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セイラ4 1章の続き10 [セイラ4]

 何度も訪れており、誰からも案内を受けることなく、セイラとホトトギスは宰相の部屋に行けるようになっていた。セイラは、いつものように彼女の到着を待っている、すっかり顔見知りになってしまった近衛兵の案内を門の所で丁重に断り、宰相の執務室に向かった。そして、いつものように、執務室の隣にある待合室に入った。しかし、そこには、いつものメンバーがいなかった。セイラは、驚いた様子で、右肩に止まっているホトトギスに尋ねた。

「ねえ、どうして、カイ君とクロウリーさんがいないの。」

 セイラに質問されても、宰相でないホトトギスに答えられるはずがなかった。とは言え、愛しいセイラの質問であり、返事をしないわけにはいかなかった。そこで、ホトトギスは、小首を傾げるような表情をして、暫く考えてから、セイラにこう答えた。

「あの二人はお荷物じゃない。それで人選に漏れたんじゃないかな。」

 地上最強のホトトギスの金看板を有する彼にしてみれば、少し腕の立つ少年剣士のカイやクロウリーなどはお荷物以外の何物でもなかった。もっとも、それを言ったら、セイラはそれ以上のお荷物であったが。

「何、言っているのよ。カイ君やクロウリーさんがお荷物のわけないじゃない。お荷物なのは、いつも面倒事を起こしてばかりいる、あんたの方でしょう。」

「えっ、どうして僕がお荷物なの。」

「あんた以外に誰がお荷物なのよ。」

 そう言ったあとも、セイラはホトトギスに対して酷薄な言葉を吐き続けた。そして、ホトトギスは、すっかり傷心してしまった。

 ホトトギスは、これまでにドラゴンやキメラさらに超合金で出来たゴーレムと対峙して、セイラのために文字通りにそれらの難敵を粉骨砕身してきた。さらに、自らの存在を危うくして、同じく魔族の再上位種に属する風花と戦ったのである。さらに、セイラの身を心配し、美味な「天井歩き亀」を捕獲して、食膳に供したり、森の王者である虎と交渉してセイラの身を包む鹿の皮を分けてもらったことさえあった。それだけではない。戦いの連続で心身ともに疲れたセイラを癒すために、温泉を見つけ出したり、また、荒んだ心を宥めるために名所旧跡へと誘ったりしていた。それほどまでに、セイラのために、身を粉にして尽くしてきた自分をお荷物と言って良いのであろうか。ホトトギスは、悲しかった。思わず、大声を上げて泣き始めた。

「特許許可局、特許許可局。」

 夏の鳥の代表とされる、ホトトギスの哀愁を帯びた物悲しい声が朝の喧燥に包まれる王宮内に響き渡った。

「煩いわね。黙りなさいよ。」

 セイラの制止を無視して、ホトトギスは鳴き続けた。

「いやあ、珍しい。久し振りにホトトギスの声を聞いたよ。やはり、何度聞いてもホトトギスの声は素晴らしい。」

 心底感動した様子でそう言って、宰相が突然部屋に入ってきた。そして、セイラの肩に止まるホトトギスを懐かしそうにじっと見詰めながら、「それはそうとして、座ったらどうですか。立ち話もなんですから」と一国の宰相とは思えないほど低姿勢でセイラに座るように勧めた。

 


セイラ4 1章の続き9 [セイラ4]

 セイラは部屋の中に入った。執務用の簡素なテーブルと、来客用のテーブルと椅子があるだけであった。この神殿のみでなく、王国中の同系列の神殿を束ねる、神殿長の部屋としては、信じられないほど質素な部屋である。何度も過去に部屋を訪れていたが、改めて、セイラはその質素さに驚いた。

「お掛けなさい。」

 その勧めに素直に従い、セイラは来客用の椅子に腰を下ろした。神殿長は、執務用の椅子に座ったまま、セイラの座るのを待った。彼女が座ると、早速、用件を語り出した。

「宰相から、仕事の依頼がありました。今回も、あなた直々の指名です。もちろん、あなたが嫌ならば、話を断っても構いません。他の者を替わりに出しますから心配しないでください。また、この話を断ったからと言って、この神殿でのあなたの立場が悪くなることもありません。あなたは、これまで、三度も難事件の捜査に当たり、それをすべて見事に解決し、この神殿のみならずこの王国にも多大な貢献をしてきたのですか、何も心配することはありません。ですから、素直に答えてください。」

 その言葉は、神殿長の彼女の偽らざる言葉であることは間違いないであろう。しかし、それは、目の前の女性の個人的な見解であって、神殿長という職責からすれば、やはり、建て前であり、本音が別にあることは世慣れないセイラにさえ容易に理解できた。神殿の経営、維持には膨大な金銭が必要である。王国中の同系列の神殿を束ねるものとして、末寺の金銭的な援助も行わなければならない。国家から経済的な支援を受けられないとなると、金銭的に困窮するのは目に見えていた。国家経営の最高責任者である宰相の機嫌を損ねることは、出来るならば避けたいと言うのが本心であろう。それに加え、宰相が自ら神殿に依頼をしてくるのであるから、それがかなりの難事件であることは明らかであった。これまでのように自身の生命にも関わる困難な仕事であろう。セイラには、ホトトギスという心強いパートナーがいるが、他の者にはいない。同僚を死地に赴かせるようなことが出来るわけがなかった。だから、セイラはこの仕事を断ることをできなかった。

 一方、大人しくセイラの肩に止まっているホトトギスはと言うと、刺激の乏しい神殿生活に退屈していた。セイラと面白おかしく日々を送るために、今すぐにでも、の神殿を出て行きたいと思っていた。そのような彼にとって、神殿長からの仕事の依頼は天から降ってきたような幸運であった。そこで、ホトトギスは即座にセイラにこう耳打ちした。

「世界の平和を守るために、人々の幸せを守るために、行こうよ、セイラ。」

 己の楽しみのためならば世界平和や人々の幸せな生活を簡単に破壊するにもかかわらず、このことを棚に上げて、ホトトギスはそう嘯いた。そして、セイラの声色を真似て、勝手に「分かりました。仕事を謹んで受けましょう」と答えてしまった。

 また、勝手な真似をして。セイラは、そう思いながら、「それでは失礼します」と言って、部屋を去った。

「あんたは、どうしていつもいつも、出過ぎた真似をするのよ。」

 足早に歩き、神殿長の部屋からかなり距離を隔てた所に差し掛かった時、彼女の右肩で暢気に毛繕いをしていたホトトギスに、セイラが突然そう声を荒げた。

「何でって、決まっているでしょう。世界平和のためだよ。この美しい世界に世界征服を企むような悪者がのさばっていて、いいわけがないでしょう。たとえ、神がそれを許したとしても、正義のヒーローである僕がそんな不貞な輩を許すわけないでしょう。言うなれば、これは正義の戦い。断る理由がないじゃない。それにだよ、セイラだって、最初から、この話を引き受けるつもりだったのでしょう。それなのに、どうして、そんなに怒っているのよ。」

