟睡に満足した様子で、彼の愚痴につき合おうともせず、最後の決戦に向け準備に余念がなかった一方、ミーナのほうは、魔術学院からから特別な配慮で貸与された、そして、自ら購入した魔法のアイテムの点検に余念がなかった。互いに自らの命がかかっていただけに、普段の二人からは想像もできないほどの真剣さ鬼気迫る顔つきをして準備に精を出していた。


 いつもなら事ある毎に口だけではなくても出す二人に全く相手にしてもらえず、エルスロッドは憮然とした表情で二人のその様子を眺めるしかなかった


 二人の行動を見習い、エルスロッドも何かすれば良いのであろうがあいにくなことに彼は剣士であった。肉弾戦を挑む彼には、剣の型の確認、剣の刃先、鎧の点検ぐらいしかすることがなかった。また、それらのために幾許の時間も必要としない。その上、昨日までに、そうしたことの確認をすべて終えていたこのため、エルスロッドは、時間を持て余し、二人になんとか構ってもらおうと何度も二人に話しかけたりしたのだが、二人にまったく相手にしてもらえなかった。何度もその不満を漏らしながら、二人のその様子を見守り、夕暮れの時待った


 三人は、これが最後の食事かも知れないという思いから、言葉も交えず真剣な面持ちで早めの夕食をとった。それを終えると、各々準備した物を携え、日の沈むのを窓から眺めた


 太陽が西に沈み、それから一時間ほどして、三人は宿屋を発った。宿屋を発つ際、自分たち三人が武運拙く戻ることが出来なかったらこれを出すようにと言って、三通の手紙を宿屋の主人に託した。そして、これまでの支払いのすべてを済ませた。


 宿屋から外に出ると、まだ宵のうちだと言うのに、街には人影が全く見られなかった。幽霊の出現を恐れ、町の住民は家の扉をしっかりと閉ざし、家に閉じこもっているのであろうそうした家々の中には、扉に護符を数枚添付しているものもあった。


 三人は、荒涼とした雰囲気を漂わす街並みをゆっくりとした足取りで歩き始めた。新月の夜と言うこともあって、街は異様に暗かった。家の窓から漏れ出るわずかばかりの明かりが、更に夜の街を不気味に照らしていたまた、時折、遠くから聞こえる狼の遠吠え、この狼の遠吠えに呼応するかのように街の所々から犬の遠吠えもあがった。いつ、街中に幽霊が出現してもおかしくない状況の中、三人は静々と幽霊屋敷を目指し歩き続けた。


 ミーナは、肩から掛かる袋一杯に魔法の品々を詰めていた。相容らざる魔術が干渉しているのであろう、時折、袋の隙間から怪しげな光を放っていた。それを目にしナムとエルスロッドは不安げに「大丈夫なのか」と尋ねたけれど、ミーナは「大丈夫」とだけ言って、なおも食い下がろうとする二人の言葉を取り合おうともしなかった。そして、自身の魔術に更なる自信を深めた彼女は盛んに怪気炎を吐き続けた。


 一方、二度の戦いにおいて殆ど役に立たなかったナムは、エルスロッドの影に隠れるようにして、神に祈り捧げながら歩いていた。


 エルスロッドは、銀が悪霊を追い払うという全く根拠のない話を真に受け、この戦いに向けて、大金をはたき、実用的には殆ど防具の用をなさない銀の鎧を購入していた。その白銀の鎧は、月光があったら、いかばかり美しく照り輝いたことであろう。しかし、今夜は新月の夜である。すっかり夜の錦と化した白銀の鎧に身に包んだエルスロッドは、右手には燦然と煌く神剣を携えて、不測の事態に備えながら一歩一歩と屋敷に近づいていた。


 屋敷の近くに到着すると、エルスロッドたち三人は、物陰に身を隠し、その屋敷の庭園を覗き込んだ。前と同じように、死霊が宙に漂いながら警戒に当たっていた。そこで、エルスロッドミーナとナムを呼び寄せ、作戦会議をしようとした時、ミーナがごそごそと袋から怪しい光を放つ水晶玉を取り出すと「ちょっと待て、ミーナ」というエルスロッドの制止の言葉にも耳を貸さず、屋敷の門に駆け寄って、それを大事そうに安置した。そして、何事もなかったかのように、二人のところに走って戻ってきた。


 ミーナがエルスロッドの元に戻るのとほぼ同時に、門に安置された水晶玉がさらに一層まぶしく輝き出した。そして、突然、「ばしっ」と凄まじい音を発て、水晶玉が様々な光を発しながら砕け散った。それと同時に、屋敷を半球状に包んでいた結界が虹色に輝き、小刻みにゆれ始めた。そして、ガラスが砕けるような音を発てて、忽然と消滅した。


 その音を合図に、山陰は庭園に徘徊する死霊への攻撃を開始した。


 エルスロッドは、死霊を自分に引き寄せるべく、大音声を上げて、右手に燦然と輝く神剣を持って突撃した。ミーナは、それを援護するために、次々と魔法のアイテムを死霊の集団に投げつけ、庭のあちこち派手な爆発を起こした


 エルスロッドは、その爆煙のもうもうと立ち込める中、神剣で次々と死霊を薙ぎ払った。神剣が触れた瞬間、死霊はその姿を忽然と消滅させた。以前の紛い物の神剣とは違い、真実の神剣の威力は絶大であった。また、そこには、以前、感じた無気味な感じも感じなかった。エルスロッドは、その威力に満足し、次から次へと死霊を浄化していった。


 ナムは、その効果は半信半疑であったが、決められた手順に従い、浄霊の儀式を開始した。過去二回の経験から、彼自身、浄霊の儀式の効果を今一つ信頼することはできなくなっていたけれど、三ヶ月旅をする間に各地の神殿を訪ね、各地の高僧から「有り難い話」を聞き、研鑽を積み重ねていた。これまでの汚名返上のためにまた、神の偉大さを示すために、渾身の気合いと共に「汝死せるもの、定まりし地に立ち去れ」と命じた。


 ナムは、結果を知るのが恐らく、目を開けられずにいた。神の存在、神の栄光を疑ったことはないけれど、結果を知ることが恐ろしく、目を開けるべきか否か数瞬決めかねていた。それでもわずかばかりに残る勇気を振り絞り、恐る恐る片目を開けようとしたとき、エルスロッドの「おお、凄げえ」と言う歓声とともに、「やれば出来るじゃない」と言うミーナの激励の言葉が聞こえてきた。二人の声に後押しされて、ナムはしっかり閉ざした自分の両目をゆっくりと開いた


