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セイラ2 エピローグのおしまい [セイラ2]

 ホトトギスが時折見せる癇癪を除けば、旅は順調そのものであった。予定より早く、セイラ達一行は、屍王が守る地下宮殿に辿り着いた。セイラが地下宮殿の入り口に入ろうとした時、彼女の右肩に止まっていたホトトギスが突然騒ぎ出した。

「ここは黴臭く空気が悪いから、入るのを止そうよ。」


 屍王リッチに三人組が盗み出した鏡を返却して、初めて仕事が終わるのである。ここまで来て何を言っているのかしらと訝りながら、セイラはホトトギスに視線を向けた。


「何を言っているのよ。ここまで来て引き返せるはずがないでしょう。さあ、行くわよ。」


「ここは空気が悪いよ。入るのを止そう。」


 ホトトギスが再び同じ言葉を彼女に返してきた。一体、何がこの中にあると言うのかしら。セイラは駄々をなおも捏ね続けるホトトギスを怪訝そうに眺めていたが、彼女の頭の中に一つの考えが浮かんできた。


 この地は歴史上から抹殺された禁断の地である。かつてこの世界に栄えた魔法王国の遺跡であり、その中には恐るべき力を秘めた古代の遺品が数多くある。この地の存在を誰にも知られないために、鏡を返した瞬間、口封じのためにリッチが襲い掛かってくることは十分に有り得そうな話であった。ひょっとしてそのことに気付きホトトギスは警告を与えているのだろうかと思い、セイラはホトトギスにそのことを尋ねた。


「地上最強のホトトギスである僕がセイラのそばにいるんだよ。脳味噌まで干からびているような、骨と皮ばかりのあんな薄汚い骸骨など、セイラに指一つ触れさせるはずがないでしょう。」


 なら、どうして、ここまで中に入ることを強硬に拒むのか、セイラには理解できなかった。


「なら、どうしてよ。」


 痺れを切らした様子でセイラがそう詰め寄ると、ホトトギスはポシェットの口をしっかり両方の翼で抑えそれを死守する姿勢を見せ始めた。


「ひょっとして、あんた、鏡を返すのが惜しくなったんじゃないでしょうね。それで、色々な因縁を付けて、この中に入るのを邪魔しようとしているんじゃない。」


「嫌だなあ、僕がそんなことを考えたりするはずがないでしょう。単に、ここの空気が悪いから、中に入りたくないだけだよ。」


 ホトトギスはそう苦笑していたが、やはり、ポシェットの口を両方の翼で抑え、それを死守する姿を見せていた。その守銭奴ぶりに呆れながら、セイラは自分の財布から一枚銀貨を取り出すとそれを彼に差し出した。


「これは銀貨よ。あんたの持っている銅貨とは違って、きらきら輝いていて綺麗でしょう。どう、これとその鏡を交換しない。」


 豪華な宝石を幾つも鏤めれた、純粋に工芸品として見ても相当な価値を有する古代の鏡である。セイラは銀だと思っていたが、この鏡は金より貴重な白金でできており、とても銀貨一枚で購入できる代物ではなかった。それを高々銀貨一枚と交換しようと言っているのだから、ホトトギスは開いた口が塞がらなかった。


「何て欲張りなのよ、あんたは。じゃあこれに銅貨を一枚付けるからどう。これだけあれば、おやつを一杯買えるわよ。」


「この鏡がどれくらいの価値があるのか、セイラは全然分かっていないでしょう。そんなはした金でこれが買えると思っているの。鳥の格好をしているからって、僕を馬鹿にしないでよ。」


 ホトトギスは、セイラの交渉に応じる気色を見せなかった。


「じゃあ、これに金貨を後一枚付けるわ。これだけあれば十分でしょう。幾ら粘っても、これ以上は出さないわよ。」


 セイラの言う通り、これ以上粘ってもセイラがこれ以上のお金を出すとは考え難かった。それに加え、彼が渡すまいと幾ら頑張ったところで、どの道、返さなければならないのである。金、銀、銅貨が一枚ずつ。古代の鏡の代価としては随分と安く感じられたが、彼の一月のお小遣と比較すればかなりの金額であり、彼はここが売り時と判断した。


「まあ、セイラがそこまで言うのなら、仕方がないね。この鏡からあの化物が抜け出した時点で、鏡は僕の所有物になっていたんだけど、セイラに特別に渡すことにするよ。」


 ホトトギスはそう言うとポシェットの中から鏡を取り出し、セイラに渡した。彼から鏡を受け取ったセイラは、それを自分の荷物の中に大切に仕舞ってから、地下宮殿に入っていった。


 鏡を取り返してきた彼女達を歓迎するためであろうか、真暗であった地下宮殿への通路に次々と灯かりが点いていった。セイラは、地下宮殿の主の粋な計らいに感心した様子で、彼女の右肩に止まっているホトトギスに声をかけた。


「きっと私達のことを歓迎しているのね。」


「ふん、どうだか。脳味噌まで干からびているあの骸骨野郎にそんな殊勝な気持ちがある訳がない。単なる偶然、偶然だよ。」


 理由は分からないが、ホトトギスは過去の地下宮殿の主であるリッチに悪感情を抱いているようであった。ホトトギスは以前からリッチと面識があったようだったし、きっと、リッチと何か悶着を起こし、その時にこの地下宮殿の主であるこっぴどい目に会ったのであろう、などと考え、リッチに対する悪口をなお言っているホトトギスの姿を眺めていた。そして、悪口が終わると、ホトトギスに問いかけた。


「リッチと何かあったの。」


「あんな骨と皮の骸骨野郎と僕の間に何があると言うのよ。変な言い掛かりを付けないで貰いたいね。」


 リッチと関係があると邪推されたのがよほど心外であったらしく、そう言い終えると、ホトトギスは彼女の右肩からぴょんと飛び降りた。そして、その憂さ晴らしのために、嘴で壁に幾つも穴を穿ち始めた。


「何をやっているのよ、あんた。そんなことをしたら、リッチが怒って出てくるでしょう。」


「なら、最奥部まで行かないで済むのだから、なおのこと結構じゃない。」


 ホトトギスは、セイラにそう答えると、彼女の制止の声を完全に無視し、さらに壁の破壊工作に精を出し始めた。幾つも巨大な穴を壁に穿ち、「出てこい、骸骨野郎」と罵り続けた。ホトトギスの破壊工作に観念したというわけではないだろうが、その甲斐があって、リッチが忽然と一行の前に姿を現し始めた。ホトトギスは、徐々に実体化して行く屍王の様子に「ふん、気取りやがって」と毒突いた後、さらに大きな穴を穿ち、ようやく彼女の右肩に戻っていった。


「のろまめ、これだから臭い骸骨野郎は嫌いなんだ。」


「随分なもの言いだな。」


「ふん、臭い骨野郎にはこれで十分だ。」


 リッチは少し厳しい目付きでホトトギスを一瞥した後、鏡の入っているセイラのバックに目を転じた。暫くそれを見詰めた後、鷹揚な口調で「どうやら、取り返したようだな」とセイラに語りかけてきた。


 何処か威圧的で、不気味ささえ感じさせる、そんな声であった。セイラは、その威厳に満ちた声に萎縮した様子で、体をピクリと反応させた。そして、彼女は慌てて自分の荷物から鏡を取り出し、それを手渡そうとした。しかし、彼女の方に差し出している骨と皮だけのリッチの手を見て、年頃の女性らしく、思わず反射的に鏡を持つ手を引っ込めてしまった。


 その一部始終をセイラの右肩から眺めていたホトトギスは、気が利かないリッチをせせら笑った。


「やっぱり、お前の脳は、既に溶け、お前の鼻の穴から流れ出たみたいだな」と啖呵を切った後、視線をセイラに戻した。


「いきなりあんな小汚い手を見たら驚くのは当然だよね。僕が替わりにこの骸骨野郎に鏡を渡してやるから。」


 ホトトギスはそう言った後、セイラから鏡を受け取り、それを嘴にしっかり銜えパタパタと盛大な羽音を立てて舞い上がった。そして、リッチの真上に差し掛かると、嘴を開きそれを落下させた。


「返したぞ。」


 言葉短にそう言った後、ホトトギスはパタパタとセイラの右肩に戻った。それから、さっさと帰れとでも言いたそうな物騒な目付きをしてリッチを睨み付けた。


 リッチは、ホトトギスに臆することなく、手の中にある鏡を暫く眺めていた。その鏡の真偽を確かめているのかと思われた。今リッチが見詰めている鏡は本物であった。しかし、鏡に宿っていた正体不明の化物が消滅し、その鏡から魔力は失われていた。ひょっとしたら、これではないと言い出すかもしれない。セイラは、固唾を飲んで事の成り行きを眺めていた。


「すっかり変わってしまったが、確かにこれだ。まあいい、返ってこの方が都合が良いか。」


 リッチは、呟くような小さな声でそう言った後、視線を鏡からセイラに戻した。


「礼を言わなければならないな。望みを言え、出来る範囲で叶えて遣ろう。」


 魔術師であるクロウリーには何か望みがあるかもしれなかった。しかし、依頼された仕事を完遂し、その成功報酬を既に宰相から受け取っていた。また、異質なものを含んでいるように感じられるここの空気から一刻も早く離れたいと思っていた。そこで、セイラは、「何もありません。それでは、これで失礼します」と言って、リッチに背を向けた。


「そうだ、そうだ。お前のような薄汚い野郎に、俺様のセイラがお願いをするはずがないだろう。一昨日、来やがれ。」


 おそらく、ホトトギスは後ろを振り返り舌か何かを出し悪態をついているのだろう。セイラは、彼のその姿を想像し、口元を僅かに綻ばせ、外を目指し歩き始めた。



セイラ2 エピローグの始まり [セイラ2]

エピローグ

 王都に一旦戻り、依頼主である宰相に事件の経緯を報告した後、セイラ達は、鏡を屍王に返すために彼の住居である地下宮殿へと向かうことになった。だが、今回の旅にカイが同行することはなかった。カイがいないことを寂しく思うセイラとは対照的に、ようやく目の上のたんこぶと言えるカイがいなくなり、ホトトギスは頗る上機嫌であった。しかし、その上機嫌も何時までも続かなかった。彼は牛の頭の上に止まりながら、牛の手綱を引いているクロウリーを剣呑な目付きで睨み付けた。


