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ウィーン・フィル初の女性コンマス・ダナイローヴァ、大阪に登場 「ロシアともドイツとも違う独自の音楽解釈「伝えるのが使命」 産経 [今日のクラシック]


これはあくまで一般論ですが、
有名オケのコンサートマスター=優れたVnのソリスト
は成立しないケロよ。

それに、オーケストラには、数名のコンサートマスターがいるのが普通。ウィーン・フィルの第一コンサートマスターであるライナー・キュッヘルでさえ、ソリストとしては・・・。
日本人ではじめてベルリン・フィルのコンサートマスターになった安永徹にしても然り・・・。

ではありますが、ダナイローヴァの演奏をYouTubeで見つけたので紹介するケロ。


Vnの音は綺麗だにゃ。ウィンフィルのコンサートマスターに選ばれるだけのことはあって、テクニックや表現力もしっかりしたものを持っているようだにゃ。ただ独奏者としては、全体的に線が細く、また、個性が足りないように思うにゃ。オーケストラの団員と独奏者では求められる資質が違うのだから、これはしょうがない。あまりに強い音楽的個性を有していたら、色々な意味でオケから浮いてしまうケロよ。

ウィーン・フィルは伝統と格式の保持、奏法と音質の統一を重んじて、長年に渡り団員構成の多様性には背を向けてきたが、1997年に初めてハープで女性団員を採用。2011年にはブルガリア人のアルベナ・ダナイローヴァ氏が史上初の女性コンサートマスターに就任した。
https://goo.gl/MA7uaW

あまり変わった毛色のヒトが入ると、入れようとすると、時にオーケストラを揺るがす大事件へと発展するのであった。

ザビーネ・マイヤー事件
https://www.karajan-bpo.com/meyer.htm


ザビーネ・マイヤーのように、(国際的な)管楽器の独奏者には、有名オケの首席奏者出身のヒトが少なからずいるにゃ。バイオリニストと比較すると、奏者そのものが少ないために、需要と供給の関係のためにこのようなことが起きるのか、違う理由によるものなのかについては知らないにゃ。

それにしても、日本人は「名門ホニャララのホニャララ」や「ホニャララコンクール優勝(or入賞)のホニャララ」という謳い文句に弱いにゃ。これはブランド志向のあらわれ、それとも、音楽的感性・審美眼が不足しているために起きる現象(^^)

最後に、ミスター・フィンフィルと呼ばれた、伝説のウィー・フィルのコンサートマスターであるゲルハルト・ヘッツェルの独奏Vnを紹介。


世界的なバイオリニストのアルテュール・グルミュオーの独奏で。



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今日のクラシック 中村太地独奏Vn ブルッフ作曲『バイオリン協奏曲第1番』 [今日のクラシック]

今日のクラシックは、ブラームス・コンクールのバイオリン部門で1位になった、中村太地独奏Vnのブルッフ作曲『バイオリン協奏曲第1番』の第1楽章(の途中)です。


第5回 若者のためのチャイコフスキー国際コンクール決勝での演奏らしいですね。この時の年齢は13歳だったらしいですね。
雑な部分が多々あるようですが、13歳にしては、テクニックもしっかりしているようですし、それなりに効かせてもくれますから、なかなかの演奏といってよいのではないでしょうか。
あくまで、「13歳という年齢にしては」ですよ。
この但し書きがあることを忘れてもらっては困ります。

YouTubeに2楽章、3楽章の演奏もあるようなので、あわせて紹介します。このヒトの演奏はYouTubeにあるみたいですよ。



2015年のヴァルナ国際バイオリンコンクールで4位になった演奏はこちら↓


私は個性や才能といったものをまったく感じませんが、13歳のときの演奏と比較すると、随分と成長しているようです。妙な弾き癖はないようですし、線は細いですけれど、全体的に美しい音ですから、聞きやすい演奏ではないでしょうか。

こちら↓は、2016年の何とか国際バイオリンコンクールでの演奏。


オーケストラの演奏があまりにヒドイので思わず吹き出してしまいました。このオケにつられたのでしょうか、中村太地の演奏も・・・。協奏曲ですから、オケに合せないといけないので、きっとこのような演奏になったんでしょう(^^)
プロのオーケストラじゃないよな、これはきっと。

ビジュアル的には五嶋弟よりも上のようですし、曲がりなりにも国際コンクールで優勝もしましたし、日本に帰国すると、人気が出るかもしれませんね。


この五嶋弟の動画のコメントを見ると、随分と高く評価している日本のファンの方が多いようですね〜。
優しい方ばかりで、いいですね〜(^^)


タグ:クラシック
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「今日、9月4日はクラシックの日」らしいので、小澤指揮の『幻想交響曲』でも [今日のクラシック]

今日9月4日はクラシックの日――日本音楽マネージャー協会が1990年に制定したらしい――ということで、AFPにこのような記事が出ていた。


ということで、YouTubeで小澤とサイトウ記念の幻想交響曲を探し出して、聞いてみた。


これは録音のせいかもしれないけれど、日本料理の「おすまし」や「お吸い物」のような指揮、演奏だケロね〜。「色」も薄ければ、「味」も薄い。しかも、素材の良さも引き出していない、素材そのものの味も引き出していない。何から何まで薄い、薄っぺらい、無色透明のような録音だね〜。しかも、音楽の流れが何か変で、不自然だにゃ――この変に聞こえるところ、不自然に聞こえるところが、小澤の新解釈(・・?――。
小澤教徒、小澤ファン、小澤フリークは除いて、ネムネコは退屈すぎて全曲聴き通すことが難しいけれど――この録音を全曲聴き通すのは苦痛以外の何物でもない!!――、これを聞いて素晴らしいと感動したり、これを繰り返して聞きたいと思うヒトはどれくらいいるのだろう。

「ネムネコは、クラシックの日本人演奏家の演奏に厳しいんだよ。」

「そんなことはないにゃ。同じく日本で生を受けたものとして、ネムネコは、これでも日本人演奏家に対して甘いにゃ。甘すぎるくらいだにゃ。それでも聞いてすぐそう思ってしまうんだから、しょうがないケロ。」

これならば、「個性がない、個性を感じられない指揮者」と音楽評論家から酷評されるオーマンディ――レコード会社からすると、カラヤンやバーンスタインといったスター指揮者の録音のない曲、とりあえず、そのすき間を埋める、スキマ指揮者という点で、小澤とオーマンディは似たような立ち位置の指揮者!!――の録音のほうがずっといいと思うにゃ、オーマンディの録音のほうがずっと音楽的に聞こえるケロ。少なくとも、オーマンディ―は、この録音で、フィラデルフィア管という名門オケのパフォーマンスを最大限に引き出している!!


オーマンディのほうが音楽的な流れは自然。そして、何よりも、ゴージャスで美しい(響き)!! この素晴らしい「オケの音」を聞くことができるという、この点だけでも、この録音には他の録音には代えがたい価値、魅力があると思うにゃ。

本当は、月とスッポンくらいの違いがあると言いたいけれど、そんなことを言うと、小澤教徒の反感を買い、怒られるので控えめにしたにゃ。


タグ:クラシック
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今日のクラシック、アンリ・デュティユ作曲 交響曲第1番 [今日のクラシック]

今日のクラシックは、前回にひき続いて、フランスの現代音楽の作曲家、アンリ・デュティユ作曲の交響曲第1番です。


ネットで少し調べたところ、この曲に関する記事を見つけられなかったので、ネムネコの秘密の情報源から記事を引用することにする。

古典的な交響曲にはかならずソナタ形式の楽章がありますが、このソナタ形式というのは、調性の存在が重要な前提で、無調の現代音楽の時代になって、その意味が見直されなければならなくなりました。それでデュティユは、第1主題、第2主題という対立的、弁証法的な相克ではなく、単一の主題から生成させるために、変奏曲形式を応用しました。第1楽章は「パッサカリア」、第2楽章は「スケルツォ」、第3楽章は「間奏曲」、第4楽章は「変奏曲を持つフィナーレ」です。
ネムネコ秘密の情報源

ネムネコ秘密の情報源の引用にあるように、この交響曲の第1楽章はソナタ形式ではなく、バロック音楽でよく用いられたパッサカリアという形式で、交響曲の第1楽章としては非常に珍しい音楽形式。


バッハの『パッサカリアとフーガ』と比較すれば、パッサカリアという古典的な形式を踏襲しているけれど、それを現代的に拡張した別なものになっていることがわかると思う。
さらに、比較のために、新ウィーン楽派の一人、ウェーベルンのパッサカリア。


温故知新というわけではないだろうが、古典期に確立したクラシックの音楽技法から離れ(るために)、バロック、それ以前の音楽形式をもとにして新しい音楽を創造するということを現代音楽の作曲家はしたりするので、実は珍しいことではないのかもしれない。

形式的には、1楽章よりも2楽章のスケルツォの方がより伝統的で保守的のように思う。ではあるが、非常に激しく、そして、緊張感に満ちた厳しい音楽。一応、三部形式になっていて、中間部は比較的穏やかだけれども、普通、中間部はもっと穏やかで優しい曲調になるように思うが、中間部も嵐のような速度で一気に駆け抜けるように感じられ、聞いていて「これはスケルツォなのだろうか」という疑問に襲われた。しかし、私はこの曲の中でこのスケルツォが一番好きで、一番できているように思う。

3楽章は、嵐のような2楽章とは打って変わって神秘的な音楽になっているようだ。音の響きなど随分と工夫しているのだろうが、全体的に漫然としているようで、聞いていてやや退屈してしまった。これは、まったく、私の音楽的な好みの問題だ。なんたって私は、ホルストの『惑星』の場合、火星と木星くらいしか聞くことが出来ず、この2曲以外不要だと思っているのだから(^^ゞ


4楽章は、3楽章の静から再び動に戻る。なのだけれど、1楽章、2楽章と比較すると、全体的に統一感と緊張感を欠いているように思え、やや不満に思った。
音楽を単なる綺麗事ではすませなくなってしまった現代において、交響曲のフィナーレの作曲は、作曲者にとって難しいものなのかもしれない。

交響曲、特に4楽章形式の交響曲は過去の遺物で、もはや現代にそぐわない、時代遅れの音楽的形式なのかもしれない。


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今日のクラシック、ラザール・ベルマンの弾くクレメンティ作曲・ピアノソナタ第2番ロ短調 作品番号40 [今日のクラシック]

今日のクラシック、ラザール・ベルマンの弾くクレメンティ作曲『ピアノソナタ第2番ロ短調 作品番号40』です。


ネムネコはピアノだけの曲はあまり好きでない――ハッキリ言ってキライ!!――なので、ベートーヴェンをはじめに有名どころの作曲家、または、有名なピアノ曲程度しか聞かない。だから、この作曲家の名前くらいは知っていたけれど、ムツィオ・クレメンティ―のピアノ曲はほとんど聞いたことがない。NHKのFM放送などで聞いたことはあるかもしれないけれど、この作曲家のピアノ曲はまったく知らない(^^ゞ。なのですが、ちょっと、今日、クレメンティのピアノ曲を少しだけ聞く機会があって、なかなかスゴイ作曲家ではないかと思い、YouTubeでこの作曲家のピアノ・ソナタを検索したところ、たままた、ベルマンの弾くこの演奏を発見した。

ベルマンはリストなどの超絶技巧の曲をバリバリと弾きこなすヴィルトゥオーゾである、あったという知識はもっているけれど、このピアニストの演奏を聞いたことはほとんどない。
ということで、「どんな演奏をしているのだろう」と思い、聞いてみた。
好みはわかれるとは思いますが、なかなかの演奏じゃないですか。すごいケロ、と思った。

そう思っていたところ、ベルマンの演奏が終了し、自動再生されたホロヴィッツのクレメンティのピアノソナタを聞き、度肝を抜かれた。


「オレはこれまでこんな素晴らしい演奏を知らずに生きてきたのか」と、思わず、大きなため息をついてしまった。
ロシア出身のピアニストだからテクニックが優れているのは言うまでもなく、1楽章、3楽章の張り詰めた緊張感、そして、ヒトを惹きつけてやまない演奏の求心力は凄いね。
ホロヴィッツとベルマンとではタイプが違うので、また、スタジオ録音とライブ音源との違いもあって、単純な比較はできないけれど、このホロヴィッツの演奏を聞いたら、先に紹介したベルマンの演奏は霞んで聞こえてしまうようだ。
この録音は、凄いの一言に尽きるね。

古い録音なので、音質的には不満が残るだろうけれど、そんな不満をすべて吹き飛ばしてしまう歴史的な録音だと思うね、これは。

なお、たいしたことは書いていないけれど、作曲家であるクレメンティについて知りたいヒトは、例えば、以下のウィキペディアの記事などを参考にして欲しい。
https://goo.gl/6Fzs5Q

ウィキペディアに

ベートーヴェンは、ピアノ曲に関してはモーツァルトの作品よりもクレメンティの方がピアニスティックで素晴らしいと評価している。

と書いてあるように、古典派というよりも初期ロマン派的な、魅力にあふれる曲だと思う。
ここにある「ピアニスティック」という言葉がいいね。モーツアルトのピアノ曲は、基本的に曲の作りが単純だからね〜(^^)。


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18歳の藤田真央さん優勝 スイスのハスキル国際ピアノコンクール 日本人3人目  産経 [今日のクラシック]


日本人が優勝できる程度のコンクールだし、歴代の優勝者を見てもいまひとつパッとしたヒトが出ていないようだし、また、日本のマスメディアの誇大宣伝(・・?

YouTubeには、今回、このコンクールで優勝した藤田麻央の演奏の動画が幾つかアップされているようだにゃ。


ちょっと聞いたところ、このヒトもTastenkastenさんのいう「清潔なテクニック」を身につけているようだにゃ。ダイナミズムは感じさせるけれど、18歳(この動画がアップされたときは16歳(・・?)の若手だからこれは致し方ないのだろうけれど、表面的な演奏といった感。ところどころ、ハッとさせる聞かせどころはあるようだけれど、この演奏を聞いた限り、ネムネコはそれほど魅力を感じない。
だから、今後の成長に期待ということにしておこう♪


こちらは、昨年行われた、若手音楽家を対象とした何とかコンクールの第2予選の演奏のようだけれど、正直、この程度の演奏ならば「聞かなくていいわ。聞くのは時間の無駄!!」といった感が・・・。
これは日本人のクラシックの演奏家によく見られることだけれど、このヒトもまた表現者として最も大切な何かが欠落しているようだにゃ。
このことは日本の音楽教育に起因することなのか、はたまた、いまだ日本人がクラシック音楽を我がものとして消化吸収できていないために発生する事象なのだろうか(・・?

それはそれとして、聞き所は派手な強奏の部よりも音の弱いところ、弱奏部にあるようだにゃ。


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今日のクラシック、アンリ・デュティユ作曲 チェロ協奏曲『遥かなる遠い国』 [今日のクラシック]

今日のクラシックは、アンリ・デュティユ作曲 チェロ協奏曲『遥かなる遠い国』です。


とある「ネムネコの秘密の情報源」で、フランスの現代音楽の作曲家、アンリ・デュティユの名を知った。超メジャーな作曲家ならばともかく、海外の現代音楽の作曲家の曲が日本のコンサートで取り上げられることはほとんどないので、ネムネコがこの作曲家の存在を知らなかったことは無理もない。私が知っているフランスの現代音楽の作曲家は、メシアンやブーレーズくらいのものなのだから。

メシアン トゥーランガリラ交響曲


ピエール・ブーレーズ ルー・マルトー・サン・メートル


メシアン、ブーレーズくらい知名度がないと、ネムネコを含む、日本のクラシックファンは、その存在を知ること、そして、その作曲家の曲を聞くことは難しいと思う。

それはさておき、ネムネコの秘密の情報源には、アンリ・デュティユについて次のように書いてあった。

20世紀を代表するフランスの作曲家のひとり。メシアンやブーレーズほど一般の人には知られていないと思いますが、音楽家からの評価は非常に高いです。どんな楽派にも属さず、独自の世界を作り上げた人です。寡作家ですが、その分作品の質が非常に高く、どの作品もレパートリーとして残っています。
ドビュッシーやラヴェルなどのフランス音楽の響きの伝統は受け継いでいますが、基本的には非常に厳しい、論理的に考え抜かれた楽曲構成による古典的完成を見せる作曲家です。
出典:ネムネコ秘密の情報源

音楽の素人には、下線を引いた「(音楽的な)論理的」という言葉、概念がなかなか難しいけれど、曲の流れの自然さ――「こう書いたから次はこうこなくてはならない」といった作曲理論上の前後の流れの必然性、首尾一貫性など――くらいに、ここでは、ひとまず、解釈、理解しておくことにするにゃ。
現代音楽には、虚仮威し的な、聞く者を驚かす、奇抜な音楽的展開が見られる。そして、こういう曲が「現代的だ」、「優れた曲」と評価されることが多いような気が・・・。

話が脱線してしまったので、元の話に戻すことにする。

アンリ・デュティユのチェロ協奏曲『遥かなる遠い国』は、徹底的に考えぬかれた、全曲を通じて張り詰めた緊張感が漂う、厳しい感じのする曲で、しかし、それでも、聞く者を寄せ付けない、その意味で排他的な曲ではなく、流れ、音楽的な展開が自然で美しく、親しみの持てる曲のように思う。そして、この曲は、クラシックのチェロ協奏曲の中で飛び抜けた傑作であることは疑いようがないだろう。

チェロ協奏曲『遥かなる遠い国』は、デュティユの作品の中でも特に有名で、非常に演奏回数の多い曲です。ロストロポーヴィチによって1970年に初演されましたが、その後も世界の名だたるチェリストたちがこぞってこの曲を取り上げ、録音もたくさんあります。

ネムネコ秘密の情報源にはこのように書かれてあるとおり、ネムネコのような音楽的素人でも親しみの持てる曲なので、この曲の人気が高く、演奏回数、録音が多いというの納得のいくところ。と同時に、日本でこの曲の知名度がほとんどゼロであることを残念に思った。数多くのヒトに聞かれるべき曲だと思う。

『遥かなる遠い国』という表題は、ボードレールの『悪の華』にある「髪」から引用された詩句です。第二節二行目、堀口大学の訳で、「亡びしひとさながらの、在らぬ国、遠つ国、生きたりな!」
ただし、音楽が詩を説明する、という意図ではありません。「ボードレールは、一種のフィリグラーヌ(紙に漉き込んだ透かし)のようなものとして現れるに過ぎない。」(音楽評論家クロード・ロスタン)

第1曲 謎
―そしてこの見知らぬ象徴的な自然で。
第2曲 眼差し 
―おまえの眼から、おまえの緑色の眼から流れ出る毒。私の魂をさかさまに映している湖水…(『毒』より〉
第3曲 うねり 
―おまえは黒檀のような海、帆と漕ぎ手と焔とマストのまばゆいような夢を秘めている。(『髪』より)
第4曲 鏡 
―私たち二人の心臓は、二人の魂の、あの対の鏡に倍の光を反映させる巨大な炬火になろう。(『恋人たちの死』より)
第5曲 賛歌 
―おまえたちの夢を大事にしろ:賢者は愚者のように美しい夢を持たないものだ。(『声』より)

また、秘密の情報源にはこのような解説があった。参考にするといいと思うにゃ。


実は、この曲の前に、この作曲家の『メタボール』


という曲が紹介されていたのだけれど、こっちの曲は、フランス的で、ドイツ・オーストリア音楽で出来ているネムネコの好みではなかったので、チェロ協奏曲を取り上げたにゃ。
ネムネコ好みの曲じゃないから、評価が低くなるのは当然。
素人だから、聞いた印象、感想こそが曲の評価に直結する。
これは素人のみに与えられた、許される特権だと思う!!


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今日のクラシック、R.シュトラウス作曲『4つの最後の歌』 [今日のクラシック]

R.シュトラウスのオペラの台本の著作権問題に関するコメントをいただいたので、
今日のクラシックは、R.シュトラウス作曲『4つの最後の歌』です。


オペラを日常的に聞くことができないという日本固有の問題点もあって、R.シュトラウスの代表作は、交響詩『ツァラトゥストラはこう語った』と思っているヒトが多いと思うにゃ。


しかし、モーツアルト同様に、R.シュトラウスの本業はオペラ作曲家であり、オペラ、楽劇ににその本領が発揮されていると思う。
とは言え、R.シュトラウスのオペラは長くてこれを取り上げることはできないので、この曲をセレクトしたにゃ。第1曲の「春」は、R.シュトラウスのオペラの中で最も人気の高い『ばらの騎士』を彷彿させるような、優雅で甘美――私は、この響きの中に、熟れたメロンのような甘ったるい腐敗臭を感じとるが――が漂っているように思う。この曲を聞くと、R.シュトラウスのオペラの匂いを感じ取れると思うにゃ。
『ばらの騎士』は長すぎるので、組曲版を。
R.シュトラウスは、お金が大好きだったから、大人気の楽劇『ばらの騎士』から曲を選び、この組曲を書き、さらにお金を稼ごうとしたとか、しなかったとか(^^ゞ
ストラヴィンスキーにも確かこのような話があったような・・・。


R.シュトラウスは、このような後期ロマン派的なオペラだけを書いていたのかといえば、楽劇『エレクトラ』などのような、現代的なオペラも残している。


オペラ全曲は耐えられないというヒトは、リハーサルのシーンのコチラを。


マーラーもそうだったけれど、R.シュトラウスには、作曲家という面の他に、その時代を代表する偉大な指揮者のひとりという、もう一つ側面もある。
――成功はしなかったが、また、あまりよく知られていないが、フルトヴェングラー、ワルターなどの20世紀前半の大指揮者の中には、作曲家という一面を持っている指揮者が意外に多い。作曲家兼指揮者というのがこの時代のトレンドであり、一流であること、”cool”である証であった。この記事に埋め込んである指揮者のうち、カラヤン以外は作曲家という経歴を持っている!!――
そのことを示すいい動画がYouTubeにあるので紹介するにゃ。


R.シュトラウスは、右手一本で指揮をする。「なぜ、両手を使って指揮をしないのか」と尋ねられたとき、「右手一本ぶんのギャラしかもらっていないから(ギャラを今の2倍にしてくれたら、両手を使って指揮をしてやる!!)」と答えたそうな。いかにもお金好きのR.シュトラウスの言葉、ブラックユーモアだにゃ。このお師匠さんの影響なのか、弟子であるカール・ベームも守銭奴であった!!

話を著作権の話に戻して、この曲を。



本作を知ったリヒャルト・シュトラウスは、これがイタリアに古くから伝わる民謡であると勘違いし、1886年に作曲した交響的幻想曲『イタリアから』(Aus Italien) に「フニクリ・フニクラ」のメロディーを取り込んでしまった。それを知ったデンツァはシュトラウスを訴えて勝訴し、以降この曲が演奏されるごとにシュトラウスはデンツァに対して著作権料を支払っていた。
https://goo.gl/Aolaaz


33分30秒くらいに、『フニクリフニクラ』が当除するケロ!!

著作権問題は、いつの時代にも存在したようだにゃ。


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今日のクラシック、ボフスラフ・マルティヌー作曲『交響曲第4番』 [今日のクラシック]

今日のクラシックは、前回に引き続きチェコ出身の作曲家・ボフスラフ・マルティヌー作曲の『交響曲第4番』です。


この曲は、マルティヌーの交響曲の中では最も演奏機会の多い曲で、おそらく、最も一般の人気の高い交響曲なのだろう。
しかし、ネムネコは、この交響曲の第1楽章の冒頭部を聞いたとき、頭が混乱するだけではなく、吐き気すら覚えてしまった。この原因はわからない。おそらくこの響き、和声が体質的、生理的にあわないのだろう。だから、生理的に受け付けないとしか表現のしようがない。繰り返し、辛抱強くこの曲を何度も聞き続ければ違った来るのかもしれないが、今のところ、ネムネコ殺しの曲であることだけは疑いようがない。

例によって、ネムネコ秘密の情報源からこの曲の解説を引用する。

第1楽章は、第1番に通ずるところがある明るさを持った曲ですが、ところどころに現代的な性格の響きが挿入されます。第2楽章のスケルツォは第1番のように軽快ではなく、非常に現代的でドラマティックなものになっていますが、中間部は独特な発想で書かれています。この部分で木管楽器が演奏する素朴なメロディーは、マルティヌー自身のお気に入りだったようです。第3楽章の緩徐楽章は、第1番や第3番の緩徐楽章同様重厚な盛り上がりも見せる曲ですが、弦楽器の独奏などを交えた個性的な音響世界になっており、次第に明るい性格になっていく透徹された音楽世界を作り上げています。第4楽章は、『二重協奏曲』に聞くことができたような尖鋭で劇的な性格を以て始まります。非常に演奏効果が高く、アンサンブルも難しい曲だと思いますが、緊張が切れることなく続きながら、最後は楽天的な性格のフィナーレへと解放されていきます。全曲を通して、緻密でありながら、古典の枠にはまらない現代的発想で構成されており、深刻なドラマ性と楽天的な明るさの対比が特にバランスよく保たれた、非常に優れた作品です。

この解説にあるとおり、1楽章と4楽章は、古典的な造形性を持っていると思う。
この解説には「非常に演奏効果が高く」とあるが、私には表面的な演奏効果を狙ったように感じられた。この曲は「ネムネコ殺し」的な要素を含んでいるので、こう言った否定的な印象を受けたのかもしれない。その可能性は十分すぎるくらいあるように思う。

私が思うに、この曲は中間の2楽章、3楽章が優れているように思う。紹介した解説にあるとおり、2楽章のスケルツォの中間部、3楽章が非常に優れているようだ。弦楽中心の3楽章の緻密な作曲法は特筆に値するものがあると思う。

上の解説文中に出てくる2重協奏曲はこちら↓。



交響曲4番は「ネムネコ殺し」の曲だったのだけれど、この4番の後に作曲された第5番シンフォニーは、「ネムネコ好み」の曲で、何の抵抗感も感じることなく、楽しく全曲聞き通すことができた。



第5番はこれとはだいぶ違う発想で書かれています。当時、故郷プラハへ戻る計画がうまくいかなかったということで、そのいら立ちが表れているという解説もありますが、全曲を通じて非常に現代性が強くなり、構成も自由になっています。ベートーヴェンの第8交響曲とに類似も指摘されていますが、第7交響曲の終楽章のリズムも聞き取ることができ、リズムに特徴があります。非常に尖鋭かつ自由とも取れますが、演奏が良くないと、やや捉えどころのない落ち着きのない曲にも聞こえる危険があります。

この曲の解説文中に下線を施したように、おそらく、ネムネコ(の音楽的感性)は「非常に現代性が強い」ので、この曲になんの抵抗感も感じないのだろう。フィットするにゃ。
音楽的愉悦に満ちたいい曲だと思うので、コチラもぜひ聞いて欲しいと思う。


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ワーグナーのオペラの校正刷り、1600万円で落札 仏パリ AFPBB [今日のクラシック]





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