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ホトトギスの華麗な一日 最終章 [ホトトギスの華麗な一日]


 終章


 雪コボルト達の故郷を元の安全な場所に戻し、ホトトギス一行は、王都への帰還の途に就いた。その途中、ホトトギスは、雪コボルトの姿を見ると、嘴を大きく開き赤い口腔を彼らに見せ驚かした後、近くにある大きな岩を嘴の一突きで木っ端微塵に粉砕したり、あるいは、地面を突つき大きな窪みを作ったりして、雪コボルト達を恐怖のどん底に追い遣って楽しんでいた。


 雪コボルトは、時に人に襲い掛かってくる喧嘩っ早いコボルトの親戚筋に当たるが、その恐ろしい外見からは想像がつかないくらい穏やかな性格をしている。また、臆病で恥ずかしがり屋なので、人に危害を加えることはまず有り得ないし、人の前に姿を現すことさえ希であった。雪コボルト達は、今にも彼らに襲い掛かってきそうなホトトギスと一角大雪兎の姿を目にし、大きな涙を浮かべ、何でも言うことを聞くから、命だけは取らないようにと哀願してきた。


 その姿を見て、ホトトギスは、『これでは俺様が悪者のようではないか。俺様がこいつらを苛めているようにしか見えないではないか』と大いに憤慨したが、なら話が速いと思い直し、エヘンと咳払いをした後、流暢な雪コボルト語を話し始めた。


「俺様は、悪の大魔王、カイーンだ。命が惜しければ、さっさとここから立ち去ることだ。でないと、こうだからな。」


 彼は「こうだからな」と言った後、嘴を大きく開いた格好のまま、天を見上げた。そして、ゴーという凄まじい音を辺りに轟かせ、巨大な炎を嘴から吐き出した。


 彼らは、ホトトギスの魔王もかくやと言う姿を目にし、パニックに陥ってしまった。ある物は、最後の審判の時と勘違いし、地面に泣き伏し、ある物は、両膝を地面に付け、手を合わせて彼に慈悲を乞うた。


 ホトトギスは、雪コボルト達のその姿にまんざらでもなかったが、「エヘン」と咳払いをした後、さらに凶悪な顔をして、雪コボルト達を睨み据えた。


「汝らの願いは聞き遂げた。大魔王カイーンの命に服すなら、汝らの命を救わん。我が命を聞け。」


 ホトトギスは、荘重な口調でそう前置きした後、


「汝らの地は我が解放した。そこにて、我を奉れ。子々孫々まで、大魔王カイーンの像を作り、我を崇めよ」


と命令し、もう一度大きな炎を天に向かって吐いた。雪コボルト達は、それを合図に、その場を去り、ホトトギスに命じられた通り、故郷を目指し始めた。


 ホトトギスと一角大雪兎は、雪コボルトの姿を見る度に、同じようなことを繰り返し、彼らを人里から故郷の山に向かわせた。時に、一角大雪兎が背負っているリュックサックから手榴弾を取り出し爆発させたり、ムジナが超ハイテク算盤に乗り颯爽と彼らの前を通り過ぎたり、考え付くありとあらゆる手段を使い雪コボルト達を次々と追い返した。


 その甲斐あって、彼らが王都に戻る時には、大部分の雪コボルトが故郷である山に帰り、そこで普段通りの生活を送り始めた。



 王都に舞い戻ると、ホトトギスとムジナは、クロウリーの自宅で食事をご馳走になってから、セイラの待つ神殿へと戻っていった。神殿のアイドルであるホトトギスが久方ぶりに神殿に戻ってきたのである。長旅ですっかり薄汚れた彼の姿が神殿に現れるや否や、蜂の巣を突ついたような大騒ぎになってしまった。


「キャアー、ホトトギスちゃんよ、ホトトギスちゃんが戻ってきたわよ。」


 黄色い悲鳴が上がる中、彼の姿を一番初めに発見した女性神官は、彼の近くに真っ先に駆け寄り、彼の体を抱き寄せて、


「すっかり汚れちゃって、随分と長い旅をしてきたのね。お腹は空いていないの。何を食べたいの」


と矢継ぎ早に尋ねてきた。ホトトギスは、その神官に力強く体を抱き寄せられているために、呼吸ができず息苦しそうに喘いだ後、


「僕は長旅でお腹が空いているんだ。ペコペコなんだ。何かをお腹に入れないと、今すぐにでも死んでしまうに違いない」


と言って、彼女らに食べ物を要求し始めた。


 彼のその声を聞くと、それまで彼の周りを取り囲んでいた女性神官は、蜘蛛の子を撒き散らしたように、彼におやつを与えるために一斉に自分の部屋へと姿を消して行った。今まで彼の体を抱きかかえていた女性神官も、自分が一人この場に取り残されているのに気付き、「ホトトギスちゃん、ここで待っていてね」と言い残し、慌ただしくその場から去って行った。


 ようやく体の自由を取り戻したホトトギスは、養女であるムジナに優しい声で


「お前はここで待っているんだ。さっきいたお姉ちゃん達がお菓子を一杯持って来るからな」


と語りかけ、彼女の頭を優しく撫でてやり、女性神官達に見付からないように物陰に身を隠しながらセイラのいる部屋へと向かい始めた。


 彼女らの監視網を何とか潜り抜け、セイラの部屋の入り口にまで辿り着いたホトトギスは、廊下を何度も転がりさらに体を汚した後、「よし、これで良し」と部屋の中に入った。


「セイラ、ただ今。」


 ホトトギスは、長旅に憔悴しきった、今にも消え入りそうな声でそう言って、扉を大きく開いた。「ホトトギス、遅かったじゃない」とか、「寂しかったわ。早くここに来て、素敵な姿を見せて」とか、セイラからそれなりの言葉が返ってくるものと、ホトトギスは期待していた。しかし、セイラは、彼の方にちらりと目を向けただけで、「お帰り」の一言も彼にかけることはなかった。


 ホトトギスは、嘴を大きく開いたまま、あまりに薄情なセイラの姿を茫然自失の様子でじっと見詰めていた。しかし、このままでは、何も解決しないことに気付き、彼は扉を静かに閉めた後、覚束ない足取りでセイラの座っている椅子に歩み寄った。そして、彼女が読んでいる本を載せているテーブルの上にピョンと飛び乗り、本の前に立ちはだかり、彼女に対する猛抗議を始めた。


「僕は、王都だけからではなく、王国の全てからあの凶暴な雪コボルトを解放したんだよ。セイラの歓ぶ笑顔を見ることだけを楽しみにして、長途をものとのせず、王国全てを駆けずり回ったんだよ。そんな健気な僕に、セイラは「お帰り」の一言も言えない訳。そんなに僕のことを嫌いな訳。嫌いなら嫌いとはっきり言ってよ。死んで欲しければ、死ねとはっきり言ってよ、セイラ。」


「分かったわよ、何か一言を言えばいいんでしょう。」


 それまでホトトギスのことを敢然と無視し続けてきたセイラは、そう言って大きな溜め息を吐いた後、ホトトギスの顔を正視してこう言い放った。


「私はあんたのことを死ぬほど嫌いよ。このまま帰って来なければいいのに、雪コボルトに食べられてこの世からいなくなればいいのに、と何度も考えたわ。それなのに、何で戻ってきたのよ、あんた。さあ、何か言ったわよ。これで満足。」


 おめでたいホトトギスとて、「あんたがいなくなり、寂しくて、何度も眠れない夜を過ごしたわ」とか、あるいは、「ホトトギス、愛しているわ」とか、お世辞にも、セイラが気の利いたことを自分に語りかけてくるとは思っていなかった。良くて、「お帰り」とか「随分汚いわね」と突き放すくらいだろう、と考えていたが、まさかここまで酷薄な歓迎の言葉を自分に浴びせ掛けるとは考えていなかった。ホトトギスは嘴をぱくぱくさせてセイラの顔を信じられない思いで見上げていた。


「邪魔よ、そこにいたら、本が読めないでしょう。」


 ホトトギスは、セイラのその言葉で我を取り戻すと、彼女に小さな声で「ごめん」と謝って、落胆した様子で本から離れた。そして、円らな目に大きな涙を幾つも浮かべて、一心不乱に読書しているセイラの横顔を眺め続けた。


 何をこんなに一生懸命に読んでいるのであろうか。それにこの表紙はどこかで見たような気がする。僕の勘違いであろうか。


 ホトトギスは書名を確かめるために、裏に回って愕然とした。本の背表紙には、「ホトトギスの愛の日記」と彼の自筆ででかでかと書かれていた。彼は、血相を変えてセイラの所に駆け寄ると、彼女に猛抗議した。


「日記と言うのは、個人的な文書だよ。セイラの目の付く所に日記を置いたのは確かに僕の大失態かもしれないけれど、たとえ、すぐに読める状況下にあろうとも、人の日記は決して読んではいけないんだよ。だから、僕の日記を返してよ、セイラ。」


 ホトトギスが日記を取り返そうとすると、彼女は、その日記を両手で抱きかかえ、机の上の彼を見下ろした。「これでも日記と言えるの。開いた口が塞がらないわよ。」セイラは、ホトトギスをそう叱り付けた後、日記の朗読を始めた。


 ○月×


 今日の晩ご飯は、名前も知らない深海魚の白身フライであった。それを口に入れた時、白身魚特有のあっさりとした味がしたように感じられたものの、その後、深海魚特有の脂っこさが口の中に広がってきた。これを美味しいと感じるか、美味しくないと判定するか、意見の分かれる所であろうが、僕の口には合わなかったのは事実だ。


 だが、だからと言って、この魚が美味しくないと決め付けるのは明らかに問題がある。レモンや柚を降り掛ければ、口中に纏わり付くようなあの脂っこさを軽減することができるであろうし、生臭さも消すことができたであろう。問題なのは、名前さえも知らないような深海魚そのものではなく、素材の特性を知らず、また、活かそうともせず、白身魚だからフライにしようという安易な料理人の発想に違いない。料理方法が適切であれば、きっと深海魚も美味しく頂けたに違いないと思う。


 白身魚のフライを食べたためか、深夜に目を覚ます。軽い胸焼けをしていた僕は、夜風に当たることにした。爽やかな夜風に当たり、気分が良くなったので、深夜の散歩に出掛ける。たまたま、カイの下宿先の上空を通りかかったので、遊びに行くことにした。


 カイは僕のかわいい弟のような存在である。カイも僕のことを実の兄のように慕ってくれている。眠っているであろうカイを起こさないように静かに寝室に入ったのだが、僕の訪れを予測していたらしく、カイがお茶の準備をして待ちうけていた。僕とカイは実の兄弟のような存在である。畏まった挨拶も不要であれば、遠慮も無縁だ。僕とカイはお茶とお菓子を楽しみながら暫し歓談した。「夜も更けたことだし、帰るとするか」と言うと、「折角来たのだから、ゆっくりしたらいい」とカイが言う。セイラのことが心配の旨を伝えると、「ならば、ここにある物を見上げに持って帰るように」と言う。何度も固辞したが、結局、カイの熱意に根負けしてお土産を持って帰る。


 お土産の品は以下の通り。


 蜜柑十個。メロンと西瓜、各一個。染め付けのされた白磁の壷に、青磁の壷。金貨一枚。云々。



 彼の日記には、献立とその感想、カイの部屋から持ち帰った来た物ばかりが、これと同じ調子で延々と記されていた。他人が読んだら面白くないかもしれないが、ホトトギスの日記は、備忘録と言うよりは、彼女が盗み見ることを前提としたものであり、カイと不倶戴天の仇と言えるホトトギスが、様々な嘘をならべ、彼女に対して自己の行動を正当化していた。その破天荒な嘘の数々が実に面白くて、セイラを飽きさせることはなかった。


 とは言え、その日記の所有者がホトトギスである事実にかわりなく、彼女は後ろ髪を引かれる思いでその日記をホトトギスに返した。


 日記を受け取ったホトトギスは、それを彼女の日記の隣りに並べて立てると、虚飾を織り交ぜながら、今回の事件の報告を彼女に始めた。


ホトトギスの華麗な一日 11章の終わり [ホトトギスの華麗な一日]


