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ぬか漬け 8章の・・・ [ぬか漬け]

「本当かしら、疑わしいものだわ。」
 セイラは胡散臭そうにホトトギスの顔をじろりと睨み付けた。セイラのそうした努力も、思い込みの強いホトトギスには通用しなかった。何故ならば、ホトトギスは、どんな荒唐無稽な話であったとしても、それが自分の嘴から発せられた瞬間、それを真実だと思い込む性癖を有していたからである。案の定、ホトトギスの嘴からは「セイラに僕が嘘を吐く筈がないでしょう。僕の目を見れば、僕が真実を告げていることが理解できる筈だ」という言葉が戻ってきた。
 これ以上詰問しても、これ以上、ホトトギスから情報を引き出すことは不可能と判断した、セイラは「分かったわ」と一応ホトトギスの言葉に納得した素振りを見せた。セイラのその姿を見て、ホトトギスはようやく安心した。それから、ホトトギスは嘴を大きく開き林檎をバリバリと齧り始めた。瞬く間にそれを噛り尽くすと、ホトトギスは、右の翼でお腹を押さえ、自分の窮状をセイラに訴えた。
「今日、一日街を歩きまわったから、お腹が空いたね。早く夕ご飯を食べに食堂に行こうよ。」
「あんたは私の右肩に止まりずっと踊っていただけでしょう。それなのに、街を一日中歩きまわったなんてよく言えるわね。」
 ホトトギスはいかにも心外そうにこう答えた。
「僕は見ての通り足が短いんだよ。この短い足で歩いたら、セイラの足手纏いになるだけでしょう。だから、僕は、セイラの負担になることを承知の上でセイラの右肩に止まっていたんだ。だから、そんな言い方をしなくてもいいでしょう。それに、踊りは非常に体力を消耗する行為なんだ。一日中歩き通すよりも、ずっと踊り通す方が大変なんだ。セイラはそのことを理解していないよ。」
「誰もあんたに踊りなさいと言っていないわ。あんたが勝手に踊っていただけじゃない。それで疲れようがお腹を空かそうが私には何の関係もないでしょう。」
 セイラの指摘は当を得ていた。しかし、ホトトギスはそんな道理に通用する相手ではなかった。それどころか、ホトトギスは、今日の踊りの稼ぎと言えるお捻りをポシェットから取り出し、それをセイラの前に差し出した。
「これは、全部、僕の踊りを見た人達からのお捻りだよ。僕は伊達や酔狂で踊っていたんじゃないんだよ。セイラの肩の上で歌い、踊ることによって、盗賊カラス団の捜索に必要な資金を集めていたんだ。僕は殊勝な心がけの持ち主なんだよ。だから、『ホトトギス、今日は本当にご苦労様。これはあんたへの感謝の徴よ』と、セイラから頭頂部を優しくキスされることがあっても、セイラから非難される筋合いがない筈でしょう。それなのに、今の言葉はちょっと酷いんじゃない。『勝手に踊って、疲れたんでしょう。私には何の関係もないわ』はないでしょう。純粋無垢な僕の心を傷付けたお詫びとして、さっ、ここに優しくキスをして貰おうじゃない。」
 ホトトギスは、そう言い終わると、右の翼で頭頂部を指し示した。
 ホトトギスとしては、もちろん、頭より嘴にキスをして欲しかった。しかし、セイラがそのことを受け入れる可能性は皆無であり、ホトトギスは現実と妥協し頭頂部にキスをしてもらうことにしたのであった。だが、それとてセイラの受け入れ可能な領域を逸脱していた。
「恥ずかしいから、目を閉じて、ホトトギス。」
 目を閉じたら、間違いなく、キスをする代わりに鉄拳が振り下ろされる。そう考えたホトトギスは、ギュッと嘴の臆を噛み締め、頭頂部を激しく襲う痛みに備えてた。しかし、いつまで経っても、怒りの鉄拳が振り落とされることはなかった。それどころか、セイラが甘い声で「聞こえなかったの、ホトトギス。恥ずかしいから、目を閉じて」と言ってきた。
 その言葉を聞いた時のホトトギスの気持ちはまさに天にも昇るようであった。勢い良く「ハーイ」と返事した後、ホトトギスはすぐさま目を閉じた。そして、セイラの唇の柔らかい感触をより鋭敏に感じ取るために、全神経を頭頂部に集中させた。その瞬間、ホトトギスの頭頂部にセイラの鉄拳が振り下ろされた。ガツン。ホトトギスの閉じた目の瞼の中に幾つも眩い星が浮かんだ。そして、彼はそのまま意識を失った。

ぬか漬け 8章のはじまり [ぬか漬け]