 もちろん仕事を引き受けるつもりであった。ホトトギスが、自分の許しを得ることなく、勝手に出過ぎた真似をしたことに対して怒っているのであった。しかし、嘴から先に生まれたような、詭弁家であるホトトギスに議論を挑んで勝つことが出来るわけもなく、セイラは、およそ不毛な水掛け論になることを恐れて、それ以上、その事について話そうとはしなかった。

 てっきり、セイラが口汚なく罵ってくる、と思っていたホトトギスは、セイラの予想外に行動に驚いた。急に静かになったセイラの関心を引こうと、「見てよ、見てよ、セイラ。あっちに、凄く綺麗な花が咲いているよ」とわざとらしい大声を上げ、右の翼で有らぬ方向を指し示した。

 ホトトギスと出会い、共に生活を共にするようになってから、かれこれ二年以上の年月が経過している。今さら、そのような見え透いた嘘に引っかかるほど、セイラはお馬鹿さんではなかった。セイラは、ホトトギスを憎々しげに一瞥すると、「嘘をおっしゃい。どうせ、何もないんでしょうが。そうそう、あんたの嘘に引っかかるわけがないでしょう」と怒鳴りつけた。

 それこそ、ホトトギスの作戦であった。自分のたあいない嘘が見破られることを見越し、そのことにセイラが激怒し、嘘を吐いた自分を叱り付けるようにと、すぐに見破られる嘘を吐いたのである。また、セイラが万が一にも彼の他愛のない嘘に引っかかり、視線を彼の指し示す方向に転じたとしても、騙した彼に何らかの反応を示すことは必定であり、どちらに転んだとしても、自分を無視しているセイラの関心を自分の方に引き寄せることが出来た。セイラは、幾重にも張り巡らされたホトトギスの罠に呆気なくかかってしまった。セイラの注意を再び自分に引き寄せることに成功し、ホトトギスは、欣喜雀躍したいところであったが、自分の手の内の全てを見せると、パワーバランスが崩れるもしれず、喜びをぐっと嘴で噛み殺した。そして、「本当だって。綺麗な花が咲いているんだよ。僕が思うに、あれは鶯草だね。本当は、もっと北の地方に咲く花なんだけど、鳥か何かが種を運んできたんじゃないかな。それが根を伸ばし、咲いたに違いない」ととんでもない嘘を吐き始めた。セイラは、いかにも呆れた表情を浮かべて、「良くまあ、次から次に、そんなに嘘を吐けるもんだわ。本当に、開いた口が塞がらないわよ」と言った。

「本当、何だって。鶯草が咲いているんだよ。」

 ホトトギスは、なおもそう言うと、さらにとんでもない作り話をした。

「鶯のオスは、鶯草で花束を作って、メスの鶯に求愛するんだ。それで、鶯草と言うんだよ。ロマンティックな話だよね。あとねえ、鶯は、嘴をうまく使って、梅の花で笠を作るんだよ。それを頭につけて、踊りをするんだって。風流だよね。雅なことでホトトギスのライバルと言われる鶯だけのことはあると思わない。そして、それから様々な鳥を招いて、宴会を始めるんだって。僕が思うに、鳥族の好を深めるために大宴会をするんだね。もちろん、お酒もでるんだよ。そのお酒をみんなで飲み交わし、歌や詩を詠むんだ。出来ない奴は、罰として、お酒を何杯も飲まなければならないんだ。だから、それを鶯飲みと言う。桃の木の下で春を祝うんだよ。詩的で風流だと思わない。」

 伝説や伝承、典籍をでたらめに織り交ぜ、途方もない作り話をした。それから、話に信憑性を持たせるために、セイラのために密かに編んで大切に仕舞い込んでおいた梅の笠をポシェットから取り出し、それを着けると盆踊りのような踊りを始めた。

「これがその時の踊り。あまり格好良くはないけれど、なかなか、愉快な踊りでしょう。」

 確かに、滑稽の感のある、思わず微笑んでしまうような踊りであった。セイラは、込み上げる笑いを懸命に堪えつつ、いかにも呆れて物が言えないと言った表情を浮かべて、「分かったから、あんたの話を信じるから、もう止めなさい」と少しつれなく突き放した。そして、前を正視して、宰相の待つ王城へと向かった。


セイラ4 1章の続き8 [セイラ4]

 セイラとは違っい詩を解する同僚の神官は、ホトトギスから熱烈な求愛を受けて感動した表情を浮かべた。そして、「もちろんよ、ホトトギスちゃん」と叫ぶと、小さな彼の体をぎゅっと抱きしめた。

 セイラに比べると少し小さかったが、それでも十分にふくよかな胸に何度も頬刷りして、ホトトギスは、その感触を楽しんだ。元はと言えば、セイラがホトトギスの相手をしなかったことが原因であったが、いつしか目を覚ましたセイラが鬼のような形相をして、鼻の下を伸ばしているホトトギスを睨み付けていた。ホトトギスは、刺すようなその視線に気づき、恐る恐るセイラの様子を暫く窺った。

 このままでは、まずいことになる。

 そう革新した彼が口を開こうとした瞬間、セイラが

「何、やっているのよ。そいつはオスなのよ。何か間違いがあったら、どうするつもりなのよ」と同僚の神官を窘めた。

「相手は鳥よ。セイラこそ、何、馬鹿なことを言っているの。確かに、他の鳥と違って、ホトトギスちゃんは、ヒトのように言葉を喋ることは出来るけれど、ホトトギスちゃんが私にどんなことをできるの。」

 同僚の神官に即座に否定されてしまった。そして、「それに、私は、ホトトギスちゃんが私に何かしたいのなら、構わないわ。たとえ、そのことで神官を止めなくちゃならないとしても、後悔はしない。だって、こんなにかわいい生き物は、他にいないじゃない。それに、ホトトギスちゃんと一緒にいれば、一生、退屈しないだろうし、お金に困ることもないでしょ。これくらい芸達者なんだもん、この芸を他人(ひと)に見せれば、一生遊んで暮らせるじゃない」と、神に仕える者としては、およそ相応しくない、打算的な話をした。

 かわいいかどうかはについては疑問が残るが、彼女の言う通り、確かに、何をするか事前に予想することの難しいホトトギスといれば退屈することはない。しかも、これまでの旅の時にそうであったように、ホトトギスが、人に舞を披露して、観客からかなりの額のお捻りを投げ与えらる。彼と一緒にいれば、一生、お金に不自由することはないことは確かであった。とは言え、鳥の姿をしているが、セイラに付き纏っているホトトギスは、鳥でないのはもちろんのこと、真っ当なこの世の生き物ですらなかった。残忍で狡猾とされている魔族であった。

 だから、セイラは、さらに凄まじい形相をして、彼女の方を恐る恐る盗み見ているホトトギスを睨み付けた。刺すような視線から逃れるようにホトトギスが再び顔を胸に埋めた瞬間、セイラの堪忍袋の緒がブツリと言う音を立てて、切れた。

「いい加減、離れなさい。じゃないと、もう一緒に寝て上げないわよ。」

 言葉でなく、視線でホトトギスにそう怒鳴りつけた。セイラの嫉妬心を利用して目覚めさせており、ホトトギスの作戦は既に成功しており、しかも、思いがけない幸運にも恵まれ、何の未練も残すことなかった。そこで、ホトトギスはセイラの下に返ろうとした。