 庭園には、一体の死霊の姿も見当たらなかった。それどころか、これまで感じられた邪気さえ、辺りから消えていた。信じられない光景を見て、ナムは思わずこう呟いてしまった


「うそっ」


 

 


ミーナ1 最終章 [ミーナ1]

最終章 決着


 再び


 帰路は、往路とは異なり、順調そのものであった。公爵領の領府を出て十日ほどで、三人は再び町へ戻ってきていた。



しかし、三人はすぐにあの男のもとに行こうとはしなかった。一つは、命が惜しかったからである。過去二回、あの男は三人を見逃してくれていた。しかし、今回、破れ去った時に、同じく見逃してくれる保証はなかった。このため、勝敗の行方がはっきりしない状態で、自らの命の危険を男の好意に賭けるつもりはなかった。また、少なくとも三ヶ月の寿命は保証されているのだ。何もその寿命を自ら短縮する必要はなかったさらに、その三ヶ月目の次の新月までの間、最後の戦いの為の十分な準備もでき準備万端な状態で戦いに臨むことが出来る。そうした目論見三人にはあった。ナムの祈祷はまったく当てには出来なかったけれど、ミーナの魔法は対幽霊戦に効果があることは、前回の戦いで実証済みであった。それに、今回、彼らには、瞞しの神剣ではなく、正真正銘の神剣があった。これで、あの男を屠れるという確信三人にはあった。焦る必要はなかった。


 エルスロッドたち三人は、来たる決戦の日に向けて、その準備に勤しんだ。ミーナは、以前にもまして昼夜を問わず呪符の作成に専念し、ナムは、その効果は期待できないが、自分たち三人の加護を求め、神に懸命に祈った。そして、悪霊退散の護符を造り続けた。一方、剣士のエルスロッドは、英気を養うべく、ひたすら良く食い良く眠り、そして、剣の稽古に励んだ。


 そうは言っても、青春真っ盛りの三人である。その溢れ出る若さを、それだけに費やすと言うことはしなかった。青春は短い。まして、余命三ヶ月と定められた彼らの青春はなお短かった。その短い、そして、密度の濃い青春の一時を、三人は懸命に謳歌した。時に、容赦のない激しい罵り合いをいつ果てるともなく繰り広げ、時に、余人を全く顧みず、醜態を曝し続けながら酒に酔いしれた。万が一破れた時のために、永遠に等しい悪霊としての余生を迎えた際、美しい思い出とすべく、三人は懸命に自らに与えられた短い一時を謳歌した。


 そして、いよいよ、決戦の前夜。全ての準備を終え、三人は盛大な酒盛りを始めた。今宵飲む酒が最後の酒になるかも知れない。ミーナは、悔いの残らないようにビールをがぶ飲みしながら怪気炎を盛んに吐いた。ナムは、ワインをちびちびと嘗めながら、虚ろな目をして、虚空に向かって、神の偉大さを説き続けていた。そして、全くの下戸であるエルスロッドは、少し温めの熱燗したミルクを煽りながら、二人の酒気に冒され、ミーナに管を巻いたりもした


 三人にとって、楽しくもあり、腸の煮え返る思いの宴会もいつしか終わり、三人は千鳥足で部屋に戻った。そして、いつしか静かな寝息を立て始めた。


 その深夜、微かな物音で、エルスロッドは目を覚ました。そして、物音のした方向に目を向けると、ミーナが思いつめた顔をして彼を見つめていた。エルスロッドは、いつにないミーナの様子を訝り、彼女にこう尋ねた。


「何だ、ミーナ。俺に何か用か」


 窓からほのかに差し込む月の光のもと、ミーナの頬が微かに赤く染まるのが見えた。彼女のその姿を目にして何かを思いついたらしく、エルスロッドは「はは~ん」と得心した。


 決戦前夜に、うら若き乙女が別れを惜しみ、死地に赴く騎士と一夜を共にする。いかにもありそうな話である。ミーナとエルスロッドの場合、共に死地に赴くワケであり、より事情が切迫していた。生との、彼との別れの名残りを惜しむ。金にうるさい魔術士にもかかわらず、夢見がちなミーナには、いかにもありそうに思えた。


 エルスロッドは意地悪そうな笑みを浮かべて彼女に尋ねた。


「お前、俺に抱いて欲しいのか」


 ミーナは、今度は怒りと恥ずかしさで顔を紅潮させて、即座に彼の発言を否定した。


「違うわよ」


 彼女はそう言ってから自分の抱いている不安を素直に彼に伝えた。


「一人でいると、何だか不安でねむれない。だから」


 ミーナは、そう言うと、枕を抱えたまま、彼の寝台へと潜り込んだ。エルスロッドは、彼女の子供染みた行動を「仕方ねえな」と言いつつも、彼女を優しく自分の寝台に迎え入れた。


 明日の新月の夜、二人の運命は決定される。そこに待つのは、生か死だ。死に対する不安、恐れは、二人の場合、死霊になり永遠にこの世に彷徨うという事情を抱えるだけに、より一層、深刻であった。


 ミーナに強がってみせたエルスロッドにしても、夜中に何度も目を覚まし、その恐怖を人知れず震えながら堪えてきた。それだけに、ミーナの今の気持ち痛い程よく分かっていた。こうした時、人肌が無性に恋しくなる。自分が今確かに生きているとう実感、一人だけではないという実感が欲しいものである。直接的であれ、間接的であれ、肌を接することにより、その事が感じられ心が慰撫される。それを求める気持ちは彼にも等しくあった。表面的には迷惑そうな顔をしていたが、エルスロッドはミーナを心から歓迎した。


 時間は二人の周りをゆっくりと流れ出した。ミーナは、エルスロッドに背を向けながら、彼の逞しい両腕に優しく抱かれていた。服越しに伝わる彼の体温が妙に心地よかった。自分が今生きていると言うことを、一人ではないと言うことを、彼女は強く実感した。それと同時に、今まで一人で抱え込んでいた不安が消散していった。彼女は、生の喜びを、全身で感じ止めた。


 ミーナが、突然、顔をエルスロッドに向け、唐突に「私、エルスロッドさんに出会って、良かった」と言った。


 エルスロッドは、突然のミーナの一言に、咄嗟の反応が出来ず、暫く彼女の顔を見つめ続けた。彼が何か言おうとした時、二人のただならぬ気配を敏感に感じ取り、ナムが突然目を覚まして、「エルスロッドさん、何をやっているのですか。ああ、汚らわしい。それに、ミーナさんもどういうつもりなのですか」と二人を叱責した。そして、猛烈な勢いで二人を捲し立てた。