ぬか漬け 8章

 泥棒カラスがカイの石鹸を盗み出した後、ぱたりと白カラスと四咫烏の足取りが辿れなくなってしまった。それでも、何か新たな手掛かりが入るかもしれないと考え、四咫烏達の出没しそうな所をしばらく訪ね歩いたりしたが、やはり手掛かりになる情報を得ることは出来ないでいた。
 夕方、何の成果もなく宿に戻ったセイラは、部屋に戻ると大きな溜め息を吐いた。そして、部屋の真ん中に置かれているテーブルの椅子に腰を下ろした。それと同時に、それまでセイラの右肩に止まり毛繕いに精を出していたホトトギスがピョンとテーブルの上に飛び降り、セイラの真向かいの席に腰を下ろしているカイに「朝から白カラスと四咫烏の調査をし、セイラは疲れ切っているんだ。お茶の一つも出してやろうという殊勝な気になれないのか。これだからお子様は困るんだ。わかったら、早くセイラと俺にお茶を入れるんだ」と命令した。
「僕も姉ちゃんと一緒に朝から聞き込みに出かけていたんだぞ。姉ちゃんが疲れているのならば、それと同じように、僕も疲れているはずだ。そこまで言うのだったら、お前が姉ちゃんにお茶を出したらいいじゃないか。」
 カイの反論はまことにもって尤もであった。しかし、ホトトギスに常識や良識といったものが通用する筈がなかった。ホトトギスは、即座に自分が鳥であることを形に取り、反駁を開始した。
「俺が不自由な鳥の姿をしていなければ、お前に頼むものか。それができないから、こうやって、お前にお茶を入れやがれと言っているんだろうが。これだからお馬鹿なお子様は困るのだ」と罵倒した後、「さっ、早くお茶を入れるんだ。でないと、どうなるか分かっているのだろうな」と言って、嘴の先を光らせた。
 それが何を意味するのか、これまでに幾度となくホトトギスと熾烈な喧嘩を繰り返してきたカイには考えるまでもなく自明のことであった。いつもは、ホトトギスと無用な争いを避けるために大人しく彼の言いなりになるところであったが、この日は、よほど疲れていたのか、それとも虫の居所が悪かったのか、この時は珍しく「嘴の錆にしてやろう、と言いたいのだろうが、そうそう同じ手にかかるものか」とホトトギスの要求を突っ撥ねた。
「年長者に対する口の利き方も知らない餓鬼が意気がるんじゃない。お前より長く生きているものとして、どうやら、礼儀を教えてやる必要がありそうだ。さあ、どこからでもかかってこい。嘴の錆にしてやる。そして、地獄でゆっくりと自分の愚かさを呪うんだな」と言うや否や、カイの額を目掛け、ホトトギスは嘴から一直線に突っ込んで行った。
 目にも止まらぬホトトギスの嘴攻撃であったが、カイはこれまでの経験から彼の飛行経路が事前に予想することができた。そして、手にしていた林檎を素早くそこに移動させた。結果、ホトトギスは待ち構えていた林檎に嘴が突っ込む羽目に見舞われた。「待ち伏せとは卑怯千万。尋常に勝負しやがれ」と、ホトトギスは口汚なくカイを罵ろうとしたが、深々と嘴が林檎に突き刺さっているためにそれが言葉になることはなかった。
 そんな不幸なホトトギスの身に新たな悲劇が降りかかった。というのは、彼の嘴が深々と突き刺さっている林檎をカイがセイラに手渡したのだ。
 我が身にどのような審判が下されるのか、ホトトギスは気が気ではなかった。体をわなわなと震わせて、ホトトギスは恐る恐るセイラの顔を上目遣いで見た。怒りで顔から血の気が引き蒼白になっているだけではなく、顳のあたりには行く筋も青筋が浮かびヒクヒクと蠢いていた。セイラが怒りで我を忘れている証拠である。このことに気付いたホトトギスはこの絶体絶命の窮地から脱する方策について凄まじい勢いで頭を巡らせた。しかし、そうそう都合のよい考えが浮かぶものではなかった。八方塞のホトトギスは、時間稼ぎのために、饒舌な嘴に任せて思い付くことを片っ端から口にし始めた。
 必死の説得の甲斐があったのか、険しいセイラの表情が微かに緩んだ。ここが勝負時だと判断したホトトギスは、さらにその話を続けた。
「昨日、生まれ故郷の北の国に帰ろうとしていた雁に聞いたんだけど、奇妙な二羽のカラスが寄り添うように南を目指して飛んでいたんだって。僕が推測するに、雁の言う奇妙な二羽のカラスは、白カラスと四咫烏なんじゃないかな。」
「どうしてそんな大切なことを今まで黙っていたのよ。あんたがその話を私達にしてくれたら、私たちは、こんなにくたびれずにすんだのよ。それだけじゃないわ、あんたがその話をしてくれたら、今日一日を無駄にしないで済んだわ。あんた、ことの重要性に気付いているの。」
 二羽のカラスが寄り添うように南に飛んでいるところを雁が目にしたという話は、苦し紛れにホトトギスが思い付いた話であった。朝の段階にセイラに話すなど土台無理な相談であった。しかし、そんなことをセイラに話したら、それこそ何をされるか分からなかった。自分から招いたさらなる災いとはいえ、ホトトギスは更なる言い訳をする必要に迫られた。ホトトギスは悲壮なる決意を固めた。
「白カラスと四咫烏の情報があまりに少なすぎて、この情報の裏が取れないんだよ。その話をした雁が僕に嘘を吐いたとしても何のメリットがないから雁が嘘の情報を伝えたとは考え難いけれど、雁の勘違いや見間違いの可能性も否定できないじゃない。だから、情報の確認ができてから、セイラに話そうと考えていたんだよは。今までこの話を忘れていたんじゃないからね。誤解しないでよ、セイラ。」


ぬか漬け 7章の終わり [ぬか漬け]