「ホトトギスちゃん、何処に行くのよ。さっき、私に求愛してくれたんじゃないの。それによ、あんな冷たいセイラよりも、私と一緒にいた方が幸せになれるわ。」

 そう言うと、同僚の神官が再びホトトギスをぎゅっと抱きしめた。それを目にして、セイラは、言い知れない怒りを憶えた。しかし、これ以上何か言うと、自分が焼きもちを焼いていることを気取られてしまうおそれがあった。そのため、セイラは、鬼のような形相をして、二人を睨み付けることしかできなかった。

 それから暫くして、一人の女性神官が部屋の中に入ってきた。そして、セイラに「神殿長がお呼びです。すぐに行くように」と伝言をすると、部屋を去っていった。

 また事件が起きたのかしら。セイラは、そう思いながら、急いで着替えを始めた。

 ホトトギスとしては、セイラの着替えの姿を見たかったが、そんなことをしたら、後でセイラからどんな酷い折檻を受けるか分からず、女性神官の胸に顔を押し付けながら目を閉じていた。その神官も、セイラのその姿を見て、礼拝の時間が近づいていることにようやく気づき、「ホトトギスちゃん、ここで大人しくしているのよ」と言って、彼を枕元に静かに下ろすと、着替えを始めた。

 ホトトギスは、目を瞑り、超音波を発して、その女性神官の動静を暫く探っていたが、彼女の関心が自分から離れているその隙を突き、目を瞑ったままセイラの下に飛んでいった。そして、着替えを済ませたセイラの右肩に飛び乗ると、「セイラ、今の内に行こう。今しか、チャンスがない」と神殿長の部屋に行くことを強く勧めた。

 普段のセイラならばホトトギスの言いなりにはならなかったであろうが、この時ばかりは素直に彼の言葉に従った。セイラは、着替えに熱中し自分達に注意を払っていない同僚の目を盗む様にして、部屋を抜け出した。やがて、部屋の方から、二人を罵る声が聞こえてきたが、彼女はそれを敢然と聞き流し、神殿長の部屋に向かった。

 部屋の前に立つと、彼女は、服装の乱れを正した。それから、右肩にとまっているホトトギスに、服装の乱れがないか、小声で尋ねた。

「極まっているよ、セイラ。セイラは、美人だから、何を着ても似合うね。」

 取って付けたようなお世辞であったが、全くの嘘とではなかった。セイラはかなりの美人であった。もっとも、王国中の美人の集めたようなこの神殿では、セイラ以上の美人は掃いて捨てるほどおり、そのために、それ程、目立った存在ではなかったが、相当な美人であることだけは間違いがなかった。また、年頃の女性としては、飾りっ気のないセイラには、装飾のあまりない、清楚な感を与える神官服の方が、むしろ彼女のそそとした美しさを引き立たせていた。それは、決して、ホトトギスの好みではなかったが、事実であった。

「あっ、そう。」

 そう言うと、セイラは「失礼します」と言って部屋の扉を開いた。

 


セイラ4 1章の続き8 [セイラ4]

 呼び出し

 

 いつものように、セイラの前に目覚めたホトトギスは、「セイラ、朝だよ。起きて、起きて」

と声をかけた。

「煩いわね、ほっといてよ。」

 即座にセイラからそう答えが返ってきたが、それ以外の返事が返ってくることはなかった。ホトトギスは、「こんな非道が許されて良いのであろうか。否、そんなはずはない。恋人同士のように、愛を囁き、目覚めの熱いキスを交わすべきではないだろうか」と憤った。そして、セイラの色の良い唇をじっと見詰めた。風花の術にかかり、二人は恋人のように甘美な時間を過ごし、何度も唇を重ねてきていた。しかし、それはホトトギスが人の姿をしている時での話であって、時鳥(ほととぎす)の姿をしている時のことではなかった。ホトトギスは、鳥の姿の時、セイラの唇に触れたことはなかった。

 きっと柔らかいのだろうな。どんな感触なのだろう。

 ホトトギスは、そんなことをしばし考えていたが、空想に耽溺していても何の問題の解決にならないことに気づき、淫らな空想を中断した。そして、彼女の枕元で、大きな声を上げながら、踊り始めた。

「起きてよ、セイラ。セイラ、起きてよ。」

 

 日が昇り 鳥が囁く そよそよと 風の吹く中 われ一人 とり残されし

 かくばかり 嘆けどひとの 知るよしの なしとは知れば 川面にも 涙のなみが

 打ち寄する 玉藻のごとく はかなしと 知れどもゆくへ 知らねばや 心細しと

 思へども けぶりのごとき 我が魂を 風の心に 任せばや すへは知らねど

 まつばかり かなしきものは なきものを 桜のごとき 君なれば あくる間もなく

 われはただ 涙にくるる 夜もはや 心残れど 明けぬれし 袖のたもとは

 うみわたる なみのまにまに 一夜(いちや)見し 夢の浮橋 渡るとて 渡らぬさきに

 ふみかえす つれなき君の 言の葉に おける白玉 消ぬさきに 起きてよセイラ

 僕はもう こうして起きて 君を待つ 僕の頼みを 聞いてよセイラ

 

「凄い、傑作だ。これほどの歌を踊りながら、作るなんて、僕は何という天才なのだろう。我ながら、自分の有り余る才能が恐ろしい。」

 いつものように自画自賛をしていたが、セイラからは返事が返ってことがなかった。しかし、その代わりに、相部屋をしている同僚の神官が目を覚まし、

「凄いじゃない、ホトトギスちゃん。こんな素敵な歌を送られていながら、狸寝入りをするセイラなんかほっといて、私のところに来て、素敵な歌を聴かせてよ」

と褒めてくれた。

 これまでセイラに様々な歌を送ったにもかかわらず、一回も誉められたことのないホトトギスは、思いもかけないその言葉を耳にして、嬉しそうな顔をした。少し照れた様子で、足をもじもじとさせながら、「そうかな、そんなに素敵な歌かな。ちょっと洒落っ気を出して、読み飛ばしただけだよ。でも、ありがとう」と言うと、狸寝入りを決めているセイラを無視し、その女性神官の寝台に飛んでいった。そして、再び嘯き始めた。

 

 ぬばたまの 暗き淵にて 這ひ回る われの心も ちはやぶる 神の影とぞ

 見あやまるる やさしき君に 鎮まれり 神のいさめぬ 道なれば 神の井垣を

 越えぬべく 思へどわれは 葛城の 醜きさまを いかがせん 君を思へど

 逢坂の せきは厳しき ものなれば 鳥の空音を はかるとも 涙にくるる

 夜まちて 思ひを見すべく 君のゐる 簾のそばに たたずむも 影や見ゆると

 うち詫びて 姿を隠す ホトトギス 思ひもなみに 消えぬらむ あだなるものと

 うとまるる しづの田長は けふもなく 涙は野辺の 露となる 黄泉路にかへる

 我なれど 優しき君の 顔みれば 心も晴るる 空の下 比翼の鳥と なりぬらん

 連理の松の わかぬごと 末の松原 契りなむ 無常の雨も あつき思ひで 乾くらむ

 井筒に足らぬ 我なれど 深き心は 丈知れぬ 海の底ひに 勝りけれ 振り分け髪も

 肩過ぎし 君ならずして 誰と契らむ

 