 エルスロッドとミーナは、どこ吹く風とばかりに、彼の説教を聞き流した。ミーナに至っては、説教臭い少年神官に、これ見よがしに「あっかんべー」をする始末でますますナムの怒りに油を注ぎ込んだ。


 ナムはその後も懲りない二人に物の道理を説き続けたが、一向に効果がないことにきづくと、態度を一変させ、「間違いがあるといけませんから」と言って、嫌がる二人をよそに、しずしずとエルスロッドの寝台に潜り込んできた。死の恐怖に毎晩苛まれているのは、何も二人に限ったことではなかった。神官であるナムも毎晩苛まれていたのだ。格好の口実を得、人肌の恋しい彼もエルスロッドの逞しい体に身を預けた。


「エルスロッドさん、右手」


 ナムは厚かましくもエルスロッドに腕枕するように強要した。当然のこと、エルスロッドは、「何で、俺が腕枕しなきゃならんのだ」と断固拒否したが、ナムは激昂するエルスロッドにこうと答えた。


「ミーナさんに、その手で悪戯するといけませんから」


 旅を続ける間に、エルスロッドはナムの大切なご主人様になっていた。それをミーナに独り占めされるのが耐え難かったのだ。尤もらしい理由をつけていたが、要はミーナへの嫉妬心からであった。


 剣士のエルスロッドが、現在失職中であるものの、神官のナムに口で勝てるはずがなかった。しかも、今回は一応尤もらしい理由も上げられている。不承不承にナムに右腕を預けた。そして、いつの間にか眠り始めているミーナの顔を眺めながら、自分の不運を嘆いた。




ミーナ1 六章の終わり [ミーナ1]

 窃盗


「行くぞ」


 エルスロッドのこの言葉に促され、ミーナとナムの二人は、静まり返った屋敷の中を足音を忍ばせ歩き始めた。


 魔術士のミーナはともかく、神官のナムは当然のこと窃盗という行為は許されていない。このため、エルスロッドの意見に強く反対し物の道理、事の善悪を、エルスロッドとミーナに何度も熱心に説教したのだが、抜き差しならぬ状況に追い込まれているエルスロッドとミーナの二人がナムの話に聞く耳を持っているはずがなかったそして、最終的に、「盗むんじゃない。拝借するだけだ」というエルスロッドの詭弁じみた言葉に押し切られる形で、ナムは不承不承同意した。
 しかし、エルスロッドとミーナの二人だけでは、何をしでかすか分からなかったそこで、二人の監視役だと自らに強く言い聞かせ、ナムは、この窃盗団に加わった。


 盛大の宴会の後ということであろうか、屋敷内はひっそりと静まり返っていた。


 それまで足音を忍ばせて歩いていたナムは、このことを不審に思い、囁くようにエルスロッドに進言した。


「猫の子一匹見当たらないなんて、変ですよ、絶対


「なお、結構なことじゃないか」


 エルスロッドは、剛腹に、しかし、声を忍ばせ、ナムにそう返答した。ミーナもそれに呼応するかのように『そうだ、そうだ』とナムに頷いてみせたしかし、二人の如何にも能天気な姿がナムの不安をますます強くした。


「きっと、これは罠ですよ」


 ナムは、エルスロッドに声を殺して、強く警告した。


「虎穴に入らずんば、虎児を得ず、だ」


 三人は、宝物庫の鍵を開けるための鍵を、まず捜し出す必要があった。行き先は、公爵の執務室である。勝手知ったる他人の家エルスロッドは、暗がりの中、すぐに目的地である執務室を探り当てた。


 いつもなら数人の衛兵に厳重に警備されているはずの執務室であったが、幸いなことに、この日に限って、警備の兵の姿がどこにも見当たらなかった。ナムはこの幸運を天にまします神に深く感謝した。


 部屋に入ると、エルスロッドは、鍵の在処を捜すために、手にした蝋燭を執務用の机の上の燭台に取り付け、それから蝋燭を点火した。


 どうしたことであろうか、盗ってくださいと言わんばかりに、宝物庫の鍵が机の上に置いてあった。鍵を探す手間を省けたエルスロッドは、思わず、大きな声でこう叫んでしまった


「これぞ天祐!!


 それから、エルスロッドたち三人は、あたかも人なき荒野を進むように、宝物庫を目指し歩き始めた。宝物庫の前にも、公爵の執務室同様、警備の兵がなかった。ここまで幸運続きの三人は、その事の異常さを気にかける様子もなく、宝物庫に近づいた。そして、エルスロッドが、いかにも無器用そうに扉の鍵穴に鍵を差し込み、、鍵をゆっくりと回した。しかし幾らエルスロッドが強く押したり引いたりしても、その扉は動こうとはしなかった。エルスロッドは、まるで狐に摘まれた顔をして後ろの二人のほうを振り返った。


「何やってるのよ、エルスロッドさん。本当に不器用なんだから。早く、私に鍵を渡しなさい」


 ミーナはそう言っ、てエルスロッドから鍵を奪い取ると、彼の大きな体を払いのけた。そして、宝物庫の鍵をゆっくりと回しはじめた。今度は、がちゃっという音を立て、扉が開いた。ミーナは、如何にも得意そうな顔をし、後ろを振り返って「エルスロッドさんって、本当に不器用なんだから」と言ってから勢いよく扉を押し開けた


 そして、ドアが開いた瞬間、「皆さん、遅い到着ですね」と、執事、宝物庫の中から、三人にそう語りかけてきた。


 その瞬間、ナムの顔の表情が凍りついてしまった。すっかり狼狽してしまったナムは、目の前に執事がいることを忘れ、「エルスロッドさん、どうしましょう」と、エルスロッドに善後策を求めた。狼狽しまくるナムとは対照的に、エルスロッドは、子供が大人に悪戯を見咎められたようなバツの悪い表情を浮かべて、執事にこう言った。


「お前も、ホント、人が悪いよな。これじゃまるで俺たちがバカみたいじゃないか。で、どれが神剣なんだ」


ミーナ1 六章の続き [ミーナ1]

 公爵邸


 エルスロッドの後に、ナムが金魚の糞のように付いて歩いていた。ナムは、エルスロッドから行き先も告げられず、ただ「俺の後に付いて来い」と半ば脅迫され、仕方なく後に続いていた


 そして、前を行くエルスロッドが、突然、豪華な屋敷の前で足を止めた。それを見て、ナムは漠然とした不安を抱きつつ「どうするつもりなのですか」と尋ねた。
「中に入るに決まっているだろう」