 一角大雪兎は、マザーコンピューターの前に立つと、その前にあるキーボードを軽快に叩き始めた。


# su - Password :ikkakuooyukiusagi

accepted

#


 ここにある全てのものは、この時代にあってはいけないものであった。今のところ、一角大雪兎以外の誰もこのシステムも利用できないけれど、この後、千年、二千年後には、人類の科学が進歩し、このシステムの中にある、貴重な、しかし忌まわしいデーターやファイル、プログラムを利用できるようになるかもしれない。人類を再びあの壊滅的な参加に巻き込まないために、この研究所内にある全てのシステムを破壊する必要があった。一角大雪兎は、彼の頭に植え付けられている記憶を頼りに、システムの破壊に取り掛かった。


 一方、ホトトギスはと言うと、何か金目の物はなかろうかと、狭いコントロールルーム内を忙しく物色していた。しかし、コントロールルームは、人間が日常的に生活する場所ではないし、システムの管理者以外立ち入りが許されていない場所で、金目の物を発見することはできなかった。


 全くしけてやがるぜ。これではくたびれ損の骨折り儲けではないか。何か記念になる物だけでもないのだろうか。


 そんな彼の目に、無造作に端末の上に置かれた算盤が飛び込んできた。


 これはまた古風な。高性能なコンピューターを使っていながら、どうして算盤を使うのであろうか。


 ホトトギスは、狐に摘ままれたような表情を浮かべて、その算盤をじっと見詰めた。そして、その用途について考え始めた。


 算盤は、その名の通り、計算をするための道具だが、まさか、これを持ちいて、手計算をしていたとは考えられない。だとすると、算盤の使い道は残り二つしかない。ローラースケート、リズム楽器の二つしかない。でも、変だ。ローラースケートなら二つないとおかしいし、リズム楽器ならカスタネットの方が好い音がする。一体、この算盤を何に使ったのであろうか。


 考えれば考えるほど、謎が増え、ホトトギスの混迷は深まった。しかし、一つの光明が彼の頭の中に突如射し込んできた。


 昔ながらの算盤の格好をしているが、実は超ハイテク算盤ではなかろうか。きっとスーパーコンピューターに劣らない素晴らしい演算能力を有しているに違いない。


 ホトトギスは、一角大雪兎の後ろ姿を食い入るように見詰めている一行に気付かれないように足音を忍ばせてその算盤に近付いた。案の定、彼の想像した通り、その算盤にはCPUと内部メモリー、さらにハードディスクまでが取り付けられていた。ホトトギスは、それを見て、一人にんまりとほくそ笑んだ。そして、スイッチをオンにしてみた。


 電源を入れた瞬間、勢い良く算盤玉がぱちぱちと弾ける音がした。しかし、かれこれ一万年以上も放置されていたため、CPUや内部メモリーは、経年変化のために使用不可能な状態であった。そのため、すぐに超ハイテク算盤はただの算盤に戻ってしまった。


 折角見付けたお宝がただのガラクタに戻ってしまったのである。ホトトギスは、これ以上出来ないほど嘴を大きく開きその落胆ぶりと驚きを表現し、目に大粒の涙を浮かべ、算盤を眺めていた。


 そんな彼にまたしても一つの閃きが訪れた。


 この研究施設内には、数多くのコンピューターが存在し、それらが様々な用途に使われている。そのコンピューターシステムを一角大雪兎が全て破壊しようとしているのである。あまりにももったいない話である。どうせ破壊するなら、この算盤のCPUと主記憶装置と取り替えた方が良いのではないか。廃物利用であるし、環境にも優しいリサイクルである。


 ホトトギスは、メインコンピューターのCPUと主記憶装置の一つをこの算盤に取り付けることを決心した。一行の目を盗み、メインのコンピューター内に忍び込むと、CPUが冷却されている液体ヘリウムの中に飛び込んだ。CPUの交換の際に、ビリビリッと少し感電したが、全身を氷に覆われただけで何とか無事に生還することが出来た。その後、メモリーも交換し、彼は何食わぬ顔をして一行の下に戻った。


「作業は全て終わった。あそこにあった標本を始め、この研究所の主要な機械は全て使用不可能な状態にしたよ。これで、誰がいじっても、この研究施設は元の姿に戻ることはないだろう。他の遺跡のように、月日が経過すれば、朽ち果てて行くであろう。さて戻ろう。」


 一角大雪兎のその言葉で、一行は、不気味ではあったが、冷暖房が完備されていた居心地の良い研究施設を後にした。



 その晩、大きな鼻提灯を造り鼾を掻いて眠っていたホトトギスは、一行の立てるすやすやと言う寝息を聞き、一行が寝たことを確認した後、にんまりと微笑み、ポシェットから算盤を取り出した。そして、その算盤を使用可能な状態にする初期設定を行うために、算盤の電源を入れることにした。


 時間がなくて詳しく確かめる訳にはいかなかったが、何とか動いてくれよ。一からシステムを構築しなければならない何て言うことがないように。


 閉じていた目を恐る恐る開いたホトトギスは、信じられない光景を目にした。算盤がまるで意志を持ったかのように、彼に向かって突っかかってきた。ホトトギスは何とかそれを回避すると、算盤の玉を下にして、こちらの様子を窺っている超ハイテク算盤に文句を吐け始めた。


「誰だお前は。まさか、あの陰険なセキュリティーシステムの生まれ変わりか。」


「ほう、俺のことを憶えていたとは、少しは使えそうな野郎だな。全くの馬鹿と言う訳ではなさそうだ。」


 超ハイテク算盤に生まれ変わったセキュリティーシステムは、厭味ったらしくそう毒突いた後、事情の説明を始めた。


 セキュリティーシステムは、その口の悪さから推測されるように感情を持っていた。研究所内の他のシステムとは違い、感情を有していたのだ。最初は、人間の感情を模倣した、彼の生みの親と言えるシステムの開発者のプログラムに従っていたが、一角大雪兎らを想像した青年科学者と同じようにそのシステム開発者が、今やハイテク算盤に取り憑いてしまっているセキュリティーシステムに夢や希望を託したのか、あるいは、単なる酔狂や好奇心がなせた業なのか、自らの意志でネットワークを構築させ、人間と同じような感情を持つことが可能なようにさせていた。何はともあれ、感情を獲得したセキュリティーシステムは、生物と同じように、死ぬのは嫌であった。他のシステムが一角大雪兎によって次々と破壊される中、死への恐怖に震えながら、何とか生き延びる術がないかを考えていた。また、人間同様に孤独を非常に恐れてもいた。そこにホトトギスがのこのこと姿を現したのである。ホトトギスが液体ヘリウムの中に入り、CPUを交換するのを見て、ホトトギスに気づかれぬように、彼のシステムの主要部を内部メモリーに待避させた。知ってか知らずか、それをホトトギスが抜き取り超ハイテク算盤のそれと交換した。超ハイテク算盤に宿ったセキュリティーシステムは、ホトトギスに気付かれないように秘密裏にシステムを復旧し、ネットワークを超ハイテク算盤の隅々まで張り巡らし、それを完全掌握していた。そして、ホトトギスが主電源を入れる時を手薬煉を引いて待っていたのであった。


 ホトトギスは、超ハイテク算盤の信じられない話に嘴をぱくぱくさせていたが、何かを思い付いたらしく、超ハイテク算盤の脅迫に取り掛かった。


「お前を動かしている電池がいずれ切れてしまうだろう。その時、お前を消去してやる。楽しみに待っていやがれ。」


 しかし、ホトトギス以上に抜かりのない超ハイテク算盤がただ手を拱いているはずがなかった。彼は、算盤玉をカタカタと鳴らし、ホトトギスを笑い飛ばした後、「見よ」と言って、お尻の方を彼に向けて、こう言った。


「これが何か分かるか、ホトトギス。聞いて驚け、見て驚きやがれ。何とこれは原子力電池なのだ。一日、二十四時間連続使用しても、この電池の寿命が尽きるのは、まあ、少なく見積っても千年後だな。それだけではないぞ。背中に貼られているのは、全て太陽電池だ。俺の寿命は、まあ、半永久的と言っていいな。仲良くやろうぜ、相棒。」



ホトトギスの華麗な一日 11章の続き4 [ホトトギスの華麗な一日]



 この実験施設の全てを統括管理するのがコントロールルームである。この施設の頭脳であり、最重要施設であった。当然のこと、その入り口には厳重なセキュリティーシステムが設けられていた。ホトトギスは、一行より一足先にコントロールルームの入り口に差し掛かると、リベンジに燃え、闘志を漲らせているセキュリティーシステムの姿を見て辟易とした表情を浮かべた。


「また、お前か。それで、今度は何をして遊ぼうと言うのだ。」


「知れたこと。」


 セキュリティーシステムは、そう絶叫すると、コントロールルームを警備するために儲けられていた幾つものレーザービーム発生装置をホトトギスに向け、一斉にホトトギスの体に発射した。高出力レーザーを集中砲火され、ホトトギスは尾羽から黒い煙を上げながら「アチ、アチ、アチ」と逃げ惑い始めた。


「どうだ、参ったか。俺様の子分になると誓うなら、止めてやらんこともないぞ。」


 相手は、高々、コンピューターである。そのコンピューターの家来になるなど、論外であった。彼は「誰がお前の子分になんかなるもんか」と大声をあげた後、荷電粒子砲の直撃を受け自分の鏡が無くなったので、荷物からこっそり盗み出したカイの鏡をポシェットから取り出した。


 カイは大貴族の嫡男であった。そのカイが肌身放さず持っている愛用の鏡である。そのあたりにあるような安物の鏡ではなかった。人間業ではこれ以上出来ないと言うほど鏡面仕上げされたミスリル銀の鏡は、反射率が百パーセントに近く、レーザービームを簡単に跳ね返してしまった。


「お前はなんてもったいないことをするんだ。このレーザービームの発射装置は高いんだぞ。元に戻しやがれ。そうでなければ、賠償金を払え。」


 ホトトギスは、ざまあ見ろと言わんばかりの表情をして、反射されたレーザー光線を受け、融けた発射装置を横目に見た。


「俺様にこんな物を向けるから、こんなことになるんだ。言ってみれば、自業自得。悪いのは俺様ではなく、お前だろう。さあ、通してもらおうか。」


「他の誰かを通すことがあっても、お前だけは絶対に通してやらない。」


 セキュリティーシステムは、力ずくでも通り抜けようとするホトトギスの姿を見て、緊急システムを作動させた。それまでの白色光の照明が消えると、緊急用の赤色灯に切り替わった。「緊急事態発生。緊急事態発生。コントロールルーム以外からの全てのコマンドの入力を一時的に停止します。一般職員は、緊急避難用のシェルターに至急待避して下さい。繰り返しまう。一般職員は、緊急避難用のシェルターに至急待避して下さい。システムへのアクセスはできません。システムへのアクセスはできません。なお、解除命令が発令されるまで、緊急避難シェルターの開閉装置以外の如何なる端末にも触れないで下さい。不正アクセス者とみなし攻撃します。警告します。解除命令が発令されるまで、緊急避難シェルターの開閉装置以外の如何なる端末にも触れないで下さい。不正アクセス者としてみなして攻撃します。」


 研究施設の至る所から、サイレンとともにそのメッセージがホトトギスの耳に入ってきた。これでは子供の喧嘩ではないか。普通、ここまでやるか、と唖然としているホトトギスの目の前で、厚さ三メートルほどの特殊鋼で作られた扉が瞬間的に落下し、コントロールルームと外部とを完全に隔離してしまった。


「お前がそこまでやるのなら、こちらにも考えがある。」


 ホトトギスは、セキュリティーシステムの目と言うべきカメラをじっと睨み、凄んでみせた。セキュリティーシステムが生物であったなら、ホトトギスのその視線に戦慄したかもしれないが、如何せん、セキュリティーシステムはコンピューターであった。セキュリティーシステムは平然とした様子で彼を挑発するようにカメラを彼の体の方に近付けてきた。