「何でお前のような能無しがノコノコ付いて来るんだ。カイのように大人しく王都で待っていろ。」


 魔術史上、永久活動体である屍王リッチになることに成功した魔術師は五指にも足らない。進んでなりとは思わないが、ネクロマンサーのクロウリーにとって、屍王リッチは憧れにも似た存在であった。そのリッチに再会できるのである、報酬がなくても会いたいと思うのが魔術師として当然の行動であった。それだけでなく、ひょっとしたら、伝説の大魔術師である魔術の手ほどきを受けられるかもしれないという目論見も彼にはあった。万難を排してでも、リッチに会いに行くのは当然のことであった。しかし、そのような理屈を言っても、焼き餅焼きのホトトギスが納得するはずがない。そう考えたクロウリーは、ホトトギスに意味深な笑みを投げかけた後、彼にこう語りかけた。


「旅は道連れ、世は情けと言うじゃありませんか。仲間が多い方が旅は楽しいと古くから決まっているのですよ。それに、あなたがセイラさんに変なことをしないように見張れと、カイ君に頼まれましたしね。」


「俺様がセイラにどんな変なことをすると言うのだ。妙な言い掛かりを付けると、悪の魔術師として退治するぞ。」


 クロウリーが予想していた通りの言葉がホトトギスから返ってきた。この世の誰よりも博識で聡明ではあるが、幼児気質のホトトギスの行動は案外予想がし易かった。一女を持つ父親であるクロウリーにとってホトトギスの行動パターンは手に取るように理解できた。


「ならば、私がいたとしても、何の問題もないでしょう。それとも私がいたら、何か都合の悪いことでもあるんですか。」


 即座に返ってきたクロウリーの質問の返答に、饒舌のホトトギスは珍しく口篭もってしまった。ブツブツと何やら呟いた後、彼に向かった負け惜しみとも取れる言葉を吐いた。


「お前の存在自体が気に入らないんだ。特にお前のへらへらした顔が気に入らないんだ。」


「そんなことを言っても、生まれつきこの顔なんですから、どうしようもないじゃありませんか。」


 二人の口喧嘩にうんざりした様子で、セイラが喧嘩の仲裁に入った。


「いつまで馬鹿な口喧嘩をしているのよ。それよりこっちにいらっしゃい。」


 セイラに手招きされて、ホトトギスは彼の指定席と言えるセイラの右肩に飛び移った。たったそれだけのことであったが、彼の機嫌はすぐに良くなった。ホトトギスは、厚い雲の割れ目から差してきた春を感じさせる柔らかい陽射しを全身に浴び、視線を木々の枝に移した。


 立春を迎えたとは言え、それは暦の上の出来事であり、周囲は一面の雪景色であった。そのため、ホトトギスは春を実感できないでいた。何気なく目を転じた木の枝であったが、そこには春の息吹と言える新芽が微かに出ていた。暦の上の出来事と思っていたホトトギスは、春を実感し、その感動をセイラと共有しようと考え、新芽を右の翼で指し示し、セイラに声をかけた。


「見てよ、セイラ。新芽が出ているよ。」


「あっ、そう。」


 セイラはそう言ったきりで視線さえ向けようとしなかった。


 年頃の女の子なら、季節の移ろいに一喜一憂するのではないか。「本当ね、すっかり春らしくなってきたわね」とか言うのではないか。それなのに、そのような受け答えがあっていいものであろうか。それでも、ホトトギスは、セイラが自らの非に気付くかもしれないと思い、もう一度「見てよ、セイラ。新芽が出ているよ」と話しかけた。しかし、セイラから返ってきた言葉は、先にもまして彼の心を傷付けるものであった。


「煩いわね、本当に。それがどうしたと言うのよ。」


「春がもうちかくまで来ているんだよ。セイラは、何とも思わないの。」


「忙しいんだから、一々詰まらないことで、私に話しかけないでよ。」


 あまりにも冷たいセイラの言葉を受け、ホトトギスは円らな瞳に涙を浮かべた。


「確か、古歌にこんなのがあったよな。


 雪のうちに 春は来にけり 鶯の こほれる涙 いまやとくらん


 鶯の涙が春の風で融けると言うのに、僕の涙は未だ凍ったままだな。何て哀しいのだろう。そうだ、歌でも詠もう。」


 ホトトギスは、呟くような小さな声でそう独語すると、右の翼の羽を折りながら、歌の語調を確かめ始めた。


 おしなべて 春日(はるひ)は人を 照らすてふ 我が心には いつ春の来む


 池に張る 堅きひもも 何時かとく 思へど君に 春や来るらむ


「できた、傑作だ。」


 彼がそう叫ぼうとした時、彼の姿を見付けた一羽の鳥が枝から猛然と襲いかかってきた。頭の上に大きな糞を落とされたホトトギスは、悠然と彼から去って行く鶯の姿を見て驚いた。


「何で、鶯が僕の頭に糞をするんだ。こんな馬鹿な話があっていいのだろうか。」


「日頃の行いが悪いからよ。きっと、あんたに悪戯をされた恨みを晴らしたのよ。」


 セイラが彼の頭の上の糞を指差して笑っていた。ホトトギスの姿になったのは、セイラを見かけてからのことであり、鶯に怨みを買うのような覚えはなかった。ホトトギスは釈然としないまま「そんな筈ないでしょう」と言って、鶯が枝の上で彼を睨み付け威嚇しているのを眺めていた。


「友達から聞いた話なのですが、ホトトギス科のカッコウやホトトギスは、確か托卵の習性があるのでしたよね。さっきの鶯は、きっと、それであなたに攻撃を仕掛けたのですよ。」


 クロウリーの話を聞いて、一応、ホトトギスは納得したものの、このあたりには鶯はいないはずであったし、また、繁殖期にはまだ早くて、巣を構えてもいないはずであった。ホトトギスは、何処か釈然としないものを感じながら、「特許許可局、テッペンカケタカ」とかしがましいまで鳴き始めた。それに呼応するかのように、今度は鶯が「ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョ」と鳴き始めた。


 春を代表する鶯と夏のホトトギスの二大饗宴であった。風雅を愛する人間なら、財産を全て手放しても、春まだ早い頃に鳴く、鶯とホトトギスの鳴き声を聞きにやって来たであろう。しかし、セイラは彼の哀愁を帯びた鳴き声に聴き耳を立てることなく春を告げる鶯のきらびやかな鳴き声に耳を澄ませていた。


「綺麗な声ね。あんたなんか、足元にも及ばないわね。それにあの緑色の体も素敵だわ。」



セイラ2 12章の終わり [セイラ2]

 感動的な一場面と言えなくもなかったであろうが、如何せん、セイラに付き纏っているホトトギスは不死身であった。原形を止めないまでその身を切り刻んだりしても、完全に体を消滅させられたとしても、地獄の亡者さながらに、一陣の生暖かい風でも吹けば、すぐさま再生する。それ故に、並外れた力を有している正体不明の敵の攻撃の直撃をくらったとは言え、永久活動体とも言うべきホトトギスがそれくらいのことで絶命するはずがなかった。

このことを良く知るセイラは、床に転がっているホトトギスの亡骸を一度強く踏みつけてから、彼に罵声を浴びせ掛けた。


「いつまで死に真似を続けているのよ。さっさと目を覚ましなさい。」


「折角の名場面なのに、このリアクションはないでしょう。」


 ホトトギスは、黒焦げの姿のまま体を起き上がらせると、両方の翼で汚れた体をぽんぽんと叩いた。それから、鋭い眼光で、愛しいセイラに攻撃を加えた不貞の輩である怪しい影を睨み付けた。


「どうやら、ただの鳥ではないようだな。では、これはどうだ。」


 怪しい光で全身を包んでいるその影がそう言った時、息絶えた三人の顔が両方の腕と腹部に浮かび上がってきた。そして、その三つの顔が同時に呪文の詠唱に取りかかった。


「これが伝説の『唱える顔』と言われる秘法ですか。いやあ、こんなものが見られるとは魔術師冥利に尽きますね。」


 戦いの最中だと言うのに如何にも暢気なクロウリーの感嘆の声を耳にして、セイラは彼に怒鳴り付けた。


「戦いの最中なのですよ。少しは真面目になって下さい、クロウリーさん。」


「これでも私は真面目なのですが。」


「何処が真面目なんですか。」


 セイラは、語調を強め、さらに彼を怒鳴り付けた後、「ところで、クロウリーさん。『唱える顔』というのは、何なのですか」と質問した。


「魔術は極度の集中力を必要とするために同時並行で幾つもの術を発動することはできません。まあ、人間には口が一つしかありませんから原理的に一度に一つの呪文しか詠唱できないという事が最大の原因なのですけれど。それだけの魔力を有していればという前提つきですが、口が幾つもあれば同時並行的に口の分だけの魔術を放つことができます。そして、その役割を担うのが「唱える顔」。どのようにそれを体に吸収するかという問題はありますが、何らかの手段で手に入れた人間の顔に魔術儀式を行い、それを使役して呪文を唱えさせるのです。禁断の魔法ですが、そうすれば、凄い威力の魔法を繰り出すことができます。」


 クロウリーの説明が終わるのとほぼ同時に、魔術儀式によって目や耳などを塞がれている三つの顔が呪文の詠唱を同時に終えた。それと時を同じにして、火炎と氷塊、さらに巨大な雷が互いに干渉しながらホトトギスの体を直撃した。火と水、さらに風の三要素の属性を持ったその攻撃は、単発のそれとは全く違い、凄まじい閃光と爆音を轟かせホトトギスの体を取り囲んだ。


「グエーッ、苦しい。」


 今までセイラが耳にしたことのないようなホトトギスの苦悶の声が彼の体を取り囲んでいる巨大な光球の中から聞こえてきた。不死身のホトトギスが死ぬはずがないと思いながらも、常識の範囲を逸脱した攻撃に曝されホトトギスが上げている苦悶の声に、セイラは一抹の不安を覚えた。そして、彼女は思わず「ホトトギス」と大きな悲鳴を上げた。