「中に入るって言ったって、ここは、公爵様のお屋敷じゃないですか」


 エルスロッドが貴族の一員であることは知っているけれど、しかし、彼より遙かに身分の高い貴族の屋敷に、何の約束も取り付けずに、入ることなどできない相談である。。公爵の勘気を買えば、泡沫貴族のエルスロッドなど簡単に追放される。いや、この世界から永遠に別れを告げることにもなりかねないのだ。いつしか、身も心もエルスロッドの家来に成り下がってしまったナムは、主人であるエルスロッドの身を心配しはじめた


 しかし、エルスロッドは、狼狽えるナムの姿を暫く楽しんでから、「大丈夫だって。俺を信用しろって」とだけ言って、平然と屋敷の中に入っていった。


 ナムは、正気を失ったとしか思えない主人エルスロッドのこの行動に狼狽したが、仕方なく、エルスロッドのあとを追い始めた。


 それから十分ほど歩いて、ようやく母屋に到着した。エルスロッドは、まるで我が家であるかのように、二人の側に立っている衛兵に気を払うことなく、入り口の大扉に手をかけ、それを押し開いた。


 その瞬間、二人の所に数人の男が駆けつ寄ってきた。ナムは、それを見て、怯えた様子でエルスロッドにこう尋ねた。


「エルスロッドさん、どうしましょう」


 しかし、エルスロッドは、いっこう動じる様子を見せることなく、平然とさらに屋敷の奥を目指し歩こうとした。だが、瞬く間に、エルスロッド主従は数人の男達に包囲されてしまった。


「エルスロッドさん、謝りましょう」


 ナムはエルスロッドにのみ聞こえる小さな声でそう囁いた。しかし、彼の予想に反し、周囲を取り囲んでいる男達は、「これは、これは、エルスロッド様。いつ、こちらの方にいらっしゃったのですか」と丁寧な口調で挨拶をしてきた。


 ナムは、予想外の展開に目を白黒させた。


「ほら、行くぞ。」


 ナムは、事情がつかめぬまま、金魚の糞のように、再び彼の後を追い始めた。


 

 エルスロッド主従を取り囲んだ男の一人が、二人を応接室に案内すると、「ここで、暫くお待ち下さい」と言い残し、その場を去っていった。


 エルスロッドは、その男がいなくなると、「ほら、座るぞ」とナムに声をかけた。ナムは、彼のの言葉に促されて、椅子に腰を下ろした。そして、落ち着かない様子で、首と目をキョロキョロさせながら、広い室内を見回した。それで幾分気分が落ち着くと、エルスロッドに事情の説明を求めた。


「どうしてなんですか」


 エルスロッドは、この少年神官の真摯な表情を暫く愉快そうに眺めてから、「ジェラルドは俺の親友なのさ」とだけ答えた。


それからしばらくして、今度は公爵家の筆頭執事が部屋に姿をあらわした


これはこれはエルスロッド様今日はいかなる御用件で」


 ナムは、執事の静かな威厳に圧倒され、顔を俯かせながら、エルスロッドの顔を窺い見た。


 しかし、エルスロッドは、臆することなく、この屋敷があたかも自分の家であるかのような口調で、「確か、この屋敷に神剣があったよな」と尋ねた。


 彼がなぜその様なことを尋ねるのか疑問に思ったらしく、その執事が「どうして、その様なことをお尋ねになさるのですか」と逆に質問してきた。


「ちょっとわけありでな。貸してもらおうと思って」


 執事は、一瞬だけ、エルスロッドのこの言葉に当惑した様子を見せた。


ジェラルド様は、このことを御存知なのですか」


 エルスロッドは、苦笑しながら「いやあ、あいつは何も知らない」と答えた。執事は
「さようですか。今日は、この屋敷にお泊まりになられるのでしょう。支度はさせましょう」
だけ言って、二人を残し、その部屋から去っていった。

 


 これは、執事のエルスロッドに対する好意であった。
その立場上、主人である公爵の許可を得ることなく、自分の一存だけで「神剣」をエルスロッドに貸し与えることは出来ないけれど、エルスロッドが「神剣」を盗むのであれば、それはそれでしょうがないことであった。悪いのは、執事ではなく、好意を仇で返したエルスロッドとなる。つまり、この執事は、エルスロッドに神剣を盗むチャンスを与えたのであった。これに気がつかなければ、エルスロッドがそれまでの男ということである。

 

 そうした謎掛けを理解すべくもなく、神剣の貸与をあっさりと断られ、ナムはがっくりと肩を落とした。そして、エルスロッドに今後の指示を仰いだ。


「エルスロッドさん、これからどうしましょう」




ミーナ1 六章 [ミーナ1]

六章 領府


 領府


 ただでも遅れ気味の日程が、エルスロッドが負傷することにより更に遅れた。このため、公爵領の領府に着いたのは、旅立ってから二月も経っていた。とは言え、暢気な三人組。さして、その事を気にする様子見せることはなかった。


 三人は、領府の広い街道を歩き始めた。さすがに、経済と文化の中心地である、賑やかなだけの王都とは異なり、洒落た街並み、そして、華美にならない、少し抑制された住民の服装、どれをとっても洗練されていた。それに対して自分たちが長旅で薄汚れた服装をしていることがいかにもお上りさんという雰囲気を周囲の人に与えはしまいか、ミーナとナムは恥ずかしく感じられた。


 そこで、ミーナは女性用の衣装の店を見つけると、嫌がるエルスロッドの腕を強引に引っ張り、の店に入った。ナムも、仕方なく、二人の後を追ってその店に入っていった。


 ゴブリン退治で得た報酬と、こちらはまだ解決はしていなかったが、幽霊退治の報酬の先払いの金で、ミーナの財布は、同年齢の女性とは比較にならないほどは裕福であった。このため、財布の中身を心配し、買い物をする必要なかった。店員が彼女の風体を見て、訝る視線を気にすることなく、店の商品を次から次にと試着し、その感想をエルスロッドに求めた。


「ねえ、エルスロッドさん。これ、どう」


 裾の長いドレスを歳相応のミーナが着ているのを見て、エルスロッドが、驚いた様子で、こう、ぽつりと呟いた。


「馬子にも衣装と言うが、本当だな」


 容姿にかなりの自信を有しているミーナは、エルスロッドの聞き捨てならないこの不用意な一言に激怒した。そして、即座に顔を真っ赤にして抗議し出した。


「何で、私が馬子なのよ。失礼しちゃうわね、ほんと


 彼女は、そう言うと、ぷいと彼から顔を背け、今度はナムに意見を求めた。


「そうですよ、エルスロッドさん。ミーナさんに失礼ですよ。とっても、似合っていますよ、ミーナさん」


 ミーナは、ナムのの一言で機嫌を良くし、自分の姿を鏡で確認した。いつも自分が身に着けている魔術士の黒っぽいロープとは異なる華やかな衣装を目にし満足した様子で、鏡の前でくるりと一回転し、もう一度、自分の姿を確認した。