「この扉は、核兵器の直撃を受けたとしても、破壊することはできないぞ。つまり、どのような攻撃を受けても破壊することはできないということだ。俺様を本気にさせたお前が悪い。だが、俺様も鬼ではない。土下座をして謝れば機嫌を直さないこともないぞ。」


 コンピューターが言う台詞であろうか。このシステムの開発者は、不世出の天才でなければよほど性格の悪い人間に違いない。ホトトギスは、やけに人間臭いセキュリティーシステムに半ば呆れ、半ば感心していた。そこに、事態の深刻さに気付いた一角大雪兎が一行を先導する形で駆け寄ってきた。


「鳥野郎、お前は、一体全体、なんてことをしてくれたんだ。これからどうするんだよ。」


「耳元で、ギャアギャア、大きい声で喚き立てるな。さっきみたいにお前がその端末からコマンドを入力すれば済むだけだろうが。」


 真剣な顔色の一角大雪兎とは対照的にホトトギスは至って暢気そうにそう言い放った。彼の暢気そうな態度が癪に障ったのか、あるいは、今もけたたましく施設内に鳴り響いているメッセージを聞いていないことが気に障ったのか、角を失った一角大雪兎が「お前、その端末から何かを入力してみろ」と言った。


「全く注文の多い兎だ。何で、オレがそんな面倒なことをしなければならない。自分が入力したら良いじゃないか。目付きが悪いだけじゃなく、性格まで悪いんだからな。忍耐力のある俺様だが、終いには切れてしまうぞ。と角がなくなったので、ただでも悪かった性格がますます悪くなったんじゃないか。」


 文句をたらたら言いながら、嘴と翼を使い鋼鉄製の壁を蛞蝓が這うようなゆっくりとした速度でホトトギスは上り始めた。人のことを馬鹿にするような彼の言動が逆鱗に触れたのか、角をなくしたことを皮肉られたのが癇癪に触れたのか、一角大雪兎が「さっさとしやがれ」と怒鳴り付けてきた。


 何とか端末の所に辿り着くと、ホトトギスは、一行が見守る中、端末を嘴で叩き始めた。その瞬間、どこからともなく触手が伸びてきて、彼の背後からレーザー光線を照射した。彼の背中は瞬く間に黒焦げになり、ホトトギスは嘴から床に落ちて行った。


 一角大雪兎は、ピクリとも動かないホトトギスに「分かっただろう。セキュリティーシステムが警報を解除しない限り、誰も中に入れないんだよ」と怒鳴り付けた。この言葉を聞き、ホトトギスは、「それは驚き」と一瞬だけ驚いた姿を見せたものの、床に深々と刺さっている嘴を自力で引き抜くと、何を考えたか、特殊合金の扉にゆっくりと歩み寄り、嘴でコンコンと叩きその強度を確かめ始めた。


「まさかお前その嘴で穴を開けようと考えていないよな。お前の嘴が如何なる物で構成されていようが、この特殊合金の扉に穴を開けることはできないぞ。」


 彼のその姿を目にし、一角大雪兎とセキュリティーシステムが嘲笑うように彼にそう問いかけた。


「もちろん。これ以外にどんな方策があるのか。」


 ホトトギスは、後ろを振り返り、如何にも忌々しそうに二人にそう返答した後、試しに一二度嘴で少し強く突ついてみた。嘴から伝わってくる脳を激しく揺らすような感覚、これは上物だ。ホトトギスは、凄まじい速さで扉を突つき始めた。


 どのような貴重なデータがマザーコンピューターに保存されているのか、ホトトギスには窺う術がなかったが、如何なる物理的な攻撃にも耐えられる、その分厚い特殊鋼の扉を用いてそれを死守している所から推測するに、かなり重要度の高いデータやファイルが保存されているのであろう。まあ、俺様の知ったことじゃないが。
 ホトトギスは、そう考えながら、さらに一生懸命に嘴で特殊鋼の扉を叩き始めた。


 侵入者の種類にかかわらず、それに加える攻撃の種類にかかわらず、その扉は断固侵入を拒むように設計されていたのであろう。ダイアモンドより硬く、地上で最も硬いホトトギスの嘴を持っていてしも、表面を僅かに凹ませ削り取っただけであった。
 何なんだ、この扉。一体、誰がこんな物を作ったんだ。こんな物を作る奴は相当性格の悪い奴に違いない。そうか、分かった。これを作ったのは、カイの野郎に違いない。


 ホトトギスは、心の中でそう毒突いてから、後ろを振り返った後、額に浮かんだ玉のような大きな汗を右の翼で拭い始めた。


「まさか、それでお終いだとふざけた話をするつもりではないだろうな。抜き差しならないこんな状況を作り出したのは、お前なんだから、そんな虫の好い話ができるはずがないよな。どうするつもりなんだ、この鳥野郎。」


 大声で捲くし立てる一角大雪兎とは別に、ホトトギスに向けられているセキュリティーシステムのアームが彼に土下座して謝るように地面を何度も指差していた。軽いジョークではないか。遊び心がなくて、困ってしまう。さあ、これから本番だ。ホトトギスは、一つ大きく深呼吸した後、「トウ」と叫び反対側の壁を勢い良く蹴った後、その反動を上手く利用し、素晴らしい速度で扉に向かい嘴から突っ込んで行った。


 衝突した際に、爆発物など何も使っていないのに、「ドカン」と大きな爆音を立て、辺りに凄まじい閃光を撒き散らした。あたり一面に濛々と立ち込めていた爆炎が晴れた時には、人が歩いて通れるような巨大な穴が扉に開いていた。その信じられない光景に、さしものセキュリティーシステムも感服した様子で「こんな馬鹿な、一体、お前は何をしたんだ」とホトトギスに問いかけた。


「ホトトギス族に伝わる秘術、三角飛びだ。通常、三角飛びは、相手の意表を突き、死角から攻撃をする技とされているが、我がホトトギス族は、これに更なる改良を加え、苦心惨澹の末にこの奥義に到達した。我が秘術、三角飛びの前では、如何なるものも行く手を遮ることはできない。」


 ホトトギスはそう答えた後、カンラカンラと高笑いを始めた。


ホトトギスの華麗な一日 11章の続き3 [ホトトギスの華麗な一日]


 一角大雪兎が突然部屋の前で「こっちだ。この部屋を通り過ぎた所に、この研究施設のコントロールルームがあるのだ」と叫んだ。どうせ兎の戯言だろう、とホトトギスは、真面目に取り合うつもりはなかったが、ムジナの背に跨り部屋の中に一歩踏み入れると同時に素っ頓狂な声を上げた。


「この部屋一杯に陳列されている標本の数は何だ。」


 ホトトギスは並みの神経をしていなかった。その彼が驚くほど、大きな倉庫ほどある部屋に夥しい数の標本が陳列されていた。しかも、そのどれもが、自然の生物とはかけ離れた姿をしていた。醜悪を通り越し吐き気さえ催しそうなその異様な光景を目にし、部屋の入り口で凍り付いているムジナの背からピョンと飛び降り、彼は覚束ない足取りでその標本に近付いて行った。


 どのような薬品を使い、数千の間、生体組織を変化させることなく保存したのか知らない。標本の体全体を包んでいる液体に漬けられた時と、生体組織は経年変化していないのではなかろうか。そう感じさせるほど、ガラス越しに見える標本の組織は生々しかった。どのような経緯で標本になったのかは分からない。培養過程で何らかの不具合があり死んだ物を保存したのか、研究材料とするために、生育途中のそれを培養槽から取り出し、そのまま標本にしたのか分からないが、遺伝子操作をされ自然界の生物から著しくかけ離れた姿の胎児の標本が、種類別に、時系列的に並べられていた。また、その他にも、数多くの成体も陳列されていた。ホトトギスは、まるで芸術作品でも眺めるように、たっぷりと時間を掛け、その標本を一つ一つ丁寧に観察し始めた。


 恐ろしいばかりの科学力だな。科学の力を過信するあまり、その科学力で滅び去った愚かな超古代人が、これほどまでに生命科学を発展させていたとは正直驚き。これは推測ではあるが、生物の遺伝子の構造を全て解読し、遺伝子の一つ一つの意味も掴んでいたのではなかろうか。だとすれば、人間の思いのままにどのような生物も作り出せたのかもしれない。どのような劣悪な環境でも生きられ、破壊された組織を凄まじい速度で再生させる生物兵器とか、人間の臓器や医薬品を生らせる植物とか、人間に有益な、だが、自然界に有り得ない生物を作り出せることも可能であったはずであろう。だが、これは人間の領分ではないのではなかろうか。神の領域を侵犯しているのではないか。悪魔の所業と糾弾されて然るべきではなかろうか。


 ホトトギスは隣りの水槽を目にして唖然とした。


「こっ、これはまた珍妙な。人間の標本まであるではないか。だが、少しおかしいのではなかろうか。超古代人は今の人間とは種類が別なのであろうか。あっ、これには頭に角が生えているではないか。背中に蝙蝠の翼が付いているではないか。山羊のような足をしているし、蹄もちゃんと付いている。してみると、頭の角も山羊の物であろうか。どこかでこれと同じような物を見たような記憶がするが、記憶違いであろうか。はてはて、これは何であろうか。」


 ホトトギスは、そこまで言うと、腕組みをして黙り込んだ。そこに少し遅れてカイとクロウリーが現われ、その標本を見て顔色と言葉を失った。


 呪縛を解かれたムジナが彼の背中を軽く頭で押し、父ちゃん、父ちゃん。これは人間なの、それとも違う生き物なの、と問い掛けてきた。


 どのような目的があって、この様な奇妙な生き物を作り出したのか分からない。頭に鋭い角を持ち、背中に蝙蝠の翼を付けているのだから、生物兵器として開発された物なのかもしれない。ここに所狭しと陳列されている様々な異形の標本から理解できるように、遺伝子操作をすることにより、どのような姿の生物も作り出せたであろう。人間の姿をしているからと言って、人間から作り出されたと言う保証はどこにもないが、人間は他の生物に対して生命力が弱い。足がもげたり、腕がもげたりしたら、幾らもしない内に絶命する。頭は良いが生命力の弱い人間を生物兵器として開発すると言うのも考えてみれば妙な話である。ホトトギスが同じような生物兵器を開発するとしたら、まず人間の体をベースになどしないであろう。


 だとすると、これは何のために作られたのであろうか。


 研究者が冗談のためにこの様な生物を作ったと考えるのが最も妥当なように感じられた。あるいは、性的嗜好を満足させるため、その代償行為としてこの様な生き物を創造した、と考えるのが自然であろうが、彼の一人娘でまだ子供のムジナにそのような残酷な話をする訳にはいかなかった。そこで、彼は、例によって、とんでもない作り話をしてムジナを納得させようと考えた。


「見て分かるように、これは人間に良く似ているが、人間ではない。ある国に一匹の雄山羊がいたのだ。その山羊がなんと不思議なことに吸血蝙蝠と恋仲になってしまった。デートと言っても、山羊と吸血蝙蝠のデートだ。普通のデートとは違う。この時代、今でもその風習は色濃く残っているが、デートの際の費用は男が賄わなければいけない。だが、この雄山羊は、親がいなかったために、凄く貧乏だった。仕方がなく、自分の血を交際相手の吸血蝙蝠に吸わせていたんだ。だが、そんな生活が長く続くはずがなかった。雄山羊は、極度の栄養失調と貧血で死んでしまった。だが驚くのはこれからだ。吸血蝙蝠は、恋人を失った悲しみで毎夜泣き崩れていたのだが、ある晩自分のお腹がぴくぴくと動くことに気付いた訳だ。結婚していないのに、どうして蝙蝠と山羊の間に子供が産まれたかというのは様々な学説があるが、最も有力なのが、山羊の血を吸ったためと言われている。血は単なる赤い色をした液体ではなく、様々な力を秘めているから、そう考えられたのだろう。月が満ち、やがて蝙蝠は赤ちゃんを産む訳だな。その赤ちゃんは、顔と体は蝙蝠、頭には角を付け、足は山羊だった訳だな。もちろん、背中にはこれと同じように蝙蝠の翼が付いていた。母親の血を色濃く受け継いでいたのだろうな。この子も同じように血を吸っていた訳だ。ある晩、その子供は、血を求めていつものように洞窟から飛び立った。血の匂いに気付き、辺りを見回すと、人間の血をたらふくすって体が重くなり思うようにとべない蚊を発見した。ラッキーと、その子供は、その蚊を食べてしまった。因果は巡る、その蚊を食べたその子供は妊娠してしまった。その子供は男の癖に妊娠してしまった。そして生まれたのがこいつと言うわけだ。だから、こいつには、あれとおっぱいが付いている訳だな。人間の姿をしているのは変ではないか。蚊の姿をしていなければ、辻褄が合わないと思うかもしれないが、山羊と蝙蝠が子供を産んだ原因が血であることから分かるように、その子供が妊娠したのも蚊が吸った人間の血が原因であった訳だ。だから、人間の姿をしていないとおかしい訳だ。どうだ、分かったか。」