 ホトトギスの体を包んでいた光球が消滅した時、どうしたことか、先程の攻撃を受け黒焦げになっていたホトトギスの体が綺麗になっていた。セイラは、信じられないといった顔をして、一毛も損ずることなくその場に立っているホトトギスの姿に自分の目を疑った。


「何であんた、無事なのよ。それに、どうして体が綺麗になっているのよ。」


 無事であることがいけないとでも言いたそうなセイラのその発言に気を悪くした様子で、ホトトギスが恨めしそうにセイラの方を横睨みしていた。しかし、ホトトギスのこの視線に極まり悪さを覚え、セイラは苦笑して彼にこう話し掛けた。


「あんたがこのままいなくなって欲しいなどと考えたわけじゃないのよ。ただ、さっきの攻撃を受けて無事なのが不思議なだけだったから、そう言っただけよ。」


「どうだか。」


 ホトトギスは、不信感を露わに投げやりにそう言うと、視線の先を怪しい影に向けた。


「なんだ、お前の手品も大したことないな。それでおしまいか。」


 ホトトギスの余裕に満ちた不遜の響きのあるその言葉を耳にし、怪しい光に包まれているその影は動揺の色を隠せないでいた。しかし、プライドを痛く傷付けられたようで、「ならば、これではどうだ」と言って、今度は、自分の口と三人の口、都合、四つの口で地水火風の四元素の属性を持つ呪文を唱え始めた。


 必殺の呪文を放つため、その影は全神経を呪文の詠唱に集中していた。このため、その影はカイが背後に回っていることに気付かなかった。通常の物理攻撃ならば霊的なエネルギー的な存在と言うべき物質とは異なる存在形態であるその影は傷つことがない。このため、その影は剣を持つ人間の力をあまりに過小評価していた。そんな男の体を、気合い一閃、カイが背後から切り付けた。神秘の力を秘めたカイの剣はその男の体をザックリと斬り裂いた。そして、斬り裂いた傷口から様々な色の光が噴出し始めた。


「私に何をした。」


 男は、そう断末魔の叫びを上げ、怨念の篭った視線をカイに向けながら、体を包んでいた光を急速に弱め、それから間もなく消滅した。


 これでは、自分はカイの引き立て役ではないか。この様な落着の仕方は断じて受け入れられない。ホトトギスは手柄を横取りする格好になったカイを口汚なく罵り始めた。


「敵の背後から斬りかかるとは、お前はそれでも剣士なのか。そんな真似をして、腰の剣に恥ずかしいとは思わないのか。恥を知れ、恥を。」


 それだけではカイに対する怒りは収まらないらしく、その後も、ホトトギスは頭に浮かんだ辱めの言葉を全てカイにぶつけ続けていた。


 ともあれ、これで事件は解決である。決して後味のいい解決の仕方ではなかったけれど、依頼された事件が終わったことに変わりはなかった。セイラは、暫く口汚なくカイを罵るホトトギスの姿を眺めていたが、やがてそれにも厭いて、彼の饒舌な嘴を噤ませるために軽く背中を蹴った。


「何をするのよ、セイラ。」


「何をじゃないでしょう。」


 セイラは、振り返ったホトトギスにそう怒鳴り付けた後、床に転がっている鏡を指差した。


「ところで、あれは人間が持って大丈夫なものなの。」


「人間が作った物だから持っても大丈夫だよ。それに、鏡に宿っていたあいつもいなくなり、もう、ただの鏡だよ、あれ。」


 ホトトギスは、そう言った後、鏡に向かいゆっくりと歩き始めた。何をするつもりなのかとセイラが怪訝そうに見守る中、彼は、幾つもの宝石を鏤められた古代の鏡を拾い上げると、セイラにニッコリと微笑みかけてそれを自分のポシェットの中に仕舞い込んだ。


「事件も解決し、この鏡もただの鏡に戻ったことだし、あの汚らしい死に損ないにこれを返す必要もないね。だから、これは僕のものにしよう。そして、これを売り払って、南の島に僕とセイラの愛の巣を構えようじゃない。




セイラ2 12章の続き12 [セイラ2]

驚愕

 ホトトギスの嘴が結界に触れた時、結界の表面が虹色に輝きだし、その表面が小刻みに震動した瞬間、凄まじい閃光と爆音を立てて結界が消滅した。その衝撃で、ホトトギスの嘴が壁に衝突する前に部屋を隠していた通路の壁が崩落した。濛々と上がる白煙と砂埃が止んだ時、信じられない光景がセイラの目に入った。


 屍王から古代の秘宝である鏡を盗み出した三人組が鏡を中心にして既に息絶えていたのだ。彼らがどうして死んでいるのか理解ができなかった。それに増して、この様な事件の決着があっていいものかという思いから、セイラは三人の亡骸を力なく見詰めた。


 職業柄屍体や死霊に慣れているのであろうネクロマンサーであるクロウリーが、ここで何が起きたのか確かめるために、茫然自失の体でその場に立ち尽くしているセイラの隣りを通り過ぎようとした。


「オーパーツの真の恐ろしさを知らないのだから、素人には困ってしまう。」


 如何にもクロウリーを小馬鹿にした様子で、ホトトギスが呟くようにそう言った。


「何かあるんですか。」


 ホトトギスに魔術の素人呼ばわりされた反感も幾らかはあったであろうが、むしろ好奇心を刺激された様子でクロウリーは足を止めるとホトトギスに視線を向けて、そう言った。


「では、あの鏡が何かしたとおっしゃいたい訳ですね。どのような力があの鏡にあるのか、宜しかったらご教示願いませんか。」


 若干慇懃無礼なものを感じたけれど、ホトトギスは背負っていた荷物を徐に降ろした後、視線の先をクロウリーに向けた。


「何で俺様がお前にそのことを教えなければならないんだ。教える理由も必要もない。それに、聞いてどうしようというのだ。」


 ホトトギスはクロウリーを突き放した後、意地悪い笑みを浮かべた。


「ここに倒れている三人を見ろ。これは、人は己に余る力を手に入れてはいけないという教訓だ。お前もここにいる三人のように物言わぬ骸になりたいのか。まあ、お前がどうなろうが、俺様には関係ないが、お前のような蛆虫でも死ねば、セイラが悲しむだろうが。」


 聞くなと言われれば、聞きたくなるのが人情である。そこまで計算していたのか、クロウリーの顔にその鏡に対する興味の色がありありと浮かんできた。だが、ホトトギスは、クロウリーから視線を離すと、セイラの方へと歩き出した。


 セイラは、自分の方に覚束ない足取りで近付く彼の姿を見ながら、ホトトギスの真意を訝った。


 どういう理由からか分からない。単なる気紛れなのかも知れない。何故、ホトトギスがそのようなクロウリーにそのような警告を与えたのか、セイラには理解できなかった。しかし、セイラが訝ったのは、それとは別なことであった。


 セイラは、ホトトギスが彼女の右足に抱き付き頬擦りしているのを眺めながら、何を企んでいるのかホトトギスに尋ねた。


「親切心からだよ、セイラ。クロウリーは、死霊やゾンビを扱う薄汚い悪の魔術師で糞尿の中を蠢く蛆虫にも劣る存在だけど、それでも一応旅の仲間でしょう。あの鏡に魂でも抜かれたら、目覚めが悪いじゃない。」


 彼の発した「鏡に魂を抜かれる」という言葉に強く反応し、セイラは声を荒げた。


「あの三人は鏡に魂が抜かれるというの。そんな馬鹿なことがある訳ないでしょう。」


「それじゃあ、まるで、僕が嘘を吐いているみたいじゃない。どうして、僕がセイラに嘘を吐かなくちゃならないのよ。」


 ホトトギスが、セイラの右足にしていた頬擦りを一旦止めると、不満そうに頬を膨らませてセイラの顔を見上げてそう言い返してきた。悪戯好きであるが、ホトトギスは、この様な際どい嘘を吐くことはない。このため、セイラは、一瞬、ホトトギスの返答に窮したが、鏡の周りに息絶えている三人の亡骸を一瞥した後、ホトトギスにこう返答した。


「あんたが嘴で結界を破った際に生じた爆発に巻き込まれて、三人は死亡したんじゃないの。自分のしでかした不首尾を隠そうとして、そんな見え透いた嘘を吐いているに違いないわ。」


 ホトトギスが嘴を大きく開き唖然としているのを睨み据えながら、セイラはさらに語気を強めた。


「御伽噺ならともかく、鏡が人間の命を吸い取るなんて荒唐無稽な話を信じられるはずないでしょう。そんな子供騙しの嘘で私を誤魔化せるはずがないでしょう。」


 常識では考えられないことが起きるのがこの世の中である。人間の狭隘な知識で物事を判断することは傲慢と言うべきであった。しかも、セイラ達は、ここに辿り着くまでに数多くの魔法生命体と干戈を交えてきていた。それにもかかわらず、限られた自分の知識内で物事を判断していることに憤りさえ感じた。ホトトギスは、嘴をきっと結んだ後、セイラの隣りに立っているカイに毒突き始めた。


「お前が、デュラハーンとの戦いでもたついているから、こんな事になったんだ。恥を知れ、恥を。」


 鷹揚な性格のカイではあったが、面と向かって罵られたのだから堪らない。ホトトギスの勝手の勝手な言い草に対する怒りで、カイに顔色が見る見る紅潮していった。カイの顔色の変化に気付いたセイラは、ホトトギスに対して彼の代弁した。


「あんたがここを早く発見すれば、こんな事態にならなかったんじゃないの。私のカイ君に八つ当たりしないで欲しいわ。それに、話を逸らすんじゃないわよ。どうして、ここにいた三人が死んだのか、はっきり答えなさい。」


「だから、三人はあそこに転がっている鏡に命を吸い取られたと言っているじゃない。嘘じゃないよ。本当にあの鏡に命を吸い取られたんだから。」


「まだそんなことを言っているの。さっきの爆発に巻き込まれて絶命したと素直に認めたらどうなのよ。」


 このまま議論をしても、やったやらないの水掛け論になってしまう。そう判断したホトトギスは、頬刷りをしていたセイラの右足から、一旦、離れると、三体の遺体にゆっくりと歩み寄った。そこに到着すると、彼は右の翼で遺体を指し示した。