 ホトトギスの主張する通り、床に丁寧に一つ一つ並べられたカイの荷物の中に石鹸は見当たらなかった。その事実はホトトギスの主張を裏付けるものであったが、この事実に対するセイラとカイの解釈は違った。セイラとカイの二人は申し合わせたようにホトトギスに疑いの目を向けた。
「ホトトギス、カイ君の石鹸を盗んだ真犯人はあんたじゃないの。四本足の四咫烏に無実の罪をお仕着せようと企んでいるんじゃないの。」
 自分のやったことで文句を吐けられても我慢ができないのに、まして身に覚えのないことで疑いの眼差しを向けられることなど、矜持の高いホトトギスの耐えられるところではなかった。ホトトギスは自分の身の潔白の証しを立てるために、片時として身から放すことのないポシェットをセイラに差し出し、中を確かめるように迫った。
 そのポシェットは、毎月のお小遣を入れるようにと、かつてセイラがホトトギスに与えたものであった。ホトトギスは、そのことに感激し、彼の全財産をそのポシェットに詰め込んでいた。そのポシェットの中身を調べれば、彼が石鹸を盗んでいないことは証明されたかもしれない。しかし、セイラの手を離れ、ホトトギスの物になった瞬間に、そのポシェットは物理学の空間の概念を根底から覆すような魔法のポシェットになっていた。迂闊に中を覗き込んだりしたらどのような面倒な事態に遭遇するか予想できなかった。そのため、セイラは、ホトトギスの差し出しているポシェットの受け取りを拒否した。
 ホトトギスはセイラのこの行動を自分にとって都合の良いように解釈した。ホトトギスは、円らな瞳に大きな涙を幾つも浮かべ、感動した面持ちでセイラの顔を見上げた。
「僕のことを信じているんだね。嬉しいよ、僕。」
 ホトトギスはそこまで言うと、その場に泣き崩れた。何度も「嬉しいよ、僕」と言いながら、鳴咽した。
 セイラは、感涙に噎ぶホトトギスの姿を呆れた様子で見た。そして、呆れ顔で「何でもかんでも、自分に都合の良い方に考えるんじゃないわよ」と言った後、ベッドの上に泣き崩れているホトトギスの頭を軽く指で叩いた。
 「えっ、違うの。僕の身の潔白を信じ、中を検めなかったんじゃないの。」
 ホトトギスは、セイラに叩かれた頭を右の翼で軽く押さえながら、振り返ってそう言った。セイラが首を小さく振るのを目にすると、ホトトギスは、暫くの間、嘴をわなわなと震わせた後、大きな声を上げてベッドの上に泣き崩れた。
「私が今まであんたの言うことを信じたことがあると想っているの。嘘泣きはそれくらいして、部屋に戻るわよ。」
 セイラは、泣き崩れているホトトギスの体をひょいと摘み上げると、宙に浮かんだ恰好で足をバタバタさせているホトトギスに構うことなく、部屋を後にした。


ぬか漬け 7章の続き5 [ぬか漬け]

 カイの頭陀袋から荷物が次々と引っ張り出され、床に並べられた。並べられた荷物の中には、もちろん、ホトトギスの指摘したようないかがわしい品は一つもなかった。ホトトギスは、「変だな」と首を傾げ、空になったカイの頭陀袋の中に頭を突っ込んだ。
 空の頭陀袋なのだから、何もなくて当り前である。しかし、ホトトギスは、「おかしい。さては、このことを事前に察知して、口にするのも憚れるようないかがわしい品を何処かに隠したのに違いない。何処に隠したのであろうか」と言って、部屋をぐるりと見回した。そして、突然、「セイラ、暖炉の上に置かれている花瓶を見てみて。あそこに隠しているに違いない」と大声で叫び、花瓶に一飛びした。、ホトトギスは、その花瓶の裏から、彼が以前に古代遺跡の壁画に記されていた裸婦像を写し取った写生画を引っ張り出し、それを嘴に銜えてセイラに差し出した。
「カイは夜な夜なこんな卑らしい絵を見ているんだよ。こんな絵を見て、何をしているんだろうね。想像するだけで、おぞましいよね。そう思うでしょう、セイラ」と彼女に問い掛けた後、返す刀で、ホトトギスは「恥を知れ、恥を。子供の分際でこんな卑猥な絵を見るとはどんな料簡をしているのだ」
とカイを断罪した後、「嘴の錆にしてやる」と絶叫してカイに飛び掛かろうとした。そんな彼にセイラが制止の声をかけた。
「ちょっとホトトギス。ここにあるのはあんたの署名と落款じゃない。どうしてここにそんな物が付いているのかしら。変だと思わない。」
 しまったと後悔したが、全ては後の祭りであった。ホトトギスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、「何でだろうね」と小首を傾げ、白を切り通そうとした。しかし、それが無理なことに気付くと、ホトトギスは、作戦方針を変更して、嘘を並べ始めた。
「そうだ、思い出した。この絵は、カイに『さあ、この絵を渡しな。じゃないと、お前を焼き鳥にして食べてやるからな』と脅し取られた物なんだ。僕はもちろんその時カイに『恐喝は立派な犯罪行為だ。お前のことを実の弟のように考えているセイラの耳に入ったら、どんなに悲しむことか。そのことを想像してみろ。だから、二度とこんな恥ずかしい真似をしてはいけない』と優しく諭したんだ。すると、カイが僕にこう言ったんだ。『お前が姉ちゃんに話さなければ良いんだよ。でなければ、このことが姉ちゃんの耳に入る虞はないんだから。分かっているな、もしこのことを姉ちゃんに告げ口したら、お前は焼き鳥の材料だからな』と恐喝したんだ。恐ろしくて恐ろしくて、僕は身が竦んでしまったんだ。だから、僕の絵をカイが持っていても何も不思議がないんだ。」
 そう主張するホトトギスの嘴を指で軽く弾いた後、セイラは彼を見下ろして「良くそんなにでたらめを思い付くものね。ここまで来ると怒る気にもならないわ。本当」と言って、もう一度ホトトギスの嘴を指で弾いた。


ぬか漬け 7章の続き4 [ぬか漬け]