 ぬばたまの 心の闇と 知りつつも われは惑はむ 花の色香に

 

 さしものホトトギスも、短時間に二つの短歌を詠むということは困難を極めた。古歌を幾つも鏤め、さらに自分が多情な鳥とされているホトトギスであることを最大限に活用し、盗作紛いの歌を作り、それを情熱的に歌い上げた。それから、かなり際どい求愛の歌までつけたのであった。

 


セイラ4 1章の続き7 [セイラ4]

「俺のセイラに看病させるとは、どういうつもりだ。これでも食らえ。」

 ホトトギスは、そう絶叫すると、カイの額に嘴による攻撃を始めた。あまりの痛みにカイが額を抑えると、今度は頭の上に飛び移り、「これでも食らえ」と叫び、嘴と爪による攻撃を始めた。その執拗な攻撃に耐え兼ね、カイが意識を失うと、ホトトギスは満足そうに「思い知ったか。ガキのくせに、俺のセイラに色目を使うから、こんな目に遭うんだ」と言い捨て、再びカイの見舞いの品に近づいた。そして、首からいつも下げている、セイラの手からなるポシェットの口を開くと、見舞いの品を一つ一つ品定めして、それを次々とポシェットの中に放り込んだ。めぼしい物を全て仕舞い込むと、「それじゃあな」と言い残し、カイの部屋を立ち去った。

 お腹も膨れ、このままセイラのもとに戻っても良かったのであるが、ホトトギスは寄り道をすることにした。窄めた嘴を使い高速の息を吹き出すことにより超音波を発して蝙蝠のようにエコロケージョンしながら、夜空を颯爽と飛び、馬のいる小屋に向かった。小屋に入ると、「馬、元気か。俺だ、ホトトギスだ」と語りかけた。

 厄介者であるホトトギスの登場で、今まで横になっていた「馬」という名の牛は、俄かに狼狽し始めた。色めき立つ馬の姿を愉快そうに見下ろしながら、ホトトギスは、急いで体を起こそうとする馬の頭の上に華麗に舞い下りた。そして、耳元にこう囁いた。

「俺、腹が減っているんだ。確か、前に、お前は、自分の肉は美味しいと言ったことがあるよな。だから、お前を少し食べさせてくれないか。」

 悪魔の囁きを耳にして、牛は、もーもーと鳴いて、「食べないって、約束したじゃないか」と抗議した。しかし、ホトトギスは、何のことやら、分からないという表情を浮かべ、「俺は、そんな約束をした憶えはない。前に、『お前を食べないから、お前の肉が美味しいかどうか、正直に答えろ』とは言ったが、あれはその時に食べないという意味だったからな。未来永劫にお前を食べないという意味ではない。お前が勝手に誤解しているだけだ」と冷たく言い放った。「嘘吐き」、「悪魔」と牛がもーもーと罵るのを、愉快そうに聞きながら、さらに聞き逃せない言葉を吐いた。

「どうやって、食べたらいいかな。すき焼きもいいし、焼き肉もいいな。それとも、ステーキにして食べようかな。いやいや、牛刺しも捨て難い。」

 ホトトギスは、そう言いながら、これ見よがしに舌なめずりを始めた。それを目にして、馬は絶望した。馬の頭の上で今は大人しくしているが、ホトトギスは、やると言ったら、本当にどんなことでもやることを、馬は、いやと言う程、これまでに自分の目で確かめてきていた。そして、地上最強に生物とされるドラゴンのゾンビを、一瞬にして屠ることが出来るほど、ホトトギスがが強いことも知っていた。自分が抵抗しても無駄であることを、「馬」と彼に命名されたその牛は良く知っていた。絶望する以外、馬にはどうすることもできなかったから。

 一方、観念した様子の牛の姿を見て、ホトトギスは満足したらしく、「嘘だ、嘘だ。全部、嘘だ。俺が約束を破ったりするわけがないだろう。何しろ、俺は善良で心優しいホトトギスだからな。いたずらに生命を殺めたりするわけがないだろう。そんなことをできるのは、人間だけで、俺は、紂・桀の類じゃないから、そんな極悪な真似はしない。ただ、この世界に戻ってきた挨拶にこうやって来ただけだ」と事情を説明した。その言葉を耳にして、牛が安堵するのを横目に眺めながら、「だが、安心するんじゃない。食べる物がなくなったら、本当にお前を食べてしまうかもしれないからな」と釘を刺した。その鋭い視線を受け、牛が凍り付くと、ホトトギスは屈託のない声で「そんなことにないように、俺に逆らわないことだ。」と言い残し、その場を去っていった。


セイラ4 1章の続き6 [セイラ4]

 夜駆け

 

 セイラとの再会を二人で水入らずに楽しもうと、神殿にいる人間を眠らしたのである。それなのに、ホトトギスの心遣いを台無しにするような行動をセイラがとったために、セイラの部屋は騒乱の場と化してしまった。王国中の美女を集めたような神殿であり、数多くの美女に傅かれ、鼻の下を伸ばしていたが、ホトトギスの心は深く沈んでいた。彼が愛しているのは、セイラだけである。いくら地上の美女を集めても、ホトトギスにとって、それは何の意味も有さなかった。ホトトギスは、一人寝台に眠っているセイラを恨めしそうに見詰めた。

 そのような騒ぎも、夜がふけた頃には静まった。女性神官達からようやく解放されたホトトギスは、セイラの寝台に戻ろうとした。

「お腹が空いた。ちょっと、ご飯を食べに出掛けようかな。」

 ホトトギスは、そう言い残すと、女神像のお供え物を漁りに部屋を出ていった。鳥であり飛ぶことが出来るのに、ホトトギスは、とぼとぼと歩いて、一般の信者が参拝する大聖堂へと向かった。そして、聖堂の中に入ると、人の目がないことを確認し、徐にお供え物に近づいた。

「果物ばかりじゃないか。もっといいものがあっても、いいだろうに。」

 ホトトギスは、熟れたメロンを頬張りながら、そう毒づいた。そして、そのメロンを食べ尽くすと、他に何か美味しいものがあるかもしれないと思い、さらに、お供え物の物色を始めた。生憎なことに、いくら探しても、果物以外見つけることが出来なかった。彼は、側にあった林檎を一つ取り寄せると、

「王国で一二を争う神殿だと言うの、何てしけているんだ。こんなんじゃ、腹の足しにならないよ」

と呟きながら、それを頬張った。それを平らげると、隣にあった西瓜を抱えながら、大聖堂から出ていった。

 その光景を人が見たなら、西瓜が宙に浮いているように見えたであろう。彼は、体の数倍もある西瓜を重そうに抱えながら、よろめくような足取りでよちよちと歩いていた。西瓜を啄ばみながら、彼はセイラの待つ寝台に戻ろうとしていたが、突然、足を止めた。