『なかなかなもんね。私も、捨てたものじゃない』


 ミーナは一人ほくそ笑んだ。


 エルスロッドは、彼の娘であるシェリルとでさえ、こんなに長い時間、買い物につきあったことがなかった。このため、エルスロッドは、辟易として、「もう、いい加減にしろ。それで、良いだろう」と投げやりの言葉を吐いた


 ミーナは、朴念仁のエルスロッドのつれない一言に傷つき、落胆の色を顔に露にした。それを見て、ナムが彼女の心を慰めようと様々な言葉をかけたけれど、彼女の傷心一向に癒されることはなかった。このことに気づいたナムは、話の矛先を変え、心ない一言を発したエルスロッドを責め始めた。


「エルスロッドさん、ちょっと、酷いんじゃないですか。ミーナさんはエルスロッドさんの誉め言葉を待っているんですよ。嘘だとしても、綺麗だと言うのが、男のさり気ない優しさでしょう


 聞き捨てならないナムの一言を聞き、ミーナは顔を怒りで紅潮させて、彼の発言の真意を尋ねた。


「ナム、嘘と言うのはどういうこと。この服は、私に似合っていないと言いたいわけ


 ナムは、言葉の「あや」でそう言ったに過ぎなかったのだが、ミーナの語気の鋭さに押されて、しどろもどろの言いわけを始めた。ナムのその様子を見て、今度は、ここぞとばかりに、エルスロッド今までの欝憤をナムにぶつけ始めた。


「そうだ、ナム、ミーナの言う通りだ。お前は無神経にも程がある


 

 レグナー師


 ミーナは、呪いの解除に関する情報を得るために、二人と別れて半年ぶりに母校を訪れた。広大な敷地、そこに点在する建物。半年前と何も変わっていない。ミーナは、広い庭園を歩きながら、昔を懐かしんだ。


 物覚えの付く頃には、彼女はこの学院に通っていた。もちろん、入学したわけではない。魔術の最高学府のこの学院に入学するのは、容易なことではないのだこの学院には、魔術に関して長年の研鑽を積んだ者、あるいは、魔術に対して非凡の才能を有する者しか入学を許されない。彼女は、一人の男性に手を引かれ、毎日、この学院に遊びに来ていただけであったそのため、ミーナにとって、この学院は、単なる母校と言うより、思い出の地、故郷と言ったほうが近い。彼女の人生の大部分は、この学院と共にあったのだから


 彼女には、父親がいなかった。私生児と言うわけではない。彼女この世に生を受けた時には、父親はすでに他界していただけであり、それほど珍しいことではなかった。しかし、彼女には父親と呼べる存在がいた。彼女の父親の恩師であり、そして、彼女の恩師でもある大魔術師レグナーであった。


 レグナー師は、当代を代表する魔術師の一人であった。彼はの事を苦にもしていなかったけれど、魔術の研究に没頭するあまり、婚期を逸しいた。しかし、レグナーには、彼の全てと言える、彼の魔術を受け継ぐ人材に恵まれていた。魔術師であるレグナーにとって、彼の教えを受け継ぐ弟子こそ、彼の子供であり、その中でも最も目にかけた弟子の一人が、ミーナの父親であった。


 このため、最愛の弟子の急逝、あまりにも速すぎる最愛の弟子の死は、彼に計り知れない衝撃を与えた。貪欲なまでの彼の魔術に対する探究心も、この時ばかりは、悲しみですっかり影を潜めてしまった。そして、落胆した彼のもとに、現れたのミーナであった。彼には繋累がないこともあり、レグナーは、実の娘のように、ミーナを愛し、そして、可愛がった。常に研究室に彼女を連れ、そこで遊ばせ、彼は彼女の側で研究に没頭した。


 ミーナが入学可能な年齢に達すると、彼は、学院内の自らの立場を利用し、推薦入学という裏技を使って、彼女を無理やりこの学院に入学させた。それは彼女への愛情故の暴挙ではあったかもしれなかったが、単にそれだけの理由で入学させたわけではなかった。


 しかし、その、わが子同然に可愛がっていたミーナは、学院を卒業してから、いつも彼女の身を案じている彼のところに一通の便りもなかった。知らせがないのは無事の頼りとうけれど、レグナーは、このミーナの不義理を嘆き、怒り、それでも、彼女の身を案じる毎日を送っていた。


 そして、いつものように彼女の心配をしている時、突然、「先生、失礼します」と言って、そのミーナが入ってきた。


「ミーナ君、良く来たね」


「先生も、お元気なご様子で」


 その後、レグナーは、目を細めて、不肖の弟子の訪れを手放しで喜んだ。そして、自分に課した戒めさえ忘れ、ミーナを歓迎した。


 しかし、偉大な魔術師としての冷徹な視線が、彼女の周りに不穏な気配があることを敏感に感知した。彼は慌てて彼女の異変の原因を尋ねた。


「ミーナ、どうしたんだ」


 ミーナは淡々と幽霊屋敷での一部始終を彼に話した。そして、自分の余命がいくばくもないことを告げ終わると、小さい子供の頃のように、かつては大きく感じられたが今はすっかり小さくなったレグナーの体に縋り付き、声を上げずにすすり泣いた


 レグナーは、かつてそうしたように、ミーナの毛質のあまり良くない髪を、染みだらけの彼の指で何度も優しく撫でてやり、小さな声で呟いた。


「わしが代わって遣れたらのう」


 しかし、それは誰にも出来ない。当代一の大魔術師の彼にさえ出来ない。かけた魔法は、かけた術者にしか解除できないのだこれは魔術の厳正な真理であり、大魔術師のレグナーにしても、こ絶対の真理は覆せなかった。


 この原則は、駆け出しの魔術士のミーナももちろん知っていた。しかし、藁をもつかむ思いで、大魔術師、そして父親のもとにやって来たのだ。そして、「永遠の別れ」を告げるために。


 レグナーの目にも、知らず知らずのうちに涙が溢れてきた。ここ数年流したことのない涙が、堰を切ったように流れ出した。しかし、彼は魔術師であった。頼ってきた弟子を見捨てるような真似はしなかった。レグナーは、「何をなすべきか、分かっておるな」と彼女の突き放した。そして、ミーナが、小さな子供に戻ったかのように小さく頷くのを見てから、「これを持って行きなさい」と言って、近くに置いていた水晶石と一枚の呪符を彼女に手渡した。そして、視線をミーナから水晶石へと移してから、「これは、あらゆる魔法の効果を打ち消すことが出来る。あの男が張った結界も消すことが出来るはずじゃ」と言って、その使い方の説明を始めた。