 若い男の部屋にノックをすることなく、いきなりドアを開けることは、たぶんに礼を失する行為であったが、四咫烏のことで頭が一杯になっているセイラは、そうしたことに構わずドアを勢いよく開けた。
 ドアを開く大きな音で目を覚ましたカイが眠そうに目を擦りながら視線を彼女に向けてきたた。
「ホトトギスからさっき聞き出したんだけど、四咫烏が昨日この部屋に忍び込み、カイ君の荷物から石鹸を盗み出したそうなのよ。」
 見かけのかわいらしさから想像がつかないが、カイはかなりの博識であった。そんなカイであったが、いや、それ故に、カイはセイラのその話を怪訝に思った。
「食べ物を盗むのならともなく、どうして、カラスが僕の荷物から石鹸を盗み出すの。姉ちゃん、ホトトギスに担がれているんじゃない」と、自分の考えを口にした。
 実の弟のように思っているカイの口から改めてそう言われてみると、そのように思えた。セイラは右手で鷲掴みにしているホトトギスの顔を目の前に引き寄せると、ホトトギスに確認した。
「まさか、さっきの話は嘘じゃないでしょうね。本当に四咫烏がこの部屋に忍び込み、カイ君の荷物の中から石鹸を盗み出したのでしょうね。」
 人間は見かけの美しさに左右される生き物である。ものの美醜は単なる五感に留まらず、人間の善悪の判断、損得勘定にまで大きな影響をもたらす。そして、造化の神が粋を集めて創ったような美少年のカイと、目立たない地味な外見をしているホトトギスの外見には、月とスッポンほどの差があった。それ故に、どうしてもカイの言い分が正しく、ホトトギスの主張が誤っているように聞こえてしまう。外見に考えまで左右されるのが人間であり、ある意味においてそれはしょうがないことであった。
 また、ホトトギスはこれまでに自分の悪事の露見を恐れ、セイラに数々の嘘を吐いてきた実績があった。嘘を吐いて言い逃れをするだけならかわいいものであるが、証拠堙滅を図ったり、時には証拠を捏造し、犯人が自分の他にいるかのように偽装することもあった。カイに対する贔屓目もあり、そうした前科のあるホトトギスはどうしても不利であった。
 自分を見詰めるセイラの目に不信が満ち溢れていることに気付いたホトトギスは、血相を変えて「本当なんだ、四咫烏が昨日忍び込み、石鹸を盗み出したんだ」と申し開きをした後、「そうだ」と言って、カイの荷物を改め、白黒を決するように提案した。
 論より証拠である。あれこれ詮索するより、自分の目で事実を確かめる方が早い上に確実である。セイラはホトトギスの提案に従いカイの荷物を改めようとした。
 第二次成長期に入り、カイの体は男の子から男へと変貌している最中であった。荷物の中をセイラに見られたとしても特に不都合な物は入っていなかったが、それでも、年頃の男の子としてセイラに荷物の中身を覗かれるのは恥ずかしかった。そのため、カイは顔を真っ赤にし、慌てた様子で、荷物を調べようとするセイラに「姉ちゃん、駄目だって」と制止の声をかけた。「どうしてよ、カイ君」と、怪訝そうな表情でセイラが振り返るのと同時に、いつの間にかに彼の指定席と言えるセイラの右肩に止まっているホトトギスが物凄い形相をしてカイを睨みつけた。
「さては、俺とセイラには見せることのできないヤバイ物を隠し持っているようだな。餓鬼の癖に何て野郎だ。お上にも情けがある。さあ、何を隠し持っているか素直に白状しやがれ。でないと、全て没収だからな。」
「何、勝手なことをほざいていやがる。僕がそんな物を隠し持っている筈がないだろう。僕が眠った時に部屋に忍び込み、僕の荷物の中味を毎日チェックしているだろう、お前は。所有者の僕よりお前の報が荷物の中に何が入っているか知っている程じゃないか。」
「それではまるで俺が泥棒であるかのようではないか。言うに事欠いて、妙な言い掛かりを付けないで貰おうじゃないか。」
 そう言うとホトトギスは、そのまま、臨戦態勢に入った。
 このままでは取っ組み合いの喧嘩になるかもしれない。そう判断したセイラは「あんたは少し黙っていなさい」とホトトギスを叱りつけた後、「カイ君もこれで機嫌を直して」と言って、カイのベッドの上に静かに腰を下ろした。
「僕が思うに、口にするのも憚れるようないかがわしい本と絵を荷物に隠し持っているに違いない。」
「私のカイ君がどんないかがわしいものを持っていると言うのよ。妙な言い掛かりを付けると、こうだからね。」
 セイラはそう言うと右手を大きく振り上げた。それが何を意味するかなどは言わずもがなであった。ホトトギスは「嫌だなあ、軽い冗談じゃない」と叫びながら、ベッドの上を駆け回った。しかし、セイラが自分に何の関心も示さないことに気付くと、今度は作戦変更をし、カイの頭陀袋に飛び移り、嘴で紐を解くと、荷物を引っ張り出し始めた。


ぬか漬け 7章の続き3 [ぬか漬け]