 このままでは、飢えて干からびてしまうに違いない。やはり、ちゃんとしたご飯を食べねばなるまい。

 ホトトギスは、ご飯の食べられそうな場所を頭の中で思い描いた。彼が今いるのは、この王国の首都である。夜が更けてもなお営業を続けている飲食店は数多い。とは言え、それらは全て人間相手のもので、ホトトギスがひとり行って、そこで飲食をするというわけにはいかなかった。

 困ったな、何処もないぞ。

彼は、大きく嘆息を吐いてから、「やっぱり、あそこしかないな。あそこなら、一杯、食べ物があるに違いない」と呟いた。それから、猛烈な勢いで西瓜を皮まで食べ尽くすと、梟のように羽音を立てることなく、飛び立った。

 その頃、カイは眠れぬ夜を過ごしていた。というのは、昼間の退屈を紛わすために日の高い内に居眠りしたためであった。そのため、なかなか眠ることが出来ず、それでも何とか眠ろうと身悶えしていた。しかし、眠ろうと懸命に努力すればするほど、ますます目は冴えていった。それでも何とか眠ろうと、悪戦苦闘を続けていた。

 カイは、突然、異様な気を纏ったものが急速に自分の方に接近していることに気づいた。寝台の隣に置いてある剣に手を伸ばすと、いつでも臨戦態勢には入れるように、寝台の中で身構えていた。

「この鳥野郎。一体、何しに僕のところに来たんだ。」

 これ見よがしに盛大な羽音を立てて自分の方に凄まじいスピードで近づいてくるホトトギスを見るなり、カイは、そう怒鳴りつけた。

「そう、かっかするな。見舞いに来ただけだ。」

 ホトトギスは、空中にホバーリーングしながらそう答えると、彼の見舞いの品が山のように詰まれているところに舞い下りた。見舞いの品であり、そのほとんど果物やお菓子であったが、中には変わった趣向の物もあった。ホトトギスは、目敏くそれを見つけると、カイの許可を得ることなくそれを引き寄せて食べ始めた。

 魚の干物の詰め合わせであった。鯵や甘鯛などなどからなる、最高の素材を厳選した干物の詰め合わせであった。火に通してから食べるのが普通であるが、そのまま食しても十分に美味しい逸品であった。彼は、鯵の干物を頬張りながら、「美味しいな、これ」と呟いた。そして、早速、カイに絡み始めた。

「これは俺のものだからな。お前には、絶対に分けてやらない。」

 ホトトギスは、そう言い放つと、野良猫がそうするように、他を威嚇するために低い唸り声を上げそれを貪り始めた。

「畜生の悲しい性だな。これだから、畜生は嫌いなんだ。」

「何とでもほざきやがれ。」

 ホトトギスは、カイの痛烈な火に即座にそう応対した。そして、これ見よがしに、珍味を猛烈な勢いで貪り始めた。当然のように、ホトトギスのその行動を断罪する声が上がったが、一向にそれを気にする様子を見せず、瞬く間にそれを食らい尽くした。そして、新たな標的を発見すると、囂々と彼への非難の声が上がる中、それを引き寄せ、再び浅ましいばかりに食べ始めた。

 それも食べ尽くすと、ホトトギスは、呆れた様子で自分の方を見詰めるカイに

「少しは気を利かして、お茶でもこういう時は出すもんじゃないか。これだから、お子様は困るんだ。まあ、それも無理ないか。お前は赤ちゃんだもんな。かあちゃんのおっぱいしか飲んでないんだからな」と言ったあと、「眠れないみたいだな。手伝ってやろう」と言うやいなや、カイの顔に飛びついた。

 


セイラ4 1章の続き5 [セイラ4]

 この国にはホトトギスも鶯もいなかった。そのため、ホトトギスが鶯の巣に托卵して幼鳥を鶯に面倒を見させるために、鶯がホトトギスを敵視していることなどを、セイラは知る由もなかった。彼の言葉の真義を知る術がなかった。とは言え、鳥が歌合わせなどするはずがなく、ホトトギスの話が全くの荒唐無稽であることは容易に知れた。しかし、ホトトギスに何か言うと、ホトトギスがぐだぐだと言いわけをし、その他にもわけの分からない歌を聴かされるのが落ちであった。そのため、セイラは、口から先に生まれたようなホトトギスに迂闊なことを言うわけにはいかなかった。そこで、セイラは、「それは良かったわね」と言うと、「歌は朝聴くから、今日は寝ましょう」と言って、彼の方に向き直った。そして、ぐいと抱きしめた。

 予期せぬセイラの熱い抱擁を受け、ホトトギスは戸惑った表情を浮かべた。「セイラ」と小さな声で呟き、暫し彼女の顔を上目遣いで覗いていた。やがて頬をうっすらと赤らめ、感動した面持ちでセイラにこう語りかけた。

「情熱的だね。やっと、僕の愛を受け入れるつもりになったんだ。それならば、」

 彼はそう言うなり、目をうっすらと閉じ、嘴をセイラの方に突き出した。

 それが何を意味するのか、幼い子供でさえ理解できた。朴念仁のセイラと言えども、その意味するところは理解できた。そのため、彼女は、怒りと羞恥で顔を真っ赤に染め上げ、ホトトギスを睨みつけた。そして、突き出された嘴を右手の人差し指で思いっきりつま弾いた。

「馬鹿なことを言ってないで、眠るわよ。それに、あんたがみんなにかけた怪しげな術を早く解きなさい。ここは神殿なんだから、ずっと眠り続けたなら、神に仕えることに支障が出るんだから。」

 セイラとの再会を邪魔されないために、折角、神殿内の人間全てを眠らせたのに、セイラのその言葉はあまりに酷薄であった。ホトトギスは、目を開けて、「えっ」と不満の声を上げた。しかし、セイラの鬼のような形相を見て、恐れをなし、それを不承不承ながらに承服した。

「もう、セイラは我が侭なんだから。僕は困っちゃうよ。」

 ホトトギスがそう嘆息するや否や、彼の頭にセイラの怒りの鉄拳が振り下ろされた。しっかりと全身を抱きかかえられているために、それをよけることは出来なかった。ホトトギスは、いつものように、わざとらしく目に大粒の涙を浮かべて、その涙でセイラの非道を訴えた。その瞬間、もう一度拳が振り下ろされた。

「しのご言っていないで、早く、魔法を解きなさい。じゃないと、蒲団から追い出すわよ。」

 僕を蒲団から追い出す。その言葉を耳にして、ホトトギスは狼狽した。

「分かったから、そんなことを言わないでよ。」

 彼は、そう言うと、真剣な顔をして、わけの分からない言葉を唱え始めた。それが、人間の言葉なのか、はたまた、魔族や神の使う言葉なのか、それとも、全くのでたらめであるのか、セイラには理解できなかったが、ホトトギスは、もったいをつけて、恭しくその呪言を唱えた。いつの間にか、セイラの戒めから抜けた彼は、セイラの枕元にすっくと立ち上がると、それに唱和して踊りを始めた。