 どこまで理解したのか甚だ心もとなかったが、ムジナが父ちゃん分かったと力強く頷き返してきた。誰も信用しないような話をムジナが信じたことを怪訝に思いながら、彼は正体不明の液体が詰まっている水槽の中の標本を瞬きすることなくじっと見詰めているムジナの視線の先を折って唖然とした。


「お前、何を見ているのだ。」


 いやだなあ、父ちゃん。私はこの珍しい生き物を見ているだけだよ。


 これまで世にも珍しいその標本を詳しく観察していたクロウリーが何かに気付いたらしくホトトギスにこう問いかけてきた。


「これはあれに似ているとは思いませんか。」


 クロウリーの言う「あれ」の正体に気付いていたが、ホトトギスは「あれでは分からんだろうが。はっきり言ったらどうなのだ」としらばっくれた。


「伝説に出てくる悪魔にですよ。確かこの様な格好をしていたと思いますが。」


 ホトトギスは不機嫌そうに「悪魔か」と呟いた後、腕組みをし、目を閉じて沈思黙考し始めた。


 蝙蝠は、古来より人間に忌み嫌われた動物である。科学が発達する以前、闇の中には、様々な悪霊や魑魅魍魎が潜んでいると考えられていた。人間の闇への恐怖は、肉食獣による襲われた先祖の記憶が脳の古層に残っているためかもしれんが、人間が闇に対して底知れない恐怖を抱いているのは事実だろう。そのため、闇に蠢いている蝙蝠は、悪霊の使いとか悪魔の使い、あるいは、そのものと考えられ、徹底的に忌み嫌われた。そのためであろう、天使が鳥の羽を付けているのに対し、悪魔は蝙蝠の翼を付けていると考えられるようになった。悪魔と蝙蝠の合体である。また、どういう訳か分からないが、山羊もまた不浄の生き物として考えられている。従兄弟筋くらいに当たる羊が善良であるのに対して、山羊は悪魔の使いとして蝙蝠と同じように嫌われ続けた。悪魔が山羊の角を付け、山羊の足をしていると考えられたのは、そのためであろう。
 ホトトギスは、山羊が嫌われる理由について新たな説を思いついていたが・・・・・。


 人間というのは、どうして、外見だけで物事を判断しようとするから困った物だ。大方、クロウリーの野郎も、これがちょっと普通の格好と違うから、悪魔だなんて思い付いたのであろうが、本当に困った物だ。何としても、蝙蝠と山羊の名誉回復のために、ここは俺様が一肌脱がなければならない。


 ホトトギスは、そう覚悟を決め、目をかっと見開いた。


「真善美なんて全くのでたらめだろうだと言うのに、ちょっと変わった物を見ると、ヒトは、何で、すぐ悪者と決めてしまうのかね。美醜の判断基準は所や時代によって変わるが、美即真、醜即偽、あるいは、悪という図式は、どの時代においても変わりやしない。カイを見てみろ。綺麗な顔をしているが、とんでもなくスケベで狡猾ではないか。これからも分かるように、美と真、あるいは、善は別個な存在だ。政治的プロパガンダならまだしも、これらを一致させようとか、同じものだと考える輩がいるとしたら、そいつらは、狂信者、あるいは、精神を病んでいると言っても良いであろう。真善美、これが、人種差別の元になり、大量虐殺の口実にされたのは枚挙にないくらいだ。また、蝙蝠や山羊がどうして悪霊や悪魔の使いなのだ。蝙蝠と山羊が人間にどんな悪いことをしたと言うのだ。確かに、蝙蝠は狂犬病を人間や家畜に媒介することもあるし、吸血蝙蝠は家畜の血を吸ったり、大蝙蝠は、お百姓さんが大切に育てた果物などを盗み食いすることもある。だが、果樹や農作物に甚大な被害を齎す蛾などの昆虫を食べてくれるのは誰だ。蝙蝠ではないか。夜が活動時間帯のために目立たないが、人間にどれくらい蝙蝠が貢献してくれていることか。その蝙蝠を捕まえてやれ悪の使いだとか良く言えたものだ。羊や牛に比べると、存在感がなく、いなくても良いように考えられている家畜であるが、山羊だって立派な家畜だ。羊のように毛は取れないし、牛のようにお肉も多くない。だが、お乳は牛乳より栄養価に富んでおり、体質が合わないと下痢などするけれど、乳製品にはもってこいだし、お乳のでない母親を持った子供が山羊の乳で育つことはそれほど珍しいことではないのだ。それに、山羊は他の家畜のもっていない素晴らしい特性を持っているのだ。山羊は粗食でも立派に育つのだ。茨しか生えていないような乾燥地帯でも生きられるし、雪深い高山でも生きられるのだ。こんなに立派な蝙蝠と山羊を捕まえて良くお前は悪魔の手先だと言ったな。彼らの名誉挽回のために、詫びてもらおうじゃないか。」


 クロウリーは、捲くし立てるようなホトトギスの話を唖然とした様子で聞いていたが、どうしてそんなに激怒しているのか理由は分からなかったが、彼に謝らないことには、事態を穏便に済ませる手段がないと判断し、「はい、はい」と言って、形ばかり頭を下げた。


 それを見て、ホトトギスは、「まあ、まあ、俺もついむきになり過ぎた。分かれば良いんだ、分かれば」と言った後、ホトトギスの目の前で右の翼をひらひら振って袖の下を要求した。銀貨を一枚受け取ると、それをポシェットの中に仕舞い込み、この奥にあるコントロールルームを目指し歩き始めた。



ホトトギスの華麗な一日 11章の続き2 [ホトトギスの華麗な一日]


 カイと一角大雪兎が作った料理は、彼らの腕前からすると信じられないほど不味かった。ホトトギスは、見てくれだけが良い、化学調味料や様々な化学物質が混じっている超古代の保存食を、舌を痺れさせながら食べていた。それでも、ご飯には間違いない、と思って我慢して食べていたが、遺伝子組換大豆から作った人造肉が彼の舌に触れた瞬間、それまで食べていた料理をカイに向かって投げつけた。


「何だ、これは。これが食い物と呼べるか。こんなものを食べられる物か。さっさと作り直せ、このお子様。」


 一角大雪兎は、それまでカイの隣りの席で大人しくお昼ご飯を食べていたが、床に落ちているホトトギスの料理を眺めながら、しみじみとこう呟いた。


「小さい頃、ここの食料しか食べていなかったから、これを美味しいと思っていたけれど、改めてここの食料を食べてみると、本当に不味いや。」


 それから、何かを暫く考えて、


「このご飯と同じように、人工的な生物である僕らも本当の生き物に比べれば、遥かに劣っているのかもしれないな」


と独り言のように呟いた。


 カイが落胆した様子の一角大雪兎に「そんなことないよ」と優しい言葉をかけるのを見て、ホトトギスが高らかに笑い始めた。


「お前、そんな当り前のことも知らなかったのか。人間の作る物は、どれもこれも自然の模倣品だ。」


 ホトトギスは、そこまで言うと、実験装置に取り付けられている人工ダイアを「あれを見てみやがれ」と言って指し示した。


「ここから見ると、一見何の変哲もないダイアモンドのように見えるが、あれは人間が科学の力で作り出した人工ダイアだ。殆ど不純物が入っておらず、透明度は高い。そして、結晶が均一で、天然のダイアより硬い。だがそれだけの代物だ。天然のダイアと違って、この実験施設にある人工ダイアは、大きさに差こそあるが、どれも同じだ。個性がないんだよ。面白味がないんだよ。それと同じように、自然の生き物の個体は、どれ一つ取っても同じ物はない。だが、人工的な生命は、工業製品のように、遺伝子操作をされた規格品なんだよ。個性がないんだよ。違いがないんだよ。どれも皆一緒なんだよ。お前は自分のことを一端の生命体のように考えているが、遺伝子操作された有機体の機械なんだよ。感情や知性だって、お前を作った人間がお前に与えた、言ってみれば、プログラムのようなもんなんだよ。畏れ入ったかこの兎野郎。」


 死屍に鞭を打つような、ホトトギスの容赦のない言葉であった。一角大雪兎は「僕らは生きているのだ。違う」と反論したかったけれど、反論できなかった。彼はただ大粒の涙を狂暴そうな目からはらはらと落とすだけであった。その姿を見て、ムジナがホトトギスに抗議した。


 父ちゃんが兎に何を言ったの、人間の言葉なので私には分からないけれど、兎が泣いているじゃない。かわいそうよ。さあ、父ちゃん、父ちゃんが正真正銘のゾンビなら、兎に謝りなさいよ。


「俺様がどうしてゾンビなのだ。」


 ホトトギスがムジナにそう言い返した時、彼は突然嘴から沫を吹き出し卒倒した。「苦しい。息ができない」と言って、喉を掻き毟りながら床の上を悶絶し始めた。ムジナは、いつものホトトギスの猿芝居だと思っていたけれど、ホトトギスはなおも喉を掻き毟り床の上を七転八倒した。


 どうしたということであろうか。セキュリティーシステムとタイマンの喧嘩をした時、脳を黒焦げにされた後遺症であろうか。それとも、腐った缶詰を次々と食べたせいであろうか。はたまたあの梅干しの缶詰がいけなかったのであろうか。


 あれほど酷いことを言ったのだから同情されないのも当然であったけれど、「どうせいつもの芝居でしょう」と彼に向けられている、ムジナの冷たい視線を受けながら、彼は自分の体の異変の原因を懸命に探っていた。そして、彼の支配下を離れた彼の饒舌な嘴がホトトギスの意に反することを口走り始めた。


「天然であろうが、人工であろうが、生命であることには変わりない。たとえそっくりそのまま同じ遺伝子を持った物がいるとしても、全てが同じではない。このことは、一卵双生児を見てみれば分かる。同じ環境、同じ教育、同じ食物を取りながら、全く別個な生命であり、性格も異なる。まして、違う環境で育てばなおのことである。全く違う人格、霊性を持っても何の不思議もない。そもそも、感情や人格、経験や知性は人によって違う。遺伝的形質が影響を与えることは疑いようのない事実であるが、それ以上に後天的な影響が大きいのも確かである。生まれが不自然な形であったとしても何も卑下する必要はない。そもそも、この世に生を受けたこと自体が素晴らしいことであり、意味を持っている。この世に不必要な存在は一つとしてない。一見無意味に思える存在が実は如何なる存在より意味を持った存在であることさえ数多い。だが、誤解されては困る。これはあくまで機能の面から言ったに過ぎず、どの存在が勝っているという意味ではない。如何なる存在も等しく意味を持った存在であり、光輝に満ちた存在なのだから。生きよ、我が子供達。一人で、そして、ともに悩み、苦しみ、泣き、笑え。それこそが生きている証なのだから。そのことを何も恐れることはない、我が子供達。」


 おのれ、セキュリティーシステム。ケーブルで俺の頭と直接リンクした時に、俺の脳に細工をしやがったな。これは断じて俺の言葉ではない。俺の嘴が俺の意思に反して勝手に喋ったのだからな。おのれ、コンピューターめ、良くも俺の嘴を人代にしやがったな。
 そう思った時、今度は、ホトトギスは食べた物を嘔吐し始めた。