 一人前の魔術士としてその説明を受けているのを見、ミーナが一人前の魔術士に成長したことを確認して、「この呪符は、いよいよ最後という時に使いなさい。必ず、君を守ってくれるはずじゃ」と言って、解放の呪文を伝授した。


 その呪文の伝授を済ますと、レグナーは一枚の紹介状を書いた。その宛て先はこの学院の死霊召還魔術の最高権威である。レグナーは、それをミーナに手渡すと、「では、下がれ」と言い、恭しくお辞儀を済まし立ち去ろうとするミーナの姿を慈愛に満ちた目だけで見送った。


『我が弟子である証を立ててこい。そして、我の全てを受け継ぐ娘であることを示せ」


 彼は、何事もなかったように、視線を、固く閉ざされた扉から書物に移した。


『お前なら、出来るはずだ。魔族に愛でられし、我が娘なら』


 


ミーナ1 五章の終わり [ミーナ1]

 決闘


 ゴブリンの火球の魔法を、鎧越しとは言え、正面から直撃され上に、彼を助けるためとは言え、ミーナの魔法の火球を間近で盛大に炸裂させられ、またしても、エルスロッドは火傷を負ってしまった。


 エルスロッドは、ナムの手当を受けるために、重い鋼鉄性の鎧を脱いだ。下に着けていた服は、直撃にあったところが少し焼け焦げ、そこから彼の胸板が赤く覗かれた。エルスロッドは、そのまま、無造作に服を脱ぎ捨てた。ナムは、清潔な白い布を袋から取り出すと、谷川に急いで走りだし、雪解けの水で増水た谷川に浸け、そして、急いでエルスロッドのもとに駆け戻り、それを彼の火傷に付けた。


 身を切るほどに冷たい谷川の水が、火傷で火照った体に心地よかった。また、少し涼気を含んだ山の空気も心地よく感じられた


 一方、ミーナは、エルスロッドの筋肉質な体がうっすらとピンク色に染まっているのを、何も言わずに、ただジッと見つめていた。これまでにエルスロッドの裸身は何度も見ていたが、適度な運動で薄い桜色をしていたエルスロッドの肉体肉感的で艶かしく、ミーナの目に映った。


 そして、ミーナは、突然、何かを思いついた様子で、一気に谷川に走りだし、両手で冷たい水を掬いあげると、そのままエルスロッドのもとに駆け戻り、その水を彼の火傷部に一気に垂らした。その瞬間、エルスロッドの文句が飛んできた。


「冷てえだろうが、お前、何を考えているんだ」


 しかし、彼女は、彼の苦情を気にする様子もなく、それを何度も繰り返した。


 最初はミーナの手荒い治療を迷惑がっていたエルスロッドであるが、彼女なりに自分のことを気遣っているのであろうと思い、ミーナのしたい様にさせることにした。それに、何より、火傷で熱を帯びつつある体に冷たい水が心地よかった。彼は、優しい眼差しをして、何度も何度も自分のもとに水を運んで来るミーナの姿を見守った。


 しかし、こうした心暖まる光景も長く続かなかったはなかった。逃げ出した小鬼が仲間の復讐をするために、仲間を引き連れて、三人の所に戻ってきたのだ。エルスロッドは、その姿を目敏く見つけると、ゴブリンに比べて倍はあろうかという、大きな体のモンスターを指さして、ミーナに「あれ、何だ」と尋ねた。この質問に答えたのは、またしても、魔術士のミーナではなく、神官のナムであった。
「あれは、ホブコボルトです」


「強いのか」


「頭は大したことありませんが、力は強いです」


 ナムのこの言葉で、エルスロッドの相手は決まった。エルスロッドは、二人に「手出しするな」と念を押して、大剣を持ったホブコボルトに向かい歩き出した。


 ミーナは、制止しても、エルスロッド自分の忠告を聞き入れないことを知っていた。だから、「気をつけてね」とだけ言って見送った。その声援に、エルスロッドは左手を上げて答えた。


 エルスロッドは、ホブコボルトに近づき、剣を構えた。それを見て、ホブコボルトのほうも身構えた。エルスロッド、暫くゴブリンたちの魔法攻撃にも気を払っていたが、ゴブリン達がこの戦いを静観するつもりであることに気付いた。おそらく、このホブコボルトが彼らの用心棒か何かなのだろう。そう思い、彼は全神経を目の前の相手に集中した。


 エルスロッドは、用心深く間合いをじりじりと詰めはじめた。エルスロッドのこの動きに焦れたかのように、ホブコボルトが、突然、力任せの一撃を放った。二本の剣が重なり合い、火花を激しく散らした。人間相手になら、まず、どんな相手でも力負けしないエルスロッドであったがさすがに、ホブコボルトの剣に押し込まれはじめた


『とんでもない力だ』


 その剣を押し返すべく、全身の力で押し返そうとしたが、ホブコボルトはびくともしなかった。


『仕方ないか』


 そこで、エルスロッドは、全身のばねを使い、一瞬だけホブコボルトの剣を押し戻した。そして、勢いよく後ろに飛び退いた。剣は、離れ際が最大のチャンスであり、同時に最大のピンチである。ホブコボルトに押し込められたため、エルスロッドの体勢が僅かに崩れた。そこをめがけて、力任せの斬撃が一撃、二撃、三撃と繰り出された


 当然ではあるが、ホブコボルトは剣術を知らない。しかし、この技術を補うに余りある、腕力とスピードを有していた。このため、エルスロッドは、次第次第に防戦一方になっていった。ホブコボルトの斬撃が加わる度に、体勢を崩しつつ必死に三撃までは食い止めた。しかし、悪い足場で体勢が崩れた。そこに、四撃目が来た。彼の剣は間に合わなかった。その事に気づくと、剣で防ぐのを諦め、急所を外すために体を少し逸らした。しかし、ホブコボルトの大剣は、彼の鎧を押し切り、エルスロッドの体から血飛沫が宙に舞った。


 その衝撃で一瞬意識が遠のいた。だが、鎧ごと断ち切られた肩の痛みで我を取り戻すと、エルスロッドはそのまま剣を思いっきり横に薙いだ。エルスロッドのその一撃が、振り下ろされた剣の帰りが遅れホブコボルトの右腕の二の腕をざっくりと裂いた。