「あんた、何をやっているのよ。ひょっとして遊んでいるんじゃないでしょうね。」

 悪戯好きなホトトギスのことである。その可能性は極めて高かった。しかし、ホトトギスは、毅然とした表情をして、儀式の邪魔をするセイラを珍しく叱責した。

「魔道儀式の邪魔をしないでよ。僕の集中が切れて、思わぬ結果を招いたらどうするつもりなのよ。術の解除に失敗して、みんなが永遠の眠りにでも就いたら、みんなセイラのせいだからね。分かったなら、少し静かにしてよ。」

 そのように脅迫されたなら、魔術についてずぶの素人であるセイラは、ホトトギスの言葉に黙って従うしかなかった。セイラは、枕の上に頭を置きながら、熱心に踊りを踊るホトトギスの姿を、横になって静かに見守っていた。何処かで目にしたことがあるような、雨乞いでもするような珍妙で、愉快な踊りであった。セイラは、微かに口元を綻ばせながら、それを暫く見ていたが、率然、それが彼の考案した「空腹の舞」と「感謝の舞」とを合わせたものであることに気がついた。

「あんた、やっぱり遊んでいるんじゃない。今の舞は、空腹の舞をベースにし、感謝の舞を織り交ぜたものじゃない。何が魔道儀式よ、良くまあ、口からそんな出任せを言えるものだわ。もう、ホント、開いた口が塞がらないわよ。」

 いつしか踊りに熱中していたホトトギスは、セイラのその言葉を耳にして、俄然、表情を強張らせた。しかし、踊りだけはなおも続けながら、恐る恐るセイラの顔を窺い見た。彼女の顔に怒りの色がないことを認めると、彼は少しおどけた口調で「どうして、分かったの」と尋ねた。

 次から次へとオリジナルの新しい踊りを考案しているのである。どうしても、踊りが似てくるのはしょうがない。そのことをセイラに指摘され、ホトトギスは、苦いものを含んだ笑いを盛大に浮かべた。それから、「ばれたら、しょうがない。次からは、もっと舞に工夫を凝らさないといけないな」と言うと、踊りを止め、セイラの蒲団に潜り込もうとした。

「あんた、何をやっているのよ。早く、術を解きなさい。」

「術なら、とっくに解いたよ。踊っていたのは、セイラに見てもらうためで、術を解くためじゃないんだから。そもそも、僕は、ホトトギスだよ。クロウリーみたいに、ちんたらちんたらと呪文を唱えなくても、術をかけたり、解いたりできるんだから。セイラもそのことを知っているでしょう。」

 魔族の最上位の種族であるホトトギスは、魔族の助けを必要とする魔術師のクロウリーとは異なり、呪文を唱えることなく、想念を、意志をそのまま現実化することが出来た。セイラは、ホトトギスが力を直接発揮するところを何度も見てきているのだが、彼の姿を見るとそのことをついつい忘れてしまう。セイラは、ホトトギスがこの世界の本来の住人でないことを改めて思い出され、「そう言えば、そうだわね」と気のない返事をした。そして、彼と入れ替わるように寝台から抜け出した。

「どうして、蒲団から出るのよ。ひょっとして、僕と眠るのが嫌になったんじゃないんでしょう。」

「違うわよ、ちょっと確かめたいことがあってね。」

 セイラは、そう言うと、同僚の神官の寝台の側に近づいた。それから、彼女の体を何度も揺すりながら、「起きてよ、ホトトギスが帰ってきたわよ」と声をかけた。

 術が本当に解けたのか確かめるためにそう呼びかけたのだが、その神官は、すぐに目を覚ました。眠そうに目を擦りながら、寝惚け眼でセイラの寝台に目を転じた。人間のようにホトトギスが眠っているのを見て、黄色い声を上げた。

「あっ、ホトトギスちゃんが帰ってきてる。」

 彼女は、そう叫ぶと、寝台から急いで抜け出し、ホトトギスの下に近寄り、彼をぎゅっと抱きしめた。彼女の上げた叫び声を聞きつけ、次から次へと女性神官がセイラの部屋に入ってきた。

 


セイラ4 1章の続き4 [セイラ4]

 ホトトギスは、自作歌の説明を終えると、もぞもぞと蒲団から抜け出してセイラの方に頭を差し出した。それが何を意味するかは即座に理解できたが、セイラは、わからない顔をして、己惚れの強い彼にこう言い放った。

「歌のことはよく分からないけれど、解説を聞かなければ理解できない歌というものが世の中にあるわけ。誰が聞いても、これは良い歌だと思われるものじゃないと、秀歌や名歌とは言わないんじゃないかしら。それに、どうして、そんな意味になるか、私にはさっぱり分からないわ。どうせ、いつものように、口から出任せを言っているんでしょう。それに、一体どこの誰があんたのことを天才歌人と言っているのよ。そんな話、聞いたことないわ。あんたのことだから、自分で勝手にそう思っているんじゃないの。」

 やはりセイラは歌が分からないか。残念だ。ならば、もっと分かり易い歌を。

 ホトトギスは、そう思い直し、歌詠みの矜持に掛けて、セイラにも分かる歌を詠み始めた。

 

 つれもなき ことの葉ごとに 置く露の

      音(ね)にはなかねば 知れず消ゆらむ

 

「どう、これなら、セイラにも分かるでしょう。いやあ、僕の有り余る才能に、我ながら驚くばかりだ。六歌仙でも、こうは立て続けにこれほどの名歌は詠めないだろうね。きっと、セイラに久しぶりに逢ったから、その喜びで吐く息がそのまま歌になるに違いない。自分でも、恐ろしいほどだよ。きっと、詩神・ミューズが僕の嘴をかりて、歌を詠んでいるに違いない。」

 歌の優劣は理解できないが、ホトトギスにこうまで大見得を切られては、分からないと言うわけにはいかなかった。とは言え、無粋な彼女が気の利いたことを言えるわけでもなく、セイラはただ口を噤むしかなかった。彼がホトトギスでなく、人間ならば、自らの浅学を謝して教えを請うこともできたかもしれないが、神官として魔族に頭を下げて教えを請うなど出来るはずがなかった。

「大した歌じゃないじゃない、と思うわ。私ならば、もっと上手く詠むことができるわよ。」

 彼女が急に黙り込んだのを怪訝に思い、覗き込むホトトギスの視線に耐え兼ねて、セイラは思わず自暴自棄な言葉を吐いてしまった。予想だにしていないセイラの言葉を耳にして、ホトトギスの歌詠みとしての彼のプライドは多いに傷つけられた。意地悪く「セイラに歌が詠めるの。それは初耳だな。是非とも、聞かなくちゃ」と歌の催促をした。

「煩いわね。もう夜は遅いのよ。そんなことより、早く眠るわ。」

 そんなことだろう、と思いながら、ホトトギスは、セイラが蒲団の中に潜り込む姿を見た。折角、秀歌を詠んだと言うのに、誉めそやさらなければ詠んだ甲斐がないというものだ。ホトトギスは再び自画自賛を始めた。

「まあ、セイラがこの歌のよさを理解できないのも無理がないね。僕はこれでも優しく詠もうと思ったのだけれども、高度な歌になってしまったからね。自分でも、自分の有り余る才能が恐ろしい程だよ。」