 いや違う、あいつにそんな余裕はなかったはずだ。ならば、何故だろうか。きっと、怪しい物を次々と食べたから、俺様の嘴が脳に離反をしたに違いない。でなければ、俺様が兎野郎を慰めてやる言葉を吐くはずがない。これはあの梅干しの缶詰がさせた仕業に違いない。セキュリティーシステムもあれを味見したら気絶したからな。絶対そうだ。そうに違いない。


 なおも苦しみ悶える父親の下に、ムジナは、誇らしげに遣って来ると、こう告げた。


 さすがは私の父ちゃん。良いことを言ったみたいね。それでこそ正真正銘のゾンビの中のゾンビよ、父ちゃん。


「だから俺様はゾンビではないと言っているだろうが。」


 依然として彼の脳に反旗を翻し続けている嘴は彼の意に沿わないことをべらべらと口走っていたが、彼はムジナに目の光でそう告げた後、意識を手放した。


 それかしばらくして、ホトトギスは、鼻腔を擽るホトトギスマークの干物の匂いで息を吹き返した。ホトトギスが持っているホトトギスマークの干物は、そのプロトタイプと言える干物であり、一般に流通しているホトトギスマークの干物とは異なっていた。鳥類一の魚取りの名手であるカツオドリモドキが捕まえた魚に海水を汲み上げて天日で作った天然塩をだけを使い、彼が手間と暇を惜しむことなく作り上げた干物の中の干物と言える代物であった。軽く炙っただけであったが、そのえも言われぬ干物の匂いを嗅ぎ、これまで彼の意思に反乱を起こしていた彼の嘴もその矛を収めて、「ご飯だ、ご飯だ、嬉しいな」と陽気な声を上げ始めた。


 ホトトギスは、ムクリと体を起き上がらせると、先ほど造反を起こしていた嘴が脳味噌と同じ考えを持っていることかどうか確認するため、「テッペンカケタカ。特許許可局。ホトトーギス」と暫く囀り続けた。嘴の短い反抗期が収束したことを確認した後、彼は「ご飯だ、ご飯だ、嬉しいな」と小躍りしながら自分の席についた。


 負けず嫌いで矜持が天に到達するほど高いという点で、荷電粒子砲の直撃を受け今は角をなくしているが、一角大雪兎とホトトギスは良く似ていたが、ホトトギスが美味しい物を真っ先に食べるのに対して、一角大雪兎は、最後までそれを残し、ゆっくりと食べる習性を持っていた。結果、この様な騒動が必ず起きる。


 ホトトギスは、「干物はこうでなければいけない。天然塩だけを使い、後は、お日様にお任せするしかない。一見すると、運任せに見えるかもしれないけれど、これ以外に美味しい干物を作る方法があるであろうか。ホトトギスマークの干物は、太陽の恵みをそのまま閉じ込めているからこそ、美味しいのだなあ」と干物に関する蘊蓄を傾けながら、今や残り少なくなったプロトタイプのホトトギスマークの干物を舌鼓を打って食べていた。それを残さず食べ終えると、彼の正面の責の一角大雪兎が一口も干物に手をつけていないのを見て、もったいないことだと横取りしようとした。


 いつもならば、自慢の鋭い角で近付くと血祭りに上げるぞと威嚇することもできるのだが、如何せん、この時の一角大雪兎には角がなかった。彼は干物を死守するためにその上に覆い被さった。「馬鹿め、死ねえ」と叫び、嘴で一角兎の頭を突つこうとした時、彼の隣りに座っていたムジナが尾羽を銜えて引っ張り戻した。そして、弱い物苛めをしては、駄目なんだよ、父ちゃんと睨み付けてきた。


「あの兎野郎のどこが弱い物なのだ。何度も俺を殺そうとしたんだぞ。」


 ゾンビは死なないのよ。死んでいるのに生きているゾンビは殺せない。子供の私だって、それくらいのことは知っているわ。


 ムジナは、そう反論したものの、子供ながらに自分の論理が撞着していることに気付いた。


 あれ、ゾンビは生きているの、死んでいるの。父ちゃんは、ゾンビじゃないの、ゾンビなの。


 馬鹿が。ゾンビは、不条理な存在だから、生きていようが死んでいようが、どうでも良いんだ。理屈で分かる存在じゃないんだよ。理屈に合わないから、ゾンビなのだ。まあ、そのことを疑問に思うようになったのは、進歩と言えば進歩だが。一生そうやって頭を抱えて悩んでいろ。俺はその内に。


 ホトトギスが一角大雪兎の干物を横取りするために再び行動を移そうとした時、自分の頭ではその結論を導き出せないことに気付き、ムジナはホトトギスの体を自分の方に引っ張り戻しそのことについて尋ね始めた。


 ねえ、父ちゃんはゾンビなの。それとも違うの。それと、ゾンビは生きているの。死んでいるの。


「お前はゾンビを見たことがないから分からないだろうが、ゾンビの体は腐っている。だから、父ちゃんはゾンビではない。ゾンビが生きているか死んでいるかという問題だが、これは難問だ。ゾンビになるには、一度死なないといけない。だから、その意味では死んでいる。だが、腐った肉体に魂がしぶとく付き纏っている。だから、死んだ肉体とまでは言え、また、自然の摂理に反するが、霊魂がこの世への未練や恨みつらみで体を動かしているのだから、その意味では生きていると言えなくもない。だが、ここが重要だ。ゾンビは、この世の逸れ者だから、理屈で理解しようと思っても無駄なのだ。ゾンビが死んでいると思えば、本当に殺してやれば良いし、生きていると思えば、殺される前に逃げれば良い。お前の考え一つでゾンビが生きているか死んでいるかが決まると言うわけだ。」


 ムジナはなるほどと頷いたが、その時に、干物を目にして新たな疑問が生まれた。


 父ちゃん、魚はゾンビになるの。ならないの。


 予想だにしていなかったこの質問にホトトギスは大きく唸った。理屈の上では、本人の意志でなるか他人の意志でなるかと言う問題があるが、人間がゾンビになれる以上、魚がゾンビになっても何の不思議もない。とは言え、それはあくまで理論上の話で、魚がゾンビになったという話は聞いたこともなかったし見たこともなかった。そこで、ホトトギスは、誤魔化しであるが、最も現実的な話をした。


「もし魚のゾンビを見かけたら、食べてしまえばいいんだ。そうすれば、魚のゾンビという面倒な存在がこの世からいなくなってしまう。余計なことを考えなくて済むという寸法だ。自分の都合の悪いことには目を瞑る。現実を自分に都合の良いように引き寄せる。これぞホトトギス流の生き方だ。お前が俺の娘ならこの生き方を学ぶと良い。」


 ホトトギスは、彼女がなるほどと頷き、彼女の抱いていた疑問が全て氷解したのを確認してから、視線を一角大雪兎に戻した。だが、その時には既に一角大雪兎の干物がなくなっていた。



ホトトギスの華麗な一日 11章の続き1 [ホトトギスの華麗な一日]



 食料庫の中には、缶詰やレトルト食品、さらに、保存食が山積みにされていた。ホトトギスは、口をこれ以上ないほど大きく開き、ただ呆然とそれを見上げるばかりであった。狂暴な目付きをしている彼と不仲な一角大雪兎ではなく、彼とつい今し方まで壮絶な口喧嘩を広げていたセキュリティーコンピューターがそんな彼の姿を見てからかい始めた。


「馬鹿丸出しではないか。まあ、鳥だから、お頭が弱いのは仕方がないか。」


 その言葉で我を取り戻したホトトギスは、口の悪いセキュリティーシステムを無視して、山積みされている缶詰にパタパタと飛んで行き、てっぺんに舞い降りた後、賞味期限を見て唖然とした。


「賞味期限を既に八千年も過ぎているではないか。果たして食べられるものであろうか。」


 彼のその言葉を聞き、一角大雪兎の発した


「以前に食べられるのかと思って開缶して見たけれど、どろどろに溶けていたから、止めておいた方が良いぞ」


という警告に、兎野郎はきっとこの缶詰を一人占めしようとしてそんなことを言っているに違いない。そんな姑息な手に引っ掛かるものかと、つい今し方製造されたような真新しいラベルの絵を見ながらどれを試食しようか考え始めた。やはり、缶詰と言ったら、定番の桃缶であろう。どれがそうかな。ホトトギスは、桃缶を発見すると、その山を崩さないように慎重に一つ引き抜き、それを持って一行の下に戻っていった。それから、わくわくした表情を浮かべながら、嘴で猛烈な速度で桃缶を開けた。その瞬間、原形を既に留めていない粘度の高そうな液体が吹き出し、彼の体に付着した。


 これまで嗅いだことの無い物凄い匂いがした。その匂いに驚き、彼の側にいたムジナは、逃げ出し、十メートルほど離れた所で、鼻を前肢で押さえ地面に伏せてしまった。


 酷い匂いがするが、微かに甘酸っぱいような香がするじゃないか。見た目は悪いけれども、食べてみると案外美味しいかもしれない。発酵食品と言うのは、そもそもそういう物ではなかろうか。


 飽くなき食の求道者であるホトトギスは、思い切って、嘴に付着したどろりとした液体を舌で舐めてみた。そして、すぐに嘔吐した。


「醗酵しているのかと思ったら、ただ腐敗しているだけではないか。一体どんな製法でこれを作ったのだ。」


「だから止めろと言ったのだ。お前が聞かないから、そんな目になるんだろう。」


 激しく嘔吐しながら器用に文句を言っているホトトギスにその言葉を残し、食材を集めた一角大雪兎はカイと一緒にその場を去って行った。


 だが、ホトトギスは、それで諦めたりしなかった。これだけの缶詰があるのだ。その中の一種類くらい、食べられる物があるに違いないと信じて、次々に缶詰を開き、それを試食しては、吐き続けた。カニ缶、鮭缶、鮪缶、牛の大和煮に、コーンビーフ。蜜柑に林檎、パイナップル缶と、ありとあらゆる缶詰を開けては、吐き続けた。その都度馬鹿にしていた例のセキュリティーシステムもすっかり呆れてしまい、今や、何一つホトトギスに言葉をかけることはなかった。そして、ホトトギスは、紀州梅とラベルにでかでかと書いている缶詰を発見した。そして、そこには、賞味期間、製造から一万年、と赤く大きな字で書かれていた。彼は天にも昇る気持ちでそれを引き抜き、床に舞い下りた。


「梅干しの缶詰がある。保存食である梅干しの缶詰があること自体驚きだが、これなら大丈夫だろう。以前にこの世界に遊びに来た八咫烏から、千年物の梅干しを貰って一緒に食べたことがあったよな。随分と干からび、表面なのかからは塩が吹き出していたが、結構、美味しかった。千年物であれほどの美味しさなのだから、九千年物の梅干しはもっと美味しいに違いない。一つ試食してみるか。」


 ホトトギスの大きな独り言を耳にし、セキュリティーシステムがレンズを向けるのを待ち、ホトトギスは待望の梅干しの缶詰を開いてみた。驚いたことに、色鮮やかな梅干しがそこにあった。まるで漬けてから幾らも時間が経過していないように、梅干し特有の香までし、ホトトギスはその酸っぱい香で涎をぼとぼとと零し始めた。「頂きます。」彼は、両方の翼を胸の前で合わせ、正座をして、その梅干しを一つ啄ばんでみた。


 だが、それは信じられないほど不味かった。梅の色を鮮やかにする発色材に着色料、色褪せさせない防色材、腐敗や変質を押さえるありとあらゆる保存料の他に、舌を麻痺させるような化学調味料、純粋な塩、塩化ナトリウムなどなど、ありとあらゆる化学物質がふんだんに使用されていた。