「良く見てよ、セイラ。この遺体には外傷もなければ、先程の爆風を受けた様子もないでしょう。この事実から、三人の死亡に僕が関係ないことが分かるでしょう。それにだよ、」


 ホトトギスはそこまで言うと、今度は遺体の側を離れ、三つの遺体が囲むんでいる鏡に近付いた。


「この鏡は、一見すると、ただの鏡のように見えるけれど、魔力を増幅する機能を持っているんだ。本来ならば人間では扱い切れないような魔物が、これでもかこれでもかと言う程、いっぱい出てきたでしょう。あいつらは、この三人が魔力を増強して使役していたもの。そうでなければ、あれだけの化物どもを人間が扱えるはずがない。何でもそうだけど、良いことがあれば悪いこともある。この鏡もその例外ではなくて、功罪あわせ持っているんだ。この鏡は魔力を増幅する替わりに、人間の生命力を吸収する。なのに、こいつらは、新たに手に入れた力に有頂天になり、調子に乗り過ぎて、自分達の魔力や生命力がこの鏡に吸収されていることに気付かず、この鏡を濫用したんだろうね。それで生命力を全て吸い尽くされたというわけ。本当に愚かしくて哀しい話だよね。」


 ホトトギスの尤もらしい話を聞き、セイラは彼の話に「なるほど」と何度も頷いたが、彼に対する疑惑が完全に解消された訳ではなかった。彼女は、ホトトギスの顔を正視して、「あんたの話は分かったわ。でも、口は便利なもので、何とでも尤もらしい言い訳を後で付けることもできる。この人達が鏡に殺されたという確固たる証拠がないと、完全にあんたの疑惑は解消できないわ。物証が欲しいわね。」


 謎解きをしたというのに、どうして信じてくれないのだろう。ホトトギスの顔にその気色が僅かに現れた。そして、ホトトギスの顔色の変化を見取り、セイラが恐い顔をして睨み付けてきた。その刺すような視線に促されるように、ホトトギスはぴょんと鏡の上に飛び乗ろうとした。その時、その鏡が燦然と輝き出し、その光がホトトギスの体を弾き飛ばした。


「ねっ、この鏡は信じられない力を秘めているんだ。」


 彼がそう言った時である。その鏡が更に強く輝き出した。そして、鏡の中から、絶命した三人と一体化した怪しい影が現れた。


 「これは一体どういうことだ。一体、何が起きたのであろう。」


 眼前で何が起きているのか、事情を正確に把握しているくせに、芝居っ気たっぷりに驚きの声をあげるホトトギスの声を聞きながら、セイラは怪しい光を放つ影に対して剣を向けた。


「何者なの。名乗りなさい。」


 セイラの居丈高な声に臆することなく、その影は平然とセイラの顔を暫時正視してから、視線を彼女が向けている剣に転じた。


「証紙な、私に剣が効くものか。」


 その影は、セイラにそう言い終えると、真紅の目をさらに赤く染めてセイラを凝視した。それと同時に、凄まじい閃光がセイラの体に向かい猛然と突進してきた。悲鳴を上げる暇もなかった。避けられないと直観したセイラは、自分の最後を覚悟したように目を閉じた。


 ドンと激しい音が彼女の目前で起きた。しかし、自分の体に何の被害もないことをいぶかしみ、セイラは恐る恐る目を開けた。


 ホトトギスが彼女の足元に黒焦げになって転がっていた。ホトトギスが自分の身を庇い怪しい影の放った攻撃を身を挺して防いだのであろう。そんな彼が、セイラの向ける視線に気付き、消え入るような声で語りかけてきた。


「セイラが無事で良かった。これで思い残すことはない。ただ、時折、僕のことを思い出し、人を愛した馬鹿なホトトギスがいた、と思い出してくれたら嬉しいな。さようなら、セイラ。」


 ホトトギスはそう言い終えると、微かに擡げていた首を力なく床に横たえた。それから、「グエッ」と大きな声を上げて、ピクリとも動かなくなった。



セイラ2 12章の続き11 [セイラ2]

 不測の事態に備えた緊急脱出用の通路である。日常的に使用する通路とは異なり、天井が低く通路の幅も狭かった。また、長年使用していなかったのであろう。空気も淀んでおり、黴臭い匂いがした。セイラは、暗闇の中で軽い圧迫感を憶え始めた。その圧迫感を振り払うように、火の神殿から譲り受けた「永遠の火のランプ」を取り出し、それに点火した。

 「永遠の火」を宿したランプの明かりは、何処か体に纏わりつくような感じがした闇をすぐに打ち払った。おそらくその光には何らかの魔力が秘められているのであろう。実際の明るさ以上に、その光は明るく、遥か遠くまで届いていた。セイラは、延々と続くような通路の先をじっと見詰めた。


「敵の姿が見えないわね。一体、何処に隠れたのかしら。」


 ホトトギスの話が真実ならば、敵がこの通路に逃げ込んでからそれほどの時間が経過していないはずであった。敵がこの通路を使い逃げおおせたとは考え難く、この通路の何処かにある隠し部屋か何処かに姿を隠していると考える方が自然であった。セイラは、そう呟いてから、周囲の壁を用心深く調べ始めた。


「セイラ、壁なんかを調べて、何をやっているの。ひょっとしてこの通路にある隠し部屋を探しているの。」


 何時の間にかセイラの追いついたホトトギスが、何も考えていないような如何にも暢気そうな声で問い掛けてきた。セイラは、彼の発した隠し部屋という言葉に強い反応を示し、彼に目を転じた。


「この通路の何処かに隠し部屋があるの。」


「ここは古代遺跡だよ。隠し通路や隠し部屋がない方がどうかしているよ。この通路にだって、幾つも隠し部屋があるに違いないんだ。」


 セイラは、彼の自信に満ちた発言に幾許かの疑念を抱きながらも、彼を頼もしそうに見た。その視線に応えるために、ホトトギスは大きな荷物を背負ったままセイラの傍らを通り抜けた後、嘴の先を通路にぴたりとくっ付けた。


 何をやっているのであろうか。セイラは、暫く怪訝そうに彼の行動を見守っていたが、彼に対する疑念を次第に募らせ、彼に何をやっているのか尋ねた。


「嘴から超音波を出してこの通路に隠し部屋がないか調査しているんだよ。」


 またホトトギスの訳の分からない戯言が始まったか。セイラは彼に対する不信感を露にし、彼を強い眼光で睨み付けた。


「そんな恐い目で睨まないでよ。調子が狂うでしょう。」


 頭頂部でセイラの刺すような視線を感じたホトトギスは、セイラにそう答えた後、そこから少し離れた壁を嘴でコンコンと軽く突つき始めた。その音を慎重に確かめてから、彼はセイラを顧みた。


「ここの音は他とちょっと違うみたいだね。ここに何かが隠されていることは間違いないみたいだ。」


「何、暢気なことを言っているのよ。なら、早く嘴でそれを粉砕してしまいなさい。」


 ホトトギスの鷹揚な受け答えに苛立ちを募らせたセイラは、ホトトギスに罵声を浴びせ掛けた。


「そんなに怒らないでいいじゃない。」


 ホトトギスはセイラに少しばつの悪い笑みを見せた後、再びコンコンと嘴で軽く突ついた。それから、頭を大きく退け反らし、勢い良くその壁を突ついた。


 鶴嘴の先が石を穿つような、ガツンと大きな音を立てたかと思うと、それに引き続き閃光と爆音がし、ガラガラと石の壁が崩れ去った。ホトトギスは、ぴょんと瓦礫の上に飛び乗ると、濛々と白煙を立てているその中を覗き込んだ。


「何か得体の知れないガラクタが収められているだけだよ。どうやら、ここはハズレみたいだね。」


「何、暢気に構えているのよ。速くしないと、敵が逃げてしまうでしょう。さっさと、敵の隠れている所を発見しなさい。」


 セイラの叱責に促されるように、ホトトギスは次々と壁を嘴で粉砕し、隠し部屋を発見した。しかし、そのどれもが中から奇妙な古代の品々が発見されるだけで、ハズレであった。敵は既にこの遺跡から無事に脱出したに違いない。諦めに近いその思いがセイラの頭に浮かんた時、嘴でこんこんと軽く突つき壁を調べていたホトトギスがけたたましいばかりのわざとらしい声を上げた。


「なんだ、これは。ここにとてつもない大きな部屋が隠されているではないか。それだけではない。とてつもない邪悪な波動が中から漂っている。しかも、ご丁寧に魔法の結界まで張られている。一体、誰がこんなことをし、ここで何をしているのであろうか。」


 ホトトギスは驚嘆の声を上げ終わってから、セイラを振り返った。


「セイラもそう思うでしょう。一体、誰がこんなことをしたんだろう。」


 この遺跡に潜む化物はともかく、この場にいるのは、セイラ達一行を除けば、屍王・リッチから古代の秘宝を盗み出した三人組しかいないはずである。誰がこの壁の向こうの隠し部屋にいるかなど、簡単な消去法で理解できた。セイラは、分かり切ったことを敢えて質問するホトトギスに怒りを憶えたが、ここでホトトギスに臍でも曲げられたら大変と思い、彼の機嫌を取るように猫撫で声を上げた。


「あんたは誰だと思うの。」


「僕が思うに、これは例の三人組の仕業だね。キメラ、フェンリル、そして、デュラハーンと言った難敵を次々と撃破してきた僕達の実力に恐れをなし、ここに隠れたんだろう。僕とセイラの実力を正当に評価しているところは認めるけれど、隠れるなど情けない野郎だ。」


 ホトトギスはそう毒突いた後、頭を大きく退け反らした後、結界もろともにその壁を簡単に粉砕した。


セイラ2 12章の続き10 [セイラ2]