 そう前置きをしてから、自作の歌の解説を始めた。

「セイラの薄情な言葉を耳にするたびに、僕は涙に暮れている。草の上においてある夜露のように声を上げて泣くことないので、セイラには分からないだろう。しかし、僕は儚い露のように今にも消えてしまいそうです、という意味なんだ。歌の意味もさるものながら、注目して欲しいのは、何と言っても、この歌で使われている歌の技巧だね。葉っぱの上にある露を例に取り、命のはかなさを表現しているのみならず、非生命の露が泣くと洒落込んでいるんだから。この発想の妙を評価して欲しいよね。それだけでも、ちょっとしたものだけど、僕はホトトギスじゃない。それなのに、声を上げないでなくとウィットも利かしてあるんだよ。あとね、言の葉の「こと」を楽器の琴に掛けていて、「音」と関係させているんだ。掛詞と縁語、さらに擬人法を用い、助詞の「の」に様々な意味を持たし、露の儚さと僕の切ない恋心を読み込むという、超人的な技巧を用いているんだ。これだけの技巧を駆使していながら、何のあざとさを感じさせないという真似がこ出来るのは、今現在、この世の中で僕一人だろうね。一端の歌人を気取っているカイには、逆立ちをしても詠めない歌といっていいと思う。」

「何、わけの分からないことを言っているのよ。枕元でぎゃーぎゃー騒がれたら、眠れないでしょうが。もういい加減にして、眠りなさい。」

「折角の再会だというのに、もう少し優しく接してくれても良いじゃない。本当に、セイラは冷たいんだから。」

 ホトトギスは、そう嘆きながら、彼女に言われるまま蒲団の中に潜り込んだ。そして、ホトトギスが彼女に体を寄せた時、彼に背を向けたままの状態で、セイラが普段より優しい声で「ところで、今まで何処に行っていたのよ。随分と長いこと留守していたじゃない。私は、あんたがいなくなって清々していたけれど、神殿のみんなは、あんたがいなくなって寂しい思いをしたんだから、正直に話しなさい」と問い掛けてきた。

 セイラのために、カイに腕を切り落とされ、さらに、風花にずたぼろにやらられて失った力を取り戻すために魔界に戻ったなど、プライドが天に届くほど高いホトトギスは、口が裂けても言うわけにはいかなかった。男の沽券にも関わるし、それ以上にセイラを心配させたくはなかった。そこで、ホトトギスは、おどけた様子で次のように答えた。

「お花見に出掛けていたんだよ。この国には、桜がないからね。歌詠みとして、桜を一年に一度は見ないと、落ち着かないからね。でも、それだけじゃないよ。恒例の、鳥族の歌合わせがあったんだ。桜を愛でながら、自作歌を吟じ、その優劣を競うという風流な催しがあったんだ。我こそは、と腕に憶えのある色々な鳥が集い、誰が一番優れた歌詠みか、決するんだ。もちろん優勝者は僕だったのだけれども、今年は、ハイレベルな戦いだったなあ。いつも僕と一意を争う鶯がとんでもない歌を詠んでね、もしかしたら負けるかもしれない、と思って、さすがの僕も冷や汗を流したよ。本当に、熾烈な戦いだったな。今、思い出しても、胸が潰れるよ。その後、その鶯と桜の名所を巡る旅に出たんだ。あんまり桜が美しいもので、ついつい時の経つのも忘れて、長旅になってしまったんだ。それで、帰りが遅くなったんだ。ごめんね、セイラ。でも、セイラのことを片時も忘れたことはなかったよ。桜を眺めながら、この桜はセイラに違いない、と思って、いつもいつも歌を詠んで暮らしていたんだから。セイラに聞かせようと思って、一杯、詠んだんだよ。どう、聞きたい。」

 


セイラ4 1章の続き3 [セイラ4]

 石柱と言っても、エジプトのヒエログリフ程の大きさを有している。いくらホトトギスが怪力を有していようとも、それを持ち上げることは困難なように思われた。しかし、やると言ったら必ずをやり遂げるのがホトトギスであった。セイラは、そのことを思い出し、すぐさま彼を呼び止めた。

「何、馬鹿なことを言っているのよ。そんな事をしたら、絶対に許さないからね。」

「えっ」と不満の声を上げて、ホトトギスは、彼女の枕元に舞い戻ってきた。そして、彼女にその理由を尋ねた。

「どうしてよ、セイラ。」

 どうしてもこうしてもない。あの石柱はこの御神体ともいうべき神聖なものである。それを盗み去ると言うのだから、これ以上の涜神はない。それをしてはいけないことは、議論の余地を残さなかった。

「あんた、何を考えているのよ。あれは、私の女神様の象徴なのよ。それを一体どうしようと言うの。」

 セイラは、そう叱りつけてから、一つ大きな溜め息を吐いた。

「あんな綺麗な石が落ちているから、変だなと思っていたんだけど、なるほど、そうだったのか。」

 ホトトギスは、納得と言った顔をしてから、「それじゃ、この薔薇を返しにいってくるね」と言い残し、飛び立とうとした。

 ホトトギスを一羽で石柱に行かせることは、猫に鰹節のある部屋へ行ってこいと言うのと同義である。何もしないはずがなかった。この世のいかなる鉱物より固いホトトギスの嘴で、石柱の頂上部の目立たない所を削り取って、「落ちていたよ」などと言って、それを自分のもとに持ってくることは明らかであった。だから、ホトトギス一羽で行かせるわけにはいかなかった。また、この王国で一番神聖な場所に、魔族である彼を行かせることも出来なかった。それ故に、セイラは再び彼を呼び止めた。

「折角、持ってきたと言うのに、それを返してしまうの。それこそもったいない話だ、と思わない。」

 ホトトギスは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を一瞬浮かべた。しかし、すぐに、それが彼女の本心でないことに気づいた。愚直で清廉潔白なセイラが本心からそんなことを言うはずがなかった。自分の企みに気づいたに相違ないと考えた。

「でも、それじゃ僕は花泥棒になってしまうよ。桜ならば風流だなと僕の歌こころを誉めそやす人もいるかもしれないけれど、薔薇じゃあ何処かに売り飛ばすつもりで取ってきた、と誤解されちゃうかもしれない。また、この花が橘ならば、良識的なホトトギスでも習性に逆らい難いのか、と言うかもしれないけれど、薔薇じゃ誤解されるのが関の山だよ。僕一人がみんなに白眼視されるだけならば我慢も出来るけれど、セイラまで疑われるのは、僕には耐えられないよ。だから、やっぱり返してくる。」

 そう言うと、彼はまた舞い上がろうとした。

「止めなさいと言っているでしょう。私の言うことが聞けないと言うの。」

 ここまでセイラに啖呵を切られてしまっては、ホトトギスとしても、観念するほかなかった。

「セイラがそんなにまで言うならば、しょうがないね。僕が持っていてもしょうがないから、この花をセイラに上げるよ。」

 ホトトギスは、表面ではいかにも残念そうに取り繕いその薔薇をセイラに渡して。そして、「この薔薇も、セイラの前では霞んで見えるね。やっぱり、セイラが一番美しいよ」と歯の浮くような台詞を吐いた。