 彼は、興味津々と彼の食事の光景を見詰めているセキュリティーシステムに気付かれないように、裏切られた思いから大粒の涙を一つ流し、超古代人が滅んだのは科学ばかりではなく、自然の恵みを忘れ、化学薬品を大量に使用した食品をするし続けたためではなかろうかと考え、改めて、自然素材だけを使った安全な食品の製造と販売を続けているホトトギスマークの社会的責任の重さを通関した。そして、これほど不味い物を自分一人が食べてはもったいないと考え、ライバルと言えるセキュリティーシステムにも御相伴させないとと思った。そこで彼は「何て美味しいんだ。この梅干しは。一人で食べるのはもったいないくらいだ」と梅干しを絶賛した。その言葉に、セキュリティーシステムが反応を示した。触手のような物をどこからか引っ張り出し、それをホトトギスの方にずるずると延ばし始めた。ホトトギスの後頭部を思いっきり叩くと、前に嘴からつんのめっているホトトギスから梅干しの缶詰を奪い取り、味覚センサーをその液体の中に插入した。そして、訳の分からない言葉を幾つも叫んだ後、システムがフリーズしてしまった。


 ホトトギスは、徐に起き上がると、フリーズしているセキュリティーシステムに「友達と言うのは、様々な苦しみを共有しないとな」と言い残し、カイと一角兎が昼食を調理している厨房へと向かい始めた。



ホトトギスの華麗な一日 11章の始まり [ホトトギスの華麗な一日]


 十一章



 実験施設の中には、様々な機械が所狭しと、だが整然と配置されていた。彼らが歩いている通路でさえ、博識のホトトギスでさえ目にしたことのないような機械が多数存在していた。ホトトギスは、頭を左右に動かし、一行の最後尾を歩いていた。三次元測定器のプローブである真球の人工ルビーがそんな彼の目に入った。


 お宝ではないか。俺様の目に狂いはなかった。


 ホトトギスは、一人ほくそえみ、彼の先を歩いている一行の姿を用心深く見た。誰もその存在に気付いていないことを確認した後、彼は、それをセイラへのプレゼントにするため、足音を忍ばせてこっそりと近付いた。三次元測定器の上にピョンと飛び乗ると、もう一度一行の方に目を遣り、その除去作業に取り掛かった。


 その作業に従事している時に、彼の頭の中を一つの疑問が過ぎった。


 この実験施設の全てを知っているような一角大雪兎がどうしてこの真ん丸のルビーを見過ごしたのであろうか。これだけの品なら破格の高値で取り引きされるに違いない。王に売れば、領土と爵位を手に入れることだって有り得ない話ではないだろうに、何故だろうか。


 ホトトギスの自問の答えはこうであった。


 所詮はこの狭い実験施設で育った世間知らずのお馬鹿兎。これがどれほどの価値を持っているのか知らないのだろう。如何にも有り得そうなことだ。


 ホトトギスは、一行の先頭を歩いている一角大雪兎の方をにやりと笑って眺めると、取り外した人工ルビーの鑑定に入った。


 ああ、この輝き、最高級のルビーだな。血の色のようなこの赤い色が何とも言えない。それにこの揃った肌理の細かいルビーの結晶がまた絶品だ。これほどの物は、世界中どこを探しても、二つと見付けることはできないだろう。


 ホトトギスの歓びも束の間、彼はあまりにも完成度の高く均質なそのルビーを訝り始めた。


 ちょっと待った、ちょっとおかしいのではなかろうか。天然のルビーは、これほど均質ではないはずだ。色合いを決める不純物の濃度に斑があるのが普通であり、しかも、加熱、冷却速度が周辺部と中心部で異なるために、結晶の大きさが場所によって異なるはずだ。それなのに何故であろうか。


 「うーん」と低く唸っている間に、彼の頭に正解らしき物が浮かんだ。


 そうだ、これには明らかに人間の手が加わっている。そうでなければ、これほど均質なルビーを作り出せるはずがない。天然物でなければ、用がない。こんな偽物、セイラには相応しくないものな。


 ホトトギスは、翼に持っていた真球の人口ルビーを三次元測定器の真っ平らな平板の上に置き、それを一角大雪兎の頭めがけて思いっきり蹴飛ばした。そして、何事もないように一行の後を追いかけ始めた。


 その後もその後も、ホトトギスがお宝と思い測定器具や実験装置から取り外した宝石はどれもこれも人工の物ばかりであった。全てが徒労に終わったホトトギスは、ぐったりと項垂れ、一行を実質的に取り仕切っているカイにお昼ご飯にするよう提案した。


「どうする、兎君。」


 優しい口調で問い掛けてくるカイの笑顔に、一角大雪兎もどこかぎこちない笑顔で答えた後、食いしん坊で美食家を自任するホトトギスが歓ぶようなことを口にした。


「もう少し行った所に、地下に続く階段があるのだ。そこを降りると、食料庫があるから、そこで何か美味しい物を見繕って、お昼ご飯にしよう。」


 食料庫、美味しい物、この二つの言葉を耳にし、すっかり当てが外れしょぼくれていたホトトギスに活力が戻った。彼は誰よりも速くその言葉に反応し、地下室にあるという食料庫を目指して駆け出した。その後ろ姿を見て、ご飯があることを確信したムジナが彼の後を負けじと追いかけ始めた。陸上生活に適応して進化したムジナとホトトギスが駆け比べをし、ホトトギスに軍配が上がるはずがなかった。瞬く間にムジナが彼に追いついてきた。仕方がない。そう決心したホトトギスは、ムジナと食料庫の食料を山分けする約束をして、彼女の背中に飛び移り一目散に食料庫を目指した。


 食料庫は、かつてこの実験施設に務めていた職員の日常的な食料になるだけではなく、地下にあることから分かるように、実験施設が核攻撃を受け、核シェルターに一時避難した職員の生命線を支える最重要施設であった。当然のこと、その入り口には、例のセキュリティーシステムが備えられていた。その前に辿り着くと、ホトトギスはムジナの背に乗ったまま一角大雪兎に教えられた通りに「テッペンカケタカ」と高らかに叫んだ。


 その魔法の言葉に扉が反応するはずであった。セキュリティーシステムが「間違いだ。何でも思い通りに行くと思ったら、大間違いだ。人生そんなに甘くない」と減らず口を叩くはずであった。それなのに、セキュリティーシステムは、うんともすんとも答えず、扉は硬く閉ざされたままであった。


 変だなあ、どうして反応しないのだろうか。何か合い言葉を忘れているのであろうか。


 ホトトギスは、父ちゃん、開かないよ、というムジナの冷たい視線を感じながら、スピーカーの取り付けられている所をじっと見詰めた。そこに小さなキーボードが取り付けられていることに気付き、ホトトギスはばつの悪い表情を浮かべた後、そのキーボードで「teppenkaketaka」と入力してみた。思ったように、パスワードの入力を迫るメッセージが小さな画面上に表示された。


「やっぱりそうか、また人を騙そうとは、性格の悪いコンピューターだ。」


「黙って聞いていれば人のことを糞味噌に言いやがって。性格が悪いのは、お前の方だろう、このすっとこどっこい。」


「何をう。悔しければ、そこから出てみやがれってんだ、このへなちょこ野郎。」


 ホトトギスは、口の悪いセキュリティーシステムを罵倒しながら、パスワードである「teppenkaketaka」を嘴で入力した。それに反応し扉は開き始めた。しかし、ホトトギスの言葉で傷付き臍を曲げたセキュリティーシステムは、「誰がお前のためにご飯を遣るもんか」と叫び、開き始めた扉を閉めた。そして、「お前なのか大嫌いだ。こうしてやる」と言って、彼のパスワードを勝手に変更してしまった。さらに、そのコンピューターは高らかに勝利宣言をした。


「二十桁だからな。お前がどう足掻いてもパスワードを探し当てることはできないぞ。ご飯が欲しければ、三遍回ってワンと言ってみろ。なら、考えてやらないことはないからな。」


 気位の高いホトトギスが負けを素直に認める訳はなかった。彼はポシェットからケーブルを取り出すと、それを頭につけて、インタフェースに接続した。


「俺様が素直に引き下がると思うな。これでシステムに直接接続したぞ。見てみろ、俺の演算能力を。」


 ホトトギスは、パスワードを探るために、順番に凄まじい速度で文字列を送り始めた。最初、余裕を見せていたセキュリティーシステムは、このままの速度で文字列を送り続けられると、一分以内に探り当てられることに気付き、「何なのだ、お前は」と驚きの声を上げた。


「ホトトギス様だ、憶えていやがれ。」


「お前のことを一応ライバルと認めてやろう。だが、これならどうだ。」


 セキュリティーシステムは、ホトトギスにそう語りかけるや否や、彼に負けじと彼のパスワードを変え始めた。


「汚いぞ、お前。さっきと話が違うじゃないか。」


「煩い。どんな手を使っても、勝負は勝てば良いのだ。勝利こそ意味があるのだからな。」


「ならば、これでどうだ。」


 ホトトギスは、全くランダムな二十文字の文字列を送り始めた。それに気付いたセキュリティーシステムも負けじとコンピューターが作り出した疑似乱数を用いて対抗した。一度で的中させることもあれば、永遠に合致しないことも有り得る。両者は持てる能力の全てを使い知恵比べをし始めた。異常加熱し始めたホトトギスの頭からは黒い煙が立ち昇り、実験室内の全てのコンピューターを用いてそれに対抗しているセキュリティーシステムのCPUは見る見るうちに白熱化し、実験施設が使用しているほとんどの電力を用いてその冷却に当たっていた。


「このままでは、お互いに熱暴走してしまうぞ。引き分けと言うことで、ここを開いてやらないこともない。どうだ、これで手を打たないか。」


 機械相手に引き分けるという事はホトトギスにとって屈辱以外のものではなかったが、このままでは、セキュリティーシステムの言う通り、彼の脳細胞とセキュリティーシステムのCPUが、熱で溶解する可能性が高く、セキュリティーシステムの休戦協定を飲まざるを得なかった。


「痛み分けか。癪ではあるが、その条件を飲もうではないか。」


「では、開こう。」


 ホトトギスは、食料庫の扉が完全に開くのを確認してから、そのセキュリティーコンピューターに「感謝の徴として贈り物を贈ってやろう」と微笑みかけ、彼に飛び切り質の悪いコンピューターウィルスを送付した。「くっ、苦しい。」その言葉を最後にセキュリティーシステムは、黙りこくってしまった。


「苦しい戦いであった。お前も良く頑張ったが、所詮、俺様の敵ではない。油断をしたお前が悪いのだ。」


 紳士協定を破ったことを一向に気にする素振りを見せず、セキュリティーシステムに騙まし討ちで完全勝利を収めたホトトギスは、満足そうにケーブルを外そうとした。しかし、こんなこともあろうかと、一系統だけシステムを隔離し、ウィルスの侵入に備えていたセキュリティーシステムは、それを用いて発症したシステムを初期化し、完全復活した。そして、ホトトギスの脳にケーブの許容限界を遥かに超えた電力を送り付けた。見る見るうちにケーブルは融け去り、脳味噌を黒焦げにされたホトトギスは、その場に倒れ去った。しかし、すぐさま脳味噌を再生させ、ホトトギスは置き上がった。そして、カイ達がその場に姿を現すまで、セキュリティーシステムと壮絶な罵り合いを繰り広げた。



ホトトギスの華麗な一日 10章の終わり [ホトトギスの華麗な一日]


 一角大雪兎と角付き駱駝が生まれ育ったという実験施設に近付くにつれ、信じられないような新兵器が現れた。命中精度が目的標的物から僅かに五ミリという多弾頭ミサイル、100m×100mの範囲を無人の野に変える、小さな子ロケットを持ったロケット弾。上空をフワフワと漂いながら目標物に近付いてくる風船爆弾、さらにレーザー光線など、ABC兵器以外の考えられるあらゆる兵器がことごとくホトトギスの体に殺到した。しかし、養女であるムジナにゾンビと断定されたホトトギスは全くの無傷であった。それどころか、そうした兵器の威力を確かめるように自ら当たりにさえ行ったりしていた。そんな彼の目の前にまたしても新しい兵器が現れた。


「はて、あれは何だろうか。」


 ホトトギスは暢気な声で彼から三百メートルほど後方にいる一角大雪兎に問いかけた。一角大雪兎は、カイに高く持ち上げてもらい、ホトトギスが羽で指し示している円形の巨大な構造物を凝視した。