 何か自分にとって都合の悪いことがあるたびに、ホトトギスは泥棒カラスを言い訳に使っていた。「カラスの仕業なんだ。だから、僕は何も悪いことをしていない」と、カラスに濡れ衣を着せ続けた。ホトトギスのこの言い訳を聞きいて、セイラは、「またか」と、うんざりした表情を浮かべた。
「またカラスなの。たまには違う鳥の名前を挙げられないのかしら。」
「ワンパターンも何も、本当なのだから、しょうがないでしょう。本当に泥棒カラスがカイの石鹸を盗み出したんだ。信じてよ、セイラ。」
 ホトトギスはその円らな瞳に大粒の涙を幾つも浮かべ、その涙で訴えかけた。しかし、それさえホトトギスの常套手段であり、セイラの心に強く訴えるだけの訴求力を有していなかった。
「ならば、カラスがその石鹸を何に使うのよ。カラスが石鹸で洗濯をするというの。それとも、石鹸を使って行水をするとでも言いたいのかしら。」
 セイラは、そう言って、ホトトギスの主張を退けた。しかし、ホトトギスはなおも弁明をを続けた。延々と続くホトトギスの弁明にすっかりうんざりしたセイラが視線の先をホトトギスから逸らした時、アルコールを大量に含んだホトトギスの涎の匂いが彼女の鼻腔を直撃した。その悪臭の発生源を探るためにセイラが視線の先を自分の胸に向けると、そこにホトトギスの物と推定される涎の跡を発見した。
「これは何なのかしら。答えて頂戴、ホトトギス。」
 セイラの口調は穏やかであった。しかし、その口調とは対照的に、セイラの顳のあたりに青筋が幾つも浮かび上がり、それが、あたかも命を有しているかのように、ピクピクと蠢いていた。セイラが怒りに我を忘れている時に見せる表情であった。
 これは相当まずい。ひょっとしたら、セイラに責め殺されるかもしれない。
 ホトトギスは生命の危機を察知した。一瞬、「命が惜しかったら、この場からすぐに逃げ出すべきだ」という考えがホトトギスの頭の中に浮かんだが、そんなことをしたら、セイラの怒りの炎に油を差すことになり、それこそ抜き差しならないことになる。そこで、ホトトギスは「ごめんなさい」と土下座をして謝ることにした。
 いつものセイラならば、平謝りをしているホトトギスを踏み付け、顔を地面に何度も擦り付けるところであろうが、この日は機嫌がいいのか、それとも、自分の非を素直に認め謝ったホトトギスの潔さに驚いたためであろうか、これ以上、ホトトギスに対するお咎めはなかった。セイラはホトトギスの涎をタオルで拭き取った後、ホトトギスに「もう良いわ」と言った。
 セイラから容赦のない殴る蹴るの暴行を受け、全身骨折し、嘴からはどす黒い血を流しながら、呻き声を上げることを覚悟していたホトトギスは、セイラのその言葉に多少の物足りなさを感じ、「えっ」と顔を上げた。
「何か不満でもあるの。」
「不満なんかあるわけがないでしょう。」
 ホトトギスは、セイラにそう答えた後、土下座をしていた時に頭に付着した埃を右の翼で軽く払い、ベッドの上に飛び乗った。ホトトギスのその姿を見て、セイラが「まだ、私の質問に全て答えていないでしょう。それで、カラスは何をするために石鹸をカイ君の荷物から盗み出したのよ」と質問した。
「これあまり知られていないことなのだけれど、カラスはマヨラーなんだよ。油が大好きで大好きでたまらない。セイラも知っての通り、石鹸の主成分は油でしょう。頭の良いカラスは、このことを良く知っていて、石鹸を見付けるとそれを盗み出し、あとでそれを美味しくいただくんだ。」
 カラスが天然成分の石鹸を食べるのは事実である。しかし、セイラはこのことを知らなかった。そして、「嘘をおっしゃい」とホトトギスを叱責した。
 嘘を吐いても、事実を口にしても、どのみちセイラに叱られるのである。ホトトギスは釈然としないものを憶えた。しかし、このままでは、カイの荷物から石鹸を盗み出したのが自分であると誤解されるおそれがあった。そこで、ホトトギスは身に覚えのない火の粉が自分の身に降りかからないように、さりげない口調で仄めかすように「暗がりで良く見えなかったけれど、昨日のカラスの足は四本足であったような気がする」と言った。
「ホトトギス、本当にそのカラスは四本足だったのね。あんたの見間違いじゃないのでしょうね。」
「僕がセイラに嘘を吐く筈がないでしょう。本当だよ。僕のこの円らな瞳を見れば、僕が嘘を吐いていないことが分かるでしょう」
 セイラは、「本当なのね」と彼に念押しをしてから、ホトトギスの体を鷲掴みにしたまま、この話の真偽を確かめるために隣りのカイの部屋へと足早に向かっていった。

ぬか漬け 7章の続き2 [ぬか漬け]