 真相

 やがて一行の前に大きな木の扉が現れた。おそらくこの扉の奥に今回の事件の黒幕が潜んでいるものと考えられたが、先程のホトトギスの言葉が気にかかり、勢いに任せ扉を蹴破り中に侵入することはさすがに躊躇われた。セイラは、扉の様子を確かめているホトトギスに小声でこう尋ねた。


「どう、ホトトギス。何か分かった。」


「一見すると、何の変哲もないただの木の扉に見えるけれど、この扉の材質は紫檀。まさかこんなところで紫檀の扉に出会うとは思わなかった。これは是非とも持って帰らないといけないね。これを売り払って、セイラと僕の結婚資金にしよう。」


 事態は切迫しているというのに、ホトトギスは本気とも冗談ともつかないことを言っていた。雀の涙ほどではあるが、セイラから決まったお小遣を貰える身分になり、ホトトギスは、食べ物だけではなく、お金にまで異常な執着を見せるようになっていた。さきほどの彼の発言は、本心なのかもしれない。ホトトギスの言う通り、紫檀は家具などに使用される最高級の素材であり、目の前にある扉の素材が本当に紫檀であれば、かなりの金額がするはずである。セイラは、すっかり守銭奴に貸したホトトギスの姿に呆れながらも、今はそのようなことを議論するべき時ではないと気を取り直し、鋭い眼光でホトトギスを睨み付けた。


「誰がそんなことを聞いたのよ。少しはまじめにやれないの。」


 セイラは、扉の向こうにいる敵に気取られないように、声をひそまして、ホトトギスを叱責した。そして、「それで、中に敵はいるの。いないの。いるとしたら、どれくらいの数になる。人間はいるの」と矢継ぎ早に様々な質問を浴びせ掛けた。


 扉に耳を当てて、中の気配を探ったに過ぎない。鋭敏なホトトギスの耳をもってしても、厚い紫檀の扉越しに中の状況を正確に把握できるはずがなかった。ホトトギスは、少々、ばつの悪い表情を浮かべながらセイラを顧みた。


「僕が幾ら優秀だとしても、耳を当てただけで中の状況が具に理解できるはずがないでしょう。あんまり無茶な質問をしないでよ。」


「自分の無能さを棚に上げて、言い訳をするつもり。男の癖に言い訳をするなんて、みっともないわね」


「無能なのは僕ではなくて、カイだよ、セイラ。間違えてはいけない。」


「何で、カイ君が無能なのよ。」


 ホトトギスに対する怒りのために、セイラは自分達の置かれている状況を完全に失念し、思わず声を荒げてしまった。そして、自分の上げた大声に驚き、慌てててで口を塞ぎ、右の翼でいとおしそうに紫檀の扉を撫でているホトトギスに心配そうな視線を向けた。


「この紫檀の扉は分厚いから、大丈夫、セイラの声は中まで届いていないよ。」


 セイラはその言葉で安心した表情を浮かべた。しかし、いつも口から出任せを言っているホトトギスの保証の言葉に何の信頼も置けないことに気付き、不安そうな顔をしてホトトギスを見た。


「セイラ。それでは、僕のことが全く信頼できないと言っているとの同じでしょうが。そんなに僕のことが信用できないの。」


 セイラは一も二もなくホトトギスに頷いてみせた。セイラのあまりに素早い反応にホトトギスは茫然自失の体を見せたが、すぐに気を取り直しエヘンと一つ咳払いをして話を始めた。


「中に敵がいるにもかかわらず、中から何も音が聞こえてこないでしょう。このことから、この扉の防音性が理解できるでしょう。だから、セイラが少々騒いでも中に聞こえることはないと思う。」


 ホトトギスは、話を終えると、その堅牢性を確かめるかのように嘴でコンコンと扉を突つき始めた。その音に反応するかのように、扉がギーという音を立てて開いた。ホトトギスは「オーッ」と驚きの声を上げ、二三歩歩いた所でバタンと床に倒れてしまった。ホトトギスは、痛そうな顔をして体を起き上がらせると、わざとらしい大声を上げた。


「これは、一体、どうしたことであろうか。誰もここにいないではないか。そんな馬鹿なことがあっていいのであろうか。」


 ホトトギスの言う通り、広間には敵らしい存在は一人もいなかった。セイラは、ホトトギスが開け広げた翼の後ろに身を隠しながら、中の様子を用心深く窺い、敵の存在が見付からないことを確認してから、ようやく安心したように室内に入った。未だわざとらしく驚いているホトトギスの側に寄ると、凄まじい形相をして彼の頭頂部を見下ろした。


「確か、あんたはここが敵の本拠地だと言ったわよね。これはどういうこと。どうして誰もいないのかしら。ひょっとしたら、部屋を間違えたのじゃない。どうなのよ、ホトトギス。怒らないから、素直に白状したらどうなの。」


 刺すようなセイラの視線を頭頂に感じながら、ホトトギスは恐る恐る顔を上げた。


「嘘じゃないよ。さっきまで今回の事件の黒幕である、例の三人がいたんだ。嘘じゃないよ、あそこに三人がいたんだよ。」


 セイラはホトトギスが右の翼で指し示している部屋の奥に視線を転じた。しかし、あたりより一段高い石造りのひな壇の上に大きな椅子が一つあるだけであった。彼女は、右足の爪先でホトトギスの体を軽く蹴飛ばした後、「吐くのなら、もっとましな嘘を吐いたらどうなのよ。そんな子供騙し、誰が信じるというのよ」と彼を突き放した。


「本当なんだ。確かにあそこにいたんだ。三人で何か話していたんだ。」


 だが、セイラはホトトギスのその言葉に耳を傾けようとはしなかった。


「だったら、どうして、その三人が今ここにいないのよ。まさか消えてしまったと言い張るつもりじゃないでしょうね。それに、三人いたのだとしたら、どうして椅子が一脚しかないのよ。全然、あんたの話は筋が通っていないじゃない」と、セイラは烈火の勢いで彼の発言を撥ね付けた。


 最愛の女性であるセイラに信じてもらえない上に、口汚なく罵られたのである。ホトトギスでなくとも、心に深い傷を負ったであったろう。ホトトギスは、「嘘じゃないもん」と言った後、その円らな瞳に大粒の涙を幾つも浮かべ、はらはらと落涙した。


「そんな嘘泣きで騙されるものですか。それより、納得の行くような説明をしてもらおうじゃない。」


 事態ここに至っては、どのようなことを言っても、セイラが自分の話に聞く耳を持っていないことは明らかであった。ホトトギスは、大粒の涙を右の翼で拭った後、「セイラの馬鹿」と叫び。テトテトと駆け出した。そして、周囲に比べて僅かに高くなっている雛壇に躓き、前のめりに倒れ込んだ。体の慣性のために、彼は嘴から豪華な作りの椅子に突っ込んでいった。彼の嘴が椅子に触れた瞬間、椅子の後ろに隠されていた階段が突如姿を現した。


「これは一体どうした訳だろう。どうして、こんなところに階段があるのであろう。」


 階段の存在など、この部屋の中に入る前から知っていたに違いない。ホトトギスのあまりにわざとらしい口調とオーバーアクションが何よりもそのことを如実に物語っていた。良くまあそんな臭い田舎芝居ができるものだと呆れながら、セイラはホトトギスの臭い演技が終わるのを待った。


「どうして、こんな簡単なことに気付かなかったのだろう。」


 ホトトギスは、右の翼で頭をぴしゃりと叩いた後、呟くようにそう前置きをして、セイラに向き直るとこう語りかけた。


「僕が推測するに、敵は、僕達の存在に気付き、この隠し階段から逃げ去ったのであろう。だから、ここに敵の姿がなかったんだ。謎が全て解決したね。いやあ、良かった。良かった。」


 彼に謎解きをしてもらうまでもなく、椅子の後ろにある隠し階段を目にすれば、誰でもそのことを推測できた。


「見たまんまじゃない。それしか言うことがないの。」


 氷のように冷ややかなセイラの言葉を受け、ホトトギスの顔色から見る見るうちに血の気が退いていった。


「何を暢気に遊んでいるのよ。敵が逃げ去ってしまうでしょう。さっ、先を急ぐわよ。」


 セイラは、そう言い残すと、ホトトギスの隣りを通り過ぎていった。



セイラ2 12章の続き9 [セイラ2]

 キメラやフェンリル、さらにデュラハーンという難敵を刺客に差し向けたためであろうか。その後、一行の行く手を阻む物は姿を現さなかった。火傷の痛みも何とか退き、セイラはさらに遺跡の奥へと、先を急いだ。

「何にも出てこないね。セイラ、ちょっと寂しいと思わない。ここは古代遺跡なのだから、お決まりのようにモンスターが次から次に現れないと、やはり物足りないね。それに、ここまで何も出てこないと、かえって怪しいと思わない。」


 言われてみれば、そう感じないこともないが、ホトトギスの主張の根拠はあくまで架空の物語であり、その論拠は実にいい加減であった。このため、真面目にそのことについてホトトギスと議論するだけ時間の無駄のように感じられた。また、敵が姿を現さないことは、セイラたち一行にとって願ってもない状況であった。ホトトギスとこのことについて議論したから何かが起きるというものではないが、噂をしたら影という言葉もあり、その話題について触れることは差し控えられた。セイラは、「そんなことを言って敵が出てきたらどうするつもり」という非難めいた視線をホトトギスの荷物に向けた。


 荷物はあくまで荷物である。世にも希なる存在のホトトギスがそれを背負っているからと言って、その存在形態が変化する道理はなかった。このため、ホトトギスは、セイラが向けている視線に気付かなかった。


「セイラもそう思うでしょう。ここは是非とんでもない強敵が現れて欲しいところだよね。そして、僕がセイラのためにその敵を格好良く打ち払うところを見たいよね。」


 乱痴気騒ぎが大好きで、ことある毎に騒動を引き起こすホトトギスである。このような性癖を有する彼が、ただ奥を目指しひたすら歩くという行動に飽き、た不満を口にすることは日常茶飯であり、不平不満を口にしないことの方が不自然であった。しかし、同時に、ホトトギスがこのように冗談めかして何かをを口にする時は、大概、何かが起きる前兆でもあった。それ故に、ひょっとしたら竜や何かが姿を現すのであろうかと、セイラは訝った。