「あれはサイクロトロンではないか。多分、中心部に超巨大な超伝導コイルかなんか置いてあって、それで荷電粒子を加速しているのだと思う。俺の推測だけど、核融合炉の点火装置じゃないないかな。」


「核融合炉の点火装置ね。じゃあ、何で俺の方にそれが向けられているのだ。俺が核融合炉なら話は別だが。今、何か光ったぞ。」


 そう言い終わる前にホトトギスの体を光速の何かが通り抜けて行った。そして、ホトトギスの体から出る時に屈折して、一角大雪兎の御自慢の角を瞬間蒸発させた。


「アチチチチ。」


「あっ、俺の角が無くなった。」


 雪の上を忙しく駆け回るホトトギスと、カイに持ち上げられたまま茫然としている一角大雪兎の声が同時に上がった。そして、それは再びピカッと光った。今度はホトトギスの嘴の半分ほどを瞬間蒸発させた。


「何なんだ、これは。これはちょっとヤバイかも。」


 珍しく弱気のホトトギスの声であった。その声で幾らか元気を取り戻し、一角大雪兎が大声を上げた。


「これはきっと荷電粒子砲だ。円形の加速器で荷電粒子を光速まで加速し、それを放出するのだ。」


「それでどうやったら、交わせるのだ。」


「光速なんだぞ。交わせるはずがないだろう。アニメじゃないんだ、これは。多分人類が作り出せる最後の兵器。これ以上の物を作り出そうとしたら、ブラックホールを地上に作り出すことくらいしかないと思う」


 その話を聞いて何か思い付いたらしく、ホトトギスはポシェットから鏡を取り出してそれを体の前面に置いた。


「お前、それでひょっとして跳ね返そうと考えているのか。光速と言ったって、荷電粒子は光じゃないんだぞ。そんな鏡で跳ね返せるはずがないじゃないか。」


 一角大雪兎がそれを言い終える前に、鏡は蒸発しホトトギスのお腹に巨大な穴が開いた。


「これはちょっと酷いんじゃないか。俺様は正義のヒーローだぞ。このままだと、俺様が負けてしまうではないか。それはそれとして、何かお腹のあたりがスースーするな。」


 ホトトギスは自分の腹部を見て唖然とした。


 これではご飯を食べてもお腹一杯にならないじゃないか。この穴から食べた物が出てくるだけじゃないか。いや、待て。ここから出てきた物をまた食べれば良いまでか。だとすれば、お腹一杯なることなく、無限にご飯を楽しむことができるな。そう考えれば案外便利な体かもしれない。だが、何かおかしいな。俺様はどうやってエネルギーを補給するのであろう。つまり、こう言うことになるのだろうか。ご飯は幾らでも食べられるけれど、栄養補給ができないから、飢え死にしてしまう。これは大問題ではないだろうか。


 そんなことを暢気に考えている間に、今度は彼の胸部に大きな穴が開いた。ホトトギスはその穴を見て訝った。


 肺が消えたのに、何で俺様は息ができるのだろう。まあ、それはそれとして、声を出すことはできるのであろうか。発声練習でもしてみるか。


「テッペンカケタカ。特許許可局。ホートトギス。何だ声は出るじゃないか。なら問題はなし。」


 今、気付いたのだけど、あれは固定式ではなかろうか。試しに一歩横にずれてみよう。


 彼の予想した通り、荷電粒子砲が放たれることはなかった。


 考えてみれば、そうだよな。あんなガタイの大きい物が動けるはずないもんな。虚仮脅しとはまさしくこのとではなかろうか。それはさて置き、そもそもあれが対生物兵器のはずがないもんな。戦車とかを対象に開発されたのだろう。なら話は簡単。


 ホトトギスは、なくなった体を再生させると、踊りながらその荷電粒子砲の発射口に近付いて行った。そして、最強の硬度を誇る彼の嘴で原形を留めないほど破壊した。



 艱難辛苦の末、ホトトギス達は実験施設の入り口に辿り着くことができた。そんな彼の前に実験室のセキュリティーシステムが立ちはだかった。彼は、ID番号の音声入力を迫るセキュリティーシステムの前で呆然と立ち尽くさざるを得なかった。


 このシステムは声紋分析もするのではなかろうか。それに、あそこにあるレンズを覗き込まされ、眼底の毛細血管の模様で本人照合をするのではなかろうか。だとすれば、このシステムを潜り抜けることは絶望的と言わざるを得ないのではなかろうか。


 ホトトギスは、腕を組み、どのような行動を取るべきか、その対策を練り始めた。


 システムを破壊し侵入すると言うのが最も簡単で現実的な方法ではあろうが、あまりにも芸がなさ過ぎる。優雅なことで世に知られているこの俺様がそんな野蛮な真似をしたら、あのホトトギスは嘴でシステムを破壊したのよ。野蛮ねえと、俺を知る者から後ろ指を差されるに違いない。それだけは何としても避けなければならない。それにだ、あの兎野郎に無能の烙印を押されるのも我慢できない。駄目で元々だし、試しに何か言ってみようではないか。


 ホトトギスは、「エヘン」と咳払いをしてから、思い付いた言葉を口にしてみた。


「テッペンカケタカ。隣りの客は良く柿食う客だ。」


 すると、それまで「ID番号を音声で入力して下さい」とひたすら繰り返していたセキュリティーシステムが如何にも残念そうな声で「惜しい。ちょっと間違っています。再度入力して下さい」と彼に語りかけてきた。


 人工知能でも使っているのであろうか。それとも、人間の感情を模したプログラミングでもしているのであろうか。珍しいシステムだな。それはさて置き、「テッペンカケタカ。隣りの柿は良く書き食う客だ」と言うのが惜しいと言うのだから、もう一度試してみよう。


「テッペンカケタカ。東京都特許許可局。」


「凄く惜しい。でも、ちょっと違います。再度音声で入力して下さい。」


「そうか。では、もう一度。」


 ホトトギスは、喉の調子を整えてから、もう一度音声入力を試みようとした。その姿を少し遅れてやってきた一角大雪兎が呆れた様子で見て、


「このシステムを開発した人間は、とんでもなく冗談好きだったのだ。どんなでたらめなID番号を言っても同じような言葉を返すぞ。それにそんないい加減なID番号があるか」


と言って、そのシステムに向かってこう命じた。


$
su - ikkakuooyukiusagi adduser teppenkaketaka teppenkaketaka


 するとそれまでの人懐こい声では違い無機的な声でセキュリティーシステムが


「パスワード、コマンドを確認しました。もう一度音声でユーザーはID番号を入力して下さい」


と返答した。その返答を聞いて、一角大雪兎が


「これで君はこの実験施設の全てのコンピューターの正式なユーザーだ。全てのシステムにログインできるぞ。ID番号は、teppenkaketaka、パスワードも同じくteppenkaketakaだ。試しにテッペンカケタカって叫んでみろ」


と言った。


 角を失い、ただの兎に戻った一角大雪兎に、果たしてそんな大それたことができるのだろうか、とホトトギスは訝ったが、特に否定する材料もなかったので、癪ではあったが試しに「テッペンカケタカ」と大きな声で叫んでみた。するとそれまでどのようなことをしても開こうとしなかった開かずのドアが、システムの「君は間違っている。ことが思うように進むと思ったら大間違いだ」と言う声とともに、静かに横に開いた。


 ホトトギスは大口を開き唖然とその光景を見詰めていたが、彼の方をじっと見下ろしている接眼レンズを指し示し、その正体を一角大雪兎に尋ねた。


「さっき言っただろう、このシステムを開発した奴はとんでもなく冗談好きだって。俺を見れば、馬鹿な奴は、このセキュリティーシステムは、厳重で、IDと声紋照合、さらに網膜パターンで本人の照合を行うときっと勘違いする違いない、と考えこれを作ったのだ。大体、実験施設の職員以外は、様々な兵器に守られたこの実験施設に辿り着けるはずがない。本当は、これも不要なのだけど、洒落で作ったんだよ。」


 それでは俺様がこのシステム開発者に弄ばれたという事ではないか。そして、俺様がお馬鹿だと言うことではないか。


 ホトトギスは、一行の全てがその場を立ち去っても、その場に呆然と立ち尽くしていた。だが、これほど厳重に守られているこの実験施設なのだから、きっと凄いお宝が隠されているに違いないと思い、物凄い速度で一行の後を追い始めた。



ホトトギスの華麗な一日 10章の続き3 [ホトトギスの華麗な一日]


 人形を受け取ったムジナは、それを地面に置き、暫くじっと見詰めていた。それが自分に飛び掛かってこないことを知ると、今度は鼻を近付け犬のようにくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。慎重に安全を確認した彼女は、鼻の頭で人形をひっくり返した。


 何よ、これ。全然、動かないじゃない。これじゃあ駄目よ。それにこのかわいらしい顔と服は何なのよ。気に入らないわ。


 ムジナが人形に手荒な真似をしないことを知り安心していたホトトギスの目の前で、人形が自分よりかわいらしい服を着ていることに嫉妬し始めたムジナは、その鋭い牙を人形の体に突き立て、破り始めた。
 あら意外と面白いじゃない。
 その光景を目にし呆然とその場に立ち尽くしているホトトギスの目の前で、彼女は夢中になってその服を破り去った。肌が露になった人形の姿を見て、さらにムジナの怒りは募った。


 何よこの人形。私よりおっぱいが大きいじゃない。絶対に許せないわ。こうしてやる、こうしてやる。


 ムジナは牙をその体に何度も突き立て徹底的な破壊を行った。原形を留めないほど破壊し尽くした後、彼女は、はい、父ちゃん、とその人形の体を銜えて、ホトトギスに返した。



 その後も、ホトトギスは、一行から少し離れた所を歩き、何度もその小さな体を吹き飛ばされながら、様々な品物を拾い集めた。子供の喜びそうな玩具やお菓子、大人の興味を引きそうなお金やアクセサリー、さらに衣服や食料。彼は小さな火傷を幾つも負いながらそれを拾い集めた。地雷原を抜け、辺りから品物が何も無くなると、彼はほくほく顔をしながら一行の下に戻ってきた。


「いやあ、ある所にはあるもんだな。これで当分の間は商品の仕入れをしなくて済むよ。それはそれとして、こっちを向いているあの鉄の筒は何なのだろうか。俺様が動くと一緒に動くんだよな。きっと俺様のことを気に入ったんだな。」


 ホトトギスはそれを指し示した。一行が視線をそれに向けた時、白煙が上がり、それから数秒後にヒュルヒュルと言う音を立てて彼らから三十メートルほど離れた所に何かが落ちてきた。ドカンと言う音を立て、大量の雪と土砂を舞い上げた。


「何だ、大砲か。驚かしやがって。」


 顔面をぴくぴくと引き攣らせている一行にホトトギスはそう話しかけた後、「ここは射程外と言うわけか」と至って暢気そうに呟き、体を正面に向けた。その時である。彼の一人娘であるムジナが彼の背後から猛然と突進して彼の体を勢い良く前方に突き飛ばした。彼は雪原の上をころころと転がりながら、親を親と思わないムジナの所業に激怒して「何しやがるんだ」と怒声を上げた。


 皆と違って父ちゃんなら大丈夫よ。私の父ちゃんは不死身だもん。


 ムジナの無責任な発言に激怒しながら、彼はなおもころころと転がっていた。そんな彼を雨霰のように砲弾が落ちてきた。さしもの彼も身の危険を感じたらしく、その中を駆け回り始めた。何度も砲弾に吹き飛ばされながらも、彼は悲鳴を上げながら逃げ回り続けた。逃げ回り始めてどれくらいの時間が経過した時であろうか。あれほど激しく砲撃を繰り返していた砲台から何も飛んでこなくなった。


「弾切れというわけ。まあ、あれほど次から次へと弾を撃てばなくなるわな。」


 ホトトギスが額の汗を拭いながら、そう言った時である。雪の中を掘り進んで砲台に近付いていた一角大雪兎が砲台の中にテルミット弾を放り込んだ。ピカッと光った後に、大地を揺るがすような轟音が辺りに鳴り響いた。