 セイラの豊かな胸の間に顔を埋め、涎を流しながらホトトギスは眠っていた。いつものホトトギスならば、セイラが目を覚ます前に目を覚まし、セイラのパジャマに着いている自分の涎にフーフーと息を吹きかけてその痕跡を完全に消したあと、「朝だよ、セイラ。起きてよ」と囁きかけるのであるが、この日は、ホトトギスは東の空がほのぼのと明らむまで酒を飲んでいたために、ホトトギスは寝過ごしてしまった。セイラより早く目を覚ましたものの、セイラの寝間着に付いている自分の涎を乾かす暇がなかった。
 セイラの胸の谷間にしっかりと痕が残る自分の涎を目にし、子供がおねしょをした時のように、ホトトギスは顔色を失った。
 上手く言い逃れられなければ、そこに待っているのは躾の名を借りた、地獄の責め苦のごとき、お仕置きが待っている。セイラの自分に対するお仕置きは、動物虐待ではなく、愛情の屈折した表現であることは重々承知しているが、それでもやはり、思い切り頭を打たれ、手加減のない蹴りを体に受けることだけは避けたかった。そこで、どうやってこの絶体絶命の窮地から脱するか、懸命に頭を巡らせた。
 焦りは新たな焦りを産む。特に締め切りの時間が迫れば、その焦りはパニックへと姿を変え、残っている正常な思考力を奪い去る。早く終わらせなければとアタフタとし、時間だけを徒に浪費するものである。セイラの目覚めの時が眼前に迫っているホトトギスはまさしくこの状況にあった。「困った、困った」と狼狽し、額から脂汗を流すだけで、何も名案が浮かばなかった。
 このままでは徒に時間を浪費するだけだと気付いたホトトギスは、心を落ち着かせるために、大きく深呼吸した。それに合わせるかのように、セイラが目を覚ました。
 セイラが目を覚ますと、決まって、「おはよう、セイラ」と朝の挨拶をするホトトギスが、その挨拶をしなかった。このことを怪訝に思ったセイラは彼にその理由を尋ねた。それに対して、ホトトギスは「何でもないから気にしないで。まだ起きるには早いよ。今日の朝は一段と冷え込みが厳しいから、このまま眠っていた方がいいんじゃないかな」と答えた。
 どんなに朝の冷え込みが厳しかろうが、ホトトギスはお構いなく時間になればセイラを起こしにかかる。クロウリーの奥さんから糠床を譲り受けてから、ホトトギスのその行動はさらに執拗になっていた。セイラが「もう少し眠らせてよ」と哀願しても、ホトトギスは頑としてそれを撥ね付けるのである。そのホトトギスが「まだ眠った方が好いよ」と優しい言葉をかけたのだ。「何か良からぬことを企んでいるか、そうでなければ、何か悪戯をし、そのことを自分に隠そうとしているのかの二つだ」と考えたセイラは、勢い良く体を起こし、ホトトギスの体を鷲掴みにして自分の方に引き寄せた。そして、「私に何か話すことがあるんじゃないの、ホトトギス。話すならば、今の内よ」と脅迫した。
 セイラの寝間着に涎を垂らしたことを素直に打ち明ければ、罪が軽くなるかもしれない。ひょっとしたら、「自分の粗相を隠さずに打ち明けるには勇気が要ったでしょう。偉いわ、ホトトギス」とその勇気を称えて頭を優しく撫でてくれるかもしれない。ホトトギスは、このように考え、素直に告白することにした。
「例のウグイスが、突然、夜中にやってきて、『雪見酒と洒落込もうぜ』と僕を誘ったんだ。セイラも知る通り、ウグイスはホトトギスのライバル。その誘いを無下に断ったら、ウグイスに『風雅を解さない下郎め。これだからホトトギスはウグイスに劣ると言われるのだ』と馬鹿にされたり、『闘う前に敵前逃亡するとは腰抜けめ。見下げ果てた野郎だ。鳥の風上にも置けん』と侮辱されるじゃない。それで、嗜みとしてしかお酒を飲まない僕ではあったけれど、仕方がなくホトトギスの誘いを受けたんだ。」
 一向に要領の得ない彼の話に辟易とし、セイラが「それがどうしたと言うのよ。あんたが誰と何処で飲もうか私には関係がないでしょう。いっそのこと、そのまま酔い潰れて凍死してくれた方がよかったのに」と連れない言葉を発し、ホトトギスを冷たく突き放した。その余りに冷淡なセイラの仕打ちにホトトギスは「そんな」と言ったあと、「話の腰を折らないでよ。これじゃぁ、話が先に進まないでしょう」と再び話を元に戻した。
「僕とウグイスが飲み比べをしていると、夜陰に紛れた一羽のカラスが何処からともなく姿を現して、カイの部屋に忍び込んだんだ。『夜烏か。それにしても、真冬に夜烏とは珍しい』と、カラスが忍び込んだ窓からウグイスと中の様子を窺っていると、そのカラスは、何と、カイの荷物から石鹸を次々と引っ張り出し、それを風呂敷包みにしまい込み、その風呂敷包み背負うと何事もなかったように窓から出たんだ。僕とウグイスはその泥棒カラスを現行犯逮捕しようとしたんだけど、相手が悪辣で残忍無比なカラスじゃない。カラスの鋭い眼光で『ホトトギスとウグイスの分際で、カラスの俺様に意見をする気か。己の分際を知れ、愚か者めが。静かにしていないと、嘴の錆にしてやる』と睨み付けたんだ。気丈に振る舞っても、やはり僕はホトトギスだね。カラスの恐ろしい眼光に触れると、恐ろしくて身が竦んでしまった。それでも、僕は勇気を振り絞り、泥棒カラスにこう言ってやったよ。『たとえ、人間が相手であったとしても、泥棒をしてはいけない。悪いことは言わないから、その石鹸を元に戻すんだ。』すると、そのカラスは、呆れた表情を浮かべて『人間の味方をするとは、鳥の風上にも置けん。ハハーン、さては、お前とウグイスは人間に餌付けされたな。そして、何よりも自由であることを愛する鳥の魂を売り渡したのだな』と、僕とウグイスを侮辱したんだ。僕は、当然、『人間にもいい奴は一杯いるんだ。鳥と人間は仲良く共存することが可能なんだ。だから、そんなことを言ってはいけない』と言い返してやったよ。すると、泥棒カラスは、『鳥と人間が仲良く共存できるって。チャンチャラおかしくて、臍で茶が沸かせるぜ』と一頻り笑った後、『人間は、我ら鳥の安住の地であるである森を切り開き、我らを追い払う。そして、行き場をなくした我らカラス族が人間の住処である町に住みつき、不本意ながらゴミを漁りながら細々と生を繋ぎとめると、今度は、厄介者扱いしやがる。厄介者扱いをするだけならとにかく、カラスを捕まえてミートパイにしてしまえ、と暴言を吐く輩まで出る始末。これからだけでも、人間とカラスが同じ天を頂くことの出来ない関係であるのは明らかだ。だから、我らカラス族は、人間を利用することに決めたのだ。悪いのは我らカラス族ではなく、我らの安住の地を奪い、こうした盗賊稼業をしないかぎり生き延びることの出来ない境遇へと追いやった人間の方ではないか』と反駁したんだ。さしもの僕もこれには返答できなかったね。何と答えたらいいだろうと口篭もっている僕が酒瓶を手にしているのを見ると、泥棒カラスはそれを引ったくりラッパ飲みし始めたんだよ。半分ほどの飲んだところで今度は、残った酒を僕とウグイスの嘴の中に無理やり注ぎ込んだんだ。僕とウグイスはそれで意識を失ってしまったという次第です。」

ぬか漬け 7章の続き1 [ぬか漬け]