「馬鹿なこと言っていないで、眠るわよ。」

 みずからの正体がすっかり露見し、てっきり拒まれると思っていただけに、セイラのこの誘いは嬉しかった。ホトトギスは、感動で涙しながらも、セイラの蒲団の中にいそいそと潜り込んだ。彼女の体に自分の体をぴったりと密着して、彼女の柔らかい体の感触を、暖かい体温を久しぶりに感じ取った。そして、ホトトギスは、顔を彼女の豊かな双丘に埋めながら、上目遣いに彼女の顔を覗き込んだ。いつものことであり、セイラには拒否の表情はなかった。セイラのこの表情を目にし、ホトトギスは、種を超えた愛情が成立することをこの時ほど強く感じた。そして、感極まって、「あーん、嬉しいよ。嬉しいよ。僕は嬉しいよ」と大声を上げて泣き始めた。

「分かったから、泣くのは止めなさい。煩くて、眠れないでしょうが。」

 余りに連れない言葉であった。もう少し違った反応を示してよと、内心、セイラに毒づきながら、「こういう時こそ、歌だよな。古人も、『力を入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかおもやはらげ、猛き武士の心をなぐさむる』と言っている。セイラへの思いを歌にして、セイラの頑なな心を解きほぐそう」と決心した。

 

 徒なれば いとど露怪き 袖なれど

     あつき思ひに あへず消ゆなり

 

「どう、良い歌でしょう。僕のことをなかなかなの歌詠みだ、と思わない。」

 そう言ったものの、どうせ歌心のないいセイラには理解できないだろうと思い直し、歌の解説を始めた。

「なかなか心を開いてくれないから、僕の袖は涙で濡れているはずだけれども、セイラへの熱い思いで涙もすぐに乾いてしまうという意味なんだ。それだけじゃないよ、ちょっと工夫もしてあるんだ。「思ひ」の「ひ」は燃え盛る火に掛けてあるし、最後の「あへず消ゆなり」と言うのは、入れ子構造になっていて、セイラが薄情で、セイラに逢えない(あへない)と、燃え盛る炎も、僕の命も露のようにはかなく消えてしまいます、と言う意味を微かに仄めかしているんだ。天才歌人と呼ばれる僕だからこそ出来る、高度な業だね。凄いでしょうセイラ。」

 


セイラ4 1章の続き2 [セイラ4]

「ひどいよ、セイラ。」

 セイラはホトトギスの咽び泣くのをしばらく見ながら、微かな疑問がふと浮かんできた。自分は思わず声を荒げてしまったのに、どうして、誰も目を覚まさないのか。彼女は、そう思い、同室している女性神官に視線を転じた。何事もなかったかのように静かな寝息を立てていた。セイラは、その姿を見て、「あんた、一体、何をしたのよ」と、何を考えているのか目を瞑りながら嘴を突き出しているホトトギスに挑みかかった。

「僕は何もしていないよ。そんな事より、再会のキスをしてくれないの。僕達二人はもう他人じゃないんだから、誰に憚ることなく、キスをしてもいいんだよ。」

 思い出したくないことを思い出したセイラりは、ますます憤った。鬼のような形相をしながら、湧き上がる怒りを堪えながら静かな声で「僕達は他人じゃないから、というのは、どういう意味?」と尋ねた。

「忘れたの、セイラ。セイラは僕に変わらぬ愛を誓ったじゃない。そして、誓いのキスをしたじゃない。」

 ホトトギスは、そう言うと、何処からか真紅のバラを一輪取り出し、「そんな事より、僕のほんの気持ちなんだけど、これを受け取ってよ」と語り掛けてきた。彼女は、何が何だか分からないといった表情を浮かべながらも、取り敢えず「ありがとう」と言ってそれを受け取った。そして、何処か見憶えのあるようなその花を見て、いやな予感に襲われた。

「あんた、この花を何処から持ってきたのよ。」

 質問ではない。詰問であった。ホトトギスは、いささかも悪びれることなく、「捨ててあったんだ。こんなに綺麗な花を捨てるなんて、何てもったいないことをするんだ、と思って、拾ってきたんだ。だから、気にしないで受け取っていいよ」と返答した。

 これほど見事な薔薇が捨ててあるわけがなかった。神殿内の女神像に供えられた花を失敬してきたのは間違いなかった。しかし、いくら彼を問い詰めても、そのことを認めるはずはなかった。セイラは、作戦を変更して、優しい声で「そうなの。捨ててあったんだ。疑ってごめんなさい」と言った。そして、予想外の反応に驚いた様子を見せるホトトギスに、さらにこう尋ねた。

「それで何処に捨ててあったの。こんなに綺麗な花なら、もっと欲しいわ。これから、一緒に摘みに行きましょう。」

 ホトトギスは、一瞬面食らったような表情を見せたが、セイラとともにお花摘みに出掛けるという魅力的な誘いを受け、即座に事の真相を告げた。

「この神殿の最奥にある、水晶のような、ダイアモンドのような、しかし、それとは違った不思議な光を放つ石柱の所に、この薔薇は捨ててあったんだ。僕が思うに、あそこはこの神殿のごみ捨て場に違いないね。そして、あの不思議な石柱も捨ててあったに違いない。それにしても、何てものを見る目のない人ばっかりこの神殿にいるんだろう。あの石柱があれば、一生遊んで暮らせるだけのお金が出来ると言うのにね。そうと知っていたら、あれも拾ってきたのに。ホント、もったいないことをしてしまったよ。」

 そう言い終わると、ホトトギスはいかにも残念といった表情を浮かべた。それとは対照的に、彼の話を耳にして、セイラの顔から血の気が一瞬にして失せていった。

「せいら、どうしたの。随分と顔色が悪いよ。それに、何だかぼんやりしているみたいだし。何処か具合でも悪いんじゃない。」

 ホトトギスのその言葉で我を取り戻したセイラは、鬼神もかくはという表情を浮かべて、彼を睨み据えた。

「あんたって奴は、あんたって奴は。」

 彼女は、何度もそう言うと、力なく頭をうな垂れた。

「どうして、そんなに面倒ばかり起こすのよ。」

 今にも消え入りそうな声で呟くようにそう言った。

「そんなに誉めないでよ。恥ずかしいじゃない。」

 常人であれば見取れないであろうが、彼と片時も離れないセイラの目には、彼の頬が微かに紅潮しているのがはっきりと見取ることが出来た。そして、怒る気力さえ失い、セイラは、力弱く「早くそれを戻してらっしゃい」とだけ彼に告げた。

「えっ、この花捨てちゃうの。」

 ホトトギスは心外そうにそう呟いた。しかし、何か思いついたらしく、すぐさま彼女に話しかけた。

「そうか、そうだよね。こんな花なんかよりも宝石の方がいいもんね。ちょっと待ってて、すぐに、あの石ころを持ってきて上げるから。」

 ホトトギスは、そう言うと、彼女が突き出した花を嘴で銜え、飛び上がった。

 


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