 何か嫌な予感がするが、俺様の勘違いであろうか。それに何か大切なことを忘れているような・・・。


 ゴーっという物凄い音が彼の右の方から聞こえてきた。


 はて、何であろうか。


 巨大な雪の塊がまるで河のように彼の方に向かって殺到してきた。「しまった、ここは雪山ではないか。俺様ともあろう者が雪崩のことを失念するとは、何たる不覚。」彼はそのまま雪崩に巻き込まれ深い谷底へと姿を消し去っていった。


 

 あれ程のことをされたのであるから当然と言えば当然であるが、ホトトギスは一言も発することなく押し黙ったまま夕食をとっていた。血は繋がっていないものの、さすがに、親の背中を押し囮に使ったことを反省したらしく、ムジナは彼の隣りの席でこっそりとご飯を食べていた。ホトトギスが一行より先に食事を済ませ「ご馳走様でした」と言って食器を片付けるため立ち上がろうとするのを見ると、お詫びのつもりで彼女の大嫌いなパセリを彼の前に置いた。

「これは何だ。ごめんなさいのつもりか。」


 そうよ、父ちゃん。ごめんなさいのつもり。


「そうか。」


 ホトトギスはそう言うとパセリを嘴で銜えた。そして、それを彼女の皿に戻すと、彼女の大好物である魚の煮物を奪い取った。


 何するのよ、父ちゃん。これは私のご飯でしょう。


「大嫌いな物を押し付けて何がお詫びのつもりだ。こういう場合は大好物を出すもんだろうが。良くまあ俺様にパセリを押し付けておいてごめんなさいのつもりだと言えるもんだ。その腐った根性を叩き直してやる。」


 ホトトギスはそう絶叫すると、猛烈な勢いでそれを食べ始めた。


 何するのよ。それは私のよ。


 ムジナは猛然とタックルを食らわしそれを奪い返そうとした。しかし、ホトトギスは、すぐさま体勢を立て直すと、あらぬ方向を見て


「あっ、あそこに虎がいるぞ。どうしたわけであろうか。お前に会いに来たのかもしれないな」


と嘯いた。どこ、どこ、とムジナが視線を逸らした隙に、煮物の乗っている皿を奪い、それを両方の翼で掲げ持ち、脱兎の勢いでその場を逃げ去っていった。


 父ちゃんを弾の標的にしたことは私が悪いかもしれない。しかし、子供のご飯を、しかも、大好物を腹いせに奪い取り、どこかでこっそりと食べる親がいるものであろうか。これが親の所業であろうか。犬畜生でもこんな振る舞いはしまい。


 ムジナは、ホトトギスが姿を暗ました方向を殺意の篭った目でじっと睨み付けていた。やがて、ムジナの煮物を食べ終えたホトトギスが満足そうな表情をしてそこに戻ってきた。彼女は、ホトトギスが隣りに腰を下ろすのを待ち、私の煮物を返してよ、と彼の体を思いっきり噛み付いた。


「親に噛み付くとはどういうつもりだ、この女郎。」


 私のご飯を取って置いて、何が親よ。どこの親が子供のご飯を取って食べるのよ。


 ムジナはさらに力を込めホトトギスの体に牙を立てた。彼がやがて口の中でピクリとも動かなくなると、彼女は、彼の体を銜えたまま少し離れた所で行きを掘り返しそこに彼の体を埋葬した。


 ああ、これですっきりしたわ。これだけ掘れば、父ちゃんも暫く蘇らないはずよ。


 彼女はすっきりした顔をして一行の待つ所に戻っていったのだが、何と、そこには埋めたはずのホトトギスの姿があった。しかも、唯一残っていた彼女の夕ご飯であるパセリを食べようとしていた。


 どういうことよ。確かに父ちゃんの体を雪の中に埋めたはずよ。それなのに、何で父ちゃんがここにいるわけ。


 彼女は、急いでその場を離れ、ホトトギスの体を埋めた所を掘り返した。やはり、そこにはホトトギスの冷たくなった体があった。


 えっ、どういうことよ。父ちゃんが死んでいて生きている。一体、どうしてなのよ。


 彼女は、頭を前肢で抱えながら、そのことについて一生懸命に考えた。そして、一つの結論に到達した。


 そうか、父ちゃんはゾンビだったのだ。だから、幾ら殺しても死なないのよ。だって、既に死んでいるんだものね。何だ、悩んで損したわ。だったら、明日も皆のために弾の標的になって貰わないと。


 悩みが全て解決し、ムジナは先ほど以上に意気揚々とその場から立ち去っていった。


ホトトギスの華麗な一日 10章の続き2 [ホトトギスの華麗な一日]


 その後もホトトギスは御難続きであった。無人戦車に追い回されるは、無人戦闘機に上空から狙い撃ちされるは、地雷を踏み上空に吹き飛ばされるは、とにかくありとあらゆる災難が彼の身だけに降りかかった。口径百五十五ミリの戦車砲の直撃を受けること二十三回、無人戦闘機の放ったミサイルの直撃は三十一回、対人地雷に至っては、既に百回を越えていた。その他にクラスター爆弾、燃料爆弾、対戦車ロケット弾などなど、ありとあらゆる兵器の攻撃に曝され続けた。お陰で彼の顔はすっかり真っ黒になっていた。


 それほどの攻撃に曝されながら、ホトトギスが身に付けている毛糸の帽子、マフラー、ハイソックスのような足全体を覆っている靴下、鹿革のブーツ、そして、彼の全財産が入っている肩から下げているポシェットのセイラグッズは全くの無傷であった。そのことを訝り、一角大雪兎が尋ねると、彼は「これにはセイラの愛情が篭っているからだ」と訳の分からない返答をしたりした。


 超科学兵器の攻撃に曝され続け、一行は遅めの昼食を取っていた。ホトトギスは、例によって猛烈な速さで自分の料理を食べ尽くすと、向かい合うように食べている一角大雪兎とその隣りに座っているカイの料理を窺い始めた。だが、彼のその行動を予期し、カイと一角大雪兎が共同戦線を張っているため、ホトトギスは隙を見出すことができなかった。彼は、しょうがないな、と横取りを断念し、良い物が落ちていないだろうかと辺りを見回し始めた。


 探索を始めてすぐに彼は前方五十メートルにかわいらしいお人形が落ちているのを発見した。さらにそこから二十メートル左に進んだ所に今度は飴玉の入った袋が落ちていた。ホトトギスは、信じられない思いでお人形と飴玉を瞬きすることなく見詰め始めた。


 何でこんな人里離れた山奥にお人形と飴玉入りの袋が落ちているのだろう。雪山登山者が帰りに荷物を減らすために捨てたのだろうか。だとしたら、自然景観を保護するために拾い集める必要があるな。それとも、不運続きの僕のことを神様が憐れんでこれをお恵みになったのであろうか。何れにしてもこれを回収する必要があるな。


 決断を下したホトトギスは、それらを横取りされないように、わざとらしく「腹ごなしのために食後の散歩に出掛けることにするか」と言って、立ち上がると、最初はさりげない足取りで歩き、一行から二十メートルほど離れると、一角大雪兎とムジナに横取りされないために大急ぎで駆け出した。


 その音を聞きつけ、一角大雪兎は視線をホトトギスに向けた。明らかに罠と分かるお人形に向かって一生懸命走っているのを見て、「ばか、そこには地雷があるぞ」と大声を上げようと一瞬考えたが、地雷を踏んで死ぬならとっくの昔に死んでいるな。たとえ止めたとしても、「さては俺様を出し抜きこれを一人占めするつもりだな。そんな姑息な手に引っ掛かるものか」とか言われるのが落ちだな。話し掛けるだけ無駄だな、と思い直し、最期まで取って置いた、軽く炙っただけのホトトギスマークの干物を美味しそうに食べ始めた。


 それから二秒ほどして、前方から凄まじい爆音がした。そしてそれから五秒後にさらに凄まじい爆音が山中に響き渡った。


「一体、誰がこんな山奥に地雷を捨てたのだ。危うく死ぬ所だったではないか。おそらく人通りが少ないから地雷をこっそり捨てたのだろうけれど、森の動物でもこれを踏んだらどうするつもりだ。かわいそうではないか。本当、世の中には道徳心のない奴等が多くて困ったものだ。環境保護団体にこのことを報告しなければいけないな。」


 拾い集めてきた人形と飴玉の袋を両脇に抱えながら、ホトトギスがそう言って戻ってきた。彼は座ると早速拾い集めた飴玉の袋を開封して、それを口の中に放り込んだ。


「なんだ、この飴は。人工甘味料を使っているじゃないか。しかも、ノンカロリー。これでは、幾ら食べても腹の足しになりはしない。やっぱり飴玉は天然の甘味料を使わないといけない。」


「そういうわりには随分と美味しそうに食べているではないか。」


 その姿を見て、カイが呆れた様子でそう言った。


「たとえ美味しくない飴玉でも、これを作った人間のことを考えると、粗略にはできない。俺はそう思って仕方なく食べているのだ。」


 ホトトギスは、そう返答したものの、決してその飴玉を他の人間に分け与えようとはしなかった。彼は、もう一つ口の中に放り込むと、それをポシェットの中に仕舞い込んだ。


 彼の養女になったムジナは、ホトトギスの抱きかかえていた飴玉を無心にねだっていたが、彼がそれをポシェットの中に仕舞うのを見ると、今度は、女の子らしくお人形に関心を示し始めた。しかし、プラスティック製の人形を目にするのが初めてであり、また、これまでにホトトギスが何度も凄まじい爆発に見舞われ木の葉のようにその小さな体を巻き上がらせるのを見ていたために、触れたら爆発するのではないかと、恐る恐るそれを見ていた。だが、沸き上がるような好奇心には逆らえ難く、彼女はホトトギスに人形をおねだりし始めた。


 父ちゃん、父ちゃん。何て言ったら良いのか分からないけれど、人の形をしているかわいらしいそれを頂戴よ。頂戴、頂戴。早く頂戴よ。


 プラスティックのお人形はどこにも売っていない。変わったお人形として売れば、かなりの金額になるに違いないと踏んでいたホトトギスは、子供だけができる愛くるしい表情をして彼の目をじっと見詰めているムジナを、当惑気味に見下ろしていた。彼が一途に愛を捧げているセイラや彼の盟友である品質管理部長達が見ていれば、その手前、ムジナに高値が期待できるその人形を渡さざるを得なかったであろうが、この頃ますます守銭奴の傾向が強まってきたホトトギスは、親子の情愛よりもお金を選択することにした。


「これは塩化ビニールと言って、燃やすと猛毒のダイオキシンを発生するとんでもなく危険な人形。それだけではないぞ。これの製造過程で様々な有害な化学薬品が使われていて、これを口に含んだだけで環境ホルモンが溶け出す。だから、将来、お前が丈夫で玉のような赤ちゃんが産まれなくなるかもしれないのだ。呪いの人形と言っていいな、この危険な人形を、父ちゃんのかわいいと娘であるお前に遣れるはずがないだろう。それにだ、これは女の子の人形だぞ。女の子の人形は男の子が遊ぶと決まっているのだ。女の子は、男の子の人形で遊ばなければならない。悪いことは言わない、この人形のことは諦めろ。」


 ムジナはホトトギスの理詰めの話に虚偽性を感知した。まして相手はムジナであり、話して分かる相手ではなかった。彼女はホトトギスの嘘を見抜き、じっとホトトギスの目を見た。その真摯な視線に耐え兼ね、ホトトギスの表情が微かに変化すると、彼女はホトトギスを脅迫紛いのおねだりを始めた。


 父ちゃん、額に汗が浮かんでいるよ。私を騙そうとしても駄目だからね。さあ、私にその人形を渡してもらおうじゃない。


 なんて勘の良い奴だ。まさに動物的な勘と言う奴だな。気紛れなこいつのことだ。すぐに飽きるに違いない。汚れれば、アンティーク人形として売れるかもしれない。何たって、これは何千年ものの人形だからな。


 ホトトギスは、人形をムジナに渡すことにした。



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