 ホブコボルトは、奇妙なうめき声を上げて、すこしだけ後退りした。エルスロッドは、それを見据えながら、再び剣を構え直した。殺気に満ちた二つの視線が激しく交錯した。そして、互いに申し合わせたように、二人は同時に剣を繰り出し、一度、二度と剣を交え、再び鍔迫り合いを始めた。


 一度目ほどではないが、再び、エルスロッドの剣がじりじりと押し返されはじめた。彼は、『とんでもねえ化物だな、こいつ』と心中で毒突きながら、不思議なことに心は落ち着いていった。命の取り合いをしているというのに、不思議に、彼の心は澄んでいった。ホブコボルトが更に剣に力を込めようとしたとき、彼の体が反応した。剣を握りしめていた彼の腕の力が自然と抜け、足をすばやく捌き、体勢の崩れたホブコボルトの胴を抜いた。


 ぶしゅっと派手な血飛沫を上げながら、ホブコボルトはその場に崩れ去った。エルスロッドは、暫し、地面にのたうち回るホブコボルトの姿を見た。このまま放っておいても、間違いなく絶命するであろう。体内の血の大半が流出した後に、死という平安が訪れる。しかし、その間、ホブコボルトは、その強靱な生命力ゆえに、悶え苦しみ続けるにちがいない。そう思うと、エルスロッドは、同じ生き物として、このまま放ってはおくことが出来なかったそして、彼は、苦しみ悶えるホブコボルトに近づき、止めを刺す為に剣を振り上げた。


「勘弁な」


 エルスロッドは、ホブコボルトにそう声をかけた。そして、もう一度「勘弁な」と声をかけてから、振り上げた剣を振り下ろした。


 ホブコボルトは、それから幾らもしないうちに、絶命した。エルスロッドは、かっと見開いていた彼の目を閉じてから、そのまま、その場に座り込み、大の字になった。そうして、暫く青い空をぼんやりと見上げてから、視線を彼の隣で横たわっているホブコボルトに移した。


 用心棒のホブコボルトが倒れると、小鬼達は一斉に逃げ出していった。


 その事を確かめてから、ミーナとナムは、ホブコボルト同様にぴくりともしないエルスロッドのもとに慌てて駆け寄った。


 そして、ミーナが、彼がまだ生きていることを確かめてから、エルスロッドをこう叱責した。


「力自慢のホブコボルトに真っ向勝負を挑むなんてバカのすることよ。あんまり、心配をかけさせないでよ、このバカ!!」


ミーナ1 五章の続き [ミーナ1]

 襲撃


 昨晩、三人は一時間置きの三交代制で村の警戒にあたった。それにもかかわらず、しかし、村の住民にとっては幸いなことに、ゴブリンは現れなかった。三人は、目を擦りながら、少し遅めの朝食を取った。


 睡眠不足のせいであろうか、いつも食欲旺盛な三人も、この日ばかりは食が殆ど進まなかった。エルスロッドは、それでも無理をして胃袋に詰め込んだ。そして、テーブルにあるミルクで一気に流し込んだ。食べたものが逆流するかのような不快感を感じたが、それをぐっと堪えた。


 食事を済まし、二人を見てみると、ナムも半分ほど残して、お茶をゆっくりと飲んでいた。そして、ミーナに至っては、果物をすこし齧る程度であった。エルスロッドは、もったいないと思いながら、そのことを口にすることなく「おい、これからどうする」とミーナとナムの二人に声をかけた。


 エルスロッドたち三人には目的があった。この村にいつまでもぶらぶらしているわけにはいかなかった。ミーナは、暫く考える振りをして、「来ないなら、こちらから行くしかないでしょう」と珍しく建設的な、しかし、やや無謀な提案をした。


 エルスロッドは、ナムの意見を求めようとはせず、三人の朝食につきあっていた村長に、ゴブリンのいそうな場所を尋ねた。村長は、「確かではありませんが」と前置きをしてから、小鬼のいそうな場所を説明し始めた。三人は、時々質問を交えながら、熱心に村長の話を聞いた。村長の話が終わると、エルスロッドが最後に「案内役を付けてくれ」と村長にひとつだけ注文をつけた。


 三人は、案内役の老人に先導され、昼食を携えて山路を歩き始めた。新緑のまぶしい山路である。歩いているうちに、自身に忍び寄る死のに怯えているエルスロッドたち三人の気分は次第に晴れてきた。三人は、これから小鬼退治に行くことをすっかりと忘れた様子で、緑溢れる山の景色を楽しんだ。そして、時に、案内役の老人すら名を知らない、見るからに怪しげな草花を見つけては、ミーナが「魔術の必需品」と称して摘んだり、ナムが「火傷に効くんです」と言って薬草の根などを掘りでしていた。このように、三人は、盛大な道草をしながら、目的地に向かった。


 そうした三人ではあったが、目的地に近づくにつれ、顔つきが次第に真剣になっていった。最初のうちは、案内役の老人は、物見遊山にでも行くかのような三人に多大な不安を抱えていたが、その表情を見てほっと胸を撫で下ろした。そして、三人に話しかけた。


「この谷の向こう側に、奴らの住処があります。それじゃ、私はここで待っています」


 老人の些か虫のよい話に、お人好しのエルスロッドも、顔に憮然とした表情を浮かべ、じろりと男を睥睨した。老人は、その視線を感じ取ると、目をエルスロッドから逸らした。エルスロッドとしても、この老人を戦力として期待していなかったけれど、老人のこの行為を些か腹に据えかねた。そこでエルスロッドは『ミーナ、何か言ってやれ』とばかりに視線をミーナに向けてみた。しかし、当のミーナは「あっ、そう。それじゃ、ここで待っていてね」とあっさり了承してしまった。そう、彼女だけ、エルスロッドとナムとは異なり、村人から金で雇われていたのである。まったくの善意からゴブリン退治に出てきた自分とナムとは立場が違うことを思い出し、エルスロッドの毒気がすっかり抜けしてしまった。エルスロッドは、ふぅ~と空を見ながら一つため息をつくと、「それじゃ、ここで腹ごしらえするか」とミーナとナムに提案した。




 小鬼達の食べ残しと思われる牛の骨や、角などが次第に散乱し出してきた。それを目にしたエルスロッドがミーナとナムに『近いぞ、気をつけろ』と目配せした。もう、かれこれ二月も寝食を共にしている仲である。それだけで意思の疎通はできた。二人は『分かっているわ』と視線を上下させて彼に返事した。


 何の打ち合わせもしていなかったが、ナムとミーナは、エルスロッドから距離をとり始めた。剣士であるエルスロッドとは違い、ミーナは魔術士であり、直接武器を持って戦うことは出来なかったし、また、その必要もなかった。魔法は遠距離攻撃が可能であるから。また、呪文を唱える関係から、常に敵との距離をある程度置く必要あった。接近しすぎると、呪文の詠唱中に敵に襲われる可能性があるからだ。