 部屋に忍び込んだカラスは、部屋に持ち込んだ松の枯れ枝を嘴に銜え、暖炉に近寄るとその枯れ枝の一方を火に差し入れた。松の枯れ枝に火がうつると、今度はテーブルの上に置かれている蝋燭に近付き、蝋燭に火を点した。
 カラスが人間の起こした火を利用することがあるのは確かな話である。しかし、付け木を持参し、それに火を移し、蝋燭に火を点けるカラスがいるという話など聞いたこともなければ、見たこともなかった。並みのカラスとは思えないほどの知恵を有するカラスに、ホトトギスは嘴を大きく開き唖然とした。
 これまでに何度もこうしたことをしてきたのだろう。そのカラスは、すやすやと静かな寝息を立てるカイとクロウリーが部屋にいるにもかかわらず、場慣れした様子で、カイの荷物にゆっくりとした歩調で近付いた。何をする心算なのだろうと興味津々の様子を浮かべるホトトギスとウグイスの見守る中、そのカラスは嘴を器用に使いカイの頭陀袋の紐を解き、中を物色し始めた。そして、頭陀袋の中に入っている金品には関心を示すことがなく、そのカラスは、カイの荷物の中から次々と石鹸を引っ張り出した。
 石鹸だけを集めるとは、随分と変わったカラスではないか。お洒落好きのカラスなのであろうか。
 カラスでないホトトギスは、カラスのその変わった行動を怪訝に思いながら、自分とウグイスが窓からこっそり覗いているのをカラスに悟られると、後々厄介だなと考え、そして、カラスと関わり合いになることをおそれ、ウグイスとともに元の枝に戻り、テキーラもどきの飲み比べを始めた。
「ウグイスとカラスが仲良く飲み比べか。お前らは並みのホトトギスとウグイスではないな。何者だ。」
「俺達に何の用だ。それ以上、近付くと、痛い目を見るぞ。」
 並みのカラスであったならば、「生意気なホトトギスとウグイスだ。目にもの見せてやる。仲良くあの世に行き、自分達の愚かさを後悔するんだな」とばかりに、ホトトギスとウグイスを血祭りに上げるべく襲い掛かったであろう。しかし、付け木を用意し、暖炉の火を蝋燭に移して照明に使ったり、カイの荷物から盗み出した石鹸を風呂敷きに包み、背負って出てくるカラスである。ホトトギスとウグイスの落ち着き払った様子から二人が相当の手練であることに気付くと、カンラカンラと一頻り高笑いした後、テキーラもどきの瓶を抱え持っているホトトギスの隣りに腰を下ろした。そして、「その豪胆ぶり、気に入ったぞ」と言って、風呂敷包みの中からマイグラスを取り出した。
「強い酒だから、舐めるように飲むんだぞ。決して一気飲みをするような馬鹿な真似をするなよ。」
 差しつ差されつ、ホトトギスとウグイス、新たに加わった泥棒カラスの三羽は、そぼ降る雪を眺め、それを酒の肴にし、心行くまで酒を酌み交わした。そして、東の空がほんのりと明らんだ頃である。それを目にした三人は、再会の約束をし、夫々の塒へと帰っていった。


ぬか漬け 7章のはじまり [ぬか漬け]

ぬか漬け 7章

 今夜あたり現れるのではなかろうか。
 ウグイスは、胸の騒ぎを感じ、昨夜、ホトトギスとともに嘴で散々小突いたカイが休んでいる部屋近くの枝に止まって、銀狐の訪れを待っていた。そんなウグイスの気配を感じ取ったのであろう、セイラの豊かな胸の間に顔を埋め、涎を流しながら幸せそうに眠っていたホトトギスが目を覚まし、ウグイスの隣りに忽然と姿を現した。
「銀狐の姿見たさのあまりにストーカー行為紛いのことをするとは、見下げたウグイスだ。」
 ホトトギスは、呆れた様子でそう嘯いたあと、「まあ、これでも飲んで、体の内部から体を温めろ」と言って、昨夜、二人で飲んだテキーラもどきの入ったグラスをウグイスに勧めた。昨日の一件ですっかり意気投合したウグイスは、「済まないな」と言って、ホトトギスの差し出しているグラスを受け取った。そして、一息にグラスの酒を飲み干した。
 長い靴下、首に巻いているマフラー、目の所まで深々と被っている毛糸の帽子。全身をセイラグッズでかためているホトトギスとは異なり、そのウグイスは何も身につけていなかった。そして、彼の頭の上には薄っすらと雪が積もってさえいた。体の芯だけではなく、心まで、ウグイスは冷え切っていた。そんなウグイスにとって、アルコール度数の高いテキーラもどきのスピリッツは何よりものご馳走であった。ウグイスは「フー」と息を大きく吐いた。それと同時に、体の深奥から温まってきた。
「まあ、もう一杯飲め。」
 吝嗇なホトトギスが珍しく気前のいいところを見せ、空になったウグイスのグラスになみなみと酒を注いこんできた。これまでホトトギスとは必ずしも良好な間柄ではなかったが、ウグイスは、さりげないホトトギスの思いやりに感激し、その円らな瞳に大粒の涙を浮かべた。

 雪のうちに 春はきにけり
  ウグイスの こほれる涙 いまぞとけける

 古今集に収録されている有名な歌の一節だけを変えた歌であった。しかし、それだけに返ってウグイスの感動が率直に表現されていた。少なくとも、ホトトギスにはそのように感じられた。そこで、ホトトギスも負けじと古今集収録に収録されている余りに有名な壬生忠岑の歌を返した。