「ホトトギス、それは一体どういう意味なのよ。ひょっとして、これから厄介な敵が現れるという意味なの。ちゃんと説明をなさい。」


 セイラは、そう言って、ホトトギスを叱責した後、彼の背負っている荷物を蹴った。


「何をするのよ、セイラ。」


 ホトトギスは、何とか体勢を立て直してセイラにそう文句を吐けた後、惚けた顔をして「竜か何かが出たらいいなと、ただ思っただけだよ。これから敵が出てくるから、そう言った訳じゃないよ」と言った。そして、一呼吸ほどの時間を置き、セイラにニッコリと微笑みかけた。


「だって、ここは、薄暗くて、かび臭いだけで、何も起きないんだもの。あまりに退屈じゃない。退屈凌ぎに何か出たらいいなとちょっと思っただけ。これから敵が出てくるので、そう言ったわけじゃない。」


 敵が出ないという彼の言葉を耳にして、セイラは安心した表情を浮かべたも。しかし、ホトトギスのその言葉を額面通りに受け取っていいのだろうかと、ホトトギスに対する疑念が彼女の頭の中で湧いてきた。


「僕がセイラに嘘を言ってどのようなメリットがあるというのよ。僕がセイラのことを深く愛し、セイラのためならば、何も惜しむことなく、この一身さえ差し出そうと思っていることを、セイラは知っているでしょう。だから、僕の言うことを少しは信じてよ。」


 セイラは彼の慌てふためいている姿を疑わしそうに見た。あからさまに自分に対する不信感を表明しているセイラのその視線に触れ、ホトトギスは、さらに激しく動揺し、額に脂汗を幾つも浮かべ始めた。


 やはり、何か重要なことを隠している。


 セイラはそう直観し、彼の隠している事実を突き止めるために、さらに眼光を強めて、ホトトギスの顔を正視した。額に浮かんでいる脂汗を目の端でしっかりと捉えながら、「額に汗が浮かんでいるわよ。ひょっとしたら、何か私に隠し事があるからじゃない。素直に今ここで白状したら、楽になると思うのだけど、そう思わない」と囁きかけた。


 あまりにさり気ないセイラの口調に反応し、ホトトギスの嘴が彼の意思に反して勝手に動き始めた。


「この奥の部屋で敵の親玉が手薬煉を引いて待っているなんてことは絶対にないよ。だから、扉を開ける時に用心をしなければならない、なんてことは絶対にない。たとえ天が落ちてくることがあったとしても、そのようなことはないよ。絶対に有り得ないからね。」


 どうやってそのことを突き止めたのか疑問であったが、そのような重要なことを今まで隠していたホトトギスに対してセイラは怒りが込み上げてきた。しかし、重要なことは全て聞き出したので、それ以上言及しないことにした。セイラは嘴を慌てて抑えているホトトギス「教えてくれてありがとう」と微笑みかけた。


「何でこんなことをうっかり言ってしまったのだろう。このことだけは、たとえ嘴が避けても言うまいと決めていたのに、どうして言ってしまったのだろう。」


 ホトトギスは、嘴を抑えたままそう呟いたあと、何事もなかったように再び先頭を歩き出した。


セイラ2 12章の続き8 [セイラ2]

 案の定、その場に姿を現したのは、首なし騎士と世に恐れられているデュラハーンであった。デュラハーンの作成は、世界で五指の指に入るネクロマンサーであるクロウリーでさえ不可能なもので、高度の魔術技術が必要であった。その製法は、今や失われており、このことが今回の事件の黒幕の実力が相当なものであることを裏付けていた。しかし、セイラは、カイの勝利を信じて疑わなかったが、心配そうに息を潜めてカイの背中を見守っていた。

 デュラハーンは、間合いに入るといきなりカイに剣を振り下ろしてきた。振り下ろされた剣の速度は凄まじく、剣の動きは、剣の訓練を正式に積んだセイラにやっと見えるものであった。セイラでは回避不可能なその攻撃を、カイは僅かに体を動かし紙一重で交わすと、神秘の力を秘めた彼の刀を繰り出そうとした。


「助太刀するぞ、カイ。」


 ホトトギスは、そう絶叫すると、嘴から雷球を放った。雷球はカイの体のすぐ側を通り過ぎると、凄まじい光と爆音を放ち、直撃したデュラハーンだけではなく、カイをも後方に吹き飛ばした。


「あんた、何をやっているのよ。それじゃあ、助太刀ではなくて、カイ君の足を引っ張っているんじゃない。二度と余計な真似をして、カイ君の邪魔をするんじゃないわよ。」


 セイラは、尻餅を撞いたカイと後方に吹き飛ばされながらも全く無傷なデュラハーンを交互に見交わしながら、厳しい口調でホトトギスを叱責した。


「何を言っているのよ、セイラ。僕が吹き飛ばさなかったら、カイは、今頃、何も言わない骸(むくろ)になっていたよ。」


「嘘をおっしゃい。あんたが余計な真似をしなければ、今頃、デュラハーンはカイ君の一太刀を浴びてただの鎧になっていたわよ。二度とこんな余計な真似をしたら、許さないからね。分かったなら、返事をなさい。」


 ホトトギスはセイラの強い語気に怯み、「はい」と小さな声で返事した。セイラは、そのことを確認してから、ホトトギスから視線を離しカイに戻した。


 先程の遣り取りでカイの実力を認めたデュラハーンは、慎重に剣を身構え、カイの動きを窺っていた。カイとデュラハーンの視線が遭った瞬間、まるで申し合わしたように二人は剣を同時に繰り出した。何度も激しく剣を打ち合わせた後、同時に後ろに飛び退いた。


 攻防一体の二人の激しい太刀打ちであった。デュラハーンとカイは、その後何度も剣を交えたが、お互いに何の手傷を負うことがなかった。まるで伝説の剣士同士の果たし合いのようにセイラの目には映った。とは言え、このまま戦いが長期化し、膠着戦になれば、体力に劣るカイが不利になることはあきらかであった。何とかしなければと思うものの、自分が加勢しようとすれば、カイの足手纏いになることは必定であった。この状況を一気に打開できるのは、ホトトギスしかいない。セイラは仕方なく高みの見物を決め込んでいるホトトギスに視線を向けた。


「そこだ、デュラハーン。そこを突けば、カイに止めを刺すことができる。行け、デュラハーン。」


 てっきりカイに無責任な声援を送っているものと思っていたホトトギスは、驚いたことに敵であるデュラハーンに声援を送っていた。彼がカイの存在を快く思っていないことは知っていたが、まさか敵に声援を送るような真似をするとは考えてもみなかった。


「何を考えているのよ、あんた。デュラハーンを応援するとは、一体、どういう了見よ。もう少し真面目になりなさい。」


 セイラは彼を罵倒するのと同時に彼の背を蹴飛ばした。


「カイの加勢をしようとすれば怒るし、デュラハーンを応援すれば蹴りを入れられる。この僕にどうしろというのよ。我が侭を言うにもほどがあるよ。」


「このままでは、カイ君がピンチに陥るでしょう。何とかしなさいよ、早く。」


 急にそのようなことを言われても、どのような行動を取ったらカイの手助けになるのか分かるものではなかった。とは言え、セイラにそのように命令された以上、何らかの行動に移らなければならなかった。ホトトギスは、いっそカイごとデュラハーンを消滅しようかなど物騒なことを考えたけれど、「動きの敏捷なカイのことだ、きっとこの攻撃を交わせるだろう」と考え、「死ね、カイ」と絶叫し嘴からカイの背後を襲いかかった。しかし、カイは聞き慣れたホトトギスのその声を聞くと、咄嗟に体を動かし嘴から突っ込んでくるホトトギスを遣り過ごした。そして、ホトトギスはそのままデュラハーンに嘴から衝突し、鋼鉄製のデュラハーンの胸を貫通した。


 魔法によりかりそめの命を付与されているデュラハーンは生きている訳ではない。鋼鉄製の鎧の中は空洞であり、ホトトギスに胸を突き破られたとしても痛みも感じなければ、そのようなことをしたホトトギスに対する苛立ちや怒りさえも感じない。ただ冷徹に手にしている剣を振り下ろすだけであった。だが、この精密な殺人マシーンとも言うべきデュラハーンは、ホトトギスに胸郭を突き抜けられた時の衝撃で体のバランスを微かに崩した。そのため、今まで正確無比であったデュラハーンの剣の軌跡が僅かにずれた。カイは難なくそれを交わすと、バランスの崩れたデュラハーンの胴を横薙ぎにした。


 カイの剣は、神秘の力を秘めていた。デュラハーンの鎧に触れた瞬間、カイの剣は怪しく輝き出しデュラハーンに付与されていた魔法生命を解放し、それをただの鎧へと変化させた。ガシャンと音を立てて、デュラハーンの胴体であった鋼鉄製の鎧は、その場に崩れ去っていった。


 ホトトギスの手助けがあったものの、伝説の騎士であるデュラハーンと太刀打ちし、それに勝利したのである。カイの武功は末永く語り継がれるべきものであった。それはそれとして、難敵デュラハーンを見事倒したカイの下に駆け寄ると、セイラは自分が火傷をして苦しんでいることをすっかり忘れ、怪我をしていないかカイの体を丹念に調べ始めた。あれほど激しい太刀打ちをしていたにもかかわらず、カイが掠り傷一つ負っていないことに気付き、セイラはようやく安堵した表情を浮かべた。


「良かった、何処も怪我をしていないみたいで。」


 セイラは呟くようにカイにそう微笑みかけた後、小さな剣士の体を力強く抱き締めた。


「姉ちゃん、苦しいよ。それに、姉ちゃんは少し女性としての慎みが足りないんじゃない。」


 カイの少し大人びた発言に、セイラは「何、生意気なことを言っているのよ」と言った後、カイの体をぎゅっともう一度強く抱き締めた。


 一方、セイラとカイが熱い抱擁を交わしている姿を見せ付けられ、彼女の愛人兼婚約者を名乗っているホトトギスが黙っていられるはずがなかった。ホトトギスは嘴をこれ以上なく大きく開き、その行動をもってセイラの軽はずみな行動に抗議した後、つかつかと二人の側に歩み寄り、「死ね、カイ」と心中で絶叫し、嘴でカイの向こう脛を突ついた。


 鋼鉄製のデュラハーンの胸郭を易々と貫通したホトトギスの嘴である。それで思い切り向こう脛を突つかれたのだから堪らない。カイはホトトギスに突つかれ向こう脛を両手で抱えながらぴょんぴょんとあたりを飛び跳ね始めた。


「デュラハーンに勝ったのが、よほど嬉しかったみたいだね。見慣れない奇妙な踊りだけれど、踊りでその喜びを表現している。」


「何。勝手なことを言っていやがる。お前が嘴で僕の向こう脛を突ついたからだろう。良くそんな勝手なことを言えるもんだ、この馬鹿鳥。」


 カイの怒声に、ホトトギスは、「何を言っているのであろうか。さっぱり分からない」としらばっくれた顔つきをしカイが右足の脛を抑えながらぴょんぴょんと飛び跳ねているのを実に愉快そうに眺めてから、「本当に愉快な踊りだ。見ているだけで心がうきうきしてくるよ。カイのこの珍妙な踊りを見ているだけではもったいないよね。ここは一つ一緒に踊ろうじゃない」とセイラに誘い掛け、その後、本当に踊り出してしまった。


 突然のカイの異変である。どうしてカイの身に突然異変が起きたのかは、考えるまでもない明白であった。彼女は、踊り好きなホトトギスが彼女の足元で忘我の状態で踊り狂っているのを暫く眺めてから、彼が前を横切ろうとした瞬間、右足を前に差し出した。案の定、踊りに熱中しているホトトギスは、セイラのそれに機敏に反応できず、セイラの足に躓き嘴から床に倒れ込んでいった。


「何をするのよ、セイラ。突然、足を出したら危ないでしょう。」


 何とか嘴が石畳に突き刺さることを回避したホトトギスは、両方の翼で体を支えながら首だけをセイラの方に反転させて猛然と抗議してきた。しかし、彼女は、何処吹く風とばかりに彼の抗議を敢然と聞き流し、痛さが若干退いたためであろう、ホトトギスに突つかれた右足の脛を抑えながらその場に蹲っているカイのへと走りだした。



セイラ2 12章の続き8 [セイラ2]

 顔を合わせればカイと喧嘩ばかりしているくせに、良くまあ、こんなことをぬけぬけ言えるものだ。どうせ、夜中にこっそりカイの寝所に忍び込み、食べられる物を、食べられるだけ食い荒らした後に帰りがけの駄賃として、このメロンを失敬してきたのだろう、と思いながらも、「ふーん、そうだったんだ」と納得した素振りをみせた。そして、残っているメロンをホトトギスから奪い取ると、それを更に半分に割りもとの所有者であるカイに手渡した。

「どうして、キメラに手も足も出なかった、役立たずのカイにメロンを分け与えるのよ。」


 早速、その光景を目にしたホトトギスから抗議の声が上がった。しかし、彼のその行動を予期していたセイラは、悪びれた様子を見せることなく、こう言い返した。


「元はと言えば、カイ君の物でしょう。カイ君に返すのが道理じゃないの。」


「カイからこのメロンを貰い受けた時点で、このメロンの所有権は僕に移っているんだよ。そんな道理の通らない話はないでしょう。」


 ホトトギスは、セイラの言葉に臆することなく、なおもそう言い募ったが、文句があるなら、打(ぶ)つわよとでも言いたそうなセイラの物騒な視線に触れ、饒舌な彼の嘴を噤むしかなかった。しかし、ただでは転ばないホトトギスのことである、セイラが食べ終えたメロンを無造作に彼女の前に置いているのを見ると、それを両方の翼で抱え持ち、セイラから少し離れたところでそれをペロペロと舐め始めた。


「やはり、メロンは美味しいね。特に、セイラの唾液が残っている所は、甘くて美味しいよ。甘露とはまさしくこのことだね。」


 メロンを食べ、少し休養を取った一行は、再び奥を目指して歩き出した。キメラとの死闘の際に負った火傷の傷がジンジンと痛み出してきた。痛いと言って痛みが減るのならともかく、愚痴を言って事態が好転するわけではない。また、迂闊に火傷の痕が痛むなど口を滑らすものなら、今のところ大人しく先頭を歩いているホトトギスが騒ぎ出すのは必定であった。どんなことがあっても、火傷のことを口にする訳にはいかなかった。


 だが、彼女の後ろを歩いていたカイが彼女の異変に気付き、尋ねかけてきた。


「姉ちゃん、何処か痛むの。いつもと少し様子が違うみたいだけれど。」


「何でもないわ。」


 セイラはニッコリとカイに微笑みかけ、平静を装った。しかし、カイは、キメラが自分達に向かい炎を何度も吐いていたことを想起し、心配げに彼女に語りかけてきた。


「ひょっとしてキメラの炎で火傷したんじゃない。だとしたら、放っておけないよ。すぐに冷やさないと、後で大変なことになるんだから。」


 フェンリルとの戦いの最中、セイラから、少しの間、目を離していた。それ故に、セイラがキメラからどのような目に遭わされていたのかを、ホトトギスは正確に把握していなかった。キメラに火傷させられたなど想像だにしていなかったホトトギスは、カイのその言葉を耳にした瞬間、今まで誰にも見せたことのない様子で狼狽し始めた。


「ねえ、ねえ、セイラ。カイの話は本当なの。何処か火傷したの。だとしたら、今すぐに処置を施さないと大変なことになるよ。さあ、火傷した所を見せて。僕がすぐに手当てして上げるから。」


 二人にここまで言い寄られては、このまま火傷のことを隠しおおせないと判断し、セイラは、足を止め、袖で隠していた火傷の傷を二人に見せた。右の前腕の上部が真っ赤になっていた。火傷の程度としては、それほど深刻なものでなく、そのまま放置していても自然に治癒される程度のものであったけれど、このまま放置しておけば、何らかの痕が残りそうなものであった。今すぐに冷却し、火傷部から熱を奪い去る必要があった。


 ホトトギスは、見るからに痛々しそうなセイラの火傷部を見るなり、あたふたと狼狽し始めた。


「何をボーッとしているんだ、この馬鹿鳥。姉ちゃんの火傷を冷やす物を今すぐ出しやがれ。」


 カイの叱責を受け冷静を取り戻したホトトギスは、背負っていた荷物を床に降ろすと、何処からともなく大きな氷を取り出した。それを適当な大きさに嘴で砕き、丁寧にタオルでそれを包んでカイに手渡した。


「ありがとう、ホトトギス。」


 珍しくセイラから率直な感謝の言葉が返ってきた。ホトトギスは、予期せぬセイラの一言に薄っすらと頬を赤らめ、


「何を馬鹿なことを言っているのよ。セイラのためにこれくらいのことをするのは当然でしょう」と返答した。それから、彼は愛しいセイラにこの様な手傷を与えたキメラの悪口を言い始めた。


「僕のセイラにこんなことをしやがって、あのキメラめ。今度。遭ったら、ただではおかないからな。内臓を肛門から引っ張り出した後、脳味噌を食べてやる。目に物を見せてやるから、憶えていやがれ。」


 自分のことを彼の所有物のように言うホトトギスの口振りに些か反感を憶えたものの、それだけ自分のことを心配してくれているんだ、と感じられセイラは敢えてそのことについて何も言わなかった。ただ彼に「軽い火傷だから、心配は要らないわ。あんたの出してくれた氷で随分と熱も退いていったみたいだし、痛みも嘘のように退いていったわ。ありがとうね、ホトトギス」とだけ言った。


「何、他人行儀なことを言っているのよ。僕がどれほどセイラのことを大切に思っているのか、知っているでしょう。これくらいのことでお礼を言うなんて、水臭いじゃない。だから、今はそんなことを言わないで火傷の治療に専念しないとね。本当は、セイラの痛みを肩代わりしたいのだけど、こればっかりは、僕にもできないから。」


 氷で何度も丁寧に冷やされ、火傷部から熱を除去したために、嘘のように火傷の痛みは退いていった。しかし、歩き始めると、再びズキズキと痛み始めてきた。先程の痛みに比べると、随分と痛みの程度は軽かったが、だからと言って、その鈍痛はかなり耐え難いものであった。彼女は、先程まで冷やしていたタオルでくるまれた氷をカイの手から受け取ると、それで再び冷やし始めた。冷やされると呆気ないほど簡単に痛みは退いていった。だが、氷を火傷部から放して暫くすると、再び鈍痛が右腕に襲い掛かってきた。その痛みから逃れるために、また冷却し、その後氷を放した。そのようないたちごっこを彼女と火傷の痛みは飽きることなく、その後、何度も繰り返した。


 そのような暢気な光景は長く続かなかった。前方から、カチャカチャという金属音がやがて聞こえてきた。以前に似たような音を耳にしたことのあるセイラは、その音の主が並々ならぬ相手であることを察知し、冷やしていた氷を投げ捨てようとした。


「今度は僕が相手をするよ。姉ちゃんは、そのまま、氷で冷やしていたらいい。」


 これまで何度もカイの戦い振りを目にし、彼の剣の技量が相当な物で自分などその足元に及ばないことは良く知っていた。しかし、相手も相当の剣の使い手であり、カイが相当苦戦することは目に見えていた。暢気に火傷を冷やしている場合でないと判断し、セイラは氷を投げ捨てると、背負っている大剣を手にした。


「カイなら大丈夫。頭のない鎧野郎風情に決して負けたりしない。いざとなれば、僕が助太刀をするから、セイラはこのままじっとしていて。」


 ホトトギスは、背負っていた荷物を降ろし、セイラの投げ捨てた氷を嘴に銜え戻るなり、そう言った。彼女がそれを受け取るのを確認してから、ホトトギスもまたカイから少し離れた所で臨戦体勢に入った。


セイラ2 12章の続き7 [セイラ2]

 その時、セイラ達は、キメラに苦戦していた。キメラの攻撃を交わし剣を振り下ろそうとすると、キメラはその敏捷な動きで難なくセイラ達の攻撃を交わしていた。今戦っている場所が室内でなければ、キメラの攻撃を頭上から受ける羽目になり、おそらくセイラ達一行は全滅していたであろう。キメラが飛び上がるスペースがないものの、セイラとカイは、キメラに一太刀も浴びせられないでいた。頼みの綱と言えるクロウリーの魔法攻撃も、キメラの高い魔法耐性のために殆ど効果を与えることができなかった。キメラの吐いた炎で軽い火傷を所々に負ったセイラは、このままでは全滅すると覚悟し、鋼鉄製の盾で何とかキメラの吐いている炎を防ぎながら、絶望的な突進を行おうとしていた。そんな彼女の姿を見て、いつしか彼女の右肩に舞い降りたホトトギスが、「だから僕と戦おう、と言ったんだよ。僕の助言を素直に聞いていれば、こんな目に遭わずに済んだのに。これに懲りて、今後は僕の助言を素直に聞くんだよ、セイラ。」と声をかけてきた。その暢気な彼の声を耳にし、セイラはほっと安堵したが、このことを素直に口にすることができず彼に悪態をついた。

「あんたがグズグズしていたからこんな目に遭ったんでしょう。そんな憎まれ口を聞いている暇があるのなら、この炎を何とかしなさい。」


「僕がセイラの窮地を看過するはずがないでしょう。こんな軟弱な炎のことは心配することなく、突進したらいいよ、セイラ。」


 それができないから苦労しているのである。何て暢気な野郎なんだと彼への罵倒の言葉が口にまでついたが、彼女は、炎を防いでいた盾を持つ左手に圧力を感じなくなっていることに気付き、そのことを訝った。それと同時に、盾を持つ手に熱さを感じていないことに気付き、ホトトギスが何かしたことを悟った。


「このまま突っ込めばいいのね、ホトトギス。」


「もちろん。僕のことを信じて突進して見てよ、セイラ。僕が自分の身を挺してでもセイラのことは守るから。」


「分かったわ、ホトトギス。」


 セイラはホトトギスに短くそう言った後、今まで彼女の身を炎から守っていた鋼鉄製の盾を投げ捨て、激しい炎を吐き続けているキメラに突進した。激しい炎の中を突っ切り攻撃してくると予想していなかったキメラは、突然、目の前に現れたセイラの攻撃を回避することができなかった。完全に不意をつかれた格好になり、キメラは、今まで炎を吐き続けていた中央の山羊の首をセイラの剣で跳ね飛ばされてしまった。そんなキメラに対して、セイラが更に一太刀を浴びせ掛けようとした時、キメラは体勢を立て直し、前脚でセイラを蹴りかかってきた。避けられないと直感したセイラは、全身に力を入れ、その攻撃から身を守ろうとした。しかし、キメラの蹴りは、セイラの前方を守っている力場に弾き飛ばされてしまった。


「獅子の首は僕に任せて、もう一方の馬の首をセイラはやっつけて。」


 獅子の首に向かい嘴から突っ込んで行くホトトギスの姿を見て、セイラもすぐに行動を起こした。キメラの返り血を全身に浴びながら、セイラはキメラの馬の首を跳ね飛ばした。キメラがその場に倒れ去るのを見て、彼女も力なくその場に座り込んでしまった。


「やったじゃない、セイラ。一対一でキメラに戦いを挑み、それに勝利した人間の剣士はセイラが初めてだよ。セイラは、最強の魔獣であるキメラを倒したんだよ。これは盛大にお祝いをしないといけないね。」


 セイラは、ホトトギスが能天気な声を上げて彼女の前に腰を下ろすのを、疲れ切った顔をして見詰めた後、取り敢えず「ありがとう」とだけ言った。気のない返事であったが、ホトトギスは、憔悴した姿を見せるセイラを気遣い、セイラの疲労回復に役立つものがあるかもしれないと思って、右の翼をポシェットの中に突っ込み、その中をガサガサと物色し始めた。


 あった、あった。


 ホトトギスは、カイの部屋に忍び込み失敬してきたメロンを探り当て、それを取り出した。


「疲れを取るには、何と言っても甘いものだよね。さあ、このメロンでも食べて、元気を取り戻そう、セイラ。」


 ホトトギスは、にっこりとセイラに笑いかけた後、「エイ」という気合とともに右の翼でメロンを真っ二つにし、さらにそれを四等分し、その中の一つをセイラに手渡した。


「このメロンは甘くて美味しいよ。さあ、遠慮しないで食べてよ、セイラ。」


 何処からメロンを手に入れたのか、このことを疑問に感じながら、セイラは「ありがとう」と言ってホトトギスから馥郁たる香を放つメロンを受け取り、大胆にガブリと食らいついた。これまで食べたメロンの味が全て吹っ飛んでいくほど、そのメロンは美味であった。


「このメロン、凄く美味しいわ。カイ君も一口食べて見て。」


「ちょっと待った。これはセイラのためだけのメロンだよ。何で、キメラごときに手も足も出なかったカイにメロンを食べさせなければならないのよ。カイには他の果物を食べさせるから、キメラを退治したセイラは、このままメロンを食べていてよ。」


「貰ったメロンをどうしようが私の勝手でしょう。あんたにとやかく言われる筋合いはないわ。さあ、カイ君、一口食べて見て。」


 セイラは、ホトトギスの嫌がらせにも似た忠告に聞く耳を持たない様子で彼女の弟分であるカイにしっかりと彼女の歯形の残るメロンを手渡そうとした。


「セイラは本当に我が侭で困るよ。まあ、そこがセイラのかわいいところなんだけれど、仕方がない。カイにもメロンを渡すから、セイラはそのままそれを食べてよ。」


 てっきり、ホトトギスがメロンを一人占めするつもりだと勘違いしていたセイラは、その言葉を耳にしてようやく安心した表情を浮かべた。しかし、その安心も束の間、ホトトギスは四等分したメロンをさらに二等分し、如何にももったいなさそうな顔をしてカイに手渡した。


「あんたは本当にけちね。けちだと、女の子から嫌われるわよ。そっちの大きいのをカイ君に渡しなさい。」


 ホトトギスは「エッ」とセイラに反論したものの、彼女の厳しい視線に耐え兼ね、如何にも心外そうに正確に四等分したのの一つをカイに渡した。


「美味しそうですね。私の分はないのですか。」


 不倶戴天の仇であるカイにさえ気前良く渡すのだから自分も貰えるのではないかと都合のいい考えを抱き、クロウリーがそう問い掛けてきたのだ。何で役立たずのクロウリーに大切なメロンを分け与えなければならないのだとホトトギスは激憤したものの、セイラの「けちは女の子に嫌われる」という言葉が彼の頭の片隅に残っており、「持ってけ、泥棒」と怒鳴りながら、仕方なく八頭分した一つをクロウリーに渡した。


「私の分はこれだけなのですか。随分少なく感じられますが、私の勘違いでしょうか。」


 文句でもあるのか。ホトトギスは、今にも襲い掛かりそうな目付きでクロウリーを一瞥した後、「お前の勘違いだろう。文句があるなら、それを返しやがれ」と潜ました声で言った後、残った八分の一のメロンを食べ始めた。


「やっぱりメロンは美味しいね。甘さや瑞々しさ、食感では西瓜に後れを取るものの、この馥郁たる香は何物にも代え難い。果物の王様と言った風格があるよね、メロンには。」


 メロンの味と香に魅了された様子のホトトギスの暢気な言葉も耳にして、セイラに先程の疑念が蘇ってきた。彼女は、すっかり果肉を食べ尽くしてもなおペロペロとメロンの縁を舐めているホトトギスにその疑念をぶつけてみた。


「ところで、ホトトギス。このメロンは随分と高かったでしょう。一体、幾らくらいしたの。」


 これほど美味である上に、厳冬の折りのメロンであり、その代価はおそらく信じられないほど高いはずであった。ホトトギスがセイラから貰っている雀の涙ほどのお小遣では、とてもそれを購入できるはずがなかった。彼女が予測した通り、質問を受けたホトトギスは急にそわそわした気色を見せ始めた。


「まさか神殿の供物を失敬したんじゃないでしょうね。どうなのよ、ホトトギス。」


 人並み外れた食欲の主であるホトトギスは、神殿で起居する間、僅かな量の食料が与えられるだけである。神殿の女神官のアイドルでもあるホトトギスは、女性神官からおやつを与えられていたが、それだけで彼の飢えが癒される訳ではなかった。そのため、ホトトギスはセイラが眠りに就いている間供物を漁って飢えを凌いでいた。そのことをセイラは知っていたが、彼の盗み食いを黙認していた。止もう得ないことと諦めていたのだが、これほど見事なメロンを盗み出すとなると話は別である。飢えを凌ぐためでなく、明らかに贅沢であったから。


「誤解だよ、セイラ。」


 ホトトギスはセイラの発言を否定すると、例の作り話をした。


「神殿にいる間、僕の食糧事情がどれほど逼迫しているか、セイラは知っているでしょう。あんまりひもじくて、ある晩、カイの所へ御飯を食べさせてもらうために出かけたんだよ。カイは優しくて僕に御飯を食べさせてくれた後、このメロンをお土産にくれたんだ。もちろん、僕は、こんな高価な物は貰えない。お前のその優しい心遣いだけを貰って行くよ、と断ったんだ。そうしたら、カイが、僕とお前の仲ではないか。これくらいのことをしても当然ではないのか。困った時に助けるのは、友達として当り前であろう。何も遠慮することはない。どうせここにこのまま置いたとしても腐らせるだけ。さあ、遠慮しないで貰ってくれ、と言ったんだ。僕は知っての通り無一物でしょう。カイの優しい心遣いに感謝して、歌だけを残し、神殿に帰ったんだ。


 空蝉の 儚き世にて 変はらぬは 君の心と 思ひ知りけれ


 その時のカイの返歌は


 あかずして 別るる君の 涙をぞ 後の形見と 包みてぞおく


と言うものだったんだ。今思い出してもジーンと心が温まる感動的な場面だね。だから、このメロンは神殿の供物ではないんだ。」


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