 一方、ナムは神官である。殺生はご法度。彼に許されるのは、自衛のための戦いだけであった。また、ミーナとは違って、魔術を使えるわけでもなかった。戦闘の際には、はっきり言って足手まとい以外の何物でもなかった。そうではあったが、ナムはミーナの呪文の詠唱中に彼女の盾になるつもりでいた。これなら神もきっとお許しなるに違いない。


 というわけで、エルスロッドを先頭に、次にナム、最後尾にミーナの順で、三人は川をさらに遡った。


 それからどれ位の時間が経ったのであろうか。突然、人語とは異なる言葉が聞こえてきた。それと同時に、エルスロッドの前方の丈の高い繁みから、がさごそと何物かが彼らに接近する音がした。エルスロッドは、剣を持たない左手を上げ、敵がいることを後方の二人に知らせ、そして、彼は、その敵に不意打ちをかけるために、身を隠し、剣を構えた。


 騎士としては不意打ちなどという姑息で卑怯な攻撃は論外であろうが、相手は、人ではなかった。彼に不意打ちを躊躇させる原因にはならなかった。


 エルスロッドは、息を殺し、不意打ちの機会を窺った。がさがさという音はさらに近づいてきた。彼がごくりと唾を呑み込んだ瞬間、繁みの方からまばゆい閃光がした。そして、それに少し遅れて、ドカンという激しい爆音がした。


 エルスロッドは、『またか』と思い、後ろを振り向いた。そこには、ミーナが大魔術師然とした姿で甲高い笑い声を高らかに上げている姿があった。エルスロッドは、それを見て、『いいかげん、勘弁してくれよ』と心の仲で彼女に毒突いた。


 彼が危惧した通り、その爆音を合図に藪から一斉に六体の小鬼たちが飛び出してきた。しかし、とり幸いなことに、小鬼達は短剣を得物にしていた。


 彼は、身の程を弁えない小鬼たち一睨みすると、一歩、二歩と小鬼たちに向かって歩み出た。それに合わせて、小鬼達は後ずさりした。彼は、『何か変だな』と訝りつつも、一歩だけ足を進めた。やはり、小鬼達は、間合いを取るように、それに合わせて、一歩後退した。


『こいつら、何を考えているんだ。』


 彼は、小鬼達が間合いを詰めて一気に突進してくると予想していた。小鬼達の得物は短剣であり、彼が身に付けている鋼鉄製の鎧を貫通することは出来ない。だから、露出している部分への攻撃を防げば良い。彼のそうした目論見は、すっかり、狂ってしまった。


『ならば、こちらか行くまで』


 彼が突進しようとした時、何か強い衝撃が彼に加わった。彼の体は、その衝撃で、後方へと吹き飛ばされた。そして、衝撃を受けた辺りが熱く火照り出した。衝撃で少し方向感覚を狂わした彼は、以前これと同じ経験をしたことを思い出し、『また、ミーナがへましたのか』と思った。


 しかし、それは全くの誤解であった。彼の受けた衝撃は前方からである。ミーナがいるのは彼の後方。ミーナの放った魔法なら、彼は後方から衝撃を受けるはずであった。また、ミーナも、彼と行動を共にするようになり、実戦経験を重ね、そうしたヘマはたまにしかしないようになっていた。


 その衝撃で吹き飛ばされ、エルスロッドは尻餅をついた。そこに、いっせいに小鬼達が殺到してきた。これこそ、小鬼達の狙いであった。彼らは決して馬鹿ではなかった。短剣で、鎧を着た剣士と真っ向勝負を挑む気など最初からなかったのだ。エルスロッドは、小鬼の外見に騙され、彼らの知性を見くびっていた。そして、その油断がこうした窮地を招いた。


 彼は、慌てて起き上がろうとしたが、今度は鎧を着ていることが禍(わざわい)した。鎧の重量で、彼の敏捷性は損なわれ、体を起き上がらせることもままにならなかった。それでも、彼は必死の形相で鎧を着た体を起き上がらせようとした。それを嘲笑うかのように、身体性の優れた小鬼達が敏捷な動きで彼に殺到してきた。彼は、自分の死がもう目の前に迫っていることを悟り、覚悟を決めた。死の旅路の道連れにと思い、片膝をついた状態で剣を一閃した。その時であった。彼の眼前に巨大な火球が出現し、またしても、彼はその爆風で吹き飛ばされてしまった。


「全く、何、やてるのよ。しっかりしてよ、エルスロッドさん」


 ミーナの高飛車なその声で、彼は目を覚ました。エルスロッドは、何が我が身に起こったのか理解できず、暫く呆然とミーナの笑顔にみていた。そんな彼を気遣ってか、ミーナが「私が助けていなかったなら、エルスロッドさん、死んでいたわよ」と彼に言葉短く事態の説明をした。


 二度の衝撃に巻き込まれ、軽い脳震盪を起こしている彼は、一時的な記憶喪失状態にあった。彼は、ナムの手を借りて、上半身を起こし、周囲を見回し、何があったのかを徐々に思い出した。あわれに肉片化した小鬼達の姿を目にし、照れ笑いを浮かべながらミーナに尋ねた。


「あれ、全部お前が遣ったのか」


 ミーナ得意顔で頷いた。エルスロッドは、苦いものを含んだ笑みを浮かべた。時間の経過とともに蘇る記憶の中、小鬼達に襲われ、九死に一生を得たことを思い出し、自分の迂闊さを反省した。


 いかなる相手でも、油断すれば、そこに隙が生まれる。一月前、デュラハーンが自らの卓越した剣の技量を過信し彼に破れ去ったように、今度は、彼が自らの鎧の強度を過信し、小鬼達に絶体絶命の状態にまで追いつめられた。


 エルスロッドは、慢心の恐ろしさを改めて認識した。そして、最初に自分を襲ったものの正体をミーナに尋ねた。


「ミーナ、一回目のは、何だったんだ」


「あれは、ゴブリンの魔法よ」


 エルスロッドとナムは同時に「えっ」と小さな声を上げた。


「あれ、知らなかったの。ゴブリンは魔法も使えるのよ」


「ミーナさん、どうして、そんな大切なことを今まで話さなかったんですか。」


 ミーナは、狐にでも摘まれたような顔をして「だって、常識じゃない」と答えた。彼女は、二人が顔を横に振るのを見て、大声を上げて驚いた。


「えっ、常識じゃないの」


 

 


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