 春きぬと 人は言へども ウグイスの 鳴かぬかぎりは あらじとぞ思ふ

 二人はお互いの顔を暫く見詰めた後、互いの肩を強く抱き締めた。そして、二人は、他人の迷惑を考えることなく、もろともにその美声を披露した。ホーホケキョ、テッペンカケタカ、と大きな声で何度も鳴き叫んだ。まるで、その声に引き付けられるかのように、夜分遅いというのに、どこからともなく、突然、一羽のカラスが姿を見せた。
 日中に活動する習性を有しているカラスが夜間に動き回ることは珍しい。ホトトギスとウグイスは、抱擁を解くと、窓枠に止まって室内の様子を窺っているカラスの様子を不思議そうに見詰めた。そして、ホトトギスとウグイスが見守る中、驚いたことに、それまで窓枠に止まっていたカラスが手慣れた嘴捌きで窓を開けてカイの休む室内に侵入した。
 どうしてカラスが夜にカイの休む部屋に忍び込むだろうか、ホトトギスにはその理由がまったく分からなかった。「あのカラスは、一体、何をする心算なのだろう」と怪訝に思い、同じくそのことを訝っているウグイスに「中の様子を調べに行こう」と誘い掛けた。そして、ホトトギスとウグイスは、カラスの開けた窓から頭だけを入れ、室内を覗き込んだ。


ぬか漬け 6章の終わり [ぬか漬け]

「セイラ、朝だよ、起きて。糠床を掻き回す時間だよ。」
 アロエクリームという強い武器を有しているため、ホトトギスはセイラの枕元に立つと大きな声でそう叫んだ。その大きな声で目を覚ましたセイラが眠そうに何度も目を擦りながら糠床を掻き回す姿を満足そうに眺めた後、ホトトギスはセイラに「早く、カイの所に行こう」と誘い掛けた。
 ホトトギスとカイは不倶戴天の間柄であった。セイラは、同じ部屋で々空気を吸うこと自体嫌うホトトギスがどうしてこの日に限ってそのようなことを言うのだろうと怪訝に思った。と同時に、セイラは妙な胸騒ぎを感じ、素早く着替えを済ますと、ホトトギスを鷲掴みにしてカイの休む部屋に駆け込んでいった。
 額に幾つも大きなタンコブを作り、寝台の上でぐったりとしているカイの姿を目にし、セイラは「カイ君、何があったの」と大きな声で呼びかけながら、同年代の少年に比べると小さなカイの体を何度も激しく揺さ振った。
 額に傷痕が残らないように手心が加えられていたとは言え、昨晩、ホトトギスとウグイスの嘴で散々突つかれたのである。セイラの呼び掛けに応じ目を覚ましたカイは、激しく痛む額を右手で押さえながら起き上がると、狼狽したセイラの姿に驚いた様子で「姉ちゃん、大きな声を出してどうしたのよ」と反対に彼女に問い掛けた。
 目に入れても痛くないかわいい弟分であるカイが無事であることを知り、セイラはほっと胸を撫で下ろした。それと同時にしっかりと右手で握っているホトトギスの体を目の前まで引き寄せた。
「カイ君にこんな酷いことをするのは、あなた以外に考えられないわ。あんたが熟睡しているカイ君を襲い、嘴で何度も突いたんでしょう。」
 これまでに何度も同じような騒動を引き起こしており、ホトトギスが疑われるのはもっともものことであった。しかし、ホトトギスは、さも心外そうな表情を浮かべ、でかでかと天誅と書かれているカイの額を指し示した。
「カイのオデコの上に書かれている天誅という文字を見てよ。僕の字を見慣れているセイラならあれが僕も筆跡ではないことがすぐに分かるでしょう。」
 ホトトギスがそう指摘するように、その筆跡は明らかにホトトギスのものとは異なっていた。しかし、セイラのホトトギスに対する疑惑が完全に晴れた訳ではなかった。何故なら、器用人のホトトギスならば、他人の筆跡を真似することなど造作もないことだったからである。セイラがそのことを指摘すると、ホトトギスは、彼としては珍しくセイラに対して不快感を露にした。
「伝説の書家、藤原行成卿の流れを汲む僕がこんな下手な字を書く筈がないでしょう。妙な言い掛かりをつけないで貰いたいね」と言った後、「この書体は、ウグイス族にのみ伝わる門外不出のものだよ。どういう経緯があってこういうことになったのかはわからないけれど、カイに対して怨恨を抱いているウグイスの仕業に違いない」と、犯行を断定した。
 これまでに何度もホトトギスの話に出てきていたので、その名はよく知っていたけれど、セイラはそのウグイスを自分の目でこれまで見たことがなかった。その彼女にウグイスの犯行と断定しても、何の説得力もなかった。それどころか、これ以上言い募ると、自分の犯行を裏付ける証拠とセイラに勘ぐられる虞があった。そのことに気づいたホトトギスは俄かに慌て出した。そして、セイラと彼の喧嘩の様子を興味津々といった体で覗き込んでいるクロウリーに助けを求めることにした。
「おい、クロウリー。お前は、昨日の晩、カイと一緒に眠っていたのだろう。怪しい鳥の影を見たのではないか。」
 質問の形式にはなっていたけれど、それは明らかにクロウリーに対する脅迫であった。真犯人はウグイスであると答えるか、ホトトギス以外の怪しい鳥の影を昨晩目にした、と返答しなければ、ホトトギスから仕返しをされるのは必定であった。クロウリーは不本意ながらホトトギスの共犯にならざるを得なかった。
「そう言えば、昨日の深夜に妙な物音がしましたね。何だろうと、目を覚ましてみると、雀ほどの小さな体の鳥が物凄い勢いで窓を開けて逃げ去っていったのを見たような気がします。暗がりのことだったので、寝惚けて変な夢でも見たのかなと思って、すぐに寝直したのですが、今になって考えてみると、どうやら勘違いではなかったようです。」
 その後、クロウリーがセイラに「どうして、そんな大切なことを今まで黙っていたんですか」と強く叱られ、その一件はホトトギスの思惑通りに落着